タイプ
論考
プロジェクト
日付
2015/10/6

【Views on China】なぜ、中国政府は弁護士を弾圧するのか


東京大学総合文化研究科准教授
阿古 智子

 
 中国では近年、多くの弁護士たちが弾圧の対象になっている。今年は7月に一斉に弁護士の取り調べや拘束が行われたが、これは党、政府あげての統一した目的があってのことなのだろうか。秋には国家主席の習近平が米国や英国を訪問する予定が組まれていたというのに、中国が自らイメージを悪化させるような行動に出るだろうか。習政権は、海外からの批判など意にも介さないほど自信があるということなのか。そうではなく、同時期にあった株価の乱高下に動揺したという分析もあり、中国に対する見方は極端にわかれている。
 権力闘争から個々の政策の決定と実施の過程に至るまで、多くがブラックボックスに入っている中国の政治を的確にとらえることは難しい。しかし、その時々の権力者の意図や政策の動きを追うだけでなく、中国が抱える構造的な問題を視野に含めれば、分析の深度を増すことができるのではないだろうか。
 
弁護士の拘束と政府系メディアの世論工作

 今年7月以降、事情聴取されたり、拘束されたりした弁護士や関係者の数は、10月初めの時点で200人以上に上っている。その多くがすでに釈放されたが、20人あまりは依然拘束されているか、行方不明となっている[1]。北京鋒鋭弁護士事務所は、主任の周世鋒や弁護士の王宇らが刑事拘留の処分を受けた。
 最近中国でよく取られる手法だが、周世鋒や王宇が刑事拘留された理由については、新華社、人民日報、中央テレビ(CCTV)といった共産党直属の国営メディアが、公安当局が公式に容疑の内容を発表する前に事細かに報じている。当然、彼らはその数日前に連行されたのだから、取り調べも本格的には始まっていないはずだが、既に犯罪者として報道されている。以下、7月12日付の新華社の記事を引用する。
 「公安部は北京などの公安機関に集中的に行動するよう指示を出し、20127月以降、40あまりの政治的に難しい案件を計画的に操作し、社会秩序を著しくかき乱した北京鋒鋭弁護士事務所を中心とする重大な犯罪グループを粉砕した」。
 そして、弁護士が注目を集める案件の現場に度々現れ、陳情者たちと事を荒立てるのはなぜかと問いかけている。
 「一連の注目を集める事件の現場に度々弁護士が現れ、事を荒立てるのはなぜか。多くの陳情者がプラカードを挙げ、共に騒ぎ立てるのはなぜか。政治的に難しい案件を担当する裁判官や役人が、度々法廷の外で誹謗され、攻撃され、人肉捜索されるのはなぜか。一連の事件がヒートアップする背景に、しばしば、故意に波風を立てようとする集団が存在し、悪意をもって操縦しようとする意図が見え隠れするのはなぜか」[2]
 弁護士の王宇は、無期懲役で服役中の新疆ウイグル自治区出身の学者であるイリハムトフティ、拘留中に健康状態が悪化して死亡した活動家の曹順利、強制立ち退きに抵抗し当局者への傷害罪に問われた范木根、そして教師による性暴力事件の被害者などの弁護を担当してきた。彼女は「中国で最も勇敢な女性弁護士」と称されるほどパワフルな女性だ。7月20日、CCTVの夜のニュース番組は、王宇が法廷で「お前らはチンピラで、人でなしだ!」と大声を上げ、法廷警察(法廷内の警備を担当する警察)に食って掛かっている場面を報じた。
 この放送を見た人は、王宇の姿に不快感を持ったかもしれない。私自身、「ここまでしなくてもよいのに」と感じた。しかし、彼女は自分が弁護する被告の女性が、警察による取り調べの最中に拷問された様子を伝えようとして感情が高まっていたところ、体格のがっちりした4人の警察がその女性を押さえつけようとしたため声を荒らげたのだと、フェミニスト運動で知られる葉海燕は指摘する[3]。それが事実であれば、CCTVの報道は全貌の一部だけを切り取ってクローズアップし、王宇のイメージを悪くしようとしていることになる。
 
弁護士と市民の連携は罪か

 司法が独立していない中国において、弁護士はさまざまな形で妨害や介入に遭い、厳しい闘いを迫られている。たとえば、被疑者や被告人と接見できない、弁護側の求めに応じて証拠や証人を採用してもらえない、家族や関係者の傍聴や裁判記録の閲覧が許可されない、法律の定める期日までに開廷しない、ひどい場合には弁護士が知らないうちに判決が出ていたということさえある。弁護士自身、心身の安全や自由が脅かされることも少なくない。
 司法が国民に開かれていない環境の下、弁護士たちは社会的に注目が集まる問題に関して政府が十分な説明責任を果たしていないと認識し、関係者と共に戦略的に世論の関心を高めようとする。街頭で演説をしたり、事件解明の鍵を握る情報や動画を収集して発信したりと、メディアや市民との連携に力を入れるのだ。これは、政府や社会に対して、社会問題への対処や公共政策の形成、変容を促すための「アドボカシー」の活動だと捉えてよいだろう。国際的にアドボカシーは幅広く実践されており、健全な社会を形成するために必要不可欠なロビー活動だが、中国では「市民を煽動し、国家や政権の転覆を企図する」活動と見なされることが少なくない。
 弁護士と市民の連携を警戒する中国の関係機関は、2015年5月に黒竜江省綏化市の慶安駅で起こった事件にも神経を尖らせていたことが、前出の新華社の報道からわかる。この事件では、駅舎の警備を担当していた警察官が、80を過ぎた老母と妻、3人の幼子と共に列車の待合室にいた徐純合という男を射殺した。警察官は正当防衛を主張したが、インターネット上では、北京に陳情に行こうとする徐純合を警察官が阻止しようとしたのではないかという噂が流れ、どこからか発信された徐純合と警察官がもみ合う場面の動画を多くの人が転送した。
 中国では、地元で解決に至らない問題を、より上級の政府や中央政府に訴える陳情者が後を絶たないが、陳情者数が増えると、地元当局の責任者が処罰の対象となる。そのため、地方政府が陳情者をマークすることはよくあることだが、徐純合が亡くなり、家族への取材も規制される中、徐純合が陳情に行こうとしていたのかどうかを明らかにする術はほとんど残っていない。その一方で、地方政府が口封じのためか、徐純合の母親に数十万元の金を渡そうとしたという情報も流れた。
 どれほど党の宣伝部門が情報を規制しても、インターネット上には政府の関係当局が不利になるような投稿があふれた。真相を明らかにするため、独立した調査グループを立ち上げるべきだという声も高まった。
 前出の7月12日付の新華社の記事は慶安事件について、次のように述べている。
 「慶安事件では、徐純合は陳情者であり、警察が発砲したのは指導者の指示だとでっち上げた。(中略)駅で横断幕を広げ、徐純合の母と代理契約を結んだ弁護士らは、銃を撃った警察を擁護する地方政府幹部に対して人肉捜索をしかけ、幹部の身の上に問題があることがわかると、事を誇張して政府に圧力をかけようとした」
 「人肉捜索」というのは、インターネット上などに対象とする人物の個人情報を暴露し、その人物を窮地に陥れることだが、中国では役人がターゲットになることが多い。慶安事件の後、同県副県長の董国生がネットユーザーから攻撃され、学歴や年齢を詐称していたことや、働いていないはずの董国生の妻が政府から給与を受けていたことなどが発覚し、董国生は停職処分になった。
 新華社の記事はさらに次のようにも述べている。
 「重要な仕掛人であるネットユーザーの超級低俗屠夫(本名:呉淦)[4]はすぐに現場に駆けつけ、『慶安事件の現場の動画提供者に10万元の懸賞金を出す』などと言っている。翟岩民(筆者注:鋒鋭弁護士事務所所属の弁護士で刑事拘留中)によると、呉淦は政治的に難しい事件が社会的に注目されるよう仕掛けることに長けており、この手の関係者の間でよく知られている……駆けつけた陳情者は、プラカードを掲げれば600元の『謝礼』をもらえたと証言している。陳情者の中には警察に拘留された者もいるが、翟岩民らは彼らが北京に戻ってから、この『慶安の勇士たち』をねぎらう宴会を開いた」。
 呉淦は6月下旬には、騒動挑発罪、誹謗罪、国家政権転覆煽動罪の容疑で逮捕された。新華社の記事によると、呉淦は鋒鋭弁護士事務所にアシスタントとして雇用され、1万元を越える月収のほか、活動経費をもらっていたという。
 鋒鋭弁護士事務所は担当する案件について市民の注目を集めるために、呉淦と連携していたのだろう。呉淦は、日頃から不満を蓄積している陳情者などと共に、インターネットでの発信や街頭でのアピールを行い、事件や事故の真相解明を政府に要求した。それだけで人々の関心を高めることができなければ、関連する役人の汚職などの証拠をつかみ、それをインターネットで発信して圧力をかけ、被害者に対する権利侵害や加害の事実を認めさせ、補償や謝罪を要求した。こうしたやり方は「殺豚モデル」と名付けられ[5]、一連の活動に必要な経費をまかなうために、募金活動への参加も呼びかけられた。
 このような市民と連携し、インターネットを駆使して行う動員型の権利擁護活動は、近年広く行われるようになったが、その多くが関係当局に弾圧されている。2014年の建三江事件では、黒竜江省の「法制教育基地」と呼ばれる施設で法輪功信者や陳情者、地下教会信者らが違法に監禁されているとして、市民と共に反対運動を展開していた唐吉田、江天勇、王成、張俊傑という四人の弁護士が、公安当局に「邪教活動を利用し社会に危害を与えた違法行為」を行ったとして行政拘留の処分を受けた。これに対しては、当局の処分は不当だとして支援者が反発している。
 2010年頃に法学者の許志永らが、公務員の財産公開や教育を平等に受ける権利の実現を市民と共に呼びかけた新公民運動も、やはり動員型の市民運動であった。だが2014年、許志永をはじめ、各地の中心メンバーが公共秩序騒乱罪などで懲役刑を受けるという結末を迎えた。他にも、建設的な政策提言を行うことで高い評価を受けていた民間シンクタンクの「伝知行社会経済研究所」や、農村に図書室を設立し、市民の学習活動を広めてきた「立人郷村図書館」など、知識人と市民が連携する形で研究やプロジェクトを展開してきた組織が、集中的に圧力をかけられている。2014年、伝知行は創始者の郭玉閃や行政主管の何正軍が、立人は理事長の薛野や役員の柳建樹が拘束された[6]
 ノーベル平和賞を受賞した劉暁波らが起草した零八憲章は、多党制や連邦制を取り入れるべきだと明確に主張した。つまり、共産党政権の存続を前提とせず、現存の憲法をつくり直した上で、中国の統治のあり方を考えようと提案したのである。それに比べて、新公民運動をはじめとする近年の社会運動は、現在の憲法に基づく統治、すなわち「憲政」を重視する。中国の憲法は共産党の指導の正統性を述べているが、言論、出版、集会、結社、デモ行進、抗議の自由も明記しており、そうした憲法の規定に基づいて政治を行うべきだと主張する。すなわち、今の政治体制の基本を崩さず、漸進的な社会変革を目指すというわけだが、それでも、全国各地にネットワークを広げる動員型の運動は警戒されるのだろう。
 
公共安全と統治の優先

 中央や地方の関連部門は、このような弁護士、活動家、シンクタンクやNGOの関係者の取り締まりについて、何らかの指示を出していると考えられる。しかし、指示を出す各機関は、具体的に何を目標に取り締まりを行うのか、それによって期待する効果が何であるのか、取り調べや拘束の後にどのような処置をとるのかを、明確にしているのだろうか。先に指摘したように動員型の運動、知識人と市民の連携、海外の組織からの活動資金の授受などは警戒される要素だと考えられる。だが、公共安全に力を入れるように日頃から指示されている各部門の担当者が、突発的な事件などによって責任を問われることを恐れ、過剰に反応しているということもあるのではないか。
 公共安全の維持とは、社会の安定をはかり、治安を強化することを意味する。2012年の全国(中央及び地方を合わせた)予算案の中で公共安全費が7017億6300万元、国防費が6702億7400万元と発表された際に、「中国は軍事費を上回る治安対策費を計上している」と海外メディアが伝え、中国政府はそれに反論したことがあった。その際、財政部関係者は『南方都市報』の取材に対し、公共安全支出には公共衛生、公共交通、建築安全、食品安全などの費用も含まれると説明した。しかし、中国政府の財政支出に関する説明には、公共安全支出は、「政府が社会の公共安全を維持するための支出を指し、武装警察、公安(警察)、国家安全、検察、法院(裁判所)、司法行政、監獄、労働矯正、国家機密漏洩防止、密輸密売取締官などの人員の給与及び機関の事務経費」とある。実際に、2010年の公共安全費(実行額5518億元)の内訳をみれば、武装警察が934億元、公安(警察)が2816億元、裁判所が544億元、司法が166億元、密輸取締が11億元となっており、その他は69億元(総額の1.2%)にすぎず、公共安全支出は主に治安維持に使われていることがわかる[7]
 公共安全支出は増加し続け、2014年は2010年比で地方への財政移転を除いた中央財政支出の伸びが40%であるのに対して、公共安全支出は170%増となった。ところで、国防費のほとんどを中央政府が支出しているのに対し、公共安全費は4分の3を地方政府が負担している。経済成長の鈍化で地方財政はおしなべて厳しいはずだが、それでもなお、地方政府が公共安全に力を入れるのはなぜなのか。
 まずその要因として考えられるのは、公共安全が役人の昇進を評価する基準になっていることである。ある地方政府の幹部は、「大規模な抗議活動を未然に防ぐことが求められているし、先に述べた陳情者対策なども重要な指標とされている」と私に話した。
 次に、膨張する公共安全に関わる組織や人員が自己利益を拡大するために、本来なら不要な仕事を作り出していることが考えられる。「役人の数は仕事の量とは無関係に増え続ける」というパーキンソンの法則[8]が、官僚組織の膨張を説明するのによく用いられるが、中国では、予算の決定や執行のプロセスが不透明である上、特に公共安全については国家の重大な事項や機密に関連するとして情報がほとんど開示されない。組織や国の状況を全体的に見渡すのではなく、自分の部下を増やし、自分の所属する部門の予算を増やすために仕事を作る傾向があるのではないか。
 弁護士やジャーナリスト、研究者などである私の友人や知人は、公安の一部門である国内安全保衛局(国保)の職員に尾行されたり、事情聴取されたりすることがしばしばある[9]。なかには、重要なイベントや国際会議が北京で開かれる時期になると金を渡され、遠方に旅行するよう指示される者もいる。労働問題を扱うある民間団体の代表は、国保の担当官が「あなたがこの仕事を辞めれば、我々は仕事を大幅に減らすことができると言って、事務所の机に札束を積んだ」と私に話した。他にも商品券を差し出されたとか、酒やタバコを渡されたとかいう話を、友人やその関係者からしばしば聞く。このような証言から、「警戒すべき人物への対策」だと言えば、使える経費は相当程度確保されていると考えられる。
 一方、自宅や勤務先の敷地内で待機する国保の担当者と会話するようになった弁護士は、「仕事先でもらった酒や茶葉などをあげると喜ぶんだ。下っ端の人たちは生活が大変そうだ」と言っていた。当然、彼らはこの弁護士の動向を把握しようとしているわけだが、経費を自由に使う権限を持たない平職員である。家族を養うのに苦労している者もいるだろう。彼らは今のポストを守るために、さらに昇進の機会を狙うために、自分の働きぶりをアピールする。その時々の情勢を見ながら、監視対象の人物との距離を考えたり、上司への報告内容を変えたりするだろう。上から下に出される指示も、下から上に行われる報告も固定の規則やルールに沿ったものではなく、その時々の状況によって変化しているのではないだろうか。
 さらに、最近の経済の減退は政情不安のリスクを高めており、公共安全を担当する幹部や職員は必要以上に防御態勢を取ろうとしている。そして、習近平政権が強力に押し進める腐敗取締キャンペーンも、マイナスの影響を及ぼしている。なぜなら、腐敗の取り締まりは、警察や裁判所ではなく、共産党の規律検査部門によって行われることが大半であり、基準が恣意的かつ曖昧になりやすいからだ。何がどのように問題とされるのかがわからない状況下で、担当官はその時々の風向きを見ながら行動するしかない。その過程において、風向きを間違って捉え、過剰に対応したり、間違った判断を下したりすることもあるのではないか。
 いわゆる日本的な集団主義は、個々人の役割が明確でなく、問題が生じた際に責任の所在が曖昧になりやすいと言われる。つまり、部下は上司に従属せざるを得ず、間違っていると思っていても、自分はやりたくないと思っていても、上に従わなければならないということが度々生じる。一方、中国の官僚組織では、中央の党、政府から地方出先機関に出される上意下達の指揮命令系統と、地方内部での横の指揮命令系統の双方が絡み合う。そこでは一見、中央集権が機能しているように見えるが、実際にはいわゆる地方保護主義が横行しやすく、管理権の分散、行政効率の低下、政策の執行難、組織の肥大化が顕著にみられることが、先行研究から明らかになっている[10]。中国では「上に政策あれば下に対策あり」という言葉がよく使われるが、それは、上には命令に従っているふりをしながら、実際には命令に背く形で自分の所属する部門や家族の利益を確保することを表している。中央政府にとって重要なのは統治であり、統治に大きな支障が出ない限り、地方の管理上の問題には目をつぶる。
 つまり極端に言えば、「法や制度がないがしろにすることがあっても、統治を優先する」という一定のルールがあるわけだ。だが、先にも述べたように、現在の中国の政治は不安定であり、評価や懲罰の基準が突如変わる。それに伴って、これまで利害を共有していた組織や人間との関係に変化が生じるということも頻繁に起こっているようだ。
 たとえば、権力内部の動きについて確証を得るのは難しいが、情報筋からは次のような声も聞こえる。情報、治安、司法、検察、公安を主管する党の政法委員会系統に甚大な影響を与えていた薄熙来、そして薄熙来と関係が深く、党中央の政法委員会書記を務めていた周永康らが失脚し、政法系統の組織改編が進められるなか、中央と強いつながりのある北京市の政法系統にも混乱が生じ、弁護士やジャーナリストへの対応に一貫性が失われているというのだ。
 
おわりに〜持続的発展と言論の自由〜

 一党執政体制の下で中央集権と地方保護主義が複雑に絡み合う組織環境と、人間関係を重視する社会環境は、法の支配の定着を阻み、権力の乱用やコネ利用の横行を深刻化させている。発展途上国である中国が大きく飛躍した背景には、規制に縛られすぎず、個人や企業がインセンティブを発揮したという側面や、社会保障政策がカバーできていない部分で地域や家族の相互扶助が力を発揮したという側面もある。だが、現在の中国社会は人治の悪い部分が噴出しているように見える。長期的に持続可能な発展を見据えるならば、本格的な政治改革が必要不可欠だろう。だが、人治に慣れてしまった社会は、そう簡単には変わらない。その上、インターネット上に膨大な情報や意見が行き交う一方で、政府が言論統制を強化するため、思想や政治的立場の異なる陣営がそれぞれをののしり合うような形で言論界が分裂し、処罰を恐れて萎縮したメディア、出版業界や学術界が、すばらしいスクープや作品、研究業績を埋没させている。
 「鶏が先か、卵が先か」ということになるが、人治の悪弊を断ち切ることができないのは、政治改革を断行できない政府側にも、その環境に浸りきってきた社会の側にも問題がある。中国社会は巨大な池のようなものであるとし、それを便所と例えた中国人は、中国人は汚れてもお構いなしに池を使ってきたが、「このままの状態が続けばみんな生き延びることはできない、と言って立ち上がってくれる人を求めている」と表現した[11]。長い歴史をもつ巨大な国が抱える問題を一つ一つ解決し、国の体制を変えていくのは途方もない作業だ。急進的な改革は現実的ではなく、政府も社会も一丸となって各分野の課題に忍耐強く対応し、漸進的な変革を模索するほかはない。
 その過程において何よりも重要なのは言論の自由ではないだろうか。法の支配が定着せず、思想・言論が厳しく統制される社会では、社会のモラルが低下し、正直者が馬鹿を見る風潮が広がっていく。そのような環境において、新たなアイデアや社会的に意義のある価値を創出するのは難しくなる。国の難局を前に、社会的責任を果たそうという国民が育たず、市民社会も発展しない。社会の矛盾が先鋭化することを恐れる政府は、使命感の強い良心的な知識人や弁護士を弾圧し続けるという悪循環を繰り返すだろう。そうした悪循環から抜け出すために、言論の自由の価値が改めて問われるべきではないだろうか。

 
[1] 取り調べや拘束の対象となっている中国の弁護士に関するデータをアムネスティがまとめている。China: Lawyers and Activists Detained or Questioned by Police since July 7 2015 (https://www.amnesty.org/en/documents/asa17/2277/2015/en/)
[2] 鄒偉・黄慶暢「掲開“維権”事件的黒幕―公安部指揮摧燬一個北京鋒鋭律師事務所為平台,“維権”律師、推手、“訪民”相互勾連、滋事擾序的渉嫌重大犯罪団伙」『人民網』(2015年7月12日)を参照。http://politics.people.com.cn/n/2015/0712/c1001-27290030.html
[3] ブロガーやフェミニストとして名を知られている葉海燕は、2013年に海南省の小学校校長が女子生徒をホテルに連れ込んで乱暴した事件に対して反対運動を展開し、行政拘留の処分などを受けた。その際、王宇弁護士が代理人を務め、彼女の弁護を担当した。彼女は微博(中国版ツイッター)で、王宇弁護士が法廷で感情を高ぶらせた理由を述べている。http://overseas.weibo.com/user/2078765641/3867007881168224
[4] 「超級低俗屠夫」は著名なブロガーである呉淦のハンドルネーム。
[5] 蘇星河「大家談中国 論超級低俗屠夫 呉淦」『BBC(中国語版)』2015年7月3日http://www.bbc.com/zhongwen/trad/comments_on_china/2015/07/150703_coc_activist_wugan_mode
[6] 郭玉閃と何正軍は9月14日に突然保釈された。習近平訪米の前であり、外交カードとして使ったのではないかという分析もある。傑安迪「習近平訪美前維権人士郭玉閃獲釈」『ニューヨークタイムズ中国語サイト』(2015年9月16日)http://cn.nytimes.com/china/20150916/c16china/
[7] 北村豊「治安維持費が軍事費を上回る中国社会 海外メディアの報道に反駁も、その実態は」『日経ビジネスオンライン』(2012年3月16日)を参照。http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20120314/229787/?rt=nocnt
[8] 英国の歴史学者、シリル・ノースコート・パーキンソンが、英国の官僚制を分析して提唱した法則。
[9] 国保の主要な任務は、国家の安全、社会と政治の安定、そして民族団結を維持し、中国に浸透しようとする海外の敵対勢力、民族分裂勢力、テロリスト集団、過激派宗教組織、台湾独立分子、邪教、闇組織、そして国家の主権や安全を脅かし、政権を転覆させようと企図する人物を取り締まることだという。
[10] このような中国の中央と地方の関係については、以下の文献が参考になる。磯部靖『現代中国の中央・地方関係:広東省における地方分権と省指導者』(慶応義塾大学出版会、2008年)、三宅康之『中国改革開放の政治経済学』(ミネルヴァ書房、2006年)、梶谷懐『現代中国の財政金融システム:グローバル化と中央―地方関係の経済学』(名古屋大学出版会、2011年)などの文献が参考になる。
[11] 『ネオ・チャイナ』(白水社、2015年)に登場する人物の言葉。本書は『シカゴ・トリビューン』の記者だったエバン・オズノスが独裁主義と人々の情熱、官と民のせめぎ合いを描いた力作のルポタージュである。戦う人権活動家、若い愛国主義者、台湾から海を泳いで渡った著名なエコノミスト、スクープを連発する敏腕編集者、若者の圧倒的人気を集める作家のほか、夢を追い続けるさまざまな市井の人々が登場する。