タイプ
論考
プロジェクト
日付
2013/5/8

【Views on China】中国国防白書に関する一考察


東京財団研究員兼政策プロデューサー
小原 凡司


はじめに

中国国防白書の中で、日本政府が問題視し、駐日中国大使館を通じて中国に抗議した*1一文がある。「一部隣国は、中国の領土主権及び海洋権益にまで関わる(部分で)、問題を複雑化し、拡大化する行動を採っている。日本は尖閣問題で騒ぎを起こしている(个别邻国在涉及中国领土主权和海洋权益上采取使问题复杂化、扩大化的举动,日本在钓鱼岛问题上制造事端)*2」という件だ。

中国が国防白書で日本を名指ししたのは初めてのことだが、この文章は、中国が直面する安全保障上の問題について、全般情勢を述べた後に具体的な問題にブレイク・ダウンした一部分である。

日本では、この一文をもって中国が対日強硬姿勢を強めたとする論調が多いが、中国の意図は、国防白書全体を読まねば理解出来ない。本稿では、国防白書の内容を概観し、中国の意図を読み解く一助にしたい。


1 構成の変化

2013年4月16日に発表された国防白書は、2年に一度の定期的な発表であるが、「中国武装力の多様化する運用(中国武装力量的多样化运用)」という名称で、新華社が「中国政府は初の専題型(特定のテーマに絞った)国防白書を発表した*3」とする、これまでと異質な国防白書である。

目次を見れば、以前の国防白書との違いは明らかだ。これまでは、1 安全保障情勢、2 国防政策、の後に、人民解放軍の現状及び発展の方向を紹介する各項目が続いた。この部分は、その時々の軍事的趨勢を反映する。例えば2004年は、RMA(Revolution in Military Affairs:軍事における革命)を意識して、第3に「中国の特色のある軍事変革」を挙げた。この他は、毎年、各軍種の内容、国防動員、国防科学技術、国防費、安全保障協力という項目が並ぶ。

今回の国防白書では、「安全保障情勢」及び「国防政策」が、第1項「新たな情勢、新たな挑戦、新たな使命」に含まれた。第2項は、「武装力量建設と発展」として人民解放軍各軍種を紹介する。第3項は「国家主権、安全、領土の完全性を防衛する」、第4項は「国家経済社会の発展を保証する」、第5項は「世界平和と地域の安定を保護する」と続く。第3項以降は、優先順位をつけた人民解放軍の任務を記述したものと理解出来る。


2 中国の情勢認識

情勢認識と武装力運用の原則は、第1項「新たな情勢、新たな挑戦、新たな使命」に示される。新たな情勢として「アジア太平洋地域は、日増しに世界経済発展と大国の戦略ゲームの重要な舞台になり、米国はアジア太平洋戦略を調整し、地域情勢は深刻に変化している」と、米国の「アジア回帰」が中国の安全保障環境を変化させているという認識を示している。

こうした情勢下で生じた新たな挑戦として、「ある国家はアジア太平洋における軍事同盟を深化させ、軍事プレゼンスを拡大し、頻繁に地域の緊張局面を作りだしている」とした後に、「一部国家は・・・」という日本非難の文章が続く。「ある国家(有的国家)」と言う表現は一つの国を指すもので、内容から見て米国を指している。「一部国家」に含まれる日本は、米国が作り出した情勢の中で騒ぎ(尖閣問題)を起こしているという表現であり、あくまで問題は米国であるとの認識が窺える。一方で、日本を名指ししたことは、もはや中国が尖閣問題に関して日本に配慮しないことを示すものだ。

次に、「テロリズム、分裂主義、過激主義(恐怖主義、分裂主義、極端主義)」の3つの勢力を挙げる。「台湾独立勢力(台独勢力)」に触れるのは以前と同様だが、チベットや新疆ウィグルの独立運動等を含むであろう分裂主義の他の対象を示さないことは、中国政府の配慮であるとも言える。自然災害、事故及び衛生に関する事件、軍事技術の発展も新たな挑戦としている。

これらの挑戦に対して人民解放軍がどう立ち向かうかを示したのが、中国武装力量の多様化運用に係る基本政策と原則である。


3 運用の基本政策と原則

白書には、5項目の基本政策と原則が示されている。その第1は、「国家主権、安全、領土の完全性を防衛する」である。これが「国防建設を強化する目的であり、憲法及び法律が中国武装力に授ける神聖な職責である」として、法に基づく最高位の任務であることを強調する。また、「積極防御の軍事戦略」を継承しつつ、海洋権益、宇宙、サイバー空間を、防護の対象として特に指定するのが特徴である。米国の「宇宙は第4、サイバー空間は第5の戦場」とする区分を意識したもので、特にサイバー戦への意識は強い。

続く「他者が我方を侵害しなければ、我方も他者を侵害しない、他者が若し我方を侵害すれば、我方も必ず他者を侵害する(人不犯我、我不犯人、人若犯我、我必犯人)」の部分も、日本では尖閣問題での強硬姿勢の表れとされるが、表現自体は新しいものではない。この言葉が初めて公に使用されたのは1939年とされる*4。毛沢東が国民党への対応を指示した言葉である。語源は、三国志の曹操にまで遡ると言う*5。毛沢東が使用した当時は、先制攻撃を戒める意味で使用されたが、以後、「中国に攻め入る敵を全滅させる」という意味のスローガンとして頻繁に使用されてきた。今回の白書でも、続いて「断固として一切の必要な措置を採り、国家主権と領土の完全性を防護する」と述べていることから、尖閣問題を含む、主権及び領土防衛に対する強い意志を示すものであると言える。

第2は、「情報化された条件下での局部戦争に勝利する(という目的)に立脚し、軍事闘争の準備を拡大し、深化させる」としている。「軍事闘争の準備」を挙げたのは、戦争生起に対する危機感を反映している。これまでの「各軍種の『建設』」から、軍事闘争準備及び統合運用に意識が移り、より実戦を意識したものになっている。

第3は、「総合安全保障の概念を確立し、戦争以外の軍事作戦(MOOTW (Military Operation Other Than War))を効果的に遂行する」であり、以前の白書で述べられる内容と大差はない。

第4は、「安全保障協力を深化させ、国際的義務を履行する」であり、中国が近年強調しているものである。

第5は、「厳格に法に基づいて行動し、政策規律を厳守する」である。これは、胡錦濤政権が進めた「法に基づく行動」の流れを汲むものだが、今回は「国連憲章」「国際準則」「二国間及び多国間条約」等を挙げ、国際的な合法性確保をより強調する。東シナ海及び南シナ海等での活動を意識したものだろう。


4 「具体化」を目指した国防白書

今年の国防白書の特徴は「具体化」である。新華社の報道が強調するのは、初めて公式に18個の集団軍の番号及び陸海空軍の人数、更には第2砲兵が保有するミサイルの型を公表したことである。これまで中国は、人民解放軍が7大軍区に区分されるという以外は部隊編成等を公表していない。新華社の図解を見れば、正確性には乏しいが、集団軍の配置の概略が理解できる。因みに、国営新華社による国防白書に関する報道は、中国政府によるその解説だと受け取って良い。

陸海空軍の人数を公表したのも中国初だが、第2砲兵と武装警察の人数は公表していない。武装警察は、1989年の六四天安門事件以降、勢力を拡大していると言われるが、国内反乱分子を武力鎮圧する部隊であるため、規模等の公表が好ましくないと判断された可能性もある。人数に替えて公表されたのが第2砲兵保有のミサイルの型式であるが、「現在、『東風』シリーズ弾道ミサイル及び『長剣』巡航ミサイルを装備」と記述するに止まり、「型式の公表」には程遠い。具体的な数値等を挙げる動きには、党内部や人民解放軍からの抵抗もあるのだろう。


5 海洋権益と海外利益

第3項以降で注目されるのは、「海洋権益」と「海外利益」に関する記述である。「海洋権益の防護」は、2012年10月に実施した「東シナ海における協同(东海协作)-2012」演習を取り上げ、海軍と法執行機関の協力体制を強調する。また、「国家海外利益の防護」は、アデン湾、ソマリア沖海域における海賊対処、リビアからの中国国民避退等を挙げ、中国の世界での経済活動の安全面での保証を強調する。

特に「海洋権益の防護」は、日本では尖閣問題に絡めて議論されるが、3項「国家主権、安全、領土の完全性を防衛する」ではなく、4項「国家経済社会の発展を保証する」の中で扱われ、「海洋権益」が領土問題のみを意味するのではないことを示す。これは、「海洋権益」を安全保障と別に「経済、社会」の部分で述べた、全人代における温家宝首相の政府活動報告と同様である*6


おわりに

「具体化」が特徴とされる今回の国防白書が明らかにした部分は決して多くないが、変化を試みる意図は見える。字数が減少したのも、新華社が言う「専題型」で、テーマを絞ったからだとも言える。テーマは「新たな情勢に対応する解放軍の運用」だ。

また、国際社会の中での運用を強く意識した内容にもなっている。主権及び領土防衛に対する強い意志を示す一方で、国際法や規範及び条約等を遵守する限り、核に限らず、中国単独の意思で先制攻撃はできないはずだ*7

しかし、先制攻撃かどうかの判断は恣意的でもある。中国が、米国の「アジア回帰」に神経を尖らせ、日本を名指ししたことからも、東シナ海での緊張状態が継続することは容易に理解できる。予期せぬ軍事衝突を回避するために、双方の冷静な対応が求められる。




*1 「中国、白書で日本批判」『朝日新聞』2013年4月17日、「対日圧力強化鮮明に」『読売新聞』2013年4月17日、「異例、日本名指し批判」『産経新聞』2013年4月17日等
*2 2013年4月16日《中国国防部ホームページ》、http://www.mod.gov.cn/affair/2013-04/16/content_4442839.htm、2013年5月7日
*3 、《新華網》、2013年4月17日、http://news.xinhuanet.com/world/2013-04/17/c_124591944.htm、2013年5月7日
*4 中国共产党新闻 资料中心 历史口号、《人民網》、http://cpc.people.com.cn/GB/64162/64170/4467378.html、2013年5月7日
*5 、《百度百科》、http://wapbaike.baidu.com/view/373679.htm?uid=27181E7A46203C6FF809B6F7841525F4&bd_page_type=1&st=1&step=4&net=0&statwiki=1、2013年5月7日
*6 、《凤凰视频》、2013年3月5日、http://v.ifeng.com/v/gzbgcctv/index.shtml#f1feec43-fcaf-411b-a9ea-5ec67238377b、2013年5月7日
*7 「中国「核先制せず」削除」、『産経新聞』2013年4月23日、「「核先制不使用」記述削除」、『読売新聞』2013年4月27日等、国防白書から「核先制不使用」の記述が削除されたことについて、核兵器使用に関する政策転換ではないかと議論を呼んだ。