タイプ
論考
プロジェクト
日付
2013/11/15

【Views on China】「公民社会」への道筋――新公民運動と憲政論争

法政大学客員学術研究員
及川淳子

1.「新公民運動」――広がるうねりと強まる圧力

 中国社会の変化について理解を深め、そして今後を展望するためには、どのような視点が有用だろうか。様々な論点がある中で、筆者は「公民社会(市民社会)」をめぐる動向に注目している。「公民社会」の概念とその実現を目指す社会運動の実例、さらに当局との攻防については、すでに前回の拙稿で指摘したとおりだ*1 。今回は、最新事情をふまえた上で、「公民社会」への道筋といくつかの課題について考えてみたい。
漸進的な社会変革を目指す民間の動きは、新たなうねりとなって緩やかに広がりつつあるが、また同時に権力との緊張関係にもある。そして、運動に対する圧力は、近頃さらに強化されている。それらを象徴しているのが、「新公民運動」である。民主、法治、憲政を重視する「公民社会」の実現を目指し、人々に公民としての権利意識の覚醒を呼び掛ける運動だ。「新公民運動」の理念を提唱した活動家の許志永は今年4月から自宅に軟禁されていたが、7月に公共秩序騒乱の容疑で逮捕された*2 。その後、許志永の支援活動に取り組むジャーナリストの笑蜀も一時は法的根拠のないまま拘束され、関係者に動揺が広がった。
 そうした「新公民運動」をめぐる最新動向として、注目すべき二つの事件がある。一つは、著名な実業家として知られる王功権が9月13日に連行され、10月20日に正式に逮捕された事件だ。逮捕容疑は、許志永と同じく公共秩序騒乱の罪とされている*3。1961年生まれの王功権は、現在では中国不動産業界のリーディングカンパニーとも言われる万通集団の創設に参与し、中国経済の成長と共に成功を収めた人物だ。実業家として名を馳せた王功権が近年取り組んだのが、「新公民運動」への支援だった。経済的な成功を成し遂げた実業家が、社会運動に関心を寄せて具体的な支援を行うのは王功権にとどまらない。そうした人々は、「社会企業家」と呼ばれている。彼らの知名度は言うに及ばず、潤沢な資金や豊富な人脈が社会運動と結びつくことは当局にとって圧力となっており、警戒が強められている。
 もう一つは、「新余三君子」と呼ばれる活動家たちの事件だ。習近平指導部が本格的にスタートした今年の春、党や政府の幹部に資産公開を要求する動きが話題になった。街頭でゲリラ的に横断幕を掲げ、その写真をインターネットに掲示して社会の関心を集めるという手法だ。江西省新余市で活動していた劉萍、魏忠平、李思華の三人が4月に拘束され、違法集会を行った罪で起訴された。10月28日に開かれた初公判は「新公民運動」に関わる初めての裁判であり、習近平政権が「新公民運動」にどのような法的判断を下すのか、判決のゆくえが注目されている。

2.「新公民運動」の拠り所――中華人民共和国憲法

許志永、王功権、「新余三君子」のほか、運動に参加する人々は著名な人権派弁護士から一般市民まで幅広い。その中で、拘束や逮捕の処分を受けた参加者は、主要な人物だけでも20余名にのぼる*4。だが、ここで注意すべきは、彼らが運動のリーダーではないということだ。先に名前を挙げた彼らも、むしろ逮捕されたことによってシンボリックな存在になったという側面がある。「新公民運動」には明確な組織やルールがあるわけではなく、中心的な指導者もいない。権利意識に目覚め、自らの主張を具体的な行動で示そうとする公民が、自発的かつ理性的に取り組んでいる運動なのだ。インターネットを活用した緩やかなネットワークによって静かなうねりのように広がりを見せている「新公民運動」には、かつての民主化運動や中国各地で多発している集団抗議行動とは明らかに異なる指針がある。
 彼らがその活動で拠り所としているのは、ほかでもなく中華人民共和国憲法だ。急進的な政治の民主化を打ち出すのではなく、まして革命や政権の打倒を目標にするのでもない。憲法に明記されている公民の基本的権利の保障を求め、具体的な権利の実現を通して社会変革を推進しようという主張である。「新公民運動」の目指す先が民主であることは言うまでもないが、自由や民主の本質をめぐる観念論よりも現実の法治を優先し、その具体策として憲法の擁護を主張しているのだ。憲法に基づく政治、つまり憲政の実現を目指し、憲法を社会変革の共通認識にすることで、彼らは社会の幅広い支持を獲得できると考えている。
 ここで、あらためて中華人民共和国憲法を見てみよう*5。公民の基本的権利及び義務を明記した第二章に記されている主要な権利について確認したい。

第34条 選挙権及び被選挙権
第35条 言論、出版、集会、結社、行進及び示威の自由
第36条 宗教信仰の自由
第37条 人身の自由の不可侵
第38条 人格の尊厳の不可侵
第39条 住居の不可侵
第46条 教育を受ける権利及び義務

 これらのほかに、社会運動と深く関わるのが第41条である。そこには、「中華人民共和国の公民は、いかなる国家機関及び国家公務員に対しても、批判及び提案を行う権利を有する。いかなる国家機関及び国家公務員の違法行為及び職務怠慢に対しても、関係する国家機関に不服申し立て、告訴、もしくは告発する権利を有する」と明記され、意見表明という形での政治参加の権利を保障している。つまり、「新公民運動」は権利擁護の活動を推進する上で、憲法を武器としているのだ。

3.憲政の実現を阻む3つの課題

 憲法を根拠にするならば、「新公民運動」が主流の勢力となって憲政を推進し、やがては「公民社会」の実現を可能にするのだろうか。平和的かつ漸進的な社会変革の推進が期待されるが、しかし実際には様々な問題があるために、その道程は決して容易ではない。ここでは憲政の実現を阻む諸問題の中から、特に3つの課題について指摘したい。
 一つは、憲法が内包する本質的な矛盾である。前述したように、憲法の各論では公民の基本的権利が明確に述べられている。さらに、憲法第2条では「中華人民共和国のすべての権力は人民に属する」と明記され、主権在民が謳われている。だが、この原則に一致せず、公民の権利を抑圧しかねない記述がある。それは、「中国の各民族人民は、引き続き中国共産党の指導の下に、マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、?小平理論及び“三つの代表”の重要思想に導かれて……」と続く憲法の前文だ。「共産党の“指導”の下に」とあるが、原文の「領導」という言葉は上下関係に基づく指揮を意味する。つまり、憲法において中国共産党が最高指揮権を有すると規定されている以上、憲法の各論が個別の権利をいかに保障しようとも、それらを凌駕する党の指導が絶対なのだ。憲法が規定する公民の権利を徹底しようとすれば、「すべての権力は人民に属する」という理念と「共産党の指導の下に」という原則の整合性の問題、つまり、憲法と党のいずれが上位にあるのかという本質的な矛盾と向き合わざるを得ない。
 二つ目は、憲法を重視する社会勢力の課題である。今回は「新公民運動」を取り上げたが、ほかにも憲政の実現を目指す動きは多様だ。一例を挙げれば、昨年11月に北京で開催された「改革コンセンサスフォーラム」という取り組みがある。北京大学の憲法行政法研究センターの研究者たちと改革派の雑誌として影響力をもつ『炎黄春秋』が共催し、約100名が憲政について討論した。社会で広く容認されるコンセンサスをいかに形成するかという議論は、その後、憲政を柱とする「改革コンセンサスの提言書」にまとめられた*6。これは一例に過ぎないが、近年、学術界やメディア界では憲政をめぐる激しい論争が巻き起こっている。そうした論争がこれからさらに発展すれば、憲政をめぐる理念や思想面での議論と社会運動の経験の蓄積が効果的に結合し、社会変革の推進力となっていく可能性があるだろうか。「提言書」は「左右の違い、官民の別を超越して(中略)憲政中国のために共に努力しよう」と結んでいる。憲政を重視する各種の勢力が相違や対立を越えていけるのか、その力量が試されている。
 三つ目は、習近平政権の憲政に対する評価が不透明なことだ。昨年末、総書記に就任したばかりの習近平は、憲法施行30周年の記念大会で重要講話を発表し、「憲法はすべての公民が遵守すべき行動規範であるだけでなく、公民の権利を保障する法的な武器でもあることを多くの人民に認識させなければならない」と発言した*7。当初は、新指導部が憲法と法治を重視する姿勢を明確に打ち出したと見なされた。しかし、その後は習近平の発言に逆行するような情況が続いている。党中央委員会の機関紙『人民日報』と理論専門誌『求是』を中心に、憲政批判が断続的に展開されているのだ。それらの中には、憲政は資本主義のものか、あるいは社会主義のものかというような旧態依然としたイデオロギー論争に終始する議論も多い。そうした論調からは、憲法は重視するが憲政の推進には慎重という党中央の矛盾が浮かび上がる。
 現在、中国では言論空間の引き締めがいっそう強化されている。5月には大学の授業で扱ってはならないとされる7項目が通達され、「公民社会」と「公民の権利」は「普遍的価値」や「報道の自由」と同様に政治的に敏感な用語とされている*8。8月にはインターネットを監督する新たな基準も打ち出された。こうした中で、果たして習近平政権は憲政に向かうのか、あるいは言論の自由をさらに規制してイデオロギー統制を強化するのか。そして、小論で取り上げた「新公民運動」は、今後どのような展開を見せるのだろうか。「公民社会」の進展に数々の懸念材料がある中で、憲政が新たな政治的タブーにならないことを期待したい。

*1拙稿「『公民社会』をめぐる攻防」東京財団「Views on China」(2013年8月6日掲載)、http://www.tkfd.or.jp/research/project/sub1.php?id=399
*2許志永については、支援者が運営するウェブサイトに関連情報が随時掲載されている。http://xuzhiyong.org/
 許志永の主な活動と逮捕の詳細については以下を参照されたい。
Hua Ze,“Misrule of Law”, The New York Times,(2013.8.13),
http://xuzhiyong.org/2013/08/21/1506.htm
*3「許志永声援者王功権被北京警察帯走」BBC中文(2013年9月30日)
http://www.bbc.co.uk/zhongwen/simp/china/2013/09/130913_china_activist_investor_detained.shtml
「王功権被正式逮捕 新聞摘要 二十学者聯署促当局放人」許志永支援HP(2013年9月24日)
http://xuzhiyong.org/2013/10/24/1610.htm
*4「中国 新公民運動の躍動」『朝日新聞』(2013年10月4日)。
*5国務院法制弁公室編『新編中華人民共和国常用法律法規全書』中国法制出版社、2011年版。以下、憲法の引用はこれに同じ。
*6Junko Oikawa,“Growing backlash in China to suppression of free speech”,The Asahi Shimbun AJW website,(2013.2.21)
http://ajw.asahi.com/article/forum/politics_and_economy/east_asia/AJ201302210087
*7「在首都各界記念現行憲法公布施行30周年大会上的講話」新華社(2012年12月4日)
http://news.xinhuanet.com/politics/2012-12/04/c_113907206.htm
*8「京滬大学遭令『七不講』」香港紙『明報』(2013年5月11日)。




及川淳子
日本大学大学院総合社会情報研究科博士後期課程修了、博士(総合社会文化)。外務省在外公館専門調査員(在中国日本大使館)を経て、現在は法政大学国際日本学研究所客員学術研究員、法政大学大学院中国基層政治研究所特任研究員、桜美林大学北東アジア総合研究所客員研究員、日本大学文理学部非常勤講師。専門は現代中国の社会・知識人・言論空間に関する研究。
著書『現代中国の言論空間と政治文化――「李鋭ネットワーク」の形成と変容』(御茶の水書房、 2012年)、共著『中国ネット最前線――「情報統制」と「民主化」』(蒼蒼社、2011年)、共訳『劉暁波と中国民主化のゆくえ』(花伝社、2011 年)、『中国における報道の自由――その展開と運命』(孫旭培著、桜美林大学北東アジア総合研究所、2013年)ほか。