タイプ
論考
プロジェクト
日付
2016/9/20

アメリカ大統領権限分析プロジェクト:パリ協定と条約批准手続き

杉野綾子(日本エネルギー経済研究所主任研究員)

 

パリ協定における米国の排出削減目標

     2016年9月3日、オバマ大統領は、中国の習近平国家主席とともに、中長期の気候変動対策に向けたパリ協定の批准を宣言した。2015年12月に開催された、国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)の第21回締約国会議(COP21)の成果であるパリ協定は、①各国がそれぞれ中長期の排出削減目標を表明し、②5年ごとに表明された削減措置の実施状況を検証し報告する、③途上国の排出削減および気候変動への適応を支援するため、先進国が資金を拠出する、等が中心的な内容となっている[1]

    削減目標として、米国は、2025年時点で2005年比26~28%の削減を表明した[2]。実は、オバマ大統領は、2009年に開催されたCOP15において、排出削減策を規定する国内法の成立を条件として2020年時点で2005年比17%削減、という目標を表明した。同時に中国、インド、ブラジル、南アフリカ等の新興国も、先進国による取組みを条件として排出削減目標を表明しており、歴史上初めて新興国・途上国を含む国際的な気候変動対策の枠組みが成立することが期待されていた。しかし米連邦議会は気候変動法案を可決することができず、国際交渉の機運が低下した経緯があった。

    パリ協定は、COP21開催に先立ち中国が2015年6月、インドが10月にそれぞれ削減目標を表明するなど、途上国を含むすべての主要排出国の参加が得られた。2016年4月には196か国の代表によりパリ協定の調印が行われ、先進国と途上国を含むという意味で歴史的合意と評価されている。同協定の発効には、55カ国以上による批准、および批准国の排出量合計が世界の総排出量の55%を超えることが要件とされており、冒頭の米中両首脳による批准は、協定発効に向けて大きな前進と言える。

    パリ協定における米国の排出削減目標は、2009年の17%削減目標と異なり、国内法の制定には言及せず、排出削減目標の裏付けとして、1975年エネルギー政策・節約法、1978年国家省エネルギー政策法、1990年大気浄化法等の既存の法律に基づいて既にオバマ政権が進めている、自動車燃費基準やエネルギー消費機器の効率基準の強化、および発電所や大規模産業設備など排出源毎の排出規制が挙げられている。これらの施策の積み上げにより、2025年時点で2005年比26~28%の削減が可能であるとオバマ政権は見込んでいるわけだが、仮にこの削減目標が達成されなかった場合でも、パリ協定には罰則規定が無い。即ち、パリ協定の排出削減目標は法的拘束力を持たないため、条約には該当せず、合衆国憲法に規定された上院の3分の2以上の同意という批准手続きは不要、との法解釈に基づき、オバマ大統領は議会に諮ることなくパリ協定の批准を宣言したものである。

    これに対し、議会共和党からは、2005年比26~28%という削減目標の実現可能性や、米国産業の国際競争力への影響について、さらに新興国・途上国の削減目標の厳格さと執行能力への不安、ひいては気候変動対策としてのパリ協定の実効性といった、協定の内容面に関する批判が挙がっている。加えて、共和党は、26~28%という目標値には法的拘束力が無いとしても、5年毎の検証と報告という部分は拘束力を持ち、かつ「必要に応じて目標の修正も認められるが、修正前の削減目標を実質的に下回らないこと」と規定されるなど米国の産業・消費者が影響を受けるため、パリ協定は条約に該当し、従って上院の批准が必要、と主張している[3]

    このように政権と共和党の間で議会による批准の要否を巡って対立していることから、以下では、議会の批准を経ずに発効し得る国際協定について簡潔に整理し、続いて、パリ協定批准から生起し得る問題について述べる。

 

大統領の協定締結権限と議会意思

    合衆国憲法は「大統領は、上院の助言と承認を得て、条約を締結する権限を有する」、批准には「上院の出席議員の3分の2の賛成を要する」としており、米国が外国政府と交わす取決めについては、これが唯一の規定である。しかし今日、正規の批准手続きを伴わない「行政協定」という形態の国際的取決めが頻繁に結ばれている。議会調査局の整理によれば、行政協定には、大統領の専権で結ぶことのできるSole-executive agreementと、議会が批准した過去の条約の延長上にあると合理的に推定できるTreaty-executive agreement、そして上下院の過半数で承認されるCongressional-executive agreementの、3つの類型がある[4]

    このうちSole-executive agreementは、外交接受のように大統領が憲法上明確な権限を有する分野であれば議会の意向を諮るまでもなく法的効力が認められるが、大統領の権限が不明確で、当該行政協定の是非が問題になった場合には、裁判所は議会の意向を諮る必要があり、議会が特段の態度表明を行わない場合には、当該協定は法的効力を認められる、とされている[5]。行政協定が定着した歴史的経緯を詳説したBruce Ackermanによれば、大統領の専権による協定の最初の事例は1898年のマッキンレー大統領による米西戦争停戦合意であり、憲法に基づき大統領が有する軍の最高司令官としての指揮権と、正式な講和条約の締結に先立つ停戦合意という暫定的位置づけであったこと、そして戦況が有利なうちに迅速に停戦に持ち込む必要性が、正当性の根拠とされた[6]。また、1933年に銀と小麦の価格安定のために結ばれた銀協定および小麦協定は、ローズベルト政権が専権で締結したが、国内におけるニューディール政策と同様に経済政策について行政府が有する専門的能力と、問題の緊急性とが、正当性の根拠とされた。

    さて、前述の大統領の協定締結権限および議会意思の確認に関連して参照される判例がDames & Moore v. Reagan, 453 U.S. 654(1981)である。1979年のイラン大使館占拠事件に対応して米国政府が行った在米イラン資産凍結の解除を認めたアルジェ合意について、連邦最高裁は、大統領は議会承認を得ずに協定を締結する権限を有しており、かつ議会も類似した内容の法案を審議していることから、アルジェ合意締結により大統領は議会意思を無視したとは言えない、と指摘した[7]

    Dames & Moore判決において、大統領権限の有無を判断するうえで参照されたのが、大統領が議会の意思に沿って行動する場合、議会の意思に反して行動する場合と、議会の意思が不明確な場合に分けて議論を組み立てたYoungstown Sheet & Tube Co. v. Sawyer, 343 U.S. 579(1952)である[8]。その後、国際司法裁判所の裁定の米国内における法的拘束力の有無が問題になったMedellin v. Texas, 552 U.S. 491, 531-532(2008)において最高裁は、議会が意思表明を行わないこと、すなわち黙認をもって、大統領の行動を支持したと推定されるのは極めて限定された状況下でのことであり、大統領の行動が「長期にわたる慣行」として議会により黙認されていなければ、この推定は働かない、と指摘した。

    Sole-executive agreementについて、政権が議会意思を諮った例として、2015年7月に国連安保理5カ国とドイツおよびイランの間で成立した、核合意が挙げられる[9]。最終合意に先立ち、議会は5月に、政権がイランとの合意に達した場合に議会審査権を要求する法案を可決し、大統領の署名を得てIran Nuclear Agreement Review Act of 2015として成立した。主な内容は、イランとの合意に対する60日間の議会審査と、審査期間中を含め何時であれ議会が不承認決議を可決した場合は、大統領は対イラン国連制裁を解除できない、というものであった。結果的に、議会は不承認決議を可決できず、核合意は承認された形となり、2016年1月に国連制裁の解除に至っている。

 

パリ協定に見る大統領のSole-executive agreement

    このように、大統領の専権で結べるSole-executive agreementであっても議会が明確に反対の意思表明をすれば阻止し得ることは、判例及び慣行として成立していると言えるが、パリ協定にはどのように当てはまるだろうか。

 

パリ協定実施には議会の協力は不要か

    一般に条約ないし行政協定が締結された場合でも、米国内で法的拘束力をもち政策として実施されるためには、国内法の整備が必要となる。前述した行政協定の3つの類型のうち、上下両院の過半数の承認で発効するCongressional-executive agreementが定着したことの背景にも、上院の3分の2の賛成をもって条約が批准されても、国内法可決に要する上下院の過半数の支持獲得は確実ではなく、むしろ国際合意の履行を確実にするためには、国内立法と同じ手続きで承認を求める方が合理的である、との現実的要請が一部寄与した。   

   この点、パリ協定の場合、オバマ政権は26~28%の削減目標について、既存の法律に基づく規則制定だけで達成が可能であると見込んでおり、議会による新規の立法は不要、としている。このことが、議会に諮らずに協定の締結・批准に踏み切る判断を可能にした。

 

議会は不承認の意思表明を行わなかったか

   オバマ政権が26~28%の削減目標達成に向けて最重要視しているのが、米国内温室効果ガス排出量の3割強を占める発電部門からの排出削減である。環境保護庁(EPA)が1990年大気浄化法に基づき、2013年には今後新設される発電所のCO2排出基準案を、2014年には既設の発電所のCO2排出基準案を発表し、パブリックコメントを経て2015年8月に最終規則を公布した。同基準に対しては、上下院で主に共和党議員により、度々、大気浄化法に基づくEPAの規制権限を制限する法案や議会審査法(Congressional Review Act)に基づき議会拒否権を行使しようとする提案などがなされた。最終規則公布後の2015年11月には上院本会議および下院エネルギー・商業委員会で、同基準の実施を禁じる決議が可決された。最終的に両院での可決に至らないとはいえ、この状況は、少なくともMedellin v. Texas判決で最高裁が指摘した「長期にわたる黙認」とは評し難い、と言えよう。

 

パリ協定の下で米国の気候変動対策は進むのか

   大統領の専権で結べるSole-executive agreementは、国内における行政命令と同様に、後の大統領が専権によって廃止することも可能である。しかしパリ協定の場合、締結国は協定の発効から3年間は離脱を認められないことが規定されている。

   現在行われている大統領選挙において、優勢が報じられている民主党クリントン候補は、パリ協定およびオバマ政権の気候変動対策を踏襲することを公約しているが、将来、気候変動対策に消極的な政権が誕生した場合には、協定からの離脱、ないし削減に向けた取組みを行わない不実施(inaction)という対応が予想される。

   米国が表明した26~28%という削減目標の実現可能性の面でも、懸念が残る。前提に含まれた自動車燃費改善は、オバマ政権下で、2025年型車の乗用車・軽トラックで1マイル走行当りのガソリン消費量54.5ガロンという基準が策定されたものの、2016年7月にその達成は困難なことが明らかになり、政府は「燃費基準は、実際は遵守義務をともなう基準ではなく、自動車業界の努力により達成が見込まれた燃費改善見通しである」と弁明した[10]。発電所の排出基準についても、産業界や州が司法審査を求めており、連邦最高裁は2016年2月に、訴訟が解決するまで実施を保留するよう命じたため、実施が遅れている。

   このように、削減目標の根拠となる計算に狂いが生じつつあるが、削減目標は法的拘束力を持たないため、将来の検証に際し、米国政府は「目標達成に向けて努力を継続」ないし「より実効性の高い施策を検討中」と表明するだけで足りてしまう。

   他方、オバマ政権のEPAは、自動車由来のCO2排出を大気浄化法202条に基づいて、また発電所については同111条に基づいて規制している。本来は111条に基づいて製油所からの温室効果ガス排出を規制する責任を負っているが、規則制定が遅れている。しかしパリ協定が正式に発効した場合、EPAは新たに大気浄化法115条(International Air Pollution)に基づいて温室効果ガス排出を規制することが可能になる。大気浄化法115条の条文は曖昧で、規制対象となる物質や排出源が特定されていないため、EPAは条文を解釈して広範な排出規制を実施する手段を手にすることになる。

   気候変動対策は、国内のエネルギー生産・消費行動のあり方を左右するため、きわめて民間主体への影響が大きい政策分野である。従って国際的合意の締結に際しては、国内的な実施体制を整えるために議会での立法が必要であり、従って、正式の批准手続きを経た条約ではないにせよ、議会の承認を得る形の行政協定が必要になる、というのが、従来の理解であった。しかしながら、パリ協定の締結・批准にあたってオバマ政権は、表明した削減目標の達成には既存の法律の執行強化だけで充分であり、かつ削減目標自体が法的拘束力をもたないので議会承認は不要、と主張している。1990年大気浄化法をはじめとする、援用可能な既存の法律があってのことではあるが、この事例が、国家間合意の締結をめぐる大統領権限の行使の方法として、新たな地平を広げた可能性は充分に考えられよう。

 

杉野綾子  日本エネルギー経済研究所主任研究員

 

[1] パリ協定(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議Draft decision -/CP.21)、2015年12月12日。

[2] 条約事務局に提出された目標(Intended Nationally Determined Contributions)、2015年3月31日。

[3] Republican Platform 2016、2016年7月。

[4] Congressional Research Service, “International Law and Agreements: Their Effect upon U.S. Law”, Feb 18, 2015.

[5] 前掲CRSレポート。

[6] Bruce Ackerman, “Is NAFTA Constitutional?” Harvard Law Review Volume 108, Number 4, February 1995

[7] 前掲CRSレポート。

[8] Anne E. Nelson, “From Muddled to Medellin: A Legal History of Sole Executive Agreements”, Arizona Law Review Vol. 51, Number 4, 2009.

[9] イラン核合意がSole-executive agreementであったことは、Michaela Dodge, Steven Groves and James Phillips, “Senate’s Iran Nuclear Bill Misses the Point”, Heritage Foundation, April 2015、CNS News, “Kerry: Congress Has No Role in Approving Iran Nuclear Deal”, February 25, 2015等が指摘している。

[10] Auto Blog, “Government abandons 54.5-mpg CAFE standard”, July 18, 2016.