タイプ
レポート
日付
2009/7/15

《人の尊厳探求プラン》 第1回研究会報告

《人の尊厳探求プラン》 第1回研究会報告


 昨年度までの研究成果をふまえ、今年度は、政策提言報告書『生命科学研究の自由と倫理』で提案した《人の尊厳探求プラン》を統一テーマとし、生命科学者、医学者、法律家の方々に新たに研究メンバーに加わっていただくとともに、外部から専門家をお迎えし、連続研究会を開くこととした。

  → 《人の尊厳探求プラン》趣旨とメンバー

 2009年7月1日、第1回の研究会を開催したので、その概要を以下に報告する。

日時:2009年7月1日(水)午後4時~6時
講師:金村米博先生(国立病院機構大阪医療センター臨床研究センター再生医療研究室)
演題:「胎児組織・胎盤を利用した再生医療研究における「人の尊厳」」
参加者(五十音順):相澤、大沼、小門、島田、ぬで島、橋爪、洪、光石


1 人の尊厳探求プラン・全体像のイメージ(ぬで島)
 まず、ぬで島から、人の尊厳探求プランの対象となる生命科学・医学の研究と臨床応用の全体像と、問題にすべき事項をイメージしたプレゼンテーションが行われ、今後の進め方を確認した。

  → 《人の尊厳探求プラン》全体像のイメージ

2 講演の概要(金村先生)
 次いで金村先生から、胎児組織を用いた再生医療の研究開発の経緯と現状、およびそれに対して行われた倫理問題の議論について、ご講演をいただいた。

 そのポイントをまとめると、以下のようである:
 1)死亡胎児の中脳組織をパーキンソン病患者に移植する試みが、未分化の幹細胞を治療に用いようとする現在の再生医療のコンセプトの原点となった。
 2)胎児組織の移植の難点を克服するため、そこから神経幹細胞を分離し、品質を標準化し臨床応用を目指す研究開発を行ってきた。動物実験および生体外での大量培養技術の開発は、一定の成果を上げることができた。
 3)しかし患者に試す臨床応用の段階に進むことはできなかった。厚生労働省で策定された幹細胞臨床研究倫理指針で、胎児由来細胞は「対象外」とされ、事実上道が閉ざされたためである。この結果、応用だけでなく基礎研究も、国の研究助成が受けにくくなるなど、事実上ストップした状況におかれることとなった。
 4)胎児由来細胞は、再生医療研究で有望視されているほかの幹細胞(ES細胞、iPS細胞、骨髄間葉系細胞など)に比べて、医科学的な安全性と有効性において、遜色ない位置にあると考える。
 とくに神経系疾患に対する移植医療の候補としては、胎児性由来組織から樹立された神経幹細胞が、最適と考える。それを、臨床研究を行う前の段階で選択肢から外してしまうのは不合理である。
 5)胎児由来幹細胞は、その源が人工妊娠中絶による死亡胎児である点で、確かに大きな倫理的問題をはらむ。厚労省の倫理指針策定の際にも、その点が議論された。
 とくに問題とされたのは、国立病院機構大阪医療センターにおける研究プロトコルで、胎児組織の研究利用へのインフォームド・コンセント取得を、中絶の意思決定後、中絶手術前に行うとしていたことだった。中絶自体は女性の自己決定権として容認するが、手術前に研究利用の同意をとるのは、その時点でまだ存命している胎児の組織採取を認めることになるので、倫理的に受け入れ難いという批判がなされた。
 6)研究者としては、中絶の実施が認められていることと、妊娠している女性とそのパートナーが中絶すると決めていることを前提に、その結果死亡する胎児の組織の利用が許される余地はあると考え、そのために倫理的な手続きを構築し、それに従って組織採取をしてきたつもりだった。
 それが認められないという上記5)の論理は、理解できなかった。利用容認を求める意見とそれを否定する意見はその点で平行線とならざるを得ず、議論はそこで停まってしまった。
 7)問題は、この議論の結果、中絶胎児組織の研究利用に対し、指針の対象外とするというだけで、禁止するとも認めるともはっきりした決定が行われなかったことである。
 日本では現状でも胎児組織の利用を禁止する規定はない。胎児由来細胞の海外からの輸入は行われている。将来、米国などで胎児由来細胞製剤が認可されれば、臨床医が個人輸入して治療に用いる事態になるだろう。そうなれば、国内で道が閉ざされた研究開発を外国に依存することになる。それでいいのだろうか。
 8)胎児由来細胞の利用は、本当に非倫理的なのだろうか。人の尊厳という観点から考えた場合、臨床医としては、治療用細胞の由来より、患者の治療を優先し、安全性と有効性の保証と確証が第一と考える。

参考文献
 金村米博「再生医療−−胎児組織を用いた研究開発の現状と倫理的問題点」『治療』Vol.85, 2003, 551-553.
  同 「ヒト胎児組織・細胞を用いた医学研究と再生医療への応用の可能性−−国内外の現状と問題点」『実験医学』Vol.24 No.2(増刊), 2006, 179-189.


3 質疑とディスカッション
 以上の講演を受け、講師と参加者との間で以下のような質疑と討議が行われた。

1)胎児の倫理的・法的地位について
 まず、胎児組織を利用した研究開発をする立場では、胎児をどのような存在と考えるのかとの質問があった。それに対しては、胎児は人間だと考えるとの答えがあった。そのうえで、中絶や組織の研究利用を認める余地があるのではないかと考えるということだった。
 法的には、墓地および埋葬に関する法律の運用において、胎児は妊娠期間12週以上か未満かで扱いが分けられている。12週以上では死体一般と同じとみなされ、死亡届などの手続きが必要になる。その組織の利用には、死体解剖保存法が適用される。それに対し12週未満の胎児は、そうした手続きは不要で、医療廃棄物(正確には感染性廃棄物)とみなされる。
 この線引きのため、講師は研究を行う際、12週未満の胎児だけを対象にすることにしたが、その段階ではまだ小さすぎて用いにくい。医科学的には15週くらいの胎児が望ましい。外国では20週くらいのものを使っている。
 これに対し、胎児については刑法堕胎罪と母体保護法があり、その生命は法的な保護を受けているはずだが、実際にはこれらの法は厳格に適用されていない、そこが胎児組織を用いる再生医療でも問題にならないかとの提起があった。
 講師からは、中絶の是非と中絶胎児の組織の利用の是非とが混同されて議論され、前者へのためらいが後者への批判となって現れたのではないかとの意見が出された。
 また参加者からは、中絶は産科の経済基盤の一つとして成り立っているので、そこを問題にしたらたいへんだから、ふれないでおこうということだったのではないかとの指摘があった。

2)人工妊娠中絶と再生医療の倫理の関係
 続いて、胎児組織の研究利用を図る際、対象となる胎児の中絶の理由や経緯まで把握しているのかとの質問があった。
 それに対しては、それは中絶をする側の最もふれられたくないプライバシーに属す問題なので、そこまで確認していないとの答えがあった。対象者の病歴や感染歴などの臨床情報も、基礎研究しか想定していなかったのでとる必要はないと判断し、実際とらなかった。臨床に用いる細胞をつくる段階になれば、そこが課題になるだろうとのことだった。
 また、中絶手術前に同意をとるという問題に関連して、胎児組織は手術後すぐに採取しなければいけないのかという質問があった。
 それに対しては、手術後に落ち着いてから説明を聞いてもらい同意をとってはどうかという意見もあったが、技術的には手術後に一定期間保存した胎児組織からも幹細胞の樹立は可能ではあるので、同意取得の時期を見直すことは不可能ではないが、胎児組織の研究利用の是非そのものが議論の対象となっていた流れの中では、研究利用を行なう時に必要となる同意取得の時期の議論は深くは実施されなかった、と講師から当時の状況の説明があった。

3)胎児由来細胞の医科学的な評価
 次に、臨床研究が若干の症例報告にとどまっている現状をふまえるなら、すぐ臨床応用に進まず、動物実験などの前臨床研究を進める体制づくりをして、細胞の評価をできるシステムの構築を図ってはどうかとの指摘があった。
 それに対しては、講師らは前臨床研究としてサルでも試み成果を上げた、臨床研究に進んでよい段階にあると考えるとの答えがあった。海外ではマウス、ラットからいきなり人で試しているが、日本では霊長類の実績があるとのことだった。
 また胎児細胞の品質管理に関する基礎研究もすでに内外で蓄積がある。少なくとも骨髄由来幹細胞より、胎児細胞のほうが、基礎研究のエビデンスは蓄積がある。
 しかし胎児細胞は由来源の倫理問題ゆえに、基礎のエビデンスまで厳しく問われる。それに比べ、骨髄由来細胞は由来源の倫理問題がないので、医科学的な確証が厳しく問われない。それでいいのだろうか、との答えがなされた。
 また応用面では、神経系の疾患に対しそもそも細胞移植が医療として成り立つかどうかがまだ分からない段階なので、そこを評価することが大きな課題となる。神経組織移植の実績がない日本で、安全性に関して未知のiPS細胞を神経系疾患に移植する治療研究を最初に行うのは、リスクが高すぎると考える。まず組織幹細胞の胎児由来細胞でやるべきだ、との提起が講師から出された。

4)胎児組織の研究利用に対する倫理論議のあり方について
 以上の講演と質疑を聞いて、人の尊厳については誰も考えていないことが分かったとの意見が出された。この問題に限らず、日本では、人の尊厳云々という議論は、倫理的論拠に基づくものというより、面倒なことをなるべく問題にならないように避ける便宜に使われているとの印象を受ける、との指摘がなされた。
 とくにこの問題では、日本で中絶を多くやっていることへのやましさがあって、それにふれられたくないという心理が強く働くため、議論が停まってしまうのだろうとの指摘があった。日本では言論や社会的アクションとして中絶反対の動きがないので、意識しないですんでしまう。だが賛成・反対の議論が社会的な場でなされない分、そのやましさが意識下に沈殿して、社会的議論の激しい西洋よりも、かえって中絶と胎児の研究利用に対するタブー視が強まってしまい、研究が停まってしまうのではないかとの指摘もあった。
 倫理は結論を出さないための回路にしかなっていないとの指摘もあった。解決は外国に依存するというのが、日本の生命倫理の現状ではないかとの意見が出された。
 以上のやり取りをふまえ、では人の尊厳や倫理など気にしなくてよいといわれたら、何をやりたいかとの質問があった。
 それに対して講師からは、胎児細胞の移植が医療として成り立つかどうかを検証するために、人を対象に、臨床試験を組んで実施したい、日本でこの分野を捨ててしまったのは再生医療全体からみて損失だ、との答えがあった。

5)今後の課題:必要なアクションは何か
 では今後この問題にどのように対処するべきだろうか。
 それは、世の中に対し、どういう承認のステップを踏むかという、政治的な戦略の問題だとの意見があった。
 まず必要なのは、胎児由来細胞という選択肢を避けて通るのは不合理だということを、正確に世の中に訴えて行くことだろう。
 そのうえで、必要なアクションとしては、第一に、厚生労働省の幹細胞臨床研究倫理指針を改訂し、「対象外とする」という条項の削除を求める必要があると思うがどうか、との提起がなされた。それに対しては、この5月から倫理指針改訂のための審議会が始まるが、論議の対象はES細胞やiPS細胞のような多能性幹細胞を指針の対象に加えることの是非を議論するだけ、との答えがなされた。胎児由来細胞は研究がストップして、やろうという人がないので、それを対象に入れろというアクションは、医学界からはほとんど出てこないだろうとのことだった。
 次に、法的な措置が必要かどうかで議論が行われた。中絶胎児の研究利用に道を開くためには、刑法堕胎罪と母体保護法を厳格に適用し、胎児が保護されていることを明らかにしたうえで、胎児組織の研究利用の違法性を阻却するために、特別法の制定が必要ではないかとの意見が出された。
 それに対しては、それは運用面の問題で、研究利用のために中絶を行うのではないから、法的枠組みとしては現行法で十分である、との反論がなされた。手術前に胎児がまだ生きている間に同意をとるのが非倫理的だという問題に対しては、研究手続き上の対応でコントロールできるはずだ、との答えがあった。
 そのうえで、改正が必要なのは墓地・埋葬法関連法令と死体解剖保存法だけでよいのではないかとの意見が出された。

 参加者一同、講師からの現状の紹介と真摯な提起を受け、胎児組織の再生医療研究を選択肢としてきちんと検討すべきで、あいまいに避けて通ろうとする日本の現状はよくないとの認識では一致した。
 今後、本研究において、倫理的な論議を喚起し、何らかの政策提言につなげるべき課題であることを確認して、終了した。

以 上

取りまとめ:研究リーダー ぬで島次郎