タイプ
論考
プロジェクト
日付
2013/9/17

【Views on China】環境問題から見る中国の転換点-「同呼吸、共奮闘」は成立するか(2)

他方、目標の達成に対し注意すべき点がある。それは2010年の2185.1万tという排出総量の大きさである。そもそも、第10次5ヵ年規画の目標は2005年に1795.6万t以下とすることであった(2000年の排出総量1995.1万tの10%減)。その値と比較すれば、2010年の排出総量は望ましい水準とは言い難い。
なお、現在の第12次5ヵ年規画(2011-2015年)では、「2015年に2010年比でSO2排出量を8%削減する」目標を設定している。この規画よりSO2の排出総量データの取り方が以前と異なっているため、過去のデータと単純に比較ができなくなった。最新のデータ(2012年)では2117.6万t(2011年は2217.9万t)で、対前年比4.52%減(2011年は対前年比2.21%減)とされている。
 次にSO2の濃度はどうであろうか。望ましい環境の水準として目標となる環境基準(GB3095-2012)は表3のとおりである*10


(表3:日米中のSO2の環境基準)

*1ppm=2.860mg/m3で換算


これに対し、実際のSO2の濃度は0.02-0.06mg/㎥である(2011年中国環境情報公報)。この数値を日本と比べると、日本全国測定局(一般排出ガス測定局および自動車排出ガス測定局)の近年の年平均値0.009mg/㎥(0.003ppm)の約2-6倍、1973年の年平均値0.06-0.07mg/㎥(0.02-0.025ppm)とほぼ同等の値である。


(グラフ4:中国のSO2濃度(年平均値)の推移 )



 長期的な推移としては各都市の濃度は低下傾向にある。中国でも有数の大気汚染都市として知られた重慶市は、1995年のSO2の濃度が0.338mg/㎥となっている。この当時(1991年)の重慶の呼吸器系疾患による死亡率は、全国平均の2.83倍であったという*11
だが現在は0.038mg/㎥と約1/10の値となっており、北京や上海の水準に近づいている。筆者はちょうど今から20年前の1993年3月に重慶を酸性雨の調査で訪れたが、街では常に焚き火のなかにいるような臭いがしていた。訪問先の重慶市環境科学研究院の研究者の説明によれば、市内にある200本の煙突より24時間絶え間なく煙が出ているとのことであり、見学先の工場では壁の一部が壊れて火炎が外に出ているボイラーで操業をしていた。2007年に再び重慶を訪問すると、街は昔の面影がなくなるほど発展していた。市内にある工場もほぼすべて移転したようで、空気に前回訪問時のような臭いを感じることはなかった。しかし、重慶から貴州省の貴陽へ電車で移動をすると、重慶郊外では黄色い煤塵を大量に排出している工場が車窓より見えた。都市部の濃度の値が低くなっているが、中国全土でのSO2排出総量が依然として大きいということは、汚染源が広く分散し、それにより汚染も薄く、広くなったということであろう。

(2) NO2

窒素酸化物は、燃料に含まれている窒素分が燃焼して発生するフューエルNOx(Fuel NOx)と、燃焼により大気中の窒素と酸素が反応して発生するサーマルNOx(Thermal NOx)がある。中国におけるNOxの年間排出量(2011年)は2404.3万tで、対前年比で5.73%増となっている。省別に見ると、河北省(180.1万t)、山東省(179.0万t)、河南省(166.5万t)、江蘇省(153.6万t)、内蒙古自治区(142.2万t)、広東省(138.8万t)、山西省(128.6万t)、遼寧省(106.3万t)の8つの省および自治区で年間100万tを超える排出量となっている。そして、ここにも北京に隣接する河北省、その河北省に隣接する内蒙古自治区、遼寧省、山西省、河南省、山東省が含まれている。
NOxについては、第12次5ヵ年規画(2011-2015年)において初めて削減目標が設定された。すなわち、「2015年に2010年比でNOx排出量を10%削減する」という目標である。最新のデータ(2012年)では、排出量は2337.8万t(2011年は2404.3万t)で、対前年比2.77%減(2011年は対前年比5.73%増)とされている。
次にNO2の濃度はどうであろうか。望ましい環境の水準として目標となる環境基準(GB3095-2012)は表4のとおりである。


(表4:日米中のNO2の環境基準)

*1ppm=1.880mg/m3で換算
*米国の2種規制は年平均値で0.100mg/m3

これに対し、実際のNO2の濃度は0.03-0.06mg/㎥である(2011年中国環境情報公報)。この数値を日本と比べると、日本全国測定局(一般排出ガス測定局および自動車排出ガス測定局)の近年の年平均値0.019-0.038mg/㎥(0.01-0.02ppm)の約3倍である。
日本の経験から言っても、NOxは工場だけでなく、自動車から排出される量も相当程度あるものと考えられる。2012年、中国の自動車保有台数は1億台を超過し、自動車によるNOxは全国の排出量の4分の1に達するとも言われている。


(グラフ5: 中国の自動車保有台数の推移 )



このように、自動車保有台数の急速な増加に加え、新車についても自動車単体の排ガス規制は欧米や日本より基準が緩く、さらに規制の緩い旧式の自動車も使用されている。道路について言えば、欧州と中国の自動車道(公路)は2011年でほぼ同等の距離数となったが、鉄路に関しては、欧州は中国の3.8倍の距離数がある。中国では2008年以降、主要幹線の高速化は進んでいるが、支線鉄路の発展が依然として遅い。 また、都市内における公共交通についても、東京都内は2,364kmの鉄路が90.6%の交通量を分担しているが、北京では公共交通および自転車の利用率は合わせても交通量全体の50%を切っている。
 北京では人口の76%が主要幹線道路の50m以内か高速道路の500m以内に居住しているとの数字もあり、健康への影響も懸念される。

(3) 体感との差

 PM2.5に注目が集まったのは今回が初めてではない。2011年10月27日、『南方週末』という雑誌が「祖国のために空気を測る(「我為祖国測空気」)」という記事で、北京環境保護局の大気汚染指数(Air Pollution Index:API)と北京にある米国大使館のPM2.5観測データの比較を行なった*12。その結果、10月18~25日の間、北京環境保護局が軽微汚染或いは軽度汚染とした日が、米国大使館の発表では非常に不健康或いは危険となっていた。これについて2011年10月31日に北京市環境保護局が両者の差について説明を行ったが、市民の納得できる説明ではなかった。米国大使館が観測を開始したのは2008年のオリンピック前からであったが、この記事を契機に多数の人たちが米国大使館の観測データに注目するようになった*13
 この記事が出た2011年頃までは、10年連続で大気汚染は改善していると北京市政府は公言していた。北京では「藍天(青空)計画」という、APIでI級およびII級の非汚染日(青空)についての年間目標を立てていた。2001年の目標は183日であったところ、結果は2日上回る185日であった。翌年は201日の目標に対し、2日上回る203日、その後も目標を少しずつ上回り、結局2011年まで10年連続で目標を達成した。


グラフ6:2000年6月5日~2012年12月31日までの北京の大気質(API)の推移



 しかし、この結果は市民の体感とは一致しない。その理由の一つは、このAPIはSO2、NOx、PM10による評価で、PM2.5の結果は評価されないことがある。国家環境保護部は2011年11月に新しい大気環境質基準(GB3095-2012)を公表し、PM2.5の結果も反映されるAQIを導入することとした。これにより環境当局の公表する大気の評価が市民の体感に近づくことになった。ただし、中国の環境基準(75μg/㎥)は米国の環境基準(35μg/㎥)より高いため、依然として米国大使館の観測データの方が厳しめの評価となる。
 また、気象的な要因により一時的に高濃度になることがあり、平均的な濃度はさほど高くなくても体感的には悪化を感じることもあるという*14

3. 大気汚染対策

中国は1987年に「大気汚染防治法」を公布、汚染物の排出濃度と排出総量の2点から規制を進めてきた。90年代後期には、両規制区政策によりSO2規制区と酸性雨規制区を画定し、同区でのSO2基準の達成および排出総量規制を求めた。さらに2000年には大気汚染防治法を改正、強化した。また、自動車排ガスについては排出基準を段階的に高めており、現在は「軽自動車汚染物質排出制限値とその測定法(中国III、IV段階)」(GB19352.3-2005)により「国III」という基準が施行されている。2010年11月、環境保護部は、機動車による汚染状況について初めてまとめた「中国機動車汚染防治年報(2010年度)」を公表した*15
その後、第11次5ヵ年規画ではSO2の総量抑制を、第12次5ヵ年規画では加えてNO2の総量抑制を開始したことは前述のとおりである。この期間、旧式車両の廃止促進や火力発電所の脱硫設備の増強なども行っている。
 2012年10月、環境保護部の主導により第12次5ヵ年重点区域大気汚染対策規画」が制定された。同規画は19の省、市および自治区、117の一定レベルの市、面積では132.56万km2を対象としている。これらの地域は国土面積では全体の14%に過ぎないものの、中国のGDPの71%を生み出し、人口、石炭使用量、SO2およびNOxの排出量では中国全体の約50%の割合を占める*16
 具体的には脱硫装置、脱硝装置の整備、揮発性の化学物質であるVOCの回収、旧式車の淘汰、人材育成や観測など1万3,369件のプロジェクトを実施し、必要な投資額は総額3,500億元としている。これによりPM2.5の年平均濃度を5%低下させ、特に京津冀、長江デルタ、珠江デルタについては6%低下させるとしている。ただし、この対策を講じても、PM2.5の環境基準を達成できるのは2030年ともしている。


(表5-1第12次5ヵ年重点区域大気汚染対策規画「対象区域」、5-2「プロジェクト」、5-3「目標」)





 現実には、この規画を公表した翌月にPM2.5事件が起きてしまった。2013年1月より北京市は、工場の操業停止、建設現場の工事中止、路上での自動車排ガス検査、公用車の削減など矢継ぎ早に緊急対策を講じる。国も大気汚染に関する技術政策の公表や規制基準の強化などを発表した。しかし、全人代期間中の3月5~17日にも重度汚染は続き、9日には全国各地でAQIが上限の500を超え、全人代の会議場を通りかかった周生賢環境保護部長に対し、メディアが会見を強要する姿も報道された*17
 全人代において、周生賢環境保護部長の再選人事案については1割近くの、そして全人代環境資源保護委員会の人事案については3割を超える反対および棄権票が投じられたが、これは環境政策に対する批判の表れだと考えられる(通常は1-2%程度)*18
 李克強総理は全人代最終日の演説において、大気汚染に対し「同呼吸、共奮闘(同じ空気を吸う人々として、共に大気の改善に奮闘しよう)」と呼びかけた。この言葉は今年の環境保護部のスローガンとなり、中国では2013年6月5日の世界環境デーにおけるポスターや環境保護部のホームページなど至るところでそれを見かける。市民からの批判や国際的な注目もあるが、党指導部から環境保護部へのプレッシャーは相当のものであることが伺える。(次ページに続く)

    


*10中国環境保護部 「2011年中国環境公報」2012年6月6日。
  http://jcs.mep.gov.cn/hjzl/zkgb/2011zkgb/
中国環境保護部「環境保護部発布2012年度全国主要汚染物総量減排情況考核結果」2013年8月29日。
 http://www.mep.gov.cn/gkml/hbb/qt/201308/t20130829_259033.htm
*11定方正毅(2000)『中国で環境問題にとりくむ』岩波新書、23頁。
*12「我為祖国測空気」『南方週末』2011年10月28日。
  http://www.infzm.com/content/64281
*13自然之友編、楊東平主編『中国環境発展報告(2012)』社会科学文献出版社、53-61頁。
*14小柳秀明(2013)「2013年中国激甚大気汚染事件の顛末」『環境管理』6月号、Vol.49、No.6、14-23頁。
*15(独)科学技術振興機構中国総合研究センター「中国の第12次5カ年規画における緑色発展の実態と動向」2011年9月
*16中国環境保護部「関于印発『重点区域大気汚染防治125規画』的通知」2012年10月29日。
  http://www.zhb.gov.cn/gkml/hbb/gwy/201212/t20121205_243271.htm
*17「両会図組:周生賢『部長通道』被曳」2013年3月11日。
 http://news.10jqka.com.cn/20130311/c533289723.shtml
*18染野憲治(2013)「胡錦濤国家主席と温家宝総理の最後の全人代」東京財団、2013年4月1日。