タイプ
論考
プロジェクト
日付
2013/9/17

【Views on China】環境問題から見る中国の転換点-「同呼吸、共奮闘」は成立するか(3)

2013年6月14日には、国務院常務会議が開催され、大気汚染に関する10項目の措置を決定した。その内容は、(1)汚染物質の排出削減の強化、(2)重点産業での非効率施設の前倒し淘汰、(3) クリーン生産、2017年までに主要産業の大気汚染物質排出を30%削減、公共交通推進、(4)エネルギー構造調整の加速、(5)省エネと環境保護指標の厳格化、(6)省エネおよび排出削減のための新メカニズムの推進、(7)大気汚染防止法の改正など法規制の活用、(8) 京津冀を含む環渤海、長江デルタ、珠江デルタの地域連携、人口密集、大都市でのPM2.5対策など、(9)大気汚染による地方政府突発性事件の管理、(10)社会全体による「同呼吸、共奮闘」行動となっている*19
その後、環境保護部は2030年までに全都市でAQI2級(75μg/m3以下)を達成することを目標として公表、10項目の措置に基づき「大気汚染防治行動計画」を策定した。同計画は、国務院の批准手続きを経て、9月12日に公表された*20
 同計画では、目標として2017年までに全国の一定規模以上の都市(地級市)のPM10の濃度を2012年比で10%以上、京津冀、長江デルタ、珠江デルタなどの地域のPM2.5の濃度をそれぞれ大凡25%、20%、15%低下させること、また、北京市のPM2.5の濃度を大凡60μg/ m3にすることとした。この目標の達成のため、工場や自動車の排ガス規制、過剰な生産能力の淘汰、石炭消費総量の制御など、10章35項目の措置を列記している。
 環境科学研究院の柴発合副院長は、本計画は先進国が10-15年かかった時間を短縮し、5年で重度の大気汚染の発生を抑制することを中国政府が決心したものと述べている。また、報道によればこの計画への投入資金は「第12次5ヵ年重点区域大気汚染対策規画」の約5倍の1兆7,000億元とされている*21
 大気汚染対策の技術を有する日本企業にとっては中国の環境改善への貢献とともに、ビジネスチャンスとも考えられる。他方、中国の環境対策が厳格化されていくことにより、特に京津冀、長江デルタ、珠江デルタなどに立地し、過剰生産とされる業種の日本企業には、工場閉鎖や移転などの圧力がかかってくることも予想される。

4. 転換点を迎える中国

(1)中国の環境問題の3+2構造

まず、今回の問題が起きた直接の引き金には気象条件があり、非常に冷たい空気が滞留したことが挙げられる。
この前段階には、大量の汚染物質が排出されているという素地がある。その原因は、第一に、粗放的な経済成長を行なってしまったことが挙げられる。経済成長の速度と規模の問題に加え、富を生み出すためにエネルギー資源を大量に使う効率性の低い経済構造という問題がある。これからの中国は重工業中心の経済からの構造転換も目指す必要がある。
 主要なエネルギー源として現在のように石炭を使い続けることも環境負荷を高める。また、石炭や石油に含まれる硫黄分含有量など品質の問題もある。国III基準の燃料は先進国に比べ硫黄分が15倍高く、この燃料の品質がよくならないと、自動車側でも排ガス基準の高い車を走らせることができない。
中国では都市化が急速に進んでいる。都市化を中国の発展の原動力とするという主張もあるが、他方、現在の北京のように交通インフラが不十分なまま急速に自動車保有台数が増えるような粗放的な都市化を進めれば、環境汚染はより深刻になる。
 第二に、不十分な環境対策が挙げられる。中国は、1972年にストックホルムで開催された国連人間環境会議へ出席し、翌年に第1回全国環境保護大会を開催したという環境政策の歴史を有する。1978年には憲法を改正し、「国家は生活環境と生態環境を保護、改善し、汚染やその他の公害を防止する」という条文を追加している。その後も、1979年の環境保護法(試行)の公表や、個別法の整備などにより、法制度も整っているように見える*22
 しかし、中国の環境対策においては、環境保全のためのインフラ整備、環境規制の執行が不十分という課題がある。環境当局の人員や環境保全投資額が絶対的に不足している。例えば、中国の環境保護部は現在350人前後の職員数である。これに対し所掌に多少の相違はあるが、日本の環境省は1,500人、米国の環境保護庁は18,000人からなる。人口や国土面積を考えると、中国の環境保護部の職員はいかにも少な過ぎる。
 中国の環境保全投資額は増加傾向にあり、GDPで2%から3%近くになっている。それでも日本の70年代の公害防止投資は大凡GDPの8.5%程度だったと言われている。中国の投資規模では汚染防止が困難であることは中国も自ら試算しており、少なくともGDPの7%は必要だとしている*23
 さらに、この前にもう一段階がある。粗放的な経済政策や環境対策が不足する理由の源には、社会システムの不備が存在している。環境技術の移転や法制度の導入を行なえば、その時点、その場所の環境は改善する。しかし、それが一過性のものにならず、社会に伝播していくには、一定の社会システムが必要とされる。
 日本の公害対策の経験に照らせば、日本では、第一に、行政の対応が進まないのであれば、司法に訴えることができるといった三権分立があった。第二は、国が動く前に地方が動いたことである。地方の首長は選挙で選ばれるというシステムがあり、彼らは地方の住民利益のために動く。そして第三には、社会を監視する機能を果たす報道の自由があり、何か問題が発生した場合にきちんと報道がされた。このように日本には三権分立、地方自治および選挙、報道の自由という民主主義のシステムがあり、その基盤があったからこそ、経済政策や環境政策が十分に機能したと思われる。
 中国が、日本と同じシステムをいれるかは中国が決めることであるが、中国もこのような機能を有する相応のシステムを導入する必要がある。真面目に法を守るより、ずるをした方が得をするという社会では、幾ら最新の環境技術を導入しても、環境はよくならない。
中国の環境問題の背景には、図に示すようにこの(1)自然や地理的背景、(2)経済及び環境政策、(3)政治社会システムの3段構造に加え、あと2つの外生的要因がある。一つは時間である。中国はこの時代、日本が50−60年代に経験した公害問題と80−90年代以降に本格化した地球環境問題への対策を迫られ、さらに適正な廃棄物処理や水銀対策からPM2.5など色々な課題が山積し、これらを同時代に一気に解決していく必要性に迫られている。これは大変な困難であるが、他方、後発の利益も享受できるであろう。もう一つは価値観、道徳、教育などの言葉で呼ばれるものである。持って生まれた人間の本性は、どの国の人であれ大差はないと思われるが、今の中国社会で過ごしていくときに、例えば人を信用する、皆が譲り合うといった考えは受容されるのか、といった社会事情も環境問題に影響を与える*24


(図:中国の環境問題の3+2構造)



(2)「同呼吸、共奮闘」は成立するか

 李克強総理が述べたように、大気汚染には、その場にいる人々は同じ空気を吸うしかないという平等性がある。それでも、経済的に余裕がある人は、空気清浄機を購入したり、外気を避けて自動車で移動することや、少しでも空気の良い土地に逃れることも可能である。
個人だけでなく企業も権力や資産を持つものと持たないものが存在する。そして時間の経過とともに既得権益が発生してくる。
数年前に中国のある研究者と環境対策の推進の困難性について議論を行なったとき、右肩上がりの経済成長著しい中国では、環境規制強化を行なっても企業の増収傾向は揺らがないので抵抗感は少ないという説明を受けたことがある。
しかし、今回大気汚染対策のための燃料の規制強化に対し、中国石油や中国石化といった大手石油企業は、品質向上をさせればそれだけコストが高くなる、このコストを誰が負担するのかという主張をしている。現在の中国は少し様子が変わりつつあり、環境規制強化を行なうためには、このような既得権益を有する企業らとの交渉が必要になりつつあるように見受けられる。
 一定の経済成長を遂げた沿岸の都市部と異なり、内陸部などは経済規模の拡大を優先したいといった、地域差も存在する。中国で生活するものが、必ずしも同じ呼吸をしているとは限らない。
中国には「上に政策あれば下に対策あり」という有名な言葉がある。
北京市が一番厳しい基準の自動車燃料に転換しても、北京市から一歩出れば低い基準の燃料が売られているため、北京の外で品質の悪い燃料を買うこともできる。燃料品質の基準を厳しくしても、町中で検査してみたら、そんな品質の燃料は実際には販売されていないといったこともある。共に奮闘することも一筋縄ではない。
 それでも、現在のようにGDPが上がり生活に経済的余裕がでてきた人たちは、次は自分たちの健康やアメニティに関心を持つようになるであろう。日本の高度経済成長、1970年代初めにも同じような傾向があった。中国において環境改善を求める投書数が増え続けていることや、環境保全を理由としたデモが起きている点には、社会変化の可能性を感じる*25

(グラフ7:中国における環境紛争の状況)



 今回のPM2.5事件は国民全員が問題意識を共有する規模の事件であったという点で、まさに日本の70年代の公害問題に相当するものであった。中国の環境対策は、これからが本当のスタートになるのかもしれない。


    


*19中国環境保護部「同呼吸、共奮闘聚焦『国務院大気汚染十条防治措施』」
  http://www.mep.gov.cn/ztbd/rdzl/dqst/
*20中国中央人民政府「国務院関于大気汚染防治行動計画的通知」2013年9月10日。(参考資料:筆者仮訳)   http://www.gov.cn/zwgk/2013-09/12/content_2486773.htm
*21中日友好環境保護センター「大気汚染防治行動計画奨出台京津冀奨削減燃煤」2013年7月11日。
 http://www.edcmep.org.cn/hjxw/5101.html
*22染野憲治(2012)「中国の環境保全対策-日本との比較」『資源環境対策』5月号、Vol.48、No.5、54-60頁。
*23染野憲治(2013)「環境対策に『近道』はない」、「耕論」欄、『朝日新聞』3月27日朝刊、染野憲治(2013)「『PM2.5』を契機に日中関係の再構築を」、「オピニオン」欄、『潮』、6月号(第652号)、112-115頁。
*24染野憲治(2013)「PM2.5から見える中国の転換点」『東亜』7月号、No.553、8-18頁。
*25染野憲治(2012)「高まる環境リスクを避けるには」『週刊東洋経済』9月29日号。