タイプ
論考
プロジェクト
日付
2016/10/19

アメリカ大統領選挙UPDATE 5:「力による平和」はリップサービス?

  クリントン、トランプ両候補による第1回テレビ討論会に先立つ9月7日、トランプ氏はペンシルベニア州フィラデルフィアで「力による平和」と題する外交演説[1]を行い、1980年代のレーガン大統領の外交・安全保障政策を見本とするような国防強化策を打ち出した。

 指名受諾演説で「アメリカ・ファースト」(米国第一主義)をうたったトランプ氏の路線はこれまで一貫して内向きで、概して孤立主義的な色彩が濃厚だった。しかもこうした点がジェブ・ブッシュやマルコ・ルビオら選挙戦から撤退した共和党の保守本流候補たちとの最大の相違点の一つであった。

 それだけに、レーガン氏のスローガン「力による平和」をそのまま題目にすえたトランプ演説には、意外な感と唐突な印象が強かった。クリントン氏とのテレビ討論会を目前に、一見、強硬派を中心とした共和党本流の「レーガン路線」に大転回した印象を与えたといってもよいだろう。

 この演説の中でトランプ氏は以下のような政策を列挙し、「歴史はアメリカの備えがおろそかになった時、最大の危機に陥ることを示してきた」とも強調した。

 ①現役兵49万人の陸軍を5万人増員して54万人態勢に増強し、2つの大規模地域戦争に同時対処可能な2正面戦略を確立する②海兵隊は現役23大隊を36大隊に拡充し、空軍力は戦闘機1200機態勢(現有1113機)に増強する③海軍艦艇は現在の276隻から最大350隻態勢に増強し、中国の海洋進出に対抗する④欧州、アジア、中東地域で在外米軍や同盟諸国の安全を守るために最新ミサイル防衛システムを搭載したイージス艦を増強配備する⑤就任後は直ちに軍指導部に命じて「イスラム国」を壊滅させる軍事計画を30日以内に立案させる⑥レーガン政権以来の大型軍拡とサイバー安全保障の強化を通じて雇用の大幅創出と最新の先端技術開発に役立たせる--

 レーガンが掲げた「力による平和」路線とは、米国が比類なき軍事力と行動力を確立した上で、自由と民主主義といったアメリカの価値を重視した国際関与の立場に立って、同盟・友好諸国と連携しつつ冷戦の主敵であるソ連に立ち向かっていく路線だ。国際的関与、同盟国重視、「力と正義」による抑止などの面では、トランプ氏の持論である「米国第一主義」とは対照的な外交・安保戦略といえる。

 そのためには、強力で効果的な国防態勢が必要になる。演説後、トランプ陣営の幹部は2011年の「財政の崖(国家デフォルト)」危機の際に定められた歳出強制削減措置(シークエスター)の中に国防予算が含まれているのは「米国のためにならない」と指摘した。大統領就任後は議会に国防分野の支出を強制削減措置から除外するよう要請し、大型軍拡に伴う財源を捻出する考えも示唆したという[2]

政策の大転回か、単なる拝借か

 このように、演説を読む限りではトランプ氏が孤立主義的政策を離れて、共和党本流の外交・安保路線にシフトしたかのような印象と期待感を保守派に与えた。欧州、中東、アジアに視野を広げ、「強いアメリカ」の再生によって同盟・友好国を支え、ロシアや中国を牽制していく国際関与強化の方向に舵を切ったようにもみえる。

 ただ、トランプ演説に盛り込まれた3軍の大幅増強案は、よく読むと、既に共和党の予備選段階でカーリー・フィオリーナ氏が掲げた数字や内容とほぼ同じだ。2012年大統領選でミット・ロムニー候補が打ち出した政策ともかなりの部分で重なっているとの指摘がある[3]

 こうした保守本流による「レーガン流」の外交・安保路線は、ロムニー陣営の顧問らを結集して今回の大統領選で保守本流候補らを政策面で支えてきた「ジョン・ヘイ・イニシアチブ(John Hay Initiative:JHI)」などの政策知識人集団が支えてきた。これらの集団がトランプ陣営に何らかの入れ知恵をしたものか、あるいはトランプ陣営が保守本流候補たちの政策をまるごと拝借したのかということになりそうだが、いずれが真相なのかは明らかになっていない。

 だが、9月26日夜(米時間)行われた第1回テレビ討論会の結果を見る限り、保守派の期待は裏切られたも同然だった。討論後半戦の「米国の安全」に関する論戦で、ここに挙げたような政策提案をトランプ氏が整然と口にすることはなかったからだ。逆に、日米同盟をめぐるクリントン氏との論戦では、あいかわらず「日本は在日米軍の費用を負担しておらず、数百万台もの自動車を米国に売り込む国を守ってやることはできない」といった主張に終始した。

 国家安全保障や戦略にかかわる同盟論とビジネス取引との違いを認識できない姿があらためて曝け出された印象である。9月初めの演説でトランプ氏が「力による平和」を口にしたのは、保守本流の票や同調を得るための単なるリップサービスだったのか。それとも次回以降のテレビ討論会などで、そうした大転回の姿勢が示される場面が果たしてあるのだろうか。

 

高畑昭男  白鷗大学経営学部教授

 

[1] Donald J. Trump Military Readiness Remarks at the Union League of Philadelphia, PA, September 07, 2016.

https://www.donaldjtrump.com/press-releases/donald-j.-trump-military-readiness-remarks

[2] 'Peace Through Strength': Trump Vows Military Spending Boost, NBC Close Angles, By Steve Peoples, NBC.

http://www.nbclosangeles.com/news/national-international/Donald-Trump-Hillary-Clinton-National-Security-Forum-New-York-City-Intrepid-Commander-In-Chief-Forum-392544671.html

[3] “Trump proposes peace through strength,” Washington Examiner, Sept. 8, 2016.

http://www.washingtonexaminer.com/trump-proposes-peace-through-strength/article/2601239