タイプ
その他
プロジェクト
日付
2013/1/15

iPS細胞を使う再生医療についてどう備えるべきか(2)<page3>

~生物学者・勝木元也氏と語る



再生医療研究への支援のあり方

ぬで島 山中教授は臨床応用の成果を出すことを急務と考えておられて、ノーベル賞受賞決定後はそれに拍車がかかっているようにみうけられます。山中教授は医師ですが、生物学的な基礎の解明の研究に取り組んできた長い経歴をお持ちだと聞いています。そのあたりはどのように見ておられますでしょうか。

勝木 山中教授の発言を聞いてみれば、臨床だ、基礎だということをことさらいう必要はないと思います。極めて自然に、再生医療を実現させたいとお考えですから、必要なことであれば、基礎だろうが臨床だろうが躊躇なく研究されるのではないでしょうか。それほど狭くお考えになっているとは思えません。しかし、社会が、政治が、臨床の成果だけを求めるような過度の期待をかけているように見えます。本当は基礎だ、臨床だと分けられるものではありませんから、外から研究費の自由な使い方を制限するような状況を研究者に強いるのを改めないといけません。

研究の支援は、科学として新しい問題を自ら提案し、科学的批判に晒されて、それを突破した上で取り組む研究に向けるものですが、再生医療の実現という具体的な目標が設定されている以上,やるべきことはすべて行うというのが条件で、基礎科学であれ臨床研究であれ、どんどん深く研究されるべきです。枠を決めてはかえって,目標は達成できなくなると思います。

ぬで島 応用の成果を求めるだけの支援は、技術開発の支援であって、科学研究の支援ではない。科学研究の支援がなければ、技術開発で不可欠なリスクの想定が十分にできないかもしれない。応用を進める際のリスクマネジメントとして、最悪事態を想定するには、個別の事例について、その技術の実装に当たっての波及効果なども検討する必要がありますから,基礎的な知識が不可欠になることは確かだと思います。こういう提起のしかたをすれば、わかってもらえるでしょうか。

勝木 先ほど言われた「予防原則」という意味からも必要な提起です。ネガティブな批判ではなく、再生医療研究を進めるための問題提起であって、それは現場の研究者たちが率先して行わなければ具体的なものはできません。そのときに、内容を理解できる専門家を加えることは有効だと思いますね。

今の日本のように、この幹細胞を使えば再生医療が実現できるという結論をまず出して、その実現を果たしなさいという予算のつけ方をすると、その圧力は並大抵のものではないと思います。韓国で起こったヒトクローン胚からのES細胞のねつ造などは最も悲劇的な政治的圧力によるスキャンダルの例です。日本でも今後、末端で働く人たちの間に圧力に耐えかねる人が出ないとも限らないほどの重圧ではないかと、要らぬ心配さえしてしまう状況です。

ぬで島 韓国の事件を起こした研究リーダーへのプレッシャーは、すさまじいものだったそうですね。政府も国民も、とくにマスコミが熱烈に実現を期待しました。

勝木 そういうやり方をすると、最終的には完全に破たんするのです。科学研究でそんなやり方をしてはいけません。ねつ造が起こるとは思いませんが、科学の本当の進歩を止めてしまいます。

科学研究であれ、研究開発であれ、(1)でふれた神戸の理研の笹井氏が発見した三次元培養の成功は非常に重要な発見ですから、どんどん応用の先端として取り入れるべきです。細胞やシートに培養しただけのときとは違って、iPS細胞から分化させた細胞の安定化が得られる可能性はないかなと想像します。たとえば三次元培養して眼杯をつくり、そこから移植用の網膜を取得するというやり方にすれば、安全性の問題を解決できるかもしれません。すでにその検証を始めておられるかもしれませんが、正常の構造形成では、奇形腫は完全に分化し、元に戻らない可能性を示唆しているからです。しかしそれは予測に過ぎません。網膜だけを採って来たらどうなるかなどについても確実な検証が必要です。これは基礎研究と言えばそうですが,明らかに応用に重要な知識を与える研究でもありますから、プレッシャーに根本的に答えるものになるかもしれません。そういう研究にも支援がほしいですね。

ぬで島 そうした生物学の基礎の興味というか問題設定から行われる研究が、応用に向けた技術開発で検討すべき安全性とリスクの想定の基盤になる、ということでした。最悪事態を想定したリスクメネージメントと先にいいましたが、それは本当に責任を持って何か大きなことをするためには、絶対必要な備えです。

勝木 そうです。私は何もことさら人騒がせなことを言おうとしているのではありません。臨床まで持って行くには、そのためのきちんとした体制と寛容な行政の支援が必要だと言っているのです。

ぬで島 原子力開発でも自然災害対策でも、リスクの想定が最悪事態原則に基づいていなかった。それをいま日本中で猛反省しなければいけない事態になっています。生命倫理でも、再生医療の研究が臨床応用に向かっているなかで、どんなに数少ない患者さんに対しても、仮に起こりうる被害が軽微であろうとも、厳しい予防原則に基づくことを求めていかなければいけない。そう考えていいでしょうか。

勝木 再生医療の分野が「原子力村」的なものになるとは思いませんが、原子力発電を開発促進している過程では、当事者には,まったく見えなかったことでしょうし、油断とも思わなかったことでしょうから、常に教訓にすべきことだと思います。

ぬで島 私は、現状で最も危惧されるのは、「iPS村」ができてしまうことだと思います。iPS細胞を使う研究にばかり大きな支援が行って、iPS細胞に関する欠点やリスクを言うことがはばかられるような構造的圧力が関係者にかかる事態が一番恐ろしいです。

再生医療に使う幹細胞には、ほかにもいろいろ候補があって、地道に研究されています。ES細胞はもちろん、骨髄由来の間葉系細胞もあります。その間葉系細胞のなかでもとくに増殖能と分化能が高い細胞(「MUSE細胞」)を特定した研究も出てきました。それらを全部入れた、さらにこれから新しく出てくるものも全部受け入れる再生医療研究の体制ができてほしいと思います。逆にそれらをみんな排除して、iPS細胞だけに偏った振興が行われれば、これはもう原子力村と同じiPS村になってしまいます。

勝木 確かに幹細胞治療に関しては新しい潮流が出ていますね。直接幹細胞に戻すなどの手法をはじめとして、昔から可能性として研究されてきた間葉系細胞が再登場の感じで盛んに研究されていると思います。

ぬで島 そういう全体像を見据えた、バランスのとれた適正な推進のための方策が重要になると思います。

どうもありがとうございました。


提起・まとめ


・iPS細胞の発見が生物学上の業績としてノーベル賞を受賞したことを正確に理解する必要がある。

・iPS細胞を使う再生医療には、安全性の確立が必須である。その際、最悪事態を想定した予防原則に基づいて対応できる体制を確立する必要がある。

・予防原則とそれに基づいた対応を策定できるのは、具体的研究の当事者と、その提案を検討できる専門家から成る委員会である。その際、研究の結果をすべて公開すること、不都合な真実も反映させる姿勢を貫くことが研究者倫理として求められる。

・現状は、社会の側だけでなく研究を管理する側も、臨床の成果だけを求め、早い実現を過度に期待しているように見える。基礎と臨床とを問わず,研究現場の真剣な研究に枠をはめず、寛容な態度で自由な使途を確保すべきである。さらに、iPS細胞医療開発に直接関係しないものでも、ほかの様々な幹細胞医療の研究はもちろん、発生学の基礎研究の提案にも目配りすることが、長い目で見れば研究開発の目標達成にとっても重要な要諦である。



これまでの取り組み(参考リンク)


《時評》「皮膚から万能細胞」~問われるのは倫理より科学政策の理念(2007/12)
「【医学的土台】~再生医療研究の仕分け」(『生命倫理の土台をつくる』2010/7、p17-20)
生命倫理サロン第2回「再生医療の展望は開けるか」(2010/10/22)
同 第9回「再生医療研究の見通しと課題」(2012/2/9)


参考文献


ぬで島次郎『生命の研究はどこまで自由か』(勝木氏との対話を収録)
 http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/02/3/0236900.html