タイプ
論考
プロジェクト
日付
2014/8/7

中国の都市化政策と県域社会 ─「多極集中」への道程─(1)(田原史起)

東京大学大学院総合文化研究科准教授
田原史起

はじめに


2012年11月に開催された中国共産党十八回党大会の報告は,引き続き「三農」問題の解決を全党の事業における重要課題中のさらに重要な課題(重中之重)として位置づけ,「都市・農村発展の一体化*1」をその中心となる道筋として打ち出した*2。胡錦濤政権期―今世紀最初の10年にほぼ重なる―以来の「三農」重視の姿勢が基本的には引き継がれたといえるが,筆者はそこに二つの点で新しい意義を感じ取った。

第一に,これまでは,大量の資金投入を通じて,「三農」それ自体を独立した領域として解決を目指そうとするニュアンスが強かった。これに対し,2012年の党大会では,「三農」問題を都市との関係においてとらえなおし,都市・農村格差の縮小や農業と工業の互恵関係の構築などが謳われている点である。第二に,都市・農村の分断状況が主たる社会的亀裂の要因となってきたいわゆる「都市・農村の二元構造」(城?二元??)による奇形的な発展を是正する意味で,「都市・農村発展の一体化」は従来から各界で唱えられており,また各地での試行的措置が中央レベルの政策に先行してきたが,今回は共産党中央自らが「一体化」政策を中心課題として掲げ,「中央の精神」としてオーソライズした点である。

この小論の目的は,党大会の中心に掲げられた中国の特色ある都市化政策としての一体化政策を,中国社会の都市・農村関係の内在的あるいは社会的文脈から解釈することである。そもそも,都市化のプロセスというものは経済発展に伴って自然発生するプロセスであると考えれば,都市化が「政策」として打ち出されていること自体,すでにユニークな現象と考えねばならない。それは上述の「二元構造」が毛沢東時代以来の政策によって人為的に維持されてきたことの裏返しであり,今度は都市化を人為的に進めようとしているのだということにもなる。

この「一体化政策」に関しては早くも夥しい数の研究ないしは報告書が出版されつつあるが,そのほとんどが視点を特定地域(たとえば北京,成都など)に限定しての,現地で試みられた様々な施策(教育,医療,社会保障など)に関する紹介に止まるものである。しかし,どのような政策の研究にもいえることだが,ある政策が持つ深層の意味に迫ろうとするのであれば,それらを社会の側の実態と照らし合わせ,社会の内在的な文脈の中で理解することが肝要である。

以下ではまず,第一節において,「都市・農村の一体化」といった場合の「都市」を想定しうるいくつかのレベルに分類したうえで,実際の政策的な主眼が県城とその周囲の農村の「一体化」におかれていることを示す。その根拠として,県と農村との近接性ゆえの政策的実効性の高さ,県域社会の比重の大きさに加え,近年来の農民の動態,とりわけ出稼ぎ後の住宅購入をめぐる合理的選択が,実際の都市=農村関係に変容をもたらしつつある点について触れる。そのうえで第二節では,県城住民と農村住民の間に横たわってきた格差縮小を目標として近年来,各地で展開してきた公共サービス体制の改革,とりわけ住民が高い関心を抱いている医療と教育に対象を絞って考えてみたい。

第一節 一体化政策の前提─県域社会


都市・農村発展の一体化とは何を指しているのだろうか。こうしたキー・コンセプトが党大会で再提起されたことのインプリケーションはどこにあるのだろう。

いうまでもなく都市・農村の一体化とは,上に触れた「都市・農村の二元構造」の対概念であり,毛沢東時代以来,形成され固定化されてきた都市市民と農民と身分的分断状況の存在を問題視し,これを解消し,相互に交流を深め,社会的・経済的な格差を解消していこうとするものである。ただし,ここでポイントになるのが,農村と一体化されるべき「都市」とは何か,という点である。

我々はここで,「都市」を大雑把にとらえるのでなく,区別して考えることが大事である。少なくとも,以下の五ランク程度に区分する必要がある。

  • <1> 沿海部大都市(北京,上海,杭州,広州など)
  • <2> 内陸部大都市(西安,重慶,成都,武漢など)
  • <3> 平均的な省城(鄭州,南昌,蘭州,貴陽など)
  • <4> 地区級市の中心都市
  • <5> 県城(県級市の中心区域を含む)

県城以下の中心地を「都市」に含めないのは,端的には住民の戸籍の区分に基づく。すなわち,都市戸籍を保有する市民が住むのは,県(県級市を含む)の中の県城住民が最末端であり,それ以下の郷鎮政府所在地の住民については,政府関係者や公務員を除いて基本的に農村戸籍である。また伝統的に見ても,中国における都市の概念は「城市」,すなわち防衛のために城壁に囲まれた中心地を意味し,その最末端は県城だったからである*3

このように都市をランク分けすることで,党大会で打ち出された「都市・農村の一体化」戦略という大方針の中身もよりクリアになる。筆者は,「一体化」政策が照準を合わせている最も重要な「都市・農村」は,?県城,およびその県域に広がる農村だと考える。その理由に関して,以下では三つの側面から議論してみたい。

(1)政策的実効性第一に,農村との格差,社会的な距離から見た際,<1>が最も遠く,<5>が最も近い。逆の順序で考えてみる。はたして政策当局は,<1>北京や上海など,沿海大都市と農村の格差を一気に縮めよ,と号令をかけているのだろうか。確かに,都市と農村の格差といったとき,外部の観察者の目を引きやすいのは,北京や上海で就労する農民工たちと現地市民たちとの格差である。実際に大都市農民工の「市民化」を目指す研究も表れている(eg. ?2014)。だが,語弊を恐れずに言えば、北京や上海の都市戸籍保有者は中国社会の中ですでに打ち壊しがたいほど強固に結びついた特権的な集団を形成している。戸籍一つをとってみても,北京や上海の戸籍の取得は厳しい条件をいくつもクリアする必要があり,相当厳格に管理されているのである。したがって北京や上海で働く農民工を,そのまま現地の市民に「昇格」させることにほとんど実現性はない(林・?2009: 76-77; 中兼2010: 3; ?・袁・宋2010: 24)。党大会の打ち出した「一体化」概念もそのような内容を指しているわけではないだろう。同様の理屈は,程度の差こそあれ,<2>,<3>,そして<4>についても成り立つ。
逆に見れば,農村に最も近い都市=最末端の都市である県城と農村の間の格差は,他のランクの都市と農村の格差よりも小さく,したがって「一体化」政策もここをターゲットにすることでもっとも成功をおさめやすいのである。旧来からの中国社会の二元構造は,もっとも小さな範囲では,県域社会つまり県城(市民)と農村(農民)の分断状況に表れていたといえる。県は,「市民」と「農民」を包括する最もコンパクトな地域社会である。したがって両者の距離を縮めることは,地区級市や大都市と農村の距離を縮めようとするよりも実現性が高い。それゆえ実効性の高い政策目標であるといえる。

(2)比重の大きさと独自性第二に,中国で県域社会が占める比重の大きさとその独自性にある。現在,「県域」の数は2800以上で,中国の国土面積の94%を占め,全人口の70%を含んでいる(黄・?2012:235)。すなわち,中国人の大部分が暮らす地域社会としての重要性がある。全国人民代表大会常務委員の尹成傑は以下のように述べている。

    我が国の国土面積と人口,GDPは主として県の範囲に分布している。県は近代化された農業を発展させるうえで重要な任務を負っており,三農問題の解決においてもカギとなる場所に位置している。県の実情に立脚してその特色を発揮し,固有の経済を発展させ,県域経済を支えられるような基幹産業の育成を早め,県内での産業集積を行い,県城を中心とした都市の発展を目指すべきである*4

尹の発言に表れた「県域経済の発展」という概念は,独立した文脈でこれまでもしばしば用いられており,「県域経済」のタイトルを関した著作,単行本に限ってもすでに数十冊の規模で刊行されているが,実のところ,「都市・農村発展の一体化」は「県域経済の発展」と密接に絡んだ概念であったことになる。

県域経済をけん引する明確な主体としての県政府の役割,および県がもつ開発主義的な志向性は,これまで中国政治研究の分野ではよく知られてきた(Zhong 2003, 周2004, 任2012)。政策当局者も,こうした重要性に目をつけないはずがない。一体化政策はこうした県の独立性をうまく利用し,県城と周辺部農村の有機的な連携を促進しようとするものである。紙幅の関係で本稿では取り上げないが,各地の一体化政策のなかでしばしば「農業産業化」の必要性が指摘され,県城の「龍頭企業」(農産品加工企業)と県内農家の連携が強調されるのも,こうした文脈からである*5

(3)農民の動態「都市・農村発展の一体化」にとり県域が重要であると考える第三の理由は,近年の農民の人口動態が,すでに県城をはじめとする県内の城鎮(県城や鎮)に向かいつつあることである(?・王2010: 77)。農民が都市市民と融合していく,実態としての都市・農村一体化は,主として県域社会を舞台として始まりつつある。

農民が出稼ぎで何年か継続して稼いだ後,まず行うのは,家屋の建築ないしは購入であり,これは全国の農村に共通した点である(Murphy 2002: 103-107; Sargeson 2002; 郭2009: 74; ?・袁・宋2010: 136-138)。だが,新居をどこに建てるか(購入するか)に関してはいくつものオプションがある。農民たちは,出稼ぎによる収入の規模,求める教育や医療など公共サービスの水準,農村に世話すべき家族(子供や老人など)を残しているか,などを総合的に考慮して,新居の場所を決定する。想定可能な状況は以下の八つであろう。

  • <1> 沿海部大都市(北京,上海,杭州,広州など)
  • <2> 内陸大都市(西安,重慶,成都,武漢など)
  • <3> 平均的な省城(鄭州,南昌,蘭州,貴陽など)
  • <4> 地区級市の中心都市
  • <5> 県城(県級市の中心区域を含む)
  • <6> 郷鎮の中心地
  • <7> 行政村内の中心地や交通の便の良い道路沿い
  • <8> 集落内の旧宅地で建て替え

まず,沿海部農村・内陸部農村を問わず,<1>~<3>のオプションはほとんど非現実的である。ここにはもちろん,上位の都市であるほど都市戸籍の取得が難しいという事情もあるが,それだけではない。ここには二つの事情が介在している。一つは,これら中核都市では,単純に不動産価格が高すぎ,出稼ぎの賃金水準は向上しているとはいえ,まだまだ手が出ないという側面である。もう一つは,月給取りではない出稼ぎ者の場合は,仮にホワイトカラーの都市市民と同等の年収があったとしても,銀行ローンが組めない(銀行が融資をしない)ために上位都市での住宅購入が困難になるという側面である。
現実のオプションとしてありうるのは<4>以下であろう。実際,特に沿海部の農村においては,農民が出稼ぎの収入で地区級市の市街地付近に家を購入するケースが出てきた。以下は,山東省煙台市(地区級市)の中に含まれる蓬莱市(県級市)の農民の状況である。

    当地の若い農民らが煙台で出稼ぎをする場合,夫婦二人で街に出る。もしも就学する年齢の子供がいれば,子供を同伴していく。最初は部屋を賃貸して,8年や10年,働いてから,家屋の購入に踏み切る。ただし費用の関係上,煙台市の中心部に家を買うことはできず,市街地と農村の境界付近の物件を選ぶしかない。購入の時期が遅ければ遅いほど,市の中心から遠い物件になる。子供は一般に,市街地との境界にある郊外農村の学校で就学する。もしも教育の質が良い煙台の中心地の学校に子供を送り込みたい場合,コネがなければならないうえ,余分な学費(借読費)も必要となる。こうして外に家を購入した場合でも,農民は実家の農村の方にも家を新築しておく。これは一種の生活保障であり,万一何らかの原因で街にいられなくなっても,実家に帰れば住むところがあるようにするためだ*6

山東省など沿海部の農村はもともと都市と農村の格差が小さく,農民の移動による実態としての都市・農村の一体化は全国の状況に先行しているようである*7。同時に,筆者の感触では,実態としての都市・農村一体化は,中部,西部においても,より控えめながら広がってきている。すなわち,出稼ぎ後の農民の住宅購入地点が,<5>県城,<6>郷鎮の中心地の場合がしばしば見られる。たとえば中部地域の湖北省武穴市(県級市)の農村出身のZさん(1974年生まれ)は,2010年前後に県城にマンションを買い,妻子とともに住み,県城の建築現場で働きつつ,二人の息子は県城の小学校に入れている。Zさんは,子供たちが将来,自分と同じような肉体労働者になってほしくないと語り,「勉学のみが大事」(万般皆下品,惟有??高)と次世代の教育の重要さを筆者に強調した。県城の小学校は人気があるが,「関係」を使えば入学は可能だという。他方で,県内の農村の家はそのまま保有して時々帰宅し,戸籍も農村戸籍のままにしてある。なぜなら現在の政府の様々な補助金は,農村戸籍の保有者を対象としており,農村戸籍は放棄せず,保留した方が,メリットが大きいためである*8

いずれにせよ,農民の選択はある意味,非常に合理的である。<1>世話すべき老親が農村にいるなどの理由で,農村にちょくちょく帰れる距離を保つ必要のある農民で,なおかつ<2>農村在地の公共サービスに不満を持ち,より高い水準を期待する場合,特に子弟に質の高い教育を受けさせようとする農民にとり,何年かの大都市での出稼ぎののち,地元の県城に家屋を購入して,そこで就業することは理に適っている*9。全国的に見れば,農民の県城への流入が進んでいるのは山西省であり,一部の小さな県では県城人口が全県人口の半分を超えているという*10。筆者の調査地の一つ,河南省新野県沙堰鎮の村々でも,広東省などでの出稼ぎののち,県城でマンションを購入する農民が少なくない。村の中にも県城の不動産物件に関する広告がでかでかと掲げられている。2013年時点でのマンション販売価格は1?あたり2700-2800元,住宅面積は一般に160?以下であり,購入価格は20-30万元ほどである。これらの農民は住宅購入後も出稼ぎを続けるという*11。このように,県城や鎮にマンションを購入しても,一般的に言って内陸地域の県域経済では地元での就業先に事欠くか,あるいは仕事があっても賃金水準が十分でなく,県城での都市生活を維持できない場合も少なくない。そのような場合,若夫婦が再びより賃金の高い沿海部や大都市で出稼ぎを続け,農村から呼び寄せた老親と子供がマンションで同居する形態をとる(?・袁・宋2010: 14)。

もちろん,上記のような事例は,多くの地域では一部の成功を収めた農民の場合に限られるケースかもしれない。「変化の趨勢」に着眼するならば,<5>県城での家屋購入が今後は増えてくるだろうが,「大多数の現状」という観点から見れば,まだ多くの地域のかなりの農民には,県城のマンションや,郷鎮政府所在地のマンションでさえ手が出ない状態であることは間違いない。筆者の他の調査地の江西省余干県,甘粛省西和県などの農村での住宅購入・新築は,せいぜいが<6>郷鎮の中心地か,<7>行政村内の中心地や交通の便の良い道路沿い,<8>集落内の旧宅地で建て替え,のパターンであり,中でも依然として圧倒的多数を占めるのは<8>である。そうした農民たちにとり,農村の居住地に居ながらにして質の高い公共サービスを受けられることは重要である。問題は,ほどほどに豊かになった農民が県内の農村に滞留しているが,公共サービスの質が彼らの需要に追いついていない,というギャップであろう。農民は,貧困ゆえに教育や医療サービスを受けられないのではなく,地元の村や郷鎮の医療サービスの水準が低いために,県城の学校や病院を選びつつある*12。こうした中で,収入の条件が許すような一部の農民は,質の高いサービスを求めて生活の拠点を村から郷鎮へ,さらに県城へと移しつつあるのである。

以上に見てきたような農民の動態のマクロな背景には,胡錦濤政権期以来の内陸開発の恩恵を受けての,内陸大都市や,省城,県城にいたるまでの都市での新しい雇用機会の出現があるだろう。従来からの沿海大都市に加え、新しい出稼ぎの中心地が内陸地域にも形成されているのである*13。沿海部におけるいわゆる「民工荒」(出稼ぎ労働者不足)の背景には,こうした労働市場の二重構造があるとする見方もある(中兼2010: 6-7)。かつてであれば,内陸都市や県城での働き口はごく限定的で,沿海大都市に出稼ぎに出ねばならなかった現実は,胡錦濤政権期の10年ほどで徐々に変わりつつあるといえる。

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*1  中国語の表現は「城??展一体化」となる。以下,本文では適宜「一体化政策」などと略して表記する。
*2 《解决好???村?民??是全党工作重中之重,城??展一体化是解决“三?”??的根本途径(胡?涛)》《?民日?》2012年11月9日。
*3 中国における県および県城の歴史的位置づけは,独立に議論しておくべき重要課題であるが,本稿では紙幅の関係上,その独自性について指摘するに止めざるを得ない。さしあたっては斯波(2002: 3-62)を参照のこと。
*4 全国人民代表大会常?委?、??委?会副主任委?尹成杰《大力推?城?化与??現代化相互??》《?民日?》2012年11月14日。同様の考え方は多く見受けられる。たとえば「小康社会を作り上げるには,地域経済,とりわけ県域経済を発展させることで,発展のギャップを縮小し,バランスをとる必要がある」(《奔力后??超 ??“同?小康”??十八大代表、?州省黔西南州委????明》《?民日?》2012年11月14日)。
*5 たとえば回良玉は,「農業産業化の発展にとり,龍等企業の責任は重大である…都市・農村発展の一体化という新しい要求に自ら適応し,工業をもって農業を促進し,工業と農業が利益を与え合い,さらなる農民の増収をもたらすべきである」(回良玉《在中国????化??企??会成立大会上的??》《?民日?》2012年11月29日)と述べている。
*6 煙台市政策研究室研究員で蓬莱農村出身のS氏へのインタビュー(山東省蓬莱市,2011年5月28日)。
*7 たとえば,秦(2002: 241-247)などの主張は,山東において農村在地での雇用吸収に期待するよりは,明確に農村人口の都市への移転に期待をかけるものである。
*8 湖北省武穴市での現地調査(2012年9月11-15日)に基づく。
*9 林健永らは早くも2009年の論文(林・?2009)で,上海の農民工が上海市民になることの非現実性について触れ,農民工を県・市などの中小都市に帰還させ就業を促す「海帰モデル」を推進すべきだと提言を行っている。
*10 《山西特色的?域城?新布局?対新?村建設和城?一体化的?研与思考》《?民日?》2009年11月24日。
*11 河南省新野県沙堰鎮での聞き取り(2013年12月18日)に基づく。
*12 たとえば江西省南昌市の事例がある。2005年ころまで南昌市域農村の郷鎮衛生院は,建物が老朽化し設備も劣悪であり,医師,医薬品も不足し,通常のたいしたことのない病気でも県城や市,区の病院に患者を送らねばならない状態にあった(《南昌140万?民享受新型医?服??三年内、将対全市80所???生院、1192所村??生所?行?准化改造》《?民日?》2006年12月4日)。山東省菜蕪市鋼城区は製鉄所があり,もともと都市農村格差の小さい区であった。ところが郷・鎮の衛生院の医療水準が低すぎ,農民は診察を受けに来ない。おしなべて利用率が低かった。県城や都市の病院に行きたがる(《最小??区的城?一体化之路─山?省莱?市?城区??》《?民日?》2008年10月14日,《公平性:解决?村医???的??》《?民日?》2006年7月15日)。山西省などの一部地域では,農民家庭の子女の県城での就学が,県城の人口急増の一因となっている(《山西特色的?域城?新布局?対新?村建設和城?一体化的?研与思考》《?民日?》2009年11月24日)。
*13 たとえば「中国・成都に投資熱 豊富な人材、世界の工場進出」(『朝日新聞』2013年6月6日)を参照。