タイプ
論考
プロジェクト
日付
2014/9/19

【Views on China】「同呼吸、共奮闘」は成立するか-その2

 


東京財団研究員
染野憲治


李克強総理は2013年の全人代最終日の演説において、大気汚染に対し「同呼吸、共奮闘(同じ空気を吸う人々として、共に大気の改善に奮闘しよう)」と呼びかけた。この言葉は中国における大気汚染対策のスローガンとなった。このスローガンのもと大気汚染問題の克服に取り組む中国の現状について、昨年9月17日に本欄で論考を発表した。同論考で「今回のPM2.5事件は国民全員が問題を共有する規模の事件であったという点で、まさに日本の70年代の公害問題に相当するものであり、中国の環境対策は、これからが本当のスタートになるのかもしれない」と締めくくった。それから1年、中国では何が起きたのだろうか。

 

1.地方における対策の進展

2013年1月に起きたPM2.5事件に対する回答として、国務院は2013年9月12日に「大気汚染防止行動計画についての通知」〔国発(2013)37号〕、いわゆる大気十条を公表した1。大気十条では具体的目標として、2017年に京津冀(北京市、天津市、河北省)、長江デルタ、珠江デルタなどの地域のPM2.5の濃度をそれぞれ大凡25%、20%、15%低下させること、北京市のPM2.5の濃度を大凡60μg/m3にすること(北京市のPM2.5の濃度は2013年は89.5μg/m3、2014年上半期は91.6μg/m3)、全国の一定規模以上の都市のPM10の濃度を2012年比で10%以上低下させること(全国のPM10の濃度は2013年は118μg/m3、2014年上半期は115μg/m3)を掲げた2
 
中国では国が策定した目標について、下部の組織に細分化して割り当てることで達成を図ることがある。例えば、中国における大気汚染物質及び水質汚染物質の総量規制については、国が策定した削減目標を全国の31省、自治区、直轄市へ割り当て、各省、自治区、直轄市もさらに下部の行政単位へ目標を割り当てた。今般の大気十条も同様に各地域での計画が策定された。2013年9月17日に国家環境保護部(MEP)、国家発展改革委員会など6部門は、「京津冀及び周辺地区大気汚染防止行動計画実施細則」を連名で公布した3。本細則で、大気十条で定められた京津冀のPM2.5濃度の削減目標(25%減)に加え、山西省、山東省の目標は20%減、内蒙古自治区のそれは10%減とした。それぞれの目標を達成するために25の具体的措置が定められ、例えば京津冀では2015年末までに、そして山西省、内蒙古自治区、山東省では2017年末までに、欧州の「ユーロ5」という排ガス基準に適合した厳しい基準(「国5基準」)の自動車用ガソリン及びディーゼル油の供給を開始することや、中国石油、中国石化などの石油精製企業に対しても期限内に基準に合った石油製品を供給することを義務づけた。また、石炭消費量の削減については、2017年末までに北京市は1300万t、天津市は1000万t、山東省は2000万t、河北省は4000万tという、具体的な指標が示された。
 
北京市、天津市、河北省などにおいても計画策定が進み、2013年9月2日、北京市環境保護局は「北京市清潔空気行動計画(2013-2017)」を公布した。同計画の目標は、大気十条と同じく年平均濃度を25%削減することと、北京全市のPM2.5の年間平均濃度を大凡60μg/m3まで下げることとされた。そしてそれらの目標達成に向けて、現行の乗用車のナンバープレートによる規制の拡充や新エネルギー車の普及、石炭消費量の削減などを推進することとした。同様に、天津市は2013年9月28日に「天津市清新空気行動方案」を、河北省は2013年9月6日に「河北省大気汚染防治行動計画実施方案」を公表した。
 
2014年1月7日、中国全土の31省、自治区、直轄市の各政府は、MEPが各地の大気改善目標と重要任務を記した「大気汚染防治目標責任書」に署名した。その際、前述した6つの省、自治区、直轄市以外にも、5つの省と直轄市についてPM2.5の削減目標が設定された。具体的には、長江デルタに位置する上海市、江蘇省、浙江省が20%減、そして珠江デルタに位置する広東省、内陸の重慶市は15%減とされた。また、17の省、自治区ではPM10の削減目標が設定された。すなわち、河南省、陝西省、青海省、新疆ウイグル自治区は15%減、甘粛省、湖北省が12%減、四川省、遼寧市、吉林省、湖南省、安徽省、寧夏回族自治区は10%減、そして広西チワン族自治区、福建省、江西省、貴州省、黒龍江省は5%減とされた。さらに、海南省、チベット自治区、雲南省については定量的な目標は置かれず、大気環境を持続的に改善することとされたのみであった。
 
中国においては一般に制度の整備は進んでも、その執行に問題があるとの指摘がある。このため、2014年4月30日に国務院より大気十条の実施状況を評価するための規定が公布された4。本規定で各省、自治区、直轄市は、毎年、1)空気の質的改善目標の完成情況と、2)大気汚染の予防と対策の重点任務完成情況を、優秀、良好、合格、不合格の四段階で評価、査定されることとされた5。その結果は社会に公表されるとともに、幹部の人事評価や補助金の支給額にも反映されることとなった(成績優秀な地域には補助金が増額される)。

 

2.「大気汚染防治法」の整備

実はMEPではPM2.5事件が起きる以前より中国における大気汚染対策強化の必要性を認識し、2010年に「大気汚染防治法」の改正案をまとめ、国務院法制弁公室へ上程していた。しかし、同弁公室において改正の必要性が高くないと見なされ、放置されていた。PM2.5事件が起きたことで、改めて法改正作業が動き出し、既に準備されていた改正案をさらに見直し、全面改正案を策定することとなった。2014年4月に全人代常務委員会が公表した2014年立法計画によれば、同年12月に改正案が上程される予定となっている。
 
今般の法改正は前回(2000年)の法改正以降に導入された政策、特に2013年に大気十条が発布されたことや、「大気汚染防治法」の上位法にあたる中国環境保護法が2014年4月に改正されたことを踏まえたものとなる。また、2010年の「大気汚染共同対策事業の推進による区域大気質量の改善に関する指導意見」、2013年の「重点区域大気汚染防治第12次5カ年規画」などを踏まえ、省や自治区、直轄市の行政区分を超え、例えば京津冀一体での取組を進めるための措置も規定されると思われる。
 
改正案は2014年7月に国務院法制弁公室より関係部門(政府機関、地方政府)へ送付され、意見募集を行った。MEPが作成した初稿は300条を超えるものであったが、9月9日に公表された「大気汚染防治法(修正草案パブリックコメント稿)」では8章102条にまとめられた。これが精査され最終的には100条以下にまとめられる模様である(現行法は7章66条)。予定どおり12月に改正案が上程されれば、同月末にも全人代常務委員会で第1回目の審議にかかるであろう6

 

3.大気の状況

2013年1月のPM2.5事件以降、PM2.5を観測している74都市における毎月の大気汚染の状況が公表されるようになった。ワースト10のうち平均すると7都市は京津冀の都市が占めている。また、その他の都市も京津冀に隣接する山東省の済南、河南省の鄭州などが入り、長江デルタ、珠江デルタより状況が格段に深刻である様子が窺える。また、総じて秋(9−12月)、冬(1−3月)の時期の汚染度が高く、夏はPM2.5より、いわゆる光化学スモッグの原因物質である光化学オキシダント(オゾン(O3)など)による汚染が増加する傾向がある。
 
2013年の全国のPM2.5の年平均濃度は72μg/m3であった。2014年上半期の全国のPM2.5の年平均濃度は70μg/m3、京津冀では100μg/m3となっており、未だ改善の兆しは見えない。前述の通り、2017年の北京のPM2.5の年平均濃度の目標は60μg/m3とされているが、その達成は容易ではないであろう。


表:中国における大気汚染ワースト10 (クリックして拡大)





(出典) 中国環境保護部ホームページから作成

4.浮き彫りになる課題

2014年3月に開催された地方の「両会」、すなわち人民代表大会と政治協商会議では、多くの地域で環境保護の重視にかかわる措置が表明された。中央政府が、幹部の業績を評価する基準として、地域のGDPの値や成長率よりも効率向上による成長や持続可能な経済発展の実現などを重要視するようになってきたことから、例えば河北省では2014年のGDP目標値を前年より1%減の8%とした。しかし、未だにGDPの値や成長率を重視している地域もある。2014年3月、ある中国内陸地域を訪問すると、その地域の政府幹部は当地のGDP目標値は10%以上であると述べ、その理由として中国の発展には地域格差があること、雇用のためには一定の成長が必要であること、成長率を落とさずに産業構造の調整や技術によるブレークスルーを志向していることなどを挙げた。そして、環境改善のためにはGDPの5%以上の環境保全投資が必要であるという認識も有しているが、現実的な数値ではなく、汚染企業の閉鎖、移転など費用節約的な施策を先行させているとの説明があった。
 
また、地方政府が環境対策に力を入れることで「環境投資の過熱」という状況が発生し、巨額の資金が浪費される危険性も指摘されている。国家審計署(日本の会計検査院に相当)による省エネ・リサイクル事業の会計検査報告では、資金の不正取得や非効率的な使用が指摘され、その要因として政府の主管部門の審査の甘さなどが挙げられている。環境保全を大儀名分として多くの都市で地下鉄建設が進められているが、一部の地方都市では実需に見合わない建設が財政を圧迫させる要因になる可能性も指摘されている。
 
さらに、いわゆる地方保護主義が環境対策を進展させるための障壁になっている様子も見られる。例えば、新エネルギー車の普及のための北京市の補助金は深圳市に本社を置く企業の車両を対象としないといった事例が報道されており、2014年7月14日に公布された「新エネルギー自動車普及活用の加速に関する指導意見」〔国弁発(2014)35号〕では、一節を設けて地方保護主義の打破を指示している7
 
現在、中国では北京市、天津市、河北省を新首都経済圏として一体化させる「京津冀一体化」が注目されている。北京市の大気汚染の原因は隣接する河北省の影響が大きく、まさに京津冀一体で対策を進める必要がある。しかし、京津冀の都市の間には経済、財政面での格差があり、経済力の高い都市には一体化を進めることへの抵抗感もある。また、一体化による経済的効用ばかりを追い求めると、北京市などでの不動産価格の高騰が河北省へも広がるという結果になりかねない。京津冀一体化は、都市の持続的な発展を支えるための環境対策の強化や社会保障など住民の生活を重視して進めるのか、急速な経済成長を支えた工業化の代替としての都市化といった点を重視して進めるのか。中央政府や各都市が後者を追い求めるようであれば、不動産高騰や格差拡大などの副作用も深刻化しかねない。京津冀一体化がどのような形で進むかは、今後の中国が持続可能な発展を遂げられるかの試金石となろう。
 
中国の報道を見ていると、工場や発電所への規制強化や自動車排ガス対策など、様々な対策が講じられているように思える。しかし、行政体制のあり方や環境投資の規模が十全、十分とは言い難いことは昨年の論考でも述べたところであり、昨年のPM2.5事件より1年を経ても、未だに大気汚染の改善効果も見られていない。それに加えて、大気環境の改善を阻害する要因として、地域間の経済格差、環境対策およびインフラ投資の内容、地方保護主義等々、中国社会が抱える様々な課題も影響していることが浮き彫りになってきた。中国のこれからの発展は決して平坦な道程ではない。



1. 染野憲治(2013)「公表された大気十条-中国の「大気汚染防止行動計画」の本文及び概要-」東京財団
2. 大気中に浮遊する粒子状物質(PM:Particulate Matters)は、その生成過程、発生源、粒子の大きさ等により様々な呼称が使われる(例えば、石炭などの燃焼によって発生する煤塵、工事現場やセメント工場等から発生する粉塵、ディーゼル排気粒子など)。粒子の大きさに注目して、概ね直径10μm(ミクロン)以下の微小粒子がPM10、直径2.5μm以下の微小粒子がPM2.5と呼ばれる。
3. 中国環境保護部HP「関于印発「京津冀及周辺地区落実大気汚染防治行動計画実施細則」的通知」環発〔2013〕104号,2013年9月17日,中文  http://www.mep.gov.cn/gkml/hbb/bwj/201309/t20130918_260414.htm
4. 中国政府網「国務院弁公庁関于印発大気汚染防治行動計画実施状況考核弁法(試行)的通知」国弁発〔2014〕21号,2014年4月30日,中文  http://www.gov.cn/zhengce/content/2014-05/27/content_8830.htm
5. 空気の質的改善目標の完成情況についてはPM2.5又はPM10の年平均濃度の下降比率の1項目(100点満点)に関して評価され、大気汚染の予防と対策の重点任務完成情況については、産業構造調整、自動車汚染の予防と対策、大気汚染の予防と対策への資金投入など、10項目(100点満点)に関して評価される。
6. 法案審議は全人代常務委員会において偶数月の月末に行われる。また、重要法案については3月の全人代で議論される。なお、全人代での法案審議は通常、2、3回行われる。
7. 中国政府網「国務院弁公庁関于加快新能源汽車推広応用的指導意見」国弁発〔2014〕35号,2014年7月14日,中文  http://www.gov.cn/zhengce/content/2014-07/21/content_8936.htm