タイプ
論考
プロジェクト
日付
2008/3/10

アメリカNOW18号 クリストファー・ヒル米国務次官補と語る「北朝鮮の核申告」をめぐり (2008年3月10日 渡辺将人)

【はじめに】
2008年3月6日、コロンビア大学で筆者がフェローとして所属するウェザーヘッド研究所とハリマン研究所で、6者協議のアメリカ首席代表を務めるクリストファー・ヒル国務次官補を招待した。外交日程が立て込むなかで、予定通りの実現が懸念されたがヒル次官補には時間一杯いてもらうことができた。講演は当初大型の講堂を予定していたが、事務の調整上中型の講堂となり、場内は事前登録制にもかかわらず満席となった。北朝鮮外交関係の政府当局者、また元政府当局者を招いた研究所の会合は、国家安全保障会議アジア部長を経て現在ジョージタウン大学で教鞭をとるヴィクター・チャ氏以来となる。以下ポイントを概説したい。

【6者の方針の再確認】
北朝鮮外交を専門外とする教授や研究員など聴衆にも配慮し冒頭は6者協議の形態について解説。マルチの会合をやりながら、その実、2者での米朝のバイ協議も行える仕組みになっていることを紹介した。6者については、モーメンタムを維持することを優先していること、目標は北朝鮮に核開発を諦めさせることであることを再確認した。その上で、1:マルチの多国間関係の枠組み作り、2:朝鮮半島における平和条約、3:北東アジアの安全保障メカニズムの3点の確立を具体目標として掲げた。関係国各論としては、中国との協力の道を「ゼロサムゲームではない」として模索する必要性を改めて強調したほか、ロシアの重要性にも珍しく触れた。ロシアは太平洋地域に資源利益を抱えており協力は困難な面もあるものの共通の利益を求めて緊密な関与を維持していくことが重要とした。韓国が李明博政権に交代したことによる余波については「6者プロセスに大きな影響はない」とした。

マルチのストラクチャー構築とバイの関係作りを同時並行でやることが、6者プロセスだという認識の確認がなされたといえる。そこで重要になるのは、北朝鮮のような民主主義ではない異質な国との交渉による「共通言語」の探していくことであると語っている。しかし、具体的な「共通言語」がなんなのかについては触れられなかった。また、北朝鮮以外の6者参加国の足並みを事前に揃える努力の軽視が交渉を混迷させている現状が懸念されるなか、関係5か国でどのように北朝鮮への要求を1本にとりまとめていくかという、北朝鮮以外の5か国の立場調整の方向には特段の案は示されなかった。中国を介した米朝バイの2国間のやりとりに専心している現状を浮き彫りにした。

【日本と拉致問題について】
「6者にはそもそも各国が違うアプローチをもっている」と語るヒル氏は、日本が常にテーブルに出してくるのは核、ミサイル、拉致問題3つだと指摘。ちなみに拉致問題についてはアブダクションではなく(日本市民の)キドナッピングという英語を使用して語っている。質疑応答のなかで、日本の立場についてきかれたヒル氏は、拉致問題についての経緯を小泉元総理の訪朝を時系列的な起点に振返った。北朝鮮は拉致についての情報を出したが、それは信憑性がないとして日本との間でやりとりが続いている、北朝鮮はこれ以上対応できないとし、問題がさらに政治化してしまった、という表現で現状を紹介した。アメリカとしては日朝の良好な関係を望むし、日朝は引き続き拉致問題解決の対話を持つべきだとの認識を示した。そして「様子を見守る」としてアメリカが積極介入する立場は示さなかった。また「拉致問題は政府間の問題というよりも、一般市民レベルでの関心事項になっている」という特徴も最後に指摘したが、これは政府間での話し合いでの解決の困難さへのヒル氏の感情の吐露ともとれよう。

また「北朝鮮の人権状況についてどう思うか」という質問に対し、ヒル氏は北朝鮮の人権問題は「国際社会に加わる上で重要な問題」と位置づけた。その根拠として、国際社会には人権をめぐるグローバルスタンダードがある、21世紀の現実に即してほしいと指摘。「すべての国がパーフェクトな人権記録を有しているわけではないのだが」と予防線を張ったために勢いの弱い発言ともなった。ちなみにこの人権をめぐる指摘は、上記の拉致問題とは完全に切り離されてなされた。つまり、人権問題が重要なので拉致問題を解決すべきであるという論法には至らず、拉致問題については終始「日朝の2国間の問題」とのスタンスが貫かれた。

【核申告問題は月内進展が必須】
今月1日ヒル氏は北京を訪問しているが、金桂冠外務次官との会談は実現できていない。6者協議の早期再開に向け、米朝の水面化の交渉がニューヨークチャンネルを中心に活発化しているなか、スケジュールの合間をぬって弊研究所の招待に応じてくれたヒル氏は、北朝鮮側へのメッセージの発信も忘れなかった。ブッシュ政権の任期切れが来年の1月であるため、北朝鮮の核放棄プロセスを完全に履行するには、タイムリミットが迫っている。申告問題を3月中に解決して、核施設の解体などの具体的な議論移らねばならない。ヒル氏は「時間はどんどん過ぎている。3月は前進が必要な月だ」と北朝鮮にメッセージが届くことを意識して語った。核計画申告でが、アメリカ側は高濃縮ウラン計画のほか、シリアへの核開発協力疑惑を盛り込むよう強く求めているが、これには北朝鮮が反発している。この対立が協議進展を止めている。米朝の主張を併記するという文書の作成については、ヒル氏は現時点でオンレコで詳細を語ることに否定的で「過大評価はしていない」として言葉を濁した。

去年以降のブッシュ政権の大幅な北朝鮮政策の方針転換もあってか、久しぶりのヒル氏は事態の膠着にもかかわらず、数年前よりも意気揚々としていた。ブルーのシャツに金ボタン付きの紺のカジュアルなブレザー姿で、スケジュールが立て込むなか、研究所が用意した小規模のレセプションにも参加してもらった。余談ながら、ヒル氏とは数年ぶりの再会である。当時政治部で外交担当だった筆者が、6者協議取材で北京にて張り付いて以来であるが、数年のブランクにもかかわらず筆者のことをよく覚えていたのはヒル流であろうか。これまで北京や東京ばかりでアメリカでは会ったことがないので驚いた様子だった。先の見えない交渉で北朝鮮の出方待ちばかりのなか、北京の宿舎付近で「散歩」しかすることがないという状況で芽生えた記者団との妙な連帯感によるものであろう。

【米新政権発足直後は北朝鮮問題は停滞か】
現在ブッシュ政権下で6者協議の首席代表を務める立場上から当然ではあるが、現在アメリカで展開する大統領選挙への言及はゼロであった。とくに各候補者の北朝鮮政策への言及にはきわめて慎重な姿勢を見せた。現時点で北朝鮮問題については、大統領選挙でも争点化する気配がないことにもよる。唯一、来年1月のアメリカの政権交代後については、政策の見直しなどが発生するため、北朝鮮外交をめぐる事態の進展は停滞するかもしれない、との可能性を指摘している。年内に具体的進展がみられなければ、仮にブッシュ政権後が民主党政権になったとしても大きな変化はすぐには生まれないという理解できる現実論であるが、独自の外交チームを抱え選挙に挑んでいる民主党候補にとっては少々悲観論にも聞こえるかもしれない。

以上

■ 渡辺将人: 東京財団現代アメリカ研究プロジェクトメンバー、米コロンビア大学フェロー、元テレビ東京政治部記者