タイプ
論考
プロジェクト
日付
2016/7/20

アメリカ大統領選挙UPDATE 4: ヒラリーケアのジレンマ

    大統領を選ぶ際に重要視する政策は何か、を聞いたギャラップの調査(2016年5月18日から22日実施)の結果、上位から経済(92%)、雇用(89%)、テロと安全保障(87%)、教育(86%)、医療とオバマケア(83%)となった[1]。医療政策が今年11月の選挙において重要争点の一つになることは間違いない。

 今回の大統領選挙における医療問題をめぐる攻防は、これまでの民主党と共和党との争いとは少し様相が異なる。2010年に3月に患者保護および医療費負担適正化法(通称オバマケア)が成立する前は、民主党は皆保険を支持し、共和党は皆保険の必要性を否定した。オバマケア成立後は、民主党はオバマケアの継続、共和党は主にオバマケアの破棄を主張した。しかし今回の選挙においては、民主党候補者のヒラリー・クリントン、共和党候補者のドナルド・トランプ共にオバマケアに対する改革案を提示している。

 クリントンの改革案の内容については、民主党予備選挙でバーニー・サンダーズに善戦を許したことが影響している。サンダーズは、オバマケアによっても保険料の高騰問題や医療費増大問題は解決しておらず、さらには無保険者問題の解決にも繋がらないことを強調した。そして、医療制度改革について「Medicare for All」というスローガンを掲げ、シングル・ペイヤー制の導入を主張した。サンダーズのこの主張は、連邦政府主導のさらなる改革を望む民主党支持者を引きつけた。これを受けて、クリントンは自らの改革案をより左に位置付けざるを得なくなった。

 他方トランプは、前回のコラムでも紹介したように、もともと皆保険自体に賛成していた経歴を持ち、共和党候補者としては異色の存在であるといえる。しかし、共和党の予備選挙を戦っていく中でいわば“共和党らしく”オバマケアの破棄を主張し始めた。3月には改革案として「7ポイントプラン」を示した。そして議会共和党からも6月に入ってポール・ライアン下院議長がタクスフォースにまとめさせた改革案が発表された[2]

 共和党案には具体性がないなどの批判があるが、これらの改革案がそれまでの共和党案と違っているのは、皆保険の実現を全面的に否定する姿勢を軟化させたという点である。最近、トランプがインディアナ州知事としてオバマケアの目玉の一つであるメディケイドの拡大にリーダーシップを発揮したマイク・ペンスを副大統領候補に指名したこともこの流れを示すものであるといえる。

 本コラムでは、このような大統領選挙における両候補の争いの中でクリントンがどのような戦略をとり得るのかについて述べたい。

 

攻勢にでればでるほど守勢に回ることになるクリントン

 オバマケアに対する改革案として、クリントンはサンダーズが主張するようなシングル・ペイヤー制の導入は、その実現可能性と費用を勘案すると困難であるとする。しかし、クリントンはパブリック・オプションの導入を考えていると伝えられている[3]

 このパブリック・オプションは、2009年にオバマケアが議論されていた頃に政策の一つの選択肢として注目されたものである。オバマケアによって個人で加入する者(雇用を通じて保険が提供されない者)は、医療保険取引所に提示された保険プランの中から選択することになった。パブリック・オプションというのは、公的プログラムをこの医療保険取引所のプランの中の一つとして認めるというものであった。

 パブリック・オプションは、保険料や給付内容について連邦政府がより直接的に影響を及ぼすことができる政策として見られたが、民間保険業界から「民間企業を締め出すもの」であると批判された。結局オバマ大統領は法案の成立を最優先し、パブリック・オプションの導入は見送った経緯がある。

 このようにパブリック・オプションの導入というのは、民主党左派からみればオバマケアの次なる一手としてみなされる方策であるといえる。しかしパブリック・オプションを主張することによって、民間保険者団体や医療サービス提供者団体等からの反発を受けることは必至である。

 クリントンは、このような反発を予測してか、オバマケア本体への改革よりも薬価を抑制する方策についての議論に比重を置いてきた。しかし、これも製薬会社からの反発を招くことになる。予備選挙でクリントンは多額の献金を製薬会社から受けた。それは共和党候補者全員分よりも多いという[4]。そのようなクリントンが薬価問題に本腰で取り組くむことは難しいであろう。

 ここでもう一度確認しなければならないのは、アメリカの医療制度は、これまで民間の保険者と医療サービス提供者によって支えられてきたということである。

 オバマケアというのは、その基礎部分をあまり変更することなく、建物のリフォームをしたようなものであるといえる。それによってある程度住みやすい環境にはなった。しかし、保険料の高騰問題、医療費増大問題、無保険者問題などを根本的に解決しようとするならば、基礎部分を大幅に変更する必要がでてくるのである。ある意味、オバマケアをより左の方向へ改革することは、オバマ大統領がオバマケアを成立した時よりもはるかに難しいと言える。

 世論調査を見ると、トランプはクリントンに対して医療問題への対応能力についてはかなり後塵を拝している。ギャラップによる調査によると、クリントンにより対応能力があると答えたのが56%、トランプが40%と、クリントンの方が16ポイントリードした[5]

 しかしここで問題なのは、クリントンは政策能力があると考えられているが故に、より具体的で完璧な改革案を示す必要がでてくる。しかし、どの改革案を示しても大きな反発に対処しなければならない。トランプ側としては、医療問題について自らの案については多く語らず、クリントンの足元をすくう戦略を取ればよくなる。クリントンは、より左よりの政策を求める民主党支持者と彼女自身の高い政策能力がもたらす苦悩に苦しむ状況になっているのである。

 

 山岸 敬和 南山大学外国語学部教授

 

[1] http://www.gallup.com/poll/192104/trump-leads-clinton-top-ranking-economic-issues.aspx

[2] http://healthaffairs.org/blog/2016/06/22/the-house-republicans-health-plan/

[3] http://mainichi.jp/english/articles/20160710/p2g/00m/0in/030000c

[4] http://www.reuters.com/article/us-usa-election-pharmaceuticals-idUSKCN0Z22F1

[5] http://www.gallup.com/poll/192104/trump-leads-clinton-top-ranking-economic-issues.aspx