タイプ
論考
プロジェクト
日付
2009/1/29

アメリカNOW第33号  バラク・オバマ大統領就任演説(1)「アメリカの再建」を睨む現実の直視(渡辺将人)

バラク・オバマが第44代アメリカ合衆国大統領として、去る2009年1月20日に就任した。筆者は今回も、コロラド州デンバーの民主党大会(2008年8月24日-28日)、イリノイ州シカゴの祝勝会(2008年11月4日)と同様、米議会関係者とともにワシントンDCでオバマ氏の演説を聴いた。本稿では就任演説を起点にオバマの決意を読み解いてみたい。

【オバマの演説の本質的な価値】
周知のように、オバマ演説が日本で人気を集めている。たとえそれが、英語学習者を読者層に想定してスタートしたものであっても、アメリカの大統領の演説に、同時代的にこれだけ多くの日本人が関心を持つのは歴史的現象であると言っていいだろう。NHKの放送は深夜にもかかわらず異例の視聴率を記録し、就任の号外も配布された。

他方で、オバマ演説の魅力の意味については、ブーム先行のまま、少々あいまいな理解にとどまっていることはやや気になるところでもある。オバマの演説の本質は、オバマのスピーチ技術でもなければ、レトリカルな言い回しにはないからだ。演説の中にある「コトバ」が連想させるアメリカの歴史、また聴く者の記憶と感情に重ね合わさる「相互作用」にこそ、実はオバマ演説の秀逸さがある。アメリカ人としての共有記憶が基となり自然と涙が溢れる。

パブリック・スピーチそのものが上手な政治家は他にもいるし、演説が美文だから賞賛されているわけではない。スピーチの美声や演説のレトリカルな「言い回し」をパーツとして取り出して、それを要素還元的に真似て分析することだけでは、恐らくなぜオバマ演説がアメリカ全土を引き付けてやまず、投票所に足を運ばせ、歴史的な期待感が今も続いているのかが、とりわけ外国人には見えにくいはずだ。

【アメリカの共有する歴史と記憶のアンサンブル】
オバマの演説は、アメリカの苦悩と挑戦を、自らの人生で体現してきた「オバマ夫妻そのもの」であり、それは聴いているアメリカ人の各世代の社会的記憶と絶妙なシンクロを織りなす。「外国人もオバマの演説に興味を持ってくれるなんてこんな嬉しいことはない。日本に有り難うと言いたい」と、筆者の周辺は喜びの声を隠さない。他方で「嬉しいけど、どの部分の何を聴いて、涙が出るような感動やインスパイアを受けるのか興味がある。例えば日本人は何に感動してくれているのか、公民権運動を共感してくれるのか」と、あえて鋭い指摘する筆者の友人がいる。10年来の友人のアフリカ系の選挙関係者だ。アメリカの「苦悩の歴史」を共有するオバマの演説は「アメリカ人の心」にはずしりと響く。私たちにはどうなのか。

たしかに、筆者友人の指摘は的を射ている。しかし、筆者はあえて日本のオバマ演説ブームを「良き契機」と考えたいと思っている。演説の「コトバ」の節々に「アメリカの記憶」がどのような歴史をめぐってシンクロしているのか、外から学びそして理解することは、私たち外国人にもできるはずだからだ。そうしてこそ、オバマ演説の魅力の味わいが深まっていこう。オバマ演説を知る事は、オバマ大統領のレトリカルなコミュニケーション技術を知ることではなく、実は「アメリカの歴史」を知ることだと言える。オバマとミシェルが体現する「アメリカ」である。

【アメリカ政治には伝統的な20代の若手起用】
ところで、今回の就任演説ではスピーチライターについて、米メディア報道で注目が集まった。27歳のスタッフ、ジョン・ファブローが原稿の草稿を担当したことである。周知のようにオバマ大統領の文才は折り紙付きで、すべて一人で原稿を完成させる能力を有する政治家である。しかし、あえてスピーチライターに草稿を作らせ、それに修正を加えることで、若手の才能も上手に取り入れた。

だが、我々がファブローの年齢の若さだけに注目すれば、それは少し的外れでもある。アメリカでは、政治スタッフ、とりわけコミュニケーション関連スタッフの年齢的な若さは、従来からの特徴だからだ。政務関連やコミュニケーション関連を担当するスタッフが、ほとんど20代、あるいは30代前半であることは少なくない。

例えば民主党系でいえば、かつてロバート・ケネディのスピーチライターを務め、のちにABCテレビ政治記者に転じたジェフ・グリーンフィールドは、イェール大学ロースクール卒業直後の24歳で、ケネディのスピーチライターに就任した。1967年のヴェトナム戦争に関する演説、1968年の大統領選挙の演説など、主要なロバート・ケネディの演説は、24歳のグリーフィールドが関与している。

また、1992年のビル・クリントンの大統領選挙を取り仕切った「若者」2人組、ジョージ・ステファノポロス、ディ・ディ・マイヤーズもそれぞれ選挙運動時にはわずか29歳だった。コミュニケーションズ・ディレクター、報道官としてそれぞれホワイトハウス入りし、政権一期目の顔となった。クリントン政権回顧写真集 “The Clinton Years” (Callaway, 2000) p.44には、就任わずか3週間後(1993年2月15日)、大統領執務室の隣室でクリントンと演説の打ち合わせをする、当時30歳そこそこのステファノポロスが記録されている。

また、共和党側では、パトリック・ブキャナンが、1966年に28歳でニクソン陣営のスピーチライターに参加している。1969年のニクソン政権発足で、やはり31歳の若さでホワイトハウス入りし、ニクソン大統領のスピーチライターとなった。かなり年配のケースでも、先日亡くなったFOXニュースのアンカーとジョージ・W・ブッシュ政権の報道官を務めていたトニー・スノーが、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領のスピーチライターになったのは36歳である。

【第三者の目を上手に取り入れたオバマ氏】
このように、大統領の側近としてスピーチ草稿を務める者が、日本の感覚からするとかなりの「若者」であることは、何十年も前からアメリカ政治の現場では習慣化している。27歳というと「若い」という印象かもしれないが、大統領選、上院選などの陣営では、この年齢は中堅クラスで、ディレクター(部長・局長)級もいる。2004年のケリー陣営の宗教アウトリーチ局長は当時24歳だった。本当に若いスタッフとなると、23歳など日本でいう新卒年齢も珍しくない。

むしろ、今回のオバマ演説のケースで注目されるべきは、ファブローの年齢の若さというよりも、美文を自分で書ける優れた文才を持つオバマ大統領が、あえて「第三の目」から歴史的演説を仕上げたことと、その期待に応えたファブローの力量、そして何より大統領がこれまでとは違う趣旨で演説に取り組んだ意図だ。筆者の実体験によれば、アメリカの演説作成時のスピーチライターの絡ませ方は、政治家によって個人差が大きく、一概にスピーチライターを使用するといっても、リサーチだけを任す場合から、寄稿文の完全代筆まで幅が広い。

ポストイットやノートパッドに、テーマごと、案件ごとに政策ポイントを書き連ねさせ、パズルのように間を美辞麗句で埋めて行く形式もあれば(トーキングポイント・メモを土台にする方式でアウトリーチではこちらが多い)、絶対に使いたい歴史的偉人の名文句などをまず決めて、そこから逆算して間を事後につないでいく、歌詞やポエムを作るようなコピーライティング優先の方式もある。多くはその混合型だ。いずれにせよ、節目の演説には必ず政治家本人の筆は入る。今回もオバマ氏本人が最後の仕上げで、かなり手直しをしたとされている。しかし、オバマ大統領は、ほとばしる自身のメッセージの「勢い」よりも、とりわけ今回は「第三者の目」を必要とした。それは何故なのか、就任演説に滲み出ている。

【歓声とブーイングと宣誓におけるクライマックス】
最初の群衆の歓声は、ジャンボトロンと呼ばれる巨大モニターにバイデン副大統領一行の車列が映し出されたときだった。その後、エドワード・ケネディ上院議員がテラスに登場し、ちょっとしたケネディコールが繰り返された。カーター元大統領夫妻が入った後ぐらいから、散発的に「オバマ」コールがかかった。象徴的だったのは、ブッシュ大統領の姿が見えるたびに、後ろにいる大群衆が1960年代に活躍したバンドSteamのヒット曲 "Na Na Hey Hey Kiss Him Goodbye"をKiss Himを抜かして歌う行為だ。「さよなら、ブッシュ」の意味を込めて、かなり継続的に続いた。

また、拍手や歓声、ブーイングの有無は、オバマ支持か不支持だったかの基準となり、所属政党はその判断材料にはならかった。マケイン上院議員の副大統領候補になりかけていたリーバマン上院議員には厳しい声が投げかけられた一方、共和党でありながらオバマを支持したコリン・パウエル元国務長官には大歓声が上がった。そして、予備選を争ったヒラリー・クリントン新国務長官とビル・クリントン大統領夫妻の登場で歓声が頂点に達した。民主党内支持基盤の融和を象徴する歓声として筆者には聞こえた。宣誓の最後にオバマ氏が、So help me Godと言った瞬間に、help me Godと声を出して繰り返す人が多かった。大砲の礼砲。式典中でもっとも盛り上がったのは、この宣誓の瞬間とその後の空砲だった。感極まった人々が、Yes We Canコールを開始し、演説開始まで一切止まず、演説開始と同時にコールをやめるよう互いに呼びかけ合うほどの興奮が渦巻いた。

【指名受諾演説、勝利演説とは異なる「緊張感」溢れる演説】
就任演説でオバマ大統領は「我々は危機のなかにあることは今や明白だ。That we are in the midst of crisis is now well understood. 」として、きわめて厳しい現状認識から入った。お祭り気分を吹き飛ばすような、率直な現実直視の呼びかけが続いた。とりわけ経済の脆弱化への認識が強調された。「家は失われ、仕事は失われ、ビジネスは破綻した」と述べ、「医療保険」「学校」などの問題点を指摘、「アメリカの凋落は避けがたいという不安」まで持ち出した。この時点で、オバマの就任演説がキャンペーンの演説と差別化されていることは感じられた。

これまで、筆者が現場で直接オバマの演説を聴いてきたなかでも、その違いは冒頭パートに象徴されていた。Hello Chicago! から勢い良く始まった、2008年11月4日にシカゴのグラントパークで聴いた勝利演説は、次のように冒頭始まった。「まだアメリカが何でも可能な国だということを信じられない人がいるとすれば、建国者の夢がまだ生きているのか疑念がある人がいるとすれば、民主主義の力に疑問がる人がいるとすれば、今夜がその答えです」。まさに、アメリカの「希望」と勝利を実現したアメリカの民主主義への自信の回復を目指したものだった。

また、2008年8月28日にデンバーのインベスコ・フィールドで聴いた指名受諾演説は、生立ちを強調するオバマの「物語」とアメリカの希望をリンクさせたオバマ演説の柱となってきたスタイルで、ケニアとカンザスからやってきた二人(オバマの父母)が、アメリカでは何でも息子が達成出来るに違いないと信じていたとして、アメリカへの誇りと鼓舞し、一気に演説に引き込んだ。ちなみに党関係者によれば、指名受諾演説は、草稿段階は相当な長さだったが、それを徐々に削ぎ落としてスリム化する方式であの名演説に仕上げられた。

【厳しい現実認識に聴衆を直面させた「アメリカ再建」への呼びかけ】
アメリカ社会の厳しい現実の描写から入る就任演説が、いかにトーンの異なるものであったか、過去の主要演説と比較しても、冒頭パートでも一目瞭然であろう。Change「チェンジ」というオバマ陣営の合い言葉は、むしろRemaking America「アメリアの再建」という表現で語られ、抽象的な希望を伴う「変革」への期待ではなく、緊張感を持って危機にあるアメリカを支える現実感を醸し出した。列席の人々は静かに耳を傾けていた。

「今日、我々が直面している試練は現実のものだ。それは深刻で多岐に及ぶ。試練はそう簡単に短期間で解決できるものではない。しかし、アメリカよ、これらの試練は必ず解決される。Today I say to you that the challenges we face are real. They are serious and they are many. They will not be met easily or in a short span of time. But know this, America - they will be met.」

初めて歓声らしき歓声が群衆から上がったのは、上記のフレーズをオバマ大統領が言い終えたときだった。言い換えれば、オバマ大統領は、ここまでアメリカについて楽観的な希望を一切語らなかった。聴衆は沈痛な面持ちで演説を聴き、ようやく聞こえた楽観的な言葉にほっとしたかのように歓声を上げた。

その後、「アメリカは依然として地球上で最も繁栄しており強い国だ。We remain the most prosperous, powerful nation on Earth. 」という部分にも、歓声がわずかながら聞こえたが、大半の聴衆はオバマ大統領の現実を直視しようとの呼びかけを真剣に受けとめているように見えた。「アメリカ再建に着手せねばならない」への歓声はより大きかった。

「我々は若い国であり続けるが、聖書の言葉を借りれば、子供じみたことはやめる時が来たのだ(We remain a young nation, but in the words of Scripture, the time has come to set aside childish things. )」のThe time has comeを群衆は大声で復唱していた。

オバマ大統領は具体論にも触れた。とりわけ環境に配慮した新エネルギーの開発と高等教育の改革は、次のように明確に論じた。「太陽、風、土壌を用いて自動車を動かし、工場を稼働させる。新しい世代の需要に合うように学校や大学を変革していく。We will harness the sun and the winds and the soil to fuel our cars and run our factories. And we will transform our schools and colleges and universities to meet the demands of a new age.」

オバマは「超党派」性の象徴も上手に演説に盛り込んだ。しかし、党派を超えてとか、民主党も共和党もなく、という単純な超党派路線の明示はなかった。それでは、現存の党派性にとらわれていることを逆説的に示してしまい、かえって稚拙だからだ。オバマはそうしたイデオロギーを超越した所にいる。字面として「超党派」という言葉を使うのではなく、その概念を具体例で指し示すのがオバマ流の秀逸な方法だ。次のくだりだは代表例だ。「我々が今問うているのは、政府が大きすぎるか、小さすぎるかではなく、役に立つのかどうかということだ。The question we ask today is not whether our government is too big or too small, but whether it works.」。

ワシントンの批評家の間では、ロナルド・レーガンが語った「政府そのものが問題なのだ」という言い回しとの対比で論じられたが、オバマのそれは「保守」の小さな政府に対して、大きな政府で再度ニューディールをという論理ではなく、むしろ右左イデオロギーを超越したまったく別の「現実直視」のプラグマティックなアプローチである。小さいことか、大きいことか、外形の建前などどうでもよい。それよりも機能するか、人のためになっているか、とオバマは問う。オバマのことを「実は意外とリベラル、いや実は中道では」とラベリングに忙しいメディアを、右か左かでイデオロギー論争をしている場合ではないと一喝し、揶揄するようなニュアンスすら感じられた。オバマが目指しているのは、左右両端から等距離としての「中道」ではなく、既存の党派イデオロギーとは別次元で政治を回していく胆力だからだ。

これは「市場が善か悪かが問題なのではない。Nor is the question before us whether the market is a force for good or ill. 」とする経済への認識にも見られた。市場が富を生み、自由を広げる力を持つことを当たり前として肯定し、しかしながら今回の危機を例に、市場への監視の目がなければ、市場が制御不能に陥るのだとするオバマの論理展開は明快だ。これも、選挙中に共和党からなされた「オバマは社会主義者だ」「再分配をしようとしている」とう陳腐な攻撃への見事な反論にもとれた。オバマが社会主義者であるわけがなく、自由経済の価値を認めている。それはシカゴ大学の同僚教授達との日常的議論の積み重ねでも明らかだ。しかし、オバマは市場の万能性を無条件で疑わないわけでもなく、現実に即した対応を求めている。経済の成功もGDPの規模ではなく「繁栄の広がり、意欲あるすべての人に機会を提供する能力」に見る。

「我々の共通の防衛については、安全と理想を天秤にかける誤った選択は拒む。As for our common defense, we reject as false the choice between our safety and our ideals. 」という言葉にも大歓声が上がった。もちろん、テロリストへの言葉は厳しい。テロで罪のない人々を殺す人々には「打ち破る」と強調した。だが、「我々は再び先頭に立つ用意ができている。We are ready to lead once more.」という言い回しに象徴される意図は、ハードパワーを持つ大国として君臨するという意味ではなく、国際社会での責任を果たしていく決意であり、孤立主義の否定と理解するのが妥当だろう。

事実、オバマの演説で興味深い点は、国際社会との相互理解や隣人性の強調だった。「アメリカは平和と尊厳に満ちた将来をめざすあらゆる国とあらゆる男性、女性、子供の友人である。America is a friend of each nation and every man, woman, and child who seeks a future of peace and dignity」というくだりは一例だが、最も象徴的だったのは異例ともいえるイスラム社会への呼びかけだ。「イスラム世界よ、我々はお互いの利益とお互いへの尊敬に基づいた、新しい道を求める。To the Muslim world, we seek a new way forward, based on mutual interest and mutual respect.」。

以上
■ 渡辺将人: 東京財団現代アメリカ研究プロジェクトメンバー、米ジョージワシントン大学客員研究員