タイプ
論考
プロジェクト
日付
2014/12/9

【Views on China】いま四川省の農村で何が起きているか


神戸大学大学院経済学研究科教授
加藤 弘之


 

内陸農村にも都市化の波

文科省科学研究費補助金の援助を得て、農村の都市化、土地流動化、産業の内陸部移転などの実態を調査する目的で、四川省社会科学院の協力の下、2014年9月7日から12日にかけて四川省の農村地域を視察する機会を得た。その最新情報を紹介する。
最初に訪問した広元市は、四川省の省都、成都市の北東に位置し、高速道路で4時間ほどの距離にある。三国志時代の蜀の桟道の遺跡も残る、甘粛、陝西との省境に近い山間部の中小都市である。筆者が広元市を最初に訪問したのは、2002年のことだが、その頃と比べると街の風景が一変しており、内陸部の中小都市にも、着実に都市化の波が押し寄せていた。
都市の街並みで目につくのは、沿海部と同じように不動産業の活況であり、中高層マンションが、至る所に建設済み、あるいは建設中である。いったい誰が買うのだろうかと、案内してくれた現地政府のQ主任に問いただすと、その多くは地元農村出身の出稼ぎ者が購入しており、購入目的は遠方での出稼ぎから帰ったときに自分で住むためか、農村の両親を住まわせるためだという。
沿海部と内陸部の都市化の違いを端的に表現するならば、沿海部では産業が発展し、その結果として人口が集中して都市が発展する。これに対して内陸部では、見るべき産業がないのに不動産業だけが栄え、見かけ上は都市が発展しているように見えるという構図である。地元政府の最大の目標は、増加した(正確には、将来増加が見込める)都市住民が就業できる産業を誘致することにある。広元市利州区でも、「紡織服装科技産業園」の設置など、沿海部の企業誘致に熱心に取り組んでいた。まだ実際に入居した企業は少ないが、都市だけが膨張している現状からみれば、沿海部からの産業移転の成否が、当該地域の発展にとって死活問題であることがよく理解できる。

公共サービスの充実に力を入れる農村

広元市利州区内で複数のモデル農村を視察した。モデル農村はどこもきれいに整備され、相当規模の補助金が注入されていることをうかがわせるものだが、今回とくに目についたのは、「社区公共服務中心」(コミュニティ・サービス・センター)の充実ぶりである。

赤化鎮泥窩社区のコミュニティ・サービス・センター

(2014年9月10日、伊藤亜聖氏撮影)

村の中心に建てられて、ひときわ目立つ「社区公共服務中心」では、サービス員が常駐して住民への福祉、生産技術、金融など、さまざまなサービスが提供されている。長年続いた都市―農村の二重構造を打破するためには、都市住民と農村住民との公共サービス面での待遇の格差を縮小することが必要不可欠である。あくまでもモデル農村の事例にすぎないが、公共サービスの充実に目が向けられるようになったことは、ハードからソフトへと、農村建設が新たな段階に入ったことをうかがわせるものである。
ただし、今回確認できたのは、政府の補助金を使った公共サービスの受け皿として、「社区公共服務中心」というハードができたことであり、それを今後も維持していくだけの運転資金を継続的にどう確保するかについては、必ずしも明確な答えは得られなかった。農村住民は、公共サービスの提供を維持するだけの税金を納められるだろうか。それとも、政府が継続的に補助金を注入しつづけるのだろうか。モデル農村では、都市住民向けの「農家楽」と呼ばれる農民経営のレストランや釣り堀など、農民による収益事業が推奨されている。しかし、広元市程度の中小都市に、それだけの需要がはたしてあるのだろうかと疑わざるを得ない。この点については、今後の経過を注視する必要がある。

共同組合(合作社)の復活?

今回の視察で最も印象に残ったのは、成都市から高速道路を使って1時間半ほどの郊外に位置する、崇州市の「土地株式合作社」の事例である。「土地株式合作社」とは、農民が保有する農地の請負耕作権を出資して合作社をつくり、共同経営を行う方式をさす。「土地株式合作社」は、社会主義時代の合作社と比較して、次の2点で大きく異なる特徴をもつ。
第一に、農民の合作社への参加と退出は、まったく自由であることである。かつての合作社も、建前上は農民の自由意志を尊重することになっていたが、実際には、合作社への参加が半ば強制されていた。完全に市場ベースで運営されているかどうかという点に、過去と現在との大きな違いがある。
第二に、合作社の経営について、政府が公開公募したうえで職業訓練を実施し、試験に合格した「職業経理人」と呼ばれる専門の経営者が、合作社の経営を担っていることである。どのような作付けを行い、だれが実際の農作業を行うのかについて、経営者が中心となって計画し、監督し、収益の配分まで行う。われわれは3人の経営者と面談する機会を得たが、いずれも若く、農業経営の意欲に満ちていた。その一人L氏は、深圳で長年、出稼ぎを経験した30代半ばの若者で、市場志向が強く、創意工夫でさらに収益をあげることができると、農業経営に絶対の自信を表明していた。合作社の総収益が増えれば、1ムー当たりの「分紅」(配当)も増えるが、経営者自身の収入も増える仕組みである。L氏に昨年の年収を尋ねると、10万元(およそ180万円)に少し足りないぐらいだという。崇州市の農民の平均年給のおよそ10倍という驚きの高所得である。内陸部の農村で深圳での出稼ぎを超える収入が得られるなら、苦労して出稼ぎにゆく必要はなくなるわけである。
2013年の配当額は、合作社によって1ムー当たり300元から900元とバラツキが大きい。経営者の才覚如何によって増えたり減ったりするのは、市場志向である以上、避けられないことだが、興味深い点は、稲作と小麦ないし油料作物の二毛作という、標準的な作付けの場合でも、土地出資者にそれなりの額の配当と、経営者に十分な所得を提供できるほど、収益が上がっていることである(ちなみに、収益の配分比率は、公共積立金が1、出資者への配当が3、経営者の所得が6と決められている)。細かな数字を聞くことはかなわなかったが、政府による一定額の補助金がなければ、収益確保がむずかしいことは容易に想像できる。さらにいえば、合作社に参加する農民のほとんどは、出稼ぎ者を含め農業以外の職をもつ働き手が家計の中にいる、いわば兼業農家であり、実際に農業に従事している者は、出稼ぎ経験がない、もしくは出稼ぎから帰郷した50代や60代の中高年が中心である。つまり、合作社からの配当は多ければそれに超したことはないが、出資者の主たる収入源は農業ではないので、極端な話、配当はなくてもかまわない。こうした背景があるため、「土地株式合作社」は運営できるのではないかと思われる。
数年前、兵庫県揖保郡の共同営農の現場に、農業経済を研究する中国人学者を連れて行ったことがある。そこでは、先祖伝来の水田を守るために、水田の共同管理が行われていた。年始めに作付け計画を決め、農作業に従事する者は、基本的に退職した年金生活者に限られ、農作業の時間は自己申告し、年末にそれを集計して収益から支払いをする。中国人学者は感嘆して曰く、「これこそ、人民公社が目指していた理想の方式だ!」。賢明な読者はすぐに気がつくように、人民公社が失敗し、揖保郡の共同営農が成功している理由は、前者では農業が主たる収入であったのに対して、後者では、そうではないという点にある。
人民公社が解体され、農家経営請負制が導入されて30年余りが過ぎた。成都市という大都市の近郊の事例ではあるが、内陸部農村において、すでに日本に近いような兼業農家の実態が生まれ、それが「土地株式合作社」という形で農業の再編を引き起こしていることに、感慨ひとしおである。