タイプ
レポート
日付
2008/2/6

第1回研究会報告:日仏生命倫理概説ほか

第1回研究会の概要

 2007年11月26日にブレインストーミング・ミーティングを行ない、プロジェクトの趣旨説明に続き、今後の進め方について議論を交わした。その際、出発点として、日本の生命倫理のこれまでの経緯と現状についての総括をメンバーで共有しておきたいとの提起があった。
 そこで2008年1月30日に行なった第1回研究会では、まずぬで島が、「日本の生命倫理のこれまで:近過去史としての整理」を発表し、プロジェクトの目標を確認する議論が交わされた。
 次に、土台づくりの一つのモデルとして、ぬで島から、フランス生命倫理法の基本原理について、その形式と内容の紹介と問題提起がなされた。そこで抽出された受肉と霊肉一元論というキーワードについて、議論が交わされた。
 それを受けて、島田顧問から、「日本人の生命観 西欧との比較から」と題した発表が行なわれ、最初に、日本の心身一元論の基盤となっている伝統信仰は、古来から続くアニミズムであるという通説に対し異論が提起された。この提起は参加者一同からたいへん興味深いものと受けとめられ、それぞれの社会・時代における「伝統」とは何かについて、議論が交わされた。
 今回は時間の都合で、この論点の議論だけを行ない、島田顧問の発表の続きは次回に回すことになった。

  出席者:ぬで島、洪、島田、福島、赤川
  ゲスト参加:橋爪大三郎氏(東京工業大学教授、東京財団評議員)

【発表と議論の内容】


1 日本の生命倫理のこれまで:近過去史としての整理(ぬで島)

[発表]
 日本の生命倫理は、大略以下のような経緯を経て今日に至っている:
*1980年代:混迷の端緒
  脳死論議の本格化→脳死移植は暗礁に その一方で生体肝移植開始
  体外受精児第1号誕生→生殖補助はほとんど議論なく水面下で普及
  大学医学部倫理委員会の誕生と普及→地位や権限はあいまいなままスタート
  学会設立→アカデミーと現実の課題との分離、すみ分け
*1990年代前半:停滞、追認、成功
  脳死・臓器移植〜臨調異例の両論併記、立法進まず/生体移植は増大の一途
  生殖関連技術〜学会会告による追認、進む(顕微授精、第三者精子提供)
  遺伝子治療〜異例の国による事前審査という行政指導、成功
   →現在の指針乱立の発端
*1997年から2001年まで:進む仕分け
  臓器移植法ようやく成立、しかし脳死提供者はわずか/生体移植増大続く
  クローン羊誕生のインパクト〜初の国レベルの審議の場誕生
    →対象がクローンと胚研究に偏り
  生殖補助規制の検討開始→政府の審議会答申は出るが立法は進まず
  科学技術基本法→ミレニアム対応〜遺伝子解析における個人情報の扱いに偏り
 *2002年から現在まで:
  行政指針の増殖(ES細胞、疫学、臨床研究、幹細胞・・・)
  臓器移植法の抜け穴で問題発生(病気腎)、組織移植野放し(膵島移植)
  代理出産の既成事実化→振り回される生殖技術規制論議
 以上のような経緯を経て形成された日本の生命倫理の性格をまとめれば、「分野ごとの行政指導指針+各施設倫理委員会の審査による法的裏付けのない私的自治」であるということができる。生命倫理は生命科学・医学の日常業務として定着したという評価もできるが、何も考えずにお上の決めた指針に従っていればいいという倫理のマニュアル化と外部化が定着したということもできる。
 また、そうした日常業務を超えて、全体の方向づけを考えるセクションがない。社会の議論や公的対応において課題設定は常に受け身で、マスコミや欧米で問題にされることだけに偏る傾向が強い。

[ディスカッション]
 まず、生命倫理学会などのアカデミーではこうした状況をどう考えているのか、大局的な分析はなされていないのではないかとの指摘があった。次いで、全体の方向性を考える場がほかにないから、本プロジェクトでそれをやるのだという方針が確認された。ではその一番の課題は何か、との提起を受け、マニュアルの個々の内容を批判するのではなく、なぜそういうマニュアルになるのかについて、みなを納得させることができる原理を提示してみせることであるとの指摘があった。具体的には、人体要素を人から切り離して流通させる状況が出てきたことに対して、物と人体を分ける仕切りがないので、その基準を築くことが課題だとの指摘があった。

2 フランス生命倫理法の土台(ぬで島)

[発表]
 人体要素と物を分ける線引きの原理を立法で確立しようとした点が、フランス生命倫理法の核心である。それは本プロジェクトの土台づくりのモデルの一つとして、重要な分析対象となる。形式と内容の二つの面から、その原理に迫ってみたい。
 1)民法典という場所:フランス生命倫理法は、その基本原理を民法典に定めた。民法典は、市民社会を構成する理念を示す法として、「真の憲法 constitution」であるとの認識がなされている(カルボニエ→大村敦志)。それは、「人」とは何か、「権利」とは何かが明らかにされる場である。フランス生命倫理法は、「人格=人身 personneの尊厳」を保護法益とすることで、人体要素に対する個人の自由と権利を制約する原理とした。その原理を法に実現する形式として、民法典の「人」の編に「人体の尊重」という節が新設された。近代法の「人/物」二分法に、「人体」という新しいカテゴリーを創設したのである。
 2)「人体の人権」というドグマ:人体が尊重されるのは、そこに人の尊厳の核である人格が宿るとされるからである。ここに、「人体の人権」というドグマが形成される。その理念を表現する政府の報告書や法案趣旨説明には、次のような表現が見いだされる。
「われわれの法と哲学の成り立ちを支える土台となる原理は、肉体と魂の不可分性である。(中略)人格の尊重が示されるのは、肉体においてである。」「基本原理は、肉体に受肉した人格の不可分性である。」[コンセイユ・デタ『ブレバン報告書』1988,p15,p34. 強調は原文]
「人格が受肉したものである人体は、人の本質それ自体の一部を成すものであり、それに相応しい尊重を受けなければならない。」[国民議会「人体尊重法案」趣旨説明, 1992, p3-4]
 そこに「霊肉一元」「受肉」という、宗教的な起源を持つ二つのキーワードが出てくること、それがフランスの伝統思想だと指摘されていることに注目したい。これまで、西洋=心身二元論/東洋=心身一元論、というとらえ方が、生命倫理の議論で通説とされてきた。しかし、西洋も一元論だとフランス生命倫理法の制定者は表明している。キリスト教倫理学者の関正勝は、心身二元論は古代ギリシアの基本思想であり、キリスト教はそれに対して肉体と魂を分離しない、存在と価値を分離しない革新的思想を信仰の大本に置いた。それが「受肉」という教義である、と述べている[総合科学技術会議生命倫理専門調査会第13回議事録,2002,p19-21より]。
 すると、われわれが西洋の基本思想だとみてきた、デカルトを代表とする心身二元論は、伝統思想ではなく、近代を可能にした特殊な「逸脱」なのではないかと考えられる。人以外のものから宗教的価値を奪い、自由に処分できるようにするという役割を、デカルト二元論は果たしたのではないだろうか。
 心身一元論を東洋思想の専売特許のようにとらえ、西洋との違いを強調してきた議論は誤りで、東西を通じた普遍性が心身一元論にはあるのではないだろうか。
 では日本の/東アジアの霊肉一元論とは、どのようなものなのだろうか。そこからわれわれは、フランスでのように、日本の生命倫理の土台になりうるような理念をくみ出すことができるだろうか。

[ディスカッション]
 まず、人体の隅々に人格が宿るというドグマを徹底すると、それは一種のフェティシズムになるのではないか、物の脱呪術化が近代の原理だとすれば、人体の人権論は、そこに再び価値を込めようとする、再聖化のモメントを持つかもしれないとの指摘があった。
 次いで、人の本質が体の隅々にまで行き渡っていると強調することは、非常に特異な思想ではないか、人の本質は体の一部が失われても変わらないととらえるのが普通で、人格の中心は局在する(脳や心臓などに)と考える思想の方が、より普遍的なのではないか、との指摘がなされた。フランス生命倫理法において、髪や爪は尊厳の保護の対象となる人体には入らないと政令で決めてしまうのは、恣意的ではないかとの批判もなされた。「人体」には死体は入るのか、法が尊重すると宣言した人の生命の始まりはいつなのか、それがあいまいなまま残されているのでは法的に一貫しないとの指摘があった。今後われわれは、フランス生命倫理法の原理を総体ではなくいくつかのエレメントに分解し、それらを個々に検証し、採用に値するものとそうでないものを分別していかなければならないとの提案がなされた。
 最後に、「受肉」という言葉は、立法の理念として出てくるときには、宗教的な意味は含まれず、あくまで世俗的な意味合いで使われているはずだとの指摘があった。宗教的な、それゆえに強い理念的な背景をそこに見すぎてはいけないとの戒めとして、重要な指摘であった。

3 日本人の生命観 西欧との比較から[1](島田)

[発表]
日本の伝統信仰としてのアニミズムというとらえ方の問題点
 「受肉」に相当する日本の宗教概念は「仏性」であるが、仏性がものすべてに宿り実現していると考えられるようになったのは、平安後期の本覚思想の普及以降に過ぎないのではないか。本覚思想は、すべての衆生に悟りの可能性があるとする仏教の如来蔵思想を発展させ、衆生のありのままの姿がもう悟りの状態であるとし、悟りのための修行を否定するに至る。ここに、草木国土すべてが悟りを開いているという「草木国土悉皆成仏」という考え方が生まれ、それが日本のアニミズムとして展開した。アニミズムは原始古代からずっとあったというとらえ方は、本覚思想の過去への投影なのではないか。

[ディスカッション]
 国学や柳田民俗学の思想と異なる、非常に興味深い仮説である。しかし、本覚思想が本来の仏教にはなかった「草木国土悉皆成仏」の認識に至るのは、アニミズムの土壌があったからではないか。また、平安後期からに過ぎないとしても、それはかなり長い年月であり、立派に日本の伝統思想といえるのではないか、との指摘があった。それに対して、それぞれの社会には必ず決まった「伝統」があることを前提に話が進んでいないかとの疑義が出された。日本のアニミズムがいつどのように形成されたのか非常に興味深いが、それを日本の伝統思想だとして現代の課題に対する議論に持ち込むのは慎重であるべきだとの指摘がなされた。