タイプ
論考
プロジェクト
日付
2016/9/26

現地報告 2016年全国党大会「番外」①:サンダース支持者の抱擁という課題

 

 アメリカ大統領選挙はテレビ討論を目前に控え、本選挙が本格化している。今年の夏の全国党大会には、久保文明プロジェクトリーダー同様、サブリーダーの渡辺将人も現地入りし、共和党および民主党の全国党大会を現場で観察した。以下、主に民主党大会に絞って2本の報告でレポートする。

サンダース派取り込みのための党綱領での妥協

  2016年7月25日から民主党大会は4日間の日程で開催された。振り返れば、様々な意味で本選挙のヒラリー陣営が抱える難問を浮き彫りにした大会だったといえる。

 本選に向けて民主党はいくつかの課題を抱えていた。それは久保リーダーが現地報告で指摘しているCNN記事による指名受諾演説の4つの課題に収斂していた。党大会はそれらを払拭し、本選を有利に展開する足がかりになることが期待された。

 懸念要素に党大会の前倒しがあった。近年の党大会は8月下旬に行われており、そのまま9月、10月の本選に勢いでなだれ込む形だった。2016年は7月下旬に前倒しされたが、これは公的資金を早期利用したい共和党の意向に民主党が追随した結果で、本選期間が約1か月長くなった。

 他方、大統領選挙ディベートは8月に前倒しはされず、秋の直前期に据え置かれた。つまり、ディベートまで8月から9月にかけて「中だるみ」が生じた。オリンピック報道で大統領選挙報道も下火になる。「中だるみ」を突破する助走力が2016年党大会には求められた。

 民主党とヒラリー陣営の念頭にあったのは、大きくは2つの要素であった。1つは上記の4つの課題の1つ目とも重なるサンダース支持者の核をなす「リベラル派」の取り込み、すなわち民主党の団結である。もう1つは、連邦議会選挙であった。 

 サンダース支持層の取り込みのためにヒラリー陣営がまず行ったのは、党大会で採択する党綱領(プラットフォーム)の作成委員にサンダース陣営推薦委員を相当数受け入れることだった。民主党の政策綱領は15人の委員で作成されるが、うち6名がヒラリー陣営からの推薦者、5名がサンダース陣営から、残りの4名を民主党全国委員会の委員長指名とした。ヒラリーとサンダースが予備選過程で獲得した一般投票の数に比例して配分されたものだ。

 全国委員会とヒラリー陣営は、世帯年収12.5万ドル以下への公立大学無償化、社会保障の拡大、最低賃金引き上げ(15ドル)、医療保険拡大、死刑反対などでサンダース派に譲歩した。だが、TPPへの明示は避け、民主党現政権に配慮した姿勢を維持した。

 しかし、これが火種として残存した。サンダース支持層は関心事が四方八方に分散する中、老若男女すべての支持層に概ね共通の関心事として浸透しているのがTPPだったからだ。TPPで踏込まなかったことは、オバマ政権がレームダックセッションでのTPP法案批准を諦めていない中で民主党としては妥当な判断だった。しかし、久保リーダーが民主党大会報告で既に指摘しているように、TPP反対は「民主党員の証」さらには「サンダース議員への忠誠心の証」になっている。公立大学無償化を部分的に受け入れるなど、ヒラリー陣営にとっての「大型妥協」もTPPのせいで相対的に存在感が薄くなってしまった。

民主党大会の前哨戦としてのリベラル派の祭典

 不穏な空気を助長していたのは、両党の党大会直前の7月14日から17日に開かれたリベラル系の祭典「ネットルーツ・ネーション」(ミズーリ州セントルイス)で、民主党結束の盛り上がりを実現できていなかったことだ。「ネットルーツ・ネーション」とは、リベラル系のブロガーや活動家による年に一度の大会である。反ブッシュ政権・イラク戦争の波の中、民主党が勝利した中間選挙年の2006年に初回が開催された。それ以降、オバマ政権期を通してビッグネームの民主党政治家が参加する祭典に成長した。

 筆者は民主党系コンサルタントらと共にシカゴから日帰りで参加した。しかし、今年度は「Aリスト」と呼ばれるビッグネームは少なく、党綱領委員にも入ったキース・エリソン(ミネソタ州選出)のほかは、ジャン・シャコウスキー(イリノイ州選出)、マーク・タカノ(カリフォルニア州選出)らの下院議員がパネルに登壇したのみだった。

 昨年2015年度の大会では、アフリカ系への寄り添い方が足りないとして、「ブラック・ライブズ・マター」の活動家が、登壇したオマリーとサンダースにブーイングを浴びせた事件があった。この事件が引き金で、今年度は政治家の参加を遠ざけてしまった可能性があるが、党大会と時期が重なったことも大きい。リベラル系の利益団体参加も低調だったからだ。ヒラリーがビデオメッセージで参加し、企業献金の上限を撤廃したシティズンズ・ユナイテッド判決を覆す策に前向きな姿勢を示したのがハイライトだったが、ビデオ上映中も聴衆の反応は「熱狂」とはほど遠かった。

 「反TPP」とサンダース演説の効果

 ヒラリー陣営は民主党大会で初日をサンダース支持者とリベラル派に明け渡すことにした。ミシェル・オバマ、エリザベス・ウォーレン、サンダースらの演説を初日に固めた。「ネットルーツ・ネーション」の空気感も参考に、「サンダース支持者に敗北感を必要以上に持たせないほうがいい」という民主党幹部の意見もあった。

 党大会直前に民主党全国委員会の委員長デビー・ワサーマン・シュルツが、サンダース陣営に不利な工作を指示していたとされるメールが流出した事件もあって、党大会でのサンダース派との緊張感は増していた。会場入り口にはサンダース支持者の抗議が押し掛け、「ヒラリーは去れ」の合唱を繰り返し、フィラデルフィアの路上でも「反トランプ」以上に「反ヒラリー」のデモが目立った。

 シュルツ前委員長への同情論は現場では少なかった。ある民主党関係者は次のように述べていた。

「オバマ側もヒラリー側もシュルツを守らないのは、誰も彼女を好いてなかったから。可哀想なのは、ヒラリーのためにやったのに、ヒラリー陣営にも切られたこと。また、今回の事件で驚かされたのは、彼ら全国委員会幹部がサンダースに勝ち目があると本気で心配していたことだ」

 前述のようにTPPが民主党団結の証になってしまっている現状をふまえ、民主党大会の運営委員会とヒラリー陣営は、「TPP」の文字に立ち入り禁止の交通標識のマークを重ねた「TPP反対」のポスター・サイン(紙製広報物)の持ち込みを黙認した。党大会の代議員席と観客席で掲げられるポスター、サイン、プラカードなどは、実はすべて運営委員の指揮のもとに演説ごとに配布される公式広報物で、テーマに沿った順序でテレビカメラの前で掲げている。だが、「ガス抜き」効果を高めるため、あえてサンダース支持者持ち込みの非公式サインを取り締まらなかった。サンダースの髪型と眼鏡のシュルエットに「Feel The Bern(燃焼とバーニーをかけたシャレ)」のスローガンが書かれた旗も掲げられた。

 ミシェル・オバマの演説は名演説だったし、エリザベス・ウォーレンの登場にも会場のリベラル派は歓喜したが、それだけでは「反ヒラリー」熱はおさまらなかった。最終的に沈静化させたのは、サンダース本人の演説だ。サンダース支持者のなかには涙を流し始める者もいた。サンダース敗北の悔しさを落ち着かせ、怒りを鎮めるには必要な「儀式」だった。

 サンダースを嫌うヒラリー支持派は、サンダースが自分を民主党員と一切名乗らなかった過去を問題視してきた。サンダースはワシントンの連邦議会ではまるで民主党関係者を避けるかのように、常にカフェテリアでもひとりぼっちだった。その孤高の無党派サンダースが、民主党候補のヒラリーを支持しろと、自分を崇拝する若手活動家に訴えることは、相当な意味を持った。

90年代クリントン政権とビル・クリントン色の抑制

 筆者は民主党大会初日の夜、イリノイ州関係者や議会補佐官らとバルコニー席付きの個室で演説を見守ったが、偶然にも筆者の席の真向かいのバルコニー席がビル・クリントンだった。両脇を側近や関係者に固められていた元大統領は、一度だけごく短時間離席したものの、サンダースの演説開始から最後まで熱心に聞き入り、妻ヒラリーへの言及箇所では立ち上がって惜しみない拍手を送っていた。テレビに映っていないときも、クリントン元大統領はサンダース演説に神妙に聞き入っていた。

 ヒラリーの予備選の敵にして、自らが推進した中道路線やNAFTAを否定するサンダースに歩み寄る元大統領の姿勢は実に印象的であった。大会2日目のクリントン元大統領の演説は、2012年党大会でのオバマ応援演説に比べると、演説の鋭さに欠けていたとの論評もあった。たしかに2012年と比較すると「切れ」は今ひとつだった。しかし、致し方ない面もあろう。2016年大会での元大統領の仕事は、できるだけヒラリーとサンダースの和解を側面支援することだったからだ。自分の政権の成果はある程度霞ませておく必要もあった。

 ヒラリーはリベラル票獲得のためにTPPにも反対し、選挙戦では左傾化策を推進中である。クリントン政権の思い出話は、中道化の匂いをいたずらに想起させ、路線の不統一感を醸し出してしまう。案の定、元大統領の演説は、夫婦の「愛の軌跡」を軸に、ヒラリーの業績紹介が中心で、1990年代の自分の政権の遺産アピールを抑制した。筆者は、ビル・クリントンの登壇時は1992年のキャンペーンソングであるFreedwood Macの曲“Don’t Stop”が流れると予想していた。2012年の党大会でもこの音楽が流され、1992年のノスタルジーに浸れた聴衆は歓喜したからだ。

 しかし、驚いたことにビル・クリントンの入場テーマソングは2016年には流れなかった。アメリカの民主党員にとってクリントンといえば“Don’t Stop”というほど、つい口ずさみたくなる強力な連想力のあるあのメロディーを用いなかったのは、かなり意志のある判断だ。ヒラリー陣営として「第2ビル政権ではなく、ヒラリー政権を作る」メッセージを打ち出すには、Rachel Plattenの”Fight Song”などヒラリー応援歌だけで党大会を演出する必要があった。

 2008年予備選挙中にはオバマ批判の放言などでキャンペーンをかき乱すこともあった元大統領だが、2016年民主党大会では慎重さが際立った。幹部の内部対立を生じさせない組織運営のみならず、「御大」の安全な使い方も、ヒラリー陣営が2008年の失敗から学んだことのようだ。

 

渡辺将人 北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院准教授