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「生命倫理の土台づくり」プロジェクト 第7回研究会報告:フランス生命倫理法・生殖関連規定の理念

September 4, 2008

第7回研究会の概要

2008年8月29日、第7回研究会を行った。今回は、「フランス『生命倫理法』の生殖関連医療・研究規制は何を守るのか」について、小門プロジェクトメンバーが発表を行い、討議を行った。
発表では、フランスの生命倫理関連法のうち、生殖補助技術と受精卵研究に対する規制内容の変遷が分析され、同法が守ろうとする倫理的理念の重み付けに変化がみられることが明らかにされた。立法当初の中心課題だった「人の生命の始まりの保護」が後退する一方で、「安定した男女の結びつきにこそ生殖と出生があるという家族観の保護」は堅持されている、というのである。
これを受け、討議では、契約や養子など民事・家族政策に連なる代理懐胎の問題と、生命操作=科学技術政策に連なる受精卵の扱いの問題を分ける必要が指摘された。そのうえで、生命操作=科学技術政策においては、倫理は後退し行政管理が主になっているのに対し、家族政策においては、宗教的な背景も伴う倫理的価値観が維持されている、との敷衍がなされた。そして、科学技術および親子関係に関する立法理念については、遺伝子関連技術への法規制のあり方も含めて、さらに視野を広げて分析していく必要が認識された。

出席者:ぬで島、洪、小門、島田、相原、大沼
ゲスト参加:橋爪大三郎氏

発表と議論の内容

[発表]

フランス「生命倫理法」の生殖関連医療・研究規制は何を守るのか(小門)

1 はじめに

フランス生命倫理法の立法のきっかけになったのは、体外受精児の誕生(イギリス・1978年、フランス・82年)が社会に与えた衝撃だった。それは、受精という人の生命の始まりに、操作の手が及ぶようになったことに対する懸念だった。1994年の最初の立法成立から2004年の抜本改正を経て、2010年に予定されている二回目の見直しに至る現在まで、生殖補助医療のあり方と受精卵の扱いは、常に生命倫理法における最大の争点であり続けてきた。

2 フランス「生命倫理法」

生命倫理法では、規制の基になる共通の倫理原則を、以下のように定めている:
・人は、その生命の始まりから尊重される
・人体要素は売買できない
・人体要素の提供者・受領者の個人情報は守秘
そのうえで、生殖補助医療については、以下のように規制が定められている:
・民法:代理懐胎契約は無効。それ以外の配偶子/胚の提供を伴う生殖補助医療により出生した子の親子関係を規定
・保健医療法:規制対象=自然のプロセス外で生殖を可能にする技術全て
目的=親になりたいというカップルの願いに応えること
カップルは生きた男女、生殖年齢、結婚/二年以上の同居
カップル内で成功しない場合、例外的に提供配偶子/胚を利用できる

3 受精卵の利用に対する規制

受精卵の利用に対しては、次の三つの分野で規制が定められている:
(1)生殖補助医療目的
カップル内の生殖補助医療が成功しない場合、例外的な措置として、受精卵の提供を受けられる。
カップルの親になるという計画の対象とならなくなった凍結受精卵は、
1. 他の不妊カップルに譲る(5年以内に引き取られなかった場合、?/?)
2. 研究対象として提供する 3. 破棄する、 という三つの選択肢が与えられる。
(2)研究目的
観察研究のみ(1994年)→5年の時限付で胚性幹細胞研究などを許容(2004年)
(3)着床前診断
重篤な遺伝性疾患回避目的に限定(1994年)→病気の同胞(きょうだい)に骨髄や臍帯血を提供するための組織適合検査目的を追加(2004年)
カップルは生殖補助医療の要件(生殖年齢にある生きた男女で、結婚または二年以上の同居生活をしていること)を満たす必要がある

4 卵子・卵巣の利用に対する規制

卵子と卵巣については、以下の規制が定められている:
(1)生殖補助医療目的
提供者は、カップルの一員で子持ちでなければならない/提供により生まれる子の数は5人以内(1994年)→子持ち、10人以内に緩和(2004年)
*緩和の背景には、提供者不足がある(2005年には168人)
卵巣は、自己の後の利用を目的として保存可能

(2)研究利用目的
卵子、卵巣の研究目的での利用に関する特別の規定はない。研究目的の受精卵作成やクローン胚研究が認められていないため、「研究の材料」としての扱いは議論の対象になりにくいためと考えられる。

5 子宮の利用―代理懐胎に対する規制

フランスでも是非が問題にされ続けている代理懐胎について、1994年の立法では、民法典で契約は無効とし、刑法典で仲介に刑事罰を科すことで、法的に「禁止」したものとみなされてきた。事実この法規定により、代理懐胎の実施は困難であった。さらに、代理懐胎により生まれた子を依頼者が養子縁組することを禁じた判例により、国内外で代理懐胎により子を得ても、親子関係の確立は非常に困難だった。
しかし2007年パリ控訴院は、米国での代理懐胎により双子を得たフランス人夫婦について、米国で出された出生証書をフランスの出生届に転載することを認めた。この決定を受け、2008年6月には、議会元老院(上院)の調査検討班が代理懐胎の限定的な解禁を提案し、論議を呼んでいる(詳しくは、 《時評》フランス「生命倫理法」の追跡(2)~議会上院・代理懐胎解禁提案の波紋~ 参照)。

6 まとめ

以上の法規制の変遷をまとめると、次のようになる:

*受精卵の扱いに対する規制

  • 生殖補助医療目的:使われなくなった保存受精卵の廃棄を明文化
  • 研究目的での利用:原則禁止は維持しつつ、生殖医学の観察研究だけでなく、胚を壊す再生医療分野の研究も時限付きで容認
  • 胚の選別と破棄につながる着床前診断:遺伝病回避だけでなく、同胞治療に適した子を産むためという操作的介入も容認


*生殖補助に対する規制
「子どもは一人の父親と一人の母親の下に生まれる」という伝統的家族の原理は保持され続けている。シングルや同性カップル、カップル片方の死後など、その原理から外れるケースに利用を認める規制緩和はなされない。

受精卵の利用に対する規制が各分野で緩和されるのは、先端医療と研究開発の振興のほうが、生命の始まりの保護というドグマより優先されるようになったことを示している。つまり、2004年の改正を経て、フランス「生命倫理法」が守る倫理的理念のなかで、《人の生命の始まりの保護》は後退する一方、《安定した男女の結びつきにこそ生殖と出生があるという家族観の保護》は堅持され続けていることが分かる。

以上のフランスの生命倫理政策の展開に対し、カトリック教会は一定の影響力を持っているが、「受精の瞬間から人の生命は始まる」との教理に基づき、受精卵研究を禁止せよとの法提案は、常に否定されてきた。一方、男女の結びつきのみからなる家族を保持せよとの価値観は、生命倫理法においても採用され、堅持されている。そのように、キリスト教教義に基づく価値観のすべてが等しく影響を与えているのではなく、取捨選択が行われていることが分かる。

[ディスカッション]

代理懐胎を巡って:「容認」判決の意味、養子制度との兼ね合いなど

まず、代理懐胎の法規制について、契約無効との規定は当事者間に紛争があったとき契約内容を強行できないという効果しかなく、刑罰が仲介にしか科されないなら依頼者と実施医が直接行うケースは罪にならないので、フランスが法律で代理懐胎を禁止しているとはストレートにいい難いことがよく理解できた、とのコメントがなされた。実施行為にすべて刑罰を科すのでなければ禁止とはいえないが、そこまでの禁止立法を行っている国はないとの指摘がなされた。
さらに、パリ控訴院が代理懐胎による親子関係を認めた判決の根拠が問われた。国内で違法と明文の法規定があるなら、裁判所はそれを覆すことはできないはずで、問題にされているのは代理懐胎契約自体ではなく、外国で合法とされた出生届のフランス国内での効力についてだろう。一般に民法では、外国で合法とされた契約を国内で保護するのは適法であるはずである。この「代理懐胎容認」判決の意味は、さらに精査する必要があるとの指摘がなされた。
また、代理懐胎であることを伏せて、産んだ女性が実子として出生届を出し、その子を養子として依頼者が引き取れば、親子関係を成立させることができ、事実上代理懐胎が可能になるのではないかとの質問が出された。それに対しては、フランスの養子制度では、公的な待機リストに登録し順番待ちをする必要があり、産んだ女性が引取先を指定することができないと思われるので、それは不可能であるとの応えがなされた。この点を確かめるために、フランスの養子制度の実際について補足調査をする必要があることが認識された。

二つの異なる問題:生命操作と親子のあり方

次に、代理懐胎と、ほかの生殖補助医療・研究における受精卵の扱いは、性質が異なる別の問題で、一緒に並べて議論していいのかどうか、との指摘があった。代理懐胎は親子関係のあり方の問題だが、受精卵の扱いは科学技術政策や、生命に対する人為的操作の是非の問題だからである。
立法の最初のきっかけになった、体外受精児の誕生が当時の社会に与えた衝撃は、親子のあり方への影響に対する懸念ではなく、生命の始まりに人の手が触れることへの抵抗だったことが確認された。それから四半世紀が経過して、生殖補助医療は受容され定着し、フランス社会においてさえ受精卵に手を触れることに人々は慣れてしまい、抵抗が薄れてしまったようだ、との認識が共有された。
その一つの指標として、生殖補助目的で作成され保存されながら使われなくなった受精卵の破棄の問題がある。1994年の最初の立法では、明文の規定を置いてあからさまに保存受精卵の破棄を容認することが避けられたが、2004年にはついにそれが明文化された。所管行政当局は、保存受精卵の数は公表しているが、そのどれだけが廃棄されたかの数は公表していない。だがそれは、まだ社会の抵抗が強いからというよりは、公表すると保守派がそれを問題にしなければならなくなるから、政治的な配慮によるあうんの呼吸で公表を控えているのではないか、との興味深い指摘がなされた。

「自然な」生殖とは

さらに関連して、フランス生命倫理法が「自然の」生殖を尊重し、そこから外れる技術の実施に対し厳しい規制をかけてきたことについて、第三者からの精子提供を奨励したり、卵子提供者の条件を緩和したことは、「自然な」親子関係の範囲が崩れてきたことの反映なのではないかとの質問があった。それに対しては、重視されるのは精子や卵子の由来ではなく、子を得る主体が生殖年齢にある生きた男女のカップルに限定されていることであって、そこが同性カップルなどに拡大されることはないので、生命倫理法が守る家族像は変容していない、との応えがなされた。
「自然な」生殖の概念の変化という点では、変わったのは人為的操作の抑制が後退し、「生殖年齢にある男女」という点が残ったことであるとの指摘がなされた。第三者からの卵子提供による生殖補助の実施数が少ないのは、他者の血が混じることへの抵抗があるためではなく、提供者が少ないためで、提供を望む待機者は多いとの指摘もなされた。

立法の基盤:日常生活との親和性/自由と社会秩序の関係

次いで、フランスが生殖関連分野に膨大な法規制をかけることができたのは、一般の人にとって法が日常生活からかけ離れたものではなく、なじみ深いものである(親和性がある)という素地があるために、法がカップルや親子のあり方に介入してくることに抵抗が少なかったからではないかとの提起がなされた。それに対して、それは日常生活と法の親和性というよりは、個々人の自由・権利と社会全体の秩序との関係に対する理念の問題なのではないかとの議論がなされた。アメリカ合衆国ではこの分野の立法がほとんどないが、アメリカは裁判社会といわれるように、日常生活と法の親和性は高い。フランスをはじめヨーロッパでは、社会全体の秩序が個々人の自由の前提とされ、個人の権利を国家が法で制約することがあるのは当然とされているのに対し、アメリカでは逆に個人の自由があってはじめて社会の秩序が成り立つとの理念で社会が成り立っているので、法規制は極小に抑えられるものと考えられる、との指摘がなされた。
産科のクリニックで行われている生殖補助の実態は、どこの国でもそう大差はない。だがフランスやイギリスでは、体外受精を行う施設は国の許可制とされ、資格や設備などの条件に制限を設けている。これは生殖補助医療を受ける権利に対する法的制約になる。だがそれは、少なくとも現在では、体外受精を抑えるためという倫理的要請ではなく、質を確保するという行政管理上の要請によるものとなっている。ここからも、「生命倫理法」において倫理は後景に退いていることが分かる、との指摘がなされた。

日本で立法が実現しないことをどう評価するか

では、日本で生殖補助医療に対する法規制が行われないのは、日本の社会では日常生活が法と親和性を持たないからなのか、それとも立法者が責任を果たしていないということなのか、との問題提起がなされた。前回第6回研究会などでは前者を支持する議論がなされたが、今回は、後者を支持する議論が行われた。
一般論として、日本では、さまざまな政策課題に対し立法府の怠慢が目に余る。業界団体の意向や慣行にとらわれ過ぎ、配慮し過ぎで、国民全体の利益を守るうえでマイナスになっている。本プロジェクトの課題でいえば、さまざまな医療技術が可能になったとき、誰が何をやっていいのか・いけないのか、その権利関係について明らかにし、線引きをきちんと行う必要がある。その根拠となる立法理念を示そうとする本プロジェクトの趣旨には大いに期待したい、との指摘があった。

生殖技術から遺伝子技術へ視野を広げて見えてくるもの

その趣旨を達成するうえで、今回分析対象にされた生殖補助技術関連の規定は、フランス生命倫理法のなかで、重要ではあるがあくまで一部の要素でしかないので、それによって見えてくる立法理念も限局されたものになるのではないか、との提起がなされた。それに対しては、他の要素、たとえば遺伝子関連技術の規定において、親子関係は遺伝子のつながりだけではなく、親であろうとする意思と行為によって成り立つとの理念に基づき、DNA鑑定による親子関係の判定の実施を抑える厳しい規制を課している、との指摘がなされた( 《時評》フランス 「生命倫理法」の追跡(1)~移民法改正:DNA鑑定と親子関係 の理念~ 参照)。そこに見られる親子のあり方の理念は、精子や卵子の由来ではなく、親となろうとする意思を持つ人を親とする、生殖補助医療に対する規定における理念と一貫しているといえる。
それに対してはさらに、遺伝子関連技術でいえば、疾病や能力などの遺伝子検査について、どこまで利用を認めるかが大きな課題になっており、ヨーロッパ連合では共通の枠組みを設けようとする動きもあるようだが、日本では取り組みが遅れている、との指摘がなされた。遺伝子検査はビジネスと直結しやすく、保険業界での利用などをいかに規制していくかが問題になるが、日本では遺伝子検査のルールについて立法は検討されず、行政府が所管の業界団体に自主ガイドラインをつくらせるに留まっている。だがその団体に加入していない外国の業者などはらち外になるので、やはり早急に枠組みを整える立法が必要になる。今回の生殖関連規定の分析を、さらに遺伝子関連にも広げ、立法理念の研究を続ける必要が認識された。

以 上

とりまとめ:プロジェクトリーダー ぬで島次郎

    • 元東京財団研究員
    • 橳島 次郎
    • 橳島 次郎

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