タイプ
論考
プロジェクト
日付
2009/4/21

「オバマ外交3か月と日米関係・米欧関係」(3)

アフガニスタン

しかしながら、さらにもう一つ別の立場もありえよう。それは、オバマ政権の優先順位と基本的性格に着目する議論である。オバマ政権がアフガニスタンの安定化をきわめて重視していること、ただし、すでにみたように、軍事力だけではなく、復興支援、経済的誘因の活用、周辺国との協力などをこれまで以上に重視していること、また、共和党政権より地球環境、国連改革、核弾頭数の削減、第三世界の貧困などに積極的に取り組もうとしていることなどに注目した場合、政局で選択肢がきわめて限定されている現在の日本政府にも、日米関係強化のために相当大きな行動の余地があると考えることも可能であろう。以下、ここではこの立場に即して議論を進める。

同盟関係には、一挙に強化に向かう時期もあれば、停滞や後退の時期もある。現在は集団的自衛権解釈の見直しなどが起こりそうにない時期であることは確かであるが、しかし、そのような状況下でも、想像力を働かせれば一定の前進の余地はあるように思われる。

その最大の候補が、アフガニスタンであろう。いわゆるグローバル・イシューといわれる課題もその第二の候補である。知的交流の強化などもこのような時期には重要であるが、ここでは省略する。ともかく、現状においても日本にできることは多い。

とくにアフガニスタンは、オバマ政権がある意味で政権の命運をかけて取り組んでいる困難な課題である。アフガニスタン安定化支援は、日本にとっても大きな意味をもつが、同時に日米関係の強化にも貢献するであろう。ヒラリー・クリントン国務長官が訪日中、JAICA総裁の緒方貞子氏と面会していたことも注目に値する。さまざまな復興支援、あるいはアフガニスタンの警察に対する支援(半年分の給与の提供)などは、アメリカ側に十分に評価されるであろう。

オバマ政権側の日本に対するアプローチも、おおよそこのような発想に基づいているように思われる。そもそも、政権にいる人間が、いかに客観的で中立的な評価であれ、自衛隊をアフガニスタンに派遣できない日本はNATO諸国と比較して役に立たないという趣旨の発言を公的に行うことは、建設的でない。政権の担当者が考えることは、いかに日本から効果的な協力を引き出すかである。非軍事的アプローチをも重視しようとしているオバマ政権から見れば、日本が貢献できることはきわめて多い。その意味で、日本がこれまで表明し、また実施した協力の措置は、歓迎され、感謝されていると判断してよいであろう。

ただし、アフガニスタン戦争の長期的な見通しは、必ずしも明るくない。この点は、中長期的に、日本としても心に留めておくべきであろう。アメリカが増派したとしても、安定化に向かうかどうか、必ずしも定かではない。出口戦略をどこに設定するかも重要であろう。撤退できる基準を相当低いものにしない限り、米軍が「勝利した」と宣言して撤退できる日はなかなか来ないであろう。何より、アメリカの国内世論は、もはや長期の戦争を許容しないであろう。

パキスタンと国連:グローバルな協力

アフガニスタン安定化ときわめて密接に関連しているのが、パキスタン安定化であろう。オバマ政権がこれを重視しているのも明らかである。その意味で、日本がパキスタン復興支援会議を開催することは十分歓迎されているはずである。

これ以外にも、地球環境問題に対する取り組みでの協力、第三世界の貧困、とくに女性・児童の貧困問題での協力、国際組織、とくに国連安保理改革を通じての国連の強化、核不拡散の強化、とくに核軍縮の推進などは、少なくとも短期的には、日本もさまざまな形で協力できる政策課題であろう(核軍縮では、当然、日本側には懸念もある)。

パキスタンでの公立学校教育に対する支援なども、それ自体人道的に価値があるが、中長期的にはテロ対策という意味ももちうる。

たしかに、国内政治による制約ゆえに、集団的自衛権解釈見直しのような、いわば本丸での変革は困難である。また、アメリカの民主党政権であれば、日米関係は悪化すると根拠なく決めてかかる議論もある。しかし、思考停止に陥ることなく創意工夫をすることによって、さまざまな領域で日米関係を強化することは不可能でない。

ニューヨーク:9.11が残したもの

むろん、集団的自衛権の問題は、ミサイル防衛などにも深く関わっており、先送りしていることは基本的に健全ではない。正面から直ちに取り組まざるをえないような切迫した状況が立ち現れる可能性も小さくない。

より根本的には、大きな緊張関係が9.11以降内在していることを忘れてはならない。日米安全保障条約における日本・アメリカの権利と義務は、双方が同意の上で権利をもち、義務を負っている点で双務的でありながら、その権利と義務は著しく非対照的である。すなわち、日本の義務はアメリカに国内の基地を使用させること、権利は防衛してもらうこと、アメリカの義務は日本の防衛、そしてアメリカの権利は日本の基地を日本防衛および極東の平和と安全のために、すなわち日本の防衛以外にも使用することである。

アメリカ自身が攻撃された場合の日本の義務については、条約には何も記されていない。すなわち、日本はただ国内基地の使用を許可し続ければよいということになる。この点が、共同防衛の義務でつながっているNATOとの根本的な違いである(ただし、第二次大戦中の米軍の進駐、冷戦状況の出現、米軍駐留の継続といった点は共通である)。

冷戦期にはこの権利・義務の非対照性はそれほど問題にならずに終わった。しかしながら、9.11事件はそのような状況に衝撃を与えた。日本の同盟国アメリカが現実に攻撃されたという事実の重みは、強調してもし過ぎることは難しい。そして、日米安保条約の権利・義務の非対照性も劇的に浮かび上がった。ここが、日米関係と、アメリカとアメリカ以外のNATO諸国との関係の大きな違いである。不幸にも、再びアメリカに対するテロ攻撃が行われる可能性は否定できない。そのたびに、日本は同盟国が攻撃されたときに、何をしてくれるのかをアメリカから問われることになる。条約に完全に即しており、また憲法解釈の制約があるとはいえ、現状のままでは日米の関係に緊張がもたらされる可能性は小さくないであろう。

アフガニスタンは、この文脈でも重要である。アメリカにとって、自らを攻撃してきた集団の拠点となった地域であり、自衛のための戦いという側面も存在する。同盟国に対して、支援を期待するのもある意味で当然かもしれない。条約上の義務はなく、また憲法解釈の制約や国内政治の拘束があるとはいえ、日本があまり支援しないとなると、同盟国としてはきわめて冷淡な対応と映る可能性はあろう。

当面、日本が軍事的貢献を強く求められる状況にないことは確かである。しかし、まさに現在は、中長期的な視点からこうした方面での政策的な検討をしておくべき時期なのであろう。

プラハ:再びオバマについて

オバマ大統領は4月5日にチェコのプラハにおいて核廃絶に関する演説を行った。当面はロシアとの核兵器削減交渉が課題となるが、日本にとってもいろいろな含意のある演説であろう。日本ではきわめて好意的な受け止め方をされていると言ってよいであろうが、最終的な核廃絶はおそらく自分の生きている間には起きないとオバマ大統領自ら語っている。

ただし、きわめて単純化して考えると、たとえばアメリカとロシアの核弾頭の数がそれぞれ1,000程度になったとき、中国の核の相対的重みは増す。日本はこれにどのように対応すべきであろうか。同時に、核弾頭の数ではなく、アメリカ軍が現実に日本に駐留しているという事実こそが最大の抑止力になるという議論も立てられよう。冷静な議論と冷徹な分析が必要であろう。これは、本年3月末にサンフランシスコで開催された日米安保セミナーにおいても提示された論点であった。

ちなみに、アメリカ国内では、プラハ演説を含めてオバマ大統領の発言は、アメリカ自身を傲慢と批判し、アメリカによる核兵器使用の責任まで匂わせたものとして、保守派から厳しい批判が寄せられている。

なお、周知のように、オバマ大統領はトルコのEU加盟を公的に支持した。これに対しては、サルコジ大統領が強く反論した。NATO新事務総長にデンマーク首相が就任することにトルコが反対していたが、オバマ大統領の発言はそのトルコをなだめるための妥協であったという解釈も提示されている。しかし、この発言は明らかにオバマ大統領の失敗であったといえよう。フランスを含めて多くのEU諸国にとって、トルコを加盟させることはきわめて微妙な国内問題であり、いかに国民に人気があるにせよ、アメリカの大統領から指図されるいわれのない問題であるといえよう。どこの国でも、アメリカに迫られて何かをすると、その政権はアメリカのプードルと呼ばれるようになる。

ただし、オバマ大統領がトルコを訪問し、イスラム世界に呼びかけを行ったことは評価してよいであろう。

終わりに

先に述べたように、同盟関係には、一挙に進展する時期もあれば、後退や停滞の時期もある。日本の政治状況ゆえに進展が困難な側面は確かに存在するが、アメリカ側が置かれた状況やその外交政策の性格、そして日本側の創意工夫によって、日米関係の強化のために一定の成果をあげる余地は十分あるように思われる。

オバマ外交は、きわめて野心的な目標を掲げていることがわかった。ロシア、イラン、キューバなどがその典型例である。必ずしも改善につながるか明らかではないが、中国とも包括的な対話を計画している。北朝鮮との関係のようにしばらく凍結状態が続くものもあれば、これまで膠着していた外交関係が大きく動く場合もあろう。日本や日米関係に対する含意など、落ち着いて、しかし政権のペースに遅れることなく、分析していく必要があろう。

2009年4月20日 パリにて