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アメリカ大統領権限分析プロジェクト:憲法から見る大統領の権限(1)

August 23, 2016

阿川尚之(同志社大学法学部特別客員教授)

「合衆国憲法は大統領の権限をどのように定めているのか」を問う法学的な研究は一時代前のもので、もう古い。政治学の一分野としてアメリカ大統領を研究する人たちはそう考えるらしい。お説ごもっともである。けれども、アメリカのロースクールで憲法を学び、日本の大学でアメリカ憲法を教え、アメリカ憲法の判例ばかり読んでいる私には、大統領権限について考えるにあたって憲法を通して見るしか方法がない。困った。

しかし、そもそも新しい合衆国の制度の一部として大統領という職を設けたのは、アメリカ合衆国憲法である。そして最初の大統領が就任して以来これまで約230年間にわたり、大統領が憲法上有する権限に関し、ずっと論争が続いてきた。それは大統領と議会、大統領と司法、大統領と州や個人の対立といった、具体的な問題をめぐって生起する。大統領権限についての最高裁判例も、豊富にある。大統領の権限は、憲法の条文が規定した静的なものではなく、現実の問題に直面し憲法の解釈を重ねて変容してきた、動的なものである。

であれば、まずは大統領に関する憲法条文の一部を検討し、そもそも憲法が大統領に与えた権限について考えたい。

大統領権限に関する憲法の規定

1787年にフィラデルフィアで開かれた憲法制定会議で起草され、翌年発効したアメリカ合衆国憲法は、主としてその第2条 [1] で大統領に関し規定している [2] 。そこでまず、その冒頭、第1節1項を見よう。

The executive Power shall be vested in a President of the United States of America. He shall hold his Office during the Term of four Years, . . .(執行権は、アメリカ合衆国大統領に与える。大統領の任期は4年と(する)。) [3]

この文言から、いくつかのことがわかる。第1に憲法が大統領に、executive Power(執行権)と呼ばれる権限を与えたこと。第2に、この権限は特定の機関や複数の人間ではなく、a President of the United Statesという1人の人物に与えられたこと。3つ目に、大統領はthe United States の大統領であって、単なる執行府の長ではないこと。そして4つ目に、大統領には任期があること。

大統領の執行権

そもそもこのexecutive Powerとは、何であろうか。憲法第2条に定義はない。あるのは、この語の用例と、いくつかの具体的な権限のみである。まず、大統領就任時の宣誓について定める同条第1節8項に、 “Before he enter on the Execution of his Office”(大統領は、その職務 執行 に先立ち)、 “I will faithfully execute the Office of the President of the United States”( 私は、合衆国大統領の職務を忠実に 執行 し)という文言があり、大統領の職務を「執行」するという意味で用いられている。

また第2条第3節には、“He shall take Care that the Laws be faithfully executed ”(大統領は、法が忠実に 執行 されることを保証する)という規定があり、法の執行(その保証)が大統領の職務の一部だと理解される。

執行権の内容と範囲の理解に参考になるのは、立法権と司法権に関する憲法の規定である。まず立法権について定める第1条第1節は、

All legislative Powers herein granted shall be vested in a Congress of the United States, which shall consist of a Senate and House of Representatives.(この憲法によって付与されるすべての立法権は、上院と下院で構成される合衆国連邦議会に与える)

と規定する。

注目すべきは、第1条1節がAll legislative Powers “herein granted”と、連邦議会の立法権が「この憲法によって付与された」範囲に限定されていることである。すなわち第1条が列挙する個別の権限以外は、憲法制定以降も州やその人民によって保持されていて、連邦議会は手を出せない [4] 。第2条第1節1項には、このような限定がない。

また司法権について定める第3条第1節は、

The judicial Power of the United States shall be vested in one supreme Court, and in such inferior Courts as the Congress may from time to time ordain and establish.(合衆国の司法権は、1つの最高裁判所、および連邦議会が随時制定し設立する下位裁判所に与える。)

と規定している。

この条文も、連邦政府の司法権を “of the United States”、すなわち「合衆国の」司法権に限っている。憲法制定以降も、各州の司法は連邦司法から独立を保ち、特別の場合を除いて連邦司法の管轄権に服さない。第2条第1節1項はただThe executive Powerとだけ規定しているので、州政府の執行権までも含むかどうか、明らかでない。

こうした違いが何を意味するか、文言からだけでは必ずしも明確ではない。しかし大統領に与えられた執行権が、連邦議会に与えられた立法権、連邦司法に与えられた司法権のように限定されず、より広範なものであるとの解釈は、十分成り立つ。

大統領の執行権が、立法権、司法権と性質を異にすることは、第2条の他の規定からも窺われる。同条第1節8項は大統領が就任の際、既述の文言に加え、[I]will to the best of my Ability, preserve, protect and defend the Constitution of the United States(全力を尽して合衆国憲法を維持し、保護し、擁護する)と宣誓することを求めている。憲法第6条3項のもとで、連邦政府ならびに州政府の議員、官僚、判事などすべての公務員も、同様の宣誓を行わねばならないが、その際にはsupport this Constitution(憲法を擁護する)のみが求められているだけである。大統領以外の公務員が単に憲法を護る、すなわち護憲の義務のみを負っているのに対し、大統領は憲法を維持し、保護し、護るという、より大きな権限を与えられている。

ちなみに憲法の制定者たちがおそらくは参考にした、英国王が即位の際に行う宣誓の文言(1689年制定)は、国王は “according to the statutes in parliament agreed on”(議会が制定した法律に従って)統治を行うとしている。一方、憲法第2条第3節は、“He shall take Care that the Laws be faithfully executed”(大統領は、法が忠実に執行されることを保証する)と規定する。注意すべきは、後者のLawsは議会が制定した法律(statutes)より広い概念であり、制定法に限らないことである。憲法の条文、ならびにそれ以外の不文「法」が含まれると考えてよい。もちろん何がLawsであるのかについての定義はなく、以後大統領の解釈と議会ならびに司法の解釈が、しばしば食い違う。それでもなお、宣誓の文言を見る限り、アメリカ大統領は制定法が違憲だと強く信じるときには、必ずしも制定法を「執行」する義務がない。その点で大統領は、イギリス国王よりも広い権限を有しているように見える。

また立法権について規定する第1条が全部で10節約2200字からなるのに対し、第2条が3節約1000字に過ぎないことからも、制定者たちが大統領の権限を、細かく規定され制限された議会の権限と比べ、大統領の権限をより一般的に、広く規定したことがわかる。

個別の権限と義務

第2条はその第2節と第3節にかけて、大統領の個別の権限と義務についても規定している。

例えば第2節1項は、大統領が合衆国陸海軍ならびに連邦軍に編入された民兵の総指揮官であること、2項は上院の助言と同意を得たうえで条約を締結し、大使、最高裁判事、その他合衆国政府の官吏を任命する権限を有することを定める。また3項は議会上院の閉会中に公職に生じた欠員を補充できること、また第3節は、非常時に議会を召集できること、外交使節を接受すること、法律が忠実に執行されることを保証することなどを規定している。さらに第1条7節3項は、大統領に法案の承認権と拒否権を与えている。

これら個別の権限規定が何を意味するかは、次の機会に説明しよう。ただその数は限られていて、第1条が議会の権限を細かく規定しているのと対照的である。また第1条と異なり、大統領の権限がこれら個別の権限のみに限られるという規定は、どこにもない。

1人の大統領への権限集中

大統領に関する憲法第2条冒頭の規定、2つ目の特徴は、執行権が特定の機関や複数の人間ではなく、a President、すなわち1人の人にすべて与えられていることである。この点は、立法権を上院と下院からなるa Congress of the United States(合衆国連邦議会)に与えた第1条1節の規定、司法権をone supreme Court, and in such inferior Courts as the Congress may from time to time ordain and establish.(1つの最高裁判所、および連邦議会が随時制定し設立する下位裁判所)に与えた第3条1節の規定と、対照的である。

連邦議会には、各州2人の上院議員(現在は100人)と、各州の人口に応じて配分された人数の下院議員(現在は435人)がいて、上院と下院の違いを別にすれば、それぞれの選挙区で人々の投票によって選ばれたすべての議員は、原則として互いに平等な権利と義務を有している。立法権はその集合体である「議会」に与えられている。

連邦司法府にも最高裁の判事(現在は9人)とさまざまな下位裁判所の判事が多数いて、管轄権は異なるものの、それぞれの判事の任期は終身であり、独立した地位と権限を有している。司法権はその集合である「連邦司法」全体に与えられている。

もちろん執行府にも、官僚、外交官、軍人など、膨大な数の職員がいるが、国務長官や国防長官などを含めて、すべて大統領の部下に過ぎない。その一部の任命には議会上院の承認が必要であるが、原則として大統領はいつでも彼らを解任できる。彼らは大統領1人に与えられた執行権の行使を、大統領から一時的に委任されているに過ぎない。

なぜ執行権が1人の大統領に集中するかたちで与えられたのか、その背景と考え方については、次の機会に説明しよう。ただ、憲法の条文のみ見ても、一般的かつ広範な執行権を与えられた大統領の権限は大きく、責任は重い。

「アメリカ合衆国」の大統領

大統領に関する第2条冒頭の規定、3つ目の特徴は、大統領が単にpresident of the executive branch of the United States governmentではなく、President of the United Statesと規定されていることである。

実は英国から独立した13の旧植民地(ステート)を一つに束ねるために制定された連合規約のもとでも、presidentという役職が設けられていた。ただし連合議会の閉会中、各ステートの代表が集まって共通の問題を討議・対処する議会委員会の委員長にしか過ぎず、ほとんど権限がない。連合規約のもとでは独立した執行府がなく、対外的に合衆国を代表する元首もいなかった。

名前こそ連合規約のpresidentを踏襲したものの、新憲法のもとでの大統領は、連合議会の委員長とはまったく次元の違う存在である。国民に選ばれ、憲法に従い、与えられた権限を行使する最高位の官僚であるだけではない。君主を廃したアメリカ合衆国の仕組みのなかで、議会から完全に独立し、広範な執行権を行使し、対外的に合衆国を代表し、元首の役割を果たし、国を守り福祉を達成するために1日24時間、1年365日国民のために働き続ける、特別な人物。President of the United Statesには、そのような意味が含まれている。

大統領権限と任期

すべての執行権を1人の大統領に与えた憲法は、同時に大統領の任期を4年と定めた。この規定には2つのやや矛盾する意味合いがある。

一方で、第2条第1節1項の他の特徴と同様、この規定はより強力な執行権を希求している。連合規約が定めた議会委員会のpresidentの任期は1年であった。また当時13州の知事のうち、10州の知事の任期も1年であり、一番任期の長い知事でも3年に過ぎない。4年の任期は明らかに長く、また再選を妨げる規定もなかった。

しかし当時としては異例に長い任期だとしても、任期は任期である。任期が終わって再選されなければ、大統領はその地位を去らねばならない。このことは、憲法制定者たちが条文上、大統領に一般的で広範な執行権を与えたものの、大統領の権限を制限もしたことを示している。制定者たちは強力な大統領を望んだけれども、同時に強すぎる大統領は望まなかったのである。

憲法第2条には、大統領の権限を制限する規定が他にもある。しかし紙数もそろそろ尽きた。強い大統領の実現と強すぎない大統領の実現という、一見矛盾する目的をめぐって、憲法制定会議で大統領に関してどんな議論が行われたのか。その結果が憲法の他の条文に、どのように反映されたか。特に大統領の選出のために、どのような仕組みが設けられたのか。次回さらに述べたい。

阿川尚之 同志社大学法学部特別客員教授

[1] 以下この論考では、合衆国憲法のArticleを条、Sectionを節、Clauseを項と訳す。Article を章と訳す場合もあるが、修正各条項のAmendment I, II, III . . .

が憲法のArticle I, II, III . . .と対をなしており、通常修正第1条、第2条、第3条というように訳されているので、この訳で統一する。

[2] 大統領制定会議で合意に達した大統領に関する憲法の規定の背景と内容についての包括的な解説は、Alfred H. Kelly, Winfred A. Harbison, and Harman Beltz, The American Constitution: Its Origins and Development, Volume I, 7 th ed. W. W. Norton & Compay, N. Y. (1991), pp. 96 - 98, Jack N. Rakove, edit., The Annotated U.S. Constitution And Declaration of Independence, The Belknap Press of Harvard University Press, Cambridge, Massachusetts (2009), pp. 42 - 48, 172 - 193, Akhil Reed Amar, America’s Constitution: A Biography, Random House, N.Y. (2005), pp. 131 - 204などを参照のこと。

[3] 日本語訳は原則として、アメリカンセンターJAPANのホームページに掲載された仮訳によるが、必要に応じて一部改訳した。 https://americancenterjapan.com/aboutusa/laws/2566/

[4] 憲法制定後に権利章典の一部として設けられた修正第10条は、The powers not delegated to the United States by the Constitution, nor prohibited by it to the States, are reserved to the States respectively, or to the people(この憲法が合衆国に委任していない権限または州に対して禁止していない権限は、各々の州または国民 に留保される)と定め、この点を再確認した。

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    • 阿川 尚之
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