タイプ
論考
プロジェクト
日付
2012/3/14

習近平訪米から見る中国の対米外交の新たな段階

東京財団研究員
大沼 瑞穂


2月13日から17日まで中国の習近平国家副主席は、米国での正式訪問を無事終え、「私は自信を持って自らの訪米が大成功だったと言える」*1 との言葉を残して満足げに米国を去った。今年秋に次期国家主席として中国の新リーダーとなるだろう習副主席の訪米は、胡錦濤国家主席の副主席時代の訪米とは、全く異なる印象を米国民に与え、さらに、昨年の胡錦濤国家主席の訪米とも異なる様相を見せ、中国の対米外交が対等を前提とした新たな段階に入ったと言っていいだろう。

メディアを意識したパブリック・ディプロマシー、米中相互依存関係の深化をてことした外交姿勢、中国の「核心的利益」と人権、海洋利益への確固たる立場の堅持という三点を胡錦濤国家主席の副主席・主席時代の訪米との比較から振り返り、中国の対米外交の変化をその背景とともに分析する。

イメージアップを意識した外交と指導者交代の制度化

胡錦濤国家主席が10年前に副主席として初めて米国を訪問した時、胡副主席(当時)は、“WHO IS HU?” *2 と揶揄され、13億人を抱える大国の次期リーダーとしての強い印象をほとんど与えることはなかった。10年前の中国は自らを「大国ではなく、最大の発展途上国」と位置づけ、米国とも対等な立場で物事を進めていこうという姿勢はなかった。また、胡錦濤も副主席という立場であっても、まだ自らの政治的地位が確定しない中、終始、低姿勢で「目立たないように」訪米日程をこなした。

それに対し、今回の習副主席の訪米は、ワシントンの財界人のみならず広く米国民に10年前の胡錦濤副主席訪問とは全く異なる印象を与えた。例えば、胡主席とブッシュ大統領(当時)との会談が30分足らずだったのに対し、今回の習副主席とオバマ大統領との会談は1時間半にも及び、1985年に視察に訪れたアイオワ州農家との再会の様子やインターナショナルスクールでのウィットやユーモアに富んだ対応ぶり、地方自治体の首長との会食の際、ハワイ州知事からもらったチョコレート一粒を出席者に見せた上で、その場でほおばり、笑いを誘うなどのざっくばらんな行動からも伺える。「親しみやすいリーダー」としてメディアを十分に意識した対応だった。このような対応ぶりにバイデン副大統領も「外国の指導者、特に中国の指導者がこんなにもアメリカ人に自らをさらけ出すのは珍しい」とコメントしている。*3
2月17日付の人民日報は、「メディアや民意、社会世論などが与える影響力は大きい。〔米国の〕あるメディアは色眼鏡で見ており、偏見と誤解が両国の協力の障害となることは望まない」と述べた上で、習副主席がメディアを意識したイメージつくりを行い、中国にとってパブリック・ディプロマシーが外交の重点工作になっていることを伝えている。今回の習副主席訪米では、メディアでのイメージアップが対米外交において戦略的に用いられていたことが伺い知れる。

さらに、副主席という立場でありながら、こうした行動が可能になったのは、中国での指導者交代が、胡錦濤時代よりはるかに制度化されつつあることの表れでもあるといえよう。毛沢東・トウ小平時代のように、権力者の鶴の一声で次期指導者人事が決まった時代は過去のものとなり、胡錦濤・温家宝をはじめとする集団指導体制が10年間滞りなく続き、習近平・李克強体制へと平和的に指導者交代が行われようとしている。このことが、習副主席の行動に一定の幅を与えたといえる。また、国家主席として米国に対等な大国として認められたいとの思いが強く出ていた2011年の胡錦濤国家主席の訪米時とは異なり、すでに、「対等なパートナー」として認められた中国の次期指導者として振る舞うことができた今回の訪米は、中国外交にとって一つの転換点になったと言えるのではないだろうか。

米中経済相互依存関係の深化をてことした外交姿勢

こうした転換の背景を経済関係から見てみよう。米国にとって、中国はいまや最大の貿易相手国である。2010年までの10年間で、米国から中国への輸出は468%も増え、2010年の対中輸出は919億ドルを超えた*4。もはや米国にとって、中国はなくてはならない大きな存在になっている。この10年間の経済的依存関係の深化が中国外交にとって大きな転換点の強力な背景として位置づけられている。今回、習副主席は、中国向け輸出の最も多いカルフォルニア州をその訪問地として選んだ。ロサンゼルスでの米中経済貿易協力フォーラムでは「米国ばかりが損をしているという人がいるが、事実ではない。01年からの10年間の対中輸出の拡大で、米国に300万人の雇用が生まれたとの統計もある」と発言し、中国に雇用を奪われているとの感情が蔓延する米国民の対中感情の緩和に努めた。

しかし米国の対中貿易赤字は昨年より30%増え、オバマ大統領との会談では、人民元切り上げへの要求も突きつけられた。習副主席は、人民元切り上げへの具体的政策への言及はせず、随行団による米国産大豆などの農産物の大型買い付けや外国映画の輸入規制緩和などの「実利」を見せつけることで、米国の圧力をかわした。今までも中国は米国からの人民元切り上げ要求には、大型買い付けという手法を用いており、今後も、訪米のたびに、このような演出を続けるだろう。米国側も「とりあえず人民元問題を提起しなければならない」という原則を打ち出しただけで、最大の貿易相手国の機嫌を損ねないよう米中友好演出に徹した。米国は、これまでも中国を為替操作国とは認定しておらず、昨年12月にも認定しなかった。今後も米国は経済的相互依存関係から中国への一定の配慮をしていくだろう。人民元切り上げの根本的な問題解決のためには、米中のみならず、中国と貿易をしているすべての国がG20といった国際的な枠組みの中で人民元問題を提起し続けるという根気が必要となる。しかし、世界はいま、欧州危機に対するIMFへの資金拠出に関し中国への期待もあり、人民元切り上げについて世界でこの問題がテーマとして再提起されるまでにはもう少し時間がかかるだろう。

いずれにしても、中国外交にとって、米中経済依存関係の深化は、対米外交の大きなカードとなっている。習副主席の訪米は、米中の経済的依存関係の深化をベースに自国の基本的利益は着実に守るという強さが再認識された出来事だったと言えよう。

中国の「核心的利益」と人権、南シナ海洋利益への確固たる立場を堅持

習副主席は、米国の人民元切り上げ要求のみならず、チベット、台湾問題など中国の「核心的利益」に対しても、その原則を譲らず、いかなる言質も与えなかった。オバマ大統領の人権尊重の要求にも、習副主席は「人権問題は改革・開放以降、過去30年余りで多くの成果を上げた。」と反論した。胡錦濤国家主席が2011年訪米した際、オバマ大統領との共同会見で「中国は人権の普遍的な原則を受け入れ、尊重する。」と発言し、人権対話の再開を決めた状況とは異なる*5

「核心的利益」という言葉は、台湾、チベットなどの独立問題に関して、それらは中国の主権の一部であり、独立を認めないという原則を用いる言葉であるが、2009年以降、中国外交の核となり、その意味、用途は拡大している。リーマンショック以降、これまでの「韜光養晦、有所作為*6」という外交方針は「堅持韜光養晦、積極所有作為*7」へと転換が図られ、「能力を隠して少しのことをする」方針から「能力は隠しつつも、積極的に行動する」方針へと変わった。その中で、「核心的利益」は、南シナ海等での海洋利益までも含めようと動いているようだ。米国は、2010年7月のASEAN地域フォーラムで、「南シナ海の航行の自由は米国の利益」と明言し、中国の南シナ海での海洋利益の追求を強く牽制した。今回も、中国の南シナ海での行動について米国から注文がつけられたが、中国側は海洋問題も、台湾やチベット、人権尊重要求と同じように米国側の主張に妥協しなかった。

中国にとって、南シナ海等での海洋活動に米国側が強く関与してくることは、なんとしても避けたいという思いが強い。米国の「アジア回帰」に対し、習副主席は「中国はアジア太平洋地域での米国の平和を推進する建設的役割を歓迎する」と話す一方、「同時に、米国に、中国とこの地域の他国の利益を尊重することを希望する」と釘を刺した。*8 2011年の胡錦濤国家主席の訪米時には、共同声明に中国側の「核心的利益」を盛り込むかが争点となったが、結局は、「核心的利益」の解釈を南シナ海での海洋利益の獲得まで拡大しかねない状況に反対した米国により盛り込まれなかったとの背景もあることから、今回の習副主席の発言は、米国への南シナ海での活動に対する牽制とも受け取れる。

今回の習副主席の訪米では、台湾、チベット、人権問題と同様に、南シナ海での海洋利益問題で米中に歩み寄りはなかった。胡錦濤国家主席の訪米時には、米国と中国が対等であるとの成果をとるために、人権問題等で譲歩せざるを得なかったが、すでに米国と対等な立場となった今回の習副主席の訪米は、中国の「核心的利益」と人権、南シナ海での海洋利益での確固たる立場の堅持を中国の対米外交の原則として譲らない姿勢を示したものだったといえる。「核心的利益」の定義や解釈についての議論はなされなかったものの、中国にとって、もはや、台湾、チベットなどの問題以外のこうした重要関心事項もまた、核心的利益に劣らない問題であることを示した。

終わりに

2008年のリーマンショック、そして欧州危機で立ち往生している先進国を尻目に、中国は大国としての自信をつけ、そして、国際的反発をいかに避ける形で、国際舞台に台頭していくかを模索している。今回の習副主席の訪米は、2011年の胡錦濤国家主席の訪米を踏まえ、そこで発表された共同声明「米中の協力パートナーシップ関係」を礎にしたもので、中国の米国とは「対等な立場で」会談に臨むとの余裕が感じられた。そこには、メディアを駆使したパブリック・ディプロマシーへの重点工作や米中経済依存関係の深化をてことした外交姿勢、そして中国の「核心的利益」と人権、海洋利益などの重要関心事項に対する確固たる立場の堅持から伺える中国の対米外交のこれまでとは異なる変化があった。今回の習近平国家副主席の訪米は、中国外交が対米政策において、「米中協力パートナーシップ関係」を基礎とした米中の「対等な関係」を当たり前とした次なる新たな段階に入ったことを如実に表したと言えよう。




*1 “Chinese leader Xi, Biden promote Sino-American trade relations in LA at the end of 4-day US visit”, Washington Post 2012/02/20
*2 「胡(Hu)とは誰(Who)のこと?」HuとWhoをもじって言われた言葉。
*3 “Chinese Vice president Ends U.S. Tour on Friendly Note”, New York Times 2012/02/17
*4 The US-China Business Council “US-China Trade Statistics and China’s World Trade Statistics”
*5 最もこの発言は中国国内には報道されておらず、胡錦濤国家主席の当時の発言については、様々な見解がある。
*6 「能力を隠して力を蓄え少しのことをする」
*7 「能力を隠し、力を蓄えることを堅持するとともに、積極的な外交を展開する」
*8 “Chinese Vice President Urges U.S. to Respect ‘Core Interests’ ” The New York Times,2012/02/15