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アメリカNOW22号 米新政権下の税制をどう見るか~税負担上昇の可能性

July 10, 2008

米国の大統領選挙では、各候補が税制に関して対照的な提案を行っている。しかし、いずれの候補が当選した場合でも、米国の税負担は上昇する可能性がある。

税制の位置付けは対照的

米国の大統領選挙において、各候補者の政策哲学の違いが明確に現れている分野の一つが税制である。

民主党のオバマ候補は、累進性の高い税制への転換を主張している。背景には、ブッシュ政権下での米国では、経済成長の果実が一部の高所得層に偏って分配されていたという問題意識がある。オバマ候補は、高所得層に手厚いブッシュ政権の減税政策が、こうした傾向を助長したと考えている。このため、税制の累進性を高めて、これによる所得再配分機能を強める必要があるというのが、オバマ候補の基本的な立場である。具体的には、オバマ候補は、ブッシュ政権が実施した減税(ブッシュ減税)について、中低所得層向けの部分に限った恒久化を提案している。この他にも、低中所得層の勤労世帯を対象にした給付つき税額控除の新設や、低中所得層の高齢者に対する所得税免除といった提案が行われている。

一方の共和党のマケイン候補は、税制と経済成長の関係を重視している。マケイン候補は、経済成長を促進するためには、税負担は低いほど好ましいという立場をとっている。ブッシュ減税については、ほとんどそのままの形で恒久化するべきだというのが、マケイン候補の主張である。唯一の例外は、ブッシュ減税が定めた相続税の撤廃であり、ここではマケイン候補は撤廃ではなく減税を支持している。この他にもマケイン候補は、法人税率を現行の30%から段階的に25%に引き下げることなどを提案している。

増税?減税?

それでは、各候補者の提案は、米国の税負担をどう変えるのだろうか。簡単そうにみえる質問だが、正しく答えるには段階を踏んだ考察が必要である。ここでは、Tax Policy Centerの試算*1を使いながら、議論を進めていきたい。

税負担を考える際の第一のステップは、各候補の提案を積み上げることだ。Tax Policy Centerの試算によれば、オバマ候補の提案は、2009~18年度の10年間で、約2兆7, 000億ドルの減税になる。これに対して、マケイン候補の提案は、同じく10年間で約3兆6,000億ドルの減税だ。ちなみに、これらの金額には、各候補が減税財源として提案している増税などの影響も織り込まれている。

考察はここでは終わらない。第二のステップとして、比較の対象となる「税負担」を明確にする必要がある。気をつけなければならないのは、二つの時限減税の取り扱いである。具体的には、2010年末に失効するブッシュ減税と、期限切れごとに延長されているAMT(代替ミニマム税)*2の軽減措置である。両候補の減税提案には、程度の差こそあれ、これら二つの時限減税の延長が含まれている。各候補の提案による税負担の変化を考えるには、これらを「減税」とみるかどうかを判断しなければならない。

考え方は二つに分かれる。まず、時限減税が予定通りに失効すれば、それだけで米国の税負担は跳ね上がる。この「跳ね上がった税負担」を前提とすれば、二つの時限減税に関する各候補の提案は「減税」に加算できる。しかし、「現在の政策」、すなわちブッシュ減税とAMT軽減措置の存在を前提とするならば、各候補の提案を積み重ねた減税額から、二つの時限減税の延長に重なる部分を差し引かなければならない。

こうした二つの見方は、それぞれ米国の予算編成における税制変更の捉え方と、税制変更がマクロ経済に与える影響を考察する際の考え方に対応する。米国の予算編成では、税制は根拠法に基づいて変化することが前提とされる。したがって、二つの時限減税は失効するのが当然の姿であり、各候補の提案はそのまま「減税」として取り扱われる。しかし、マクロ経済に与える影響を考える場合には、前年度との実質的な違いが重要になる。こうした観点では、根拠法の有無にかかわらず、減税の失効は増税と同じであり、各候補の提案の影響は、時限減税の延長部分を相殺して考えるべきだということになる。

「現在の政策」を前提とした各候補の提案による税負担の変化を計算すると、いずれの候補の場合も減税額が大きく減少する。具体的には、2009~18年の合計では、オバマ候補の提案は約2, 600億ドルの増税になる。これに対してマケイン候補の提案は、約6,200億ドルの減税である。

どちらが勝っても税負担は増加へ?

それでは、(「現在の政策」を前提とすれば)オバマ政権ならば「増税」、マケイン政権ならば「減税」という展開を予測するべきだろうか。実際には、各候補の提案が、そのまま実現するとは限らない。新政権下の税負担を予測するためには、それぞれの提案の実現可能性を考慮しなければならない。

ポイントとなるのは、議会との兼ね合いである。税制変更には議会による立法作業が必要になる。現時点では、大統領選挙と同時に行われる議会選挙では、民主党が多数党を維持するという見方が圧倒的に多い。税制変更に対する議会の同意の得やすさという点では、オバマ政権の方がマケイン政権よりも格段に恵まれた状況に置かれる可能性が高い。

オバマ政権にとって好都合なのは、上院に特別な手続きが存在することだ。通常の法案の場合、上院で多数党が少数党の議事進行妨害に対抗するには、過半数ではなく60票の賛成が必要になる。民主党の現有議席は51議席(民主党寄りの無所属議員2人を含む)に過ぎず、今回の選挙でも60議席まで議席を伸ばすのは簡単ではない。しかし上院には、税制変更に関しては過半数(50票と副大統領の1票)での可決を認めるという特別な手続きがある。民主党が上院で多数党を確保しさえすれば、オバマ政権は税制変更の立法化に進みやすくなるというわけだ。もちろん、オバマ政権にも、医療保険改革などの他の公約との間で、優先順位や財源を調整する必要がある点には注意が必要である。

他方で、民主党多数党議会の継続を前提とすると、マケイン政権の税制改革案がそのままの形で立法化される可能性は低くなる。マケイン政権は、民主党議会との妥協を強いられるからだ。もっとも、オバマ候補の提案と共通した内容であれば、マケイン政権も民主党議会から同意が得やすいかもしれない。そこで両候補の変更案で重なり合う部分の影響を合計すると、10年間では約2兆5,000億ドルの減税になる。ただし、両者に共通する提案には、中低所得層向けのブッシュ減税恒久化など、時限減税に関する部分が多い。このため、「現在の政策」を前提に計算しなおすと、マケイン政権下で実現する可能性が高い税制変更の影響は、10年間で4,400億ドルの増税になる。

以上、各候補の税制変更案が米国の税負担に与える影響について考察してきた。ブッシュ政権は、減税を経済政策の主軸に据えてきた。しかし、来年誕生する新政権の下では、一転して米国の税負担が上昇に向かう可能性を見込んでおいた方が良いかもしれない。

*1:The Tax Policy Center, Preliminary Analysis of the 2008 Presidential Candidate’s Tax Plans, June 20, 2008.

*2:高所得層の過剰な避税行動を防ぐために設けられた税制。制度設計上の問題から、本来の趣旨を離れて中所得層までもが同制度に基づく高税を納めなければならなくなっている。

■安井明彦 :東京財団現代アメリカ研究プロジェクトメンバー、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長

    • みずほ総合研究所 欧米調査部長
    • 安井 明彦
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