タイプ
レポート
日付
2009/11/10

《人の尊厳探究プラン》番外編2・韓国調査報告

《人の尊厳探求プラン》番外編2・韓国調査報告


 2009年10月、洪メンバーが韓国における生命倫理関連の最新動向について実地調査を行った。そこで《人の尊厳探求プラン》番外編2として、調査結果の報告を聞き、討議を行った。

日時:2009年11月2日(月)午後4時~6時半
報告発表:洪賢秀(東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター公共政策研究分野特任助教)
参加者:光石、小門、ぬで島、吉原、冨田

1 人の胚の地位を巡る違憲訴訟について

 まずメイントピックスとして、人の胚の研究利用などについて定めた法律に対する違憲訴訟について報告が行われた。

違憲訴訟の背景—韓国の生命倫理法
 韓国では2003年12月に「生命倫理および安全に関する法律」(以下、「生命倫理法」と略称)が国会で採択され、2005年1月から施行されている。この立法の主眼目は、再生医療などのための人の胚の研究利用について、認められる条件と公的な管理体制を整備することにあった。立法過程では多くの賛否の議論があり、法の施行後にファン・ウソック元教授によるクローンES細胞捏造が発覚し、研究の信頼性を揺るがす出来事も起こったため、法の見直しを求める動きが続いていた(詳しくは洪賢秀「命はどこまで科学にゆだねていいのか」東京財団ニュース8、2008年11月参照)。

違憲訴訟の概要—研究利用を認めた法は人の胚の基本権を侵害するか
 そのようななか、法施行後すぐの2005年3月に、生命倫理法のヒト胚研究関連の規定に対する違憲審判請求が出された。請求人は、釜山の不妊治療クリニックで体外受精胚をもうけ保存していた男女と支援者の産科医や学者ら数名、および人格の担い手として基本権の侵害を受けたと主張される保存胚二つ、である。
 この違憲審判請求の公開弁論が2009年10月8日に行われ、報告者も傍聴した。

 申し立ての内容は、体外受精による不妊治療において使われなくなった余剰胚の保存期間の制限と廃棄および研究目的での利用を定めた生命倫理法の規定が、胚をもうけた男女および保存胚の、憲法に定める基本権を侵害するというものである。

[請求人が侵害を訴えた基本権]
・大韓民国憲法第10条「人間の尊厳と価値」
・同第10条および第12条第1項「生命権」(処分を前提にされた保存胚二つについて訴え)
・同第11条「平等権」
・同第12条第1項「身体の自由(身体を侵害されない権利)
・同第17条および第10条「私生活の秘密と自由」
・同第19条「良心の自由」

 この請求の特徴は、保存されている体外受精胚が、胎児・出生した人と同一の系列に属する生命体であり、人と等しい権利主体であると主張している点にある。この「胚に人格は認められるか、人はいつ始まるか」という問題は、日本を含め東アジア圏では、欧米ほど激しく論議されることはなかったので、韓国のこの違憲訴訟は注目に値するケースだといえる。

 違憲審判請求に対し国側(生命倫理法を所管する保健福祉家族部、教育科学技術部、法務部:それぞれ日本の厚生労働省、文部科学省、法務省に相当)は、請求人が主張する人の胚の地位は、母体に着床していることを前提とするもので、保存されている体外受精余剰胚にはあてはまらないとして、基本権侵害を否定した。そのうえで、保存胚には人となる潜在性がある存在として尊重すべきことは認め、生命倫理法がそのための保護措置を十分に備えているとして違憲の訴えを退けるよう主張した。
 また胚をもうけた男女については、保存期間を過ぎて廃棄を求められる可能性があるだけで、実際に研究利用への同意を持ちかけられた事実もないため、基本権の侵害はないと主張している。生命倫理法が、請求人らが反対する胚の研究利用を認めているからといって、同法は各人の意に反する考え方や行為を強制していないので、良心の自由を侵害しているともいえない、とも指摘している。

 以上の請求人、国双方の主張の対立点を、表にまとめた:



 公開弁論で裁判官からはこれらの争点についてとくに議論はなく、法定でのやり取りは、医療技術と幹細胞研究の現状などに関する基本的知識の確認が主だった。

違憲審判に対する社会の反応
 今回の違憲審判公開弁論に対し、主要報道機関は、あまり大きな取り上げ方はしなかった。報道では、違憲の是非以前に、胚が請求人としての資格があるかどうか、胚に基本権はあるかないかに関心が注がれた。総じてこの件に対し一般市民は無関心で、傍聴をしていたのは主に法学関連の学生だった。

今後の展望―違憲の訴えは認められるか
 以上の報告を受け、参加者から、まず今後の見通しについて質問が出された。報告者からは、次のような応えがなされた:
 公開の審判は今回で終わり、およそ半年以内に最終決定が下る予定である。違憲が認められれば、生命倫理法関連条文の改正が行われることになる。先例としては、同姓不婚が違憲とされ民法が改正されたことがある。

 次いで、請求人が、保存胚の廃棄の差止・保存延長の請求や、侵害に対する損害賠償などの具体的な訴えを起していない点に対し、疑問が出された。報告者からは、この違憲審判請求は、具体的な救済を求めるというよりは、生命倫理法の基本的考え方や規制のあり方に反対する異議申し立ての社会運動的要素が強いとの指摘がなされた。

 最後に、この違憲申し立てについて報告者はどうみるかとの質問が出された。報告者からは、受精の瞬間から人と同等の存在であるとの請求人の主張は、カトリック信仰に基づくもので、韓国社会では少数派であり、多数の意見は、国側の主張と同じく、胚に人と同等の地位は認めないというほうだろうとの指摘がなされた。したがって、違憲の申し立ては認められない公算が強いと予想されるとのことだった。

 しかし、弁論で国側の参考人も述べていたように、生命倫理法に足りない点が多いことは認められており、政府も改正を検討中だとのことである。まだその内容や方向性は明らかでないが、今回も問題にされた生殖補助医療の規制について、法整備を求める声は強い。違憲が認められなくとも、同法を社会の懸念に合わせ改善していく動きに変わりはないだろう、というのが報告者の結論であった。

2 ベトナム人女性「代理出産」事件について

 次にサブトピックスとして、ベトナム人女性の借り腹事件(現代版「シバジ*」事件)について、報告が行われた。
 *シバジ=「李氏朝鮮中期以来存在した風習の一つで、家の跡継ぎとなる男子を得るために、子供を生むための女性を雇うこと。また、それに従事する女性をさす。現代においての代理母と似た概念である」[ウィキペディアより]

事件の概要
 韓国人男性Bは、20年婚姻関係にあった韓国人女性Aとの間で子どもができず、協議離婚の後、国際結婚斡旋業者を通じてベトナム人女性Cと結婚、二人の子を得たが、どちらの子も離婚したAに引き取りと養育を依頼し、Aもこれを受入れた。その後BはCに二回にわたり2万7千米ドルを支払った末Cと離婚、Aと再婚した。
 Cは外国人勤労者センターなどの支援を受け、奪われた親権を回復するよう求める審判をソウル家庭裁判所に請求、面接権を得て韓国での自立・定住を目指していたが、Bから面接権取り下げの抗告請求を提起された。
 この抗告審でB側は、Cとの関係は子を得るための「借り腹契約」であり、Cもそれに同意していたと訴えたため、王朝時代の封建的慣行だった「シバジ(借り腹)」の現代版として話題になった。抗告審はB側の訴えを退け、面接権を認め、借り腹契約は公序良俗に反し無効との判断を下した。

生殖補助医療による代理懐胎ではないが、共通する問題性が示された
 以上の報告を受け、討議が行われた。
 参加者からは、このケースは生殖補助医療を介しての「代理懐胎」ではないが、韓国社会ではそう受け取られているのかとの質問が出された。報告者からは、韓国では広く旧習の「シバジ」まで含めて「代理出産」という言葉で話題にされたとのことだった。

 生殖補助医療との関わりについては、報告者から、一部の国際結婚斡旋業者と代理懐胎斡旋業者にはつながりがあるとみられている、との指摘があった。また、代理懐胎斡旋業者は、体外受精をしないで直接な性交による「シバジ」式の代理出産も斡旋できる種目に入れている(生殖補助医療による代理懐胎より少し金額が高い)という。つまり韓国では、その両方を含めた広い意味で「代理出産」という語が使われている、そこには共通した問題があるのではないか、とのことだった。こうした斡旋は水面下で行われているため、実態把握は困難であるとのことだった。

 報告者が指摘するように、国境を越えた代理出産は、弱い立場に置かれた外国人移民・労働者の人権問題を惹起する場合があることを、このベトナム人女性のケースは示している。これは今後日本でも課題にすべきだろう。

 韓国では代理懐胎の是非は賛否両派の利害対立があり立法化されずにきている。代理懐胎は、話題にはなっても政策課題として具体的な方向付けがされにくい、と報告者は指摘する。それは韓国だけでなく、日本でも同様の問題点だろう。したがってこの問題での韓国の動向は、日本の政策の検討のうえで大いに参考になると思われる。

 違憲審判の決定や生命倫理安全法の改正について、今後も追跡調査を続け、動きがあればまた発表していただけるよう報告者にお願いし、終了した。

以 上

取りまとめ:研究リーダー ぬで島次郎