タイプ
論考
プロジェクト
日付
2016/12/14

アメリカ大統領選挙 UPDATE 6:「悔やんでも悔やみきれない選挙」になった民主党の憂鬱:民主党の戦略・戦術(5)

前嶋和弘  上智大学総合グローバル学部教授

 

   今回の大統領選挙の結果をみると、実際のトランプとクリントンの票差は史上まれにみる僅差だった。選挙人は306対232とトランプは72の差をつけ、余裕の勝利には見えるが、実際は異なる。一般投票はトランプ46.2%、クリントン48.0%とクリントンの方が多く、その差は270万票を超えている。その差は「激戦だが、数ポイント差でクリントンがリード」という選挙直前の全米規模の最後の世論調査の数字通りだった。 

(1)僅差での戦略負け

   それでは何がまずかったのか。クリントン側の選挙戦略・戦術のまずさに尽きる。いうまでもなく大統領選挙で重要なのは全米の一般投票ではなく、各州の選挙人の数であり、それを念頭に置いて様々な戦い方を練り上げるような大きな戦略が必要である。この戦略部分でクリントン陣営には慢心があった。

 

   4年前の大統領選挙で、共和党ロムニー候補が落とした州で今回、トランプが勝ったのは、ペンシルバニア、オハイオ、ウイスコンシン、ミシガン、フロリダ、アイオワの6州と、勝者総取り制ではないメイン州の選挙人4のうち1のみ。この中で、ウイスコンシン州やペンシルバニア州、ミシガン州などはクリントン陣営は「勝てる」と踏んで十分に遊説をしなかった。

 

   オハイオ州でクリントン陣営の選挙をまとめた知人は「甘かった。悔やんでも悔やみきれない選挙」と私に電話で語った。「悔やんでも悔やみきれない」というのは、おそらくクリントン本人を含め、陣営全員の心境だろう。

 

   実際、「悔やみきれない」のは事実である。上述の6州のうち、いくつかをクリントンが勝っていれば逆転していた。例えば、オハイオ州、ウイスコンシン州の2州で、今回の票差だった34万票強をクリントンがとっていれば、同氏が大統領になっていた。

 

   またいつもは話題にもならない弱小政党の得票も今回は影響した。6州のうち、トランプとクリントンの差が、「緑の党」のスタイン候補の得票よりも小さかったのが、ミシガン、ウイスコンシン両州。同じくペンシルバニアとフロリダ両州の2人の差は、リバタリアン党のジョンソン候補の得票よりも小さかった。

 

 クリントンは、資金面でも組織面でも圧倒的に有利なはずだった。しかし、トランプが「怒れる白人たち」という新しい層を開拓したのに対し、出口調査を見ると、クリントンは2008、12年のオバマ勝利の立役者だった人種マイノリティー、若者、未婚女性たちという「オバマ連合」を少しずつだが失っていった。「トランプの勝利」ではなく「クリントンの敗北」というのが今回の選挙の現実だろう。

(2)トランプの「リアルさ」とクリントンの「建前」

   実際、この選挙戦は最初からクリントンにとって「盤石」ではなかった(UPDATE2の拙稿「「盤石なクリントン」という甘い幻想」参照)。実際の予備選挙の開始前の選挙運動である「影の予備選(シャドー・プライマリー)」の段階から、クリントンは他の候補予定者を世論調査上で大きくリードしたが、予備選ではバーニー・サンダースの追い上げで独り勝ちムードは吹き飛んだ。本選挙でも“型破りの敵役”であり、あれだけひどいレベルの候補者だったはずのトランプに対しても、クリントンは惜敗した。「ガラスの天井」は破れなかった。

 

   大きな戦略だけでなく、細かな戦術でも最後はトランプの追い上げに対抗できなかった。資金面で圧倒的に不利だったトランプは、ネットメディアを効果的に活用した。フェースブック上で流した動画も、クリントンのものは作り込まれたものだったがトランプは携帯で“自撮り”で撮影したような素朴な動画だった。この手作り感が逆にリアルな共感を生んだのではないだろうか。

 

   リアルさはトランプの真骨頂であり、トランプのツイッターのリツイート数はクリントンの3倍近くであり、ここにもクリントンのような建前でなく、支持者とつながれる本音がつづられていた。ただ、その「本音」は例の「米国国境の壁」のような放談のようなものだったが、一部の支持者には熱狂的に受け入れられた。後押しするように、トランプのネット上の応援団となった、白人至上主義的な「オルタナ右翼」の存在や、「脱真実(ポスト・トルース)」といわれる嘘のニュースもトランプに都合がよい情報を発信し、それが拡散されていった。いずれにしろ、ソーシャルメディア上でも有権者とつながれないクリントンの候補者としての弱さが目立っていった。

(3)クリントンの「不都合な真実」

   クリントンが有権者との距離があったのは、いうまでもなく、クリントンが過去25年近くワシントンの中心にいるという究極のインサイダーであることとは無関係ではない。クリントンはファーストレディから始まり、上院議員、国務長官と、まぶしすぎるほどの経歴だったが、この経歴が逆に作用した。選挙戦では詳細な政策を口にするものの、どこか支持者からは遠い存在であり続けた。金融業界などとの親密な関係が選挙戦の最中でも何度も問題視され、癒着や不透明さはインサイダーとして避けることができなかった。「ダーティーさ」が目立つ中、クリントンは国民からの十分な信頼を集めることができなかった。テレビカメラの衆人環視の中で気を失うなどの健康問題もあった。

 

   ただ、クリントンを象徴するのが、一連の電子メール問題に他ならない。国務省時代に公的なものではなく、施設サーバーでメールをやり取りしていた一連の電子メール問題では、クリントンはなぜ国務省のメールアドレスを使わず、自分でサーバーを立てて自前の電子メールを使ってきたのかについて、常に疑われてきた。「楽だったから」というクリントン側の主張する理由は、不十分であるとアメリカ国民が感じたのも無理はない。

 

   国務省のメールの場合、将来的に一般への開示義務があるが、「公開するのがまずい何かがあったのかもしれない」という疑惑は結局、ぬぐえなかった。特に夫であり、元大統領のビル・クリントンとともに運営する「クリントン財団」をめぐる不透明なカネの流れとメール問題との関連で、クリントン夫妻の「ダーティーさ」がさらに目立ってしまった。メール問題はクリントンにとってずっと増殖する悪性細胞そのものだった。FBIは選挙直前の10月28日に電子メール問題では再捜査を始めたが、これが決定打となった。

(4)トランプに引きずられた泥仕合

   また、選挙戦がトランプにかく乱された感も大きい。クリントンは政策には詳しいものの、そもそもこれまでの公約の中で、「オバマケア」や「ブッシュ減税」などといった自分の政権の代名詞となるような政策を打ち出せなかった。

 

   所得再分配的な税制改革や、非合法移民やその家族に対して比較的柔軟に対応するような移民法改正、代替エネルギー重点化など、それぞれはまとまった政策なのだが、“魂”がこもっていないようにすら感じる。外交安全保障政策ではクリントンは「最高司令官」「三軍の長」としての安定感をPRしたのだが、どことなく上滑りしていた。

 

   トランプとの泥仕合で、とても政策にまで注目が集まらなかったのは、クリントンにとってはあまりにも不幸だったかもしれない。

(5)混沌とした今後 

   トランプを熱烈に支援する声と敵対する声は二分されている。大統領当選後すぐに反対デモが起こるようなアメリカの大統領は皆無である。選挙直後の高揚感も全くといってない。ただ、クリントンとトランプにとって、上述の「34万の差」は天と地の差でもある。

 

   民主党としては、どのように立て直しをはかるのかがカギとなるが、まだ混沌としているのが現状である。夏から空席となっている民主党全国委員長には、民主党最左翼のキース・エリソン下院議員が選ばれる可能性が高い。選挙の要となるまとめ役として、エリソンがどれだけ適任なのかは全く不透明である。あるいは下院院内総務に再び選ばれたナンシー・ペロシの「いまさら」感はとても強い。上院院内総務に新しく決まったチャック・シューマーにしても、ウォール街との近い関係が長年指摘されており、今回の選挙で世界的に名前が知られるようになったサンダースや、エリザベス・ウォーレンら金融規制を訴える左派からの反発は大きい。

 

   民主党にとって、今後の道筋はあまりにも不透明である。