タイプ
レポート
日付
2009/3/25

有識者意見交換会「生殖補助医療の規制に関する政策提言検討のための会議」

「生殖補助医療の規制に関する政策提言検討のための会議」


2009年3月13日、有識者を交えての「生殖補助医療の規制に関する政策提言検討のための会議」を開催した。医療の技術的側面からだけではなく、社会的、文化的、法的側面からこの問題を考えるべきと参加者は、弁護士、生物学者、宗教学者、社会学者、NPOスタッフなど多岐の分野に渡った。参加者は以下の通り。


参加者:光石忠敬(弁護士)、勝木元也(生物学者)、島田裕巳(宗教学者)、橋爪大三郎(社会学者)、鈴木良子(フリー編者・NPOフィンレージの会)、加藤秀樹(東京財団会長)、ぬで島次郎(東京財団研究員)、洪賢秀(プロジェクトメンバー)、相原清(東京財団研究員)、大沼瑞穂(東京財団プログラム・オフィサー)

1.精子・卵子・受精卵等の位置づけ
・法律では、「人」と「物」という二分法しかない。人ではないが物とも割り切れないという中間領域に入る存在の扱いが生命倫理では問題になる。遺体や胎児には法規定があるが、胚、精子、卵子は法的地位を与えない限り「物」に区分される。臓器や細胞、人体の一部、DNAないし遺伝子等とともに研究や医療の材料として操作され、財貨として取引されることの是非を考え、何をどこまで保護すべきかを示す包括的な法政策提案を検討する必要がある。
・この生命倫理の全体像の中で、まだ人ではないこれから生まれてくる存在(胚から胎児まで)とその存在との関係(=親子関係)のつくり方が、生殖技術の利用による操作から保護を検討すべき対象となると位置付けることができる。


2.親子関係(基本理念)
●人間の親子関係は、血縁(遺伝的つながり)ないし生物学的事実だけではなく、親になり、子を養育するという意思も重要である。
●第三者からの精子・卵子・胚の提供および代理懐胎は、生物学的事実と親になろうとする意思とが乖離するため、どのような法的対応が必要か検討する必要がある。

(1)母の決め方
「生殖補助技術の利用を介して生まれた(る)子については、分娩した女性をその子の母とする」
・基本理念に照らし合わせると、遺伝的つながりも養育する意思もない代理母に関しては、分娩する女性をその子の母とするのは矛盾ではないか。
→懐胎・出産というプロセスは親子関係の基礎となる生物学的事実であり、自らの腹の中で子を育むという意思でもあるから矛盾するとは考えない。
・海外で代理出産をする人はなくならないだろう。上記規定を民法に設けると生まれた子の権利は、分娩した母が誰かを確定されないと保護されなくなる危険がある。
→上記規定は、無権利状態の子供を発生させないために、代理懐胎を禁止すべきという根拠となる。

(2)代理懐胎の規制
・「公序良俗に反する」という理由だけでは、規制する法的根拠とはならない。認めない理由を論証しなければならない。
・分娩者が母になるのが大多数であるのに対して、代理懐胎者が母になろうとするのはごく少数である。少数者の利益を規制する場合には、説明責任が求められる。
・代理懐胎を認めるとすれば、最も重要なのは産む女性と生まれてくる子の権利保護である。
・引き受ける女性の保護については、リスクが大きいからこそ、正当な対価を払って認めるべきという考え方もできる。
・生まれてくる子の保護については、現実に代理懐胎が行われているのだから、代理母に親の権利はないと定め、依頼者夫婦を親とする特別の規定を立法してはどうか。

・代理懐胎を禁止するとした場合、生物学的リスクだけでは規制の根拠にできない。
・親子関係の理念に反するというだけではなく、人権や尊厳について議論をしない限り、代理出産禁止の根拠は出てこないのではないか。
・処罰は、利益供与を伴うケースだけに限定するか。当事者間だけで契約なしにできるケース(実母に産んでもらい実母の子として届け、養子縁組するケース)も禁止すべきか。
・斡旋だけでなく、実行したカップルや医師も処罰するべきか。
・代理懐胎を請け負う女性が責任とリスクをきちんと理解するためにも歯止めは必要。
・「これはやってはいけない」という法律をつくると、「ここまではやっていいのだ」という解釈を生む。法律にマナー、道徳を盛り込まなければならないのか。そうであれば慎重にならざるをえない。
・禁止するにしても認めるにしても、その結果こういうリスクが生じるということを示し、それらをすべて背負う覚悟があるのかという問いかけのしかたも必要なのではないか。
・既成事実追認、選択肢拡大の方向で進むのか。逆向きのルールをつくることを主張する分野があってもよい。

とりまとめ:プログラム・オフィサー 大沼瑞穂