タイプ
論考
プロジェクト
日付
2015/6/30

【Views on China】中国の環境問題が解決する日


東京財団研究員
染野 憲治



1.中国は環境問題に真剣か
 「中国は環境問題を真剣に考えているのか」と尋ねられることがある。「中国」とは何を指すのか、何を以て「真剣」とするのかによって言い方は異なるだろうが、「基本的に真剣」と答える。
 このときの「真剣」の物差しは、日本が環境問題に真剣でなかった時代の日本政府や日本人の態度だ。1961年に大阪書籍が発行した小学4年生用の社会科の教科書には、当時の八幡(現在の北九州市)が「あかとそめて、もえつづけるようこうろのすがたなど、みないきいきとしています。八幡は鉄の都といわれます」と、煙に包まれた町の写真とともに描写されている。1967年に制定された「公害対策基本法」には「経済調和条項」(生活環境の保全は経済発展との調和の範囲内で取り組む)が含まれていた。1960年代後半まで、日本も環境より経済優先の価値観が社会に浸透していた。この調和条項が削除されたのは1970年11月に開催された臨時国会、いわゆる公害国会での法改正であり、翌1971年7月に環境庁が発足した。そして1972年6月にストックホルムで開催された史上初の国連環境サミット(国連人間環境会議)で、大石武一環境庁長官(当時)は日本の水俣病などの経験を紹介し、経済成長至上主義からの転換を誓っている。
 この人間環境会議には、周恩来総理(当時)の指示により、中国も出席した。サミットの翌年1973年8月に国務院による初めての環境会議である第1回全国環境保護大会を開催し、環境保護活動の「三十二字」方針(「全面規画、合理布局、総合利用、化害為利、依靠群衆、大家動手、保護環境、造福人民」[1])と環境保護文件「環境保護と改善に関する若干の規定」をまとめた。1979年には日本の公害対策基本法に相当する、「中国環境保護法(試行)」を制定した。その後、各種の環境法整備など、一歩ずつ中国は環境対策を進めてきた。
 しかし、同時期に改革開放政策が始まり、急速な経済成長が始まった。エネルギー使用量の増加、石炭を中心とするエネルギー源構成、重工業中心の経済など「入口」の変化に対し、「出口」となる環境対策のスピードとボリュームは十分とは言い難かった。環境保護部と国家統計局が共同研究を行った緑色国民経済計算(グリーンGDP)研究では、2004年の推計値として、少なく見積もっても中国では環境汚染によってGDPの3%に相当する経済損失が起きており、環境汚染を防止するためにはGDPの7%相当の初期投資とGDPの2%相当の運営投資が必要だが、実際にはGDPの1%の投資に留まっていると結論づけている。
 この推計を行った2004年2月には化学会社による「四川沱江特大水汚染事件」という、100万人を超える住民の生活に影響を与えた水質汚染事件が起きた。また、翌2005年11月には吉林省の石油化学工場での事故による「松花江汚染事件」という大規模な水質汚染事件が発生し、責任をとり解振華・環境保護総局長(当時)が職を辞した。日本と異なり中国では閣僚の任期は長い。1984年に環境保護局が設置されてから、現在の環境保護部までの約30年でトップは曲格平氏、解振華氏、周生賢氏の3人、そして今年2月に4人目となる陳吉寧氏(前職は清華大学学長)が就任したのみであり、解氏の辞職は重い判断であった。
このような状況を踏まえ、政府は環境対策を一層強化した。2006年から開始した第11次5カ年規画では、大気汚染に関する指標としての二酸化硫黄(SO2)、水質汚染に関する指標としての化学的酸素要求量(COD)について総量抑制目標を設定した。2011年から開始した現在の第12次5カ年規画ではさらに、大気汚染に関して窒素酸化物(NOx)、水質汚染に関してアンモニア性窒素(NH3-N)を目標に追加した。しかしながら、2013年1月には「PM2.5事件」[2]が発生し、改めて環境汚染の深刻さが社会に広く認知される事態となった。
 「真剣」の程度を量ることは困難だが、ふと気づいた「数字」がある。
中国における各種の統計をまとめた出版物に「中国統計年鑑」という本がある。中国国家統計局による編集で年1回出版されており、最新版の「中国統計年鑑2014」(2014年9月発行)は900頁を越え27章まである(ほかに付録が2章)。1章は総合、2章は人口、3章は国民経済計算と続き、第8章に資源及び環境の章がある。前から「環境」を扱った章が徐々に前方に移っているのには気づいていたが、最近はかなり前になった気がする。そこで、1987年から2014年までの28冊で、環境は第何章で扱っているかを整理した。


 環境保護に関する章の位置は2004年、そして2013年に大幅に前方に移っている。前述のとおり、2004年頃には大きな水質汚染事件の多発、2013年1月にはPM2.5事件が起きており、広く社会における環境問題への注目が集まった時期に重なる。[3]また、購買力平価で評価した中国のGDPは、2004年に日本と同等、2013年に米国と同等の規模となった。環境問題への社会的注目と一定の経済水準を背景に、これ以上の環境汚染は社会が受容できないと、2004年、2013年と環境保護を重視するギアが一段ずつ上がってきている感がある。
 
2.中国の環境問題はいつ解決するか
 環境問題への取組を開始した時期や、環境関連法制度の整備などを見れば、中国はかなり早期より国策として環境問題に取り組んできた。特に粗放的な経済成長による弊害が目立ってきた2000年代中頃、さらに国内外の多くの人の目に見える環境汚染事件となった2013年のPM2.5事件を経て、今や中国が環境問題に真剣ではないという単純な指摘はあたらないだろう。
 それでも、現在も発展の遅れた内陸地域などでは経済重視の声を聞くし、中国全体の政策上のプライオリティでも経済、特に雇用の確保は重視されている。また、「上に政策あれば、下に対策あり」と評されるように、法制度(ハードロー)を骨抜きにしてしまう法律の執行や管理(ガバナンス)の緩さなど、社会や企業における行動規範(ソフトロー)には依然問題がある。
このような状況の下、真剣度は上昇したとして、中国の環境問題はいつになったら解決するのだろうか。
 現在、中国の経済はいわゆる「新常態」と呼ばれる状況で、成長速度がスローダウンしつつある。2020年から30年にかけては、人口やエネルギー消費量のピークアウトを迎えることが予想され、意図せずに、これまでのような経済成長一辺倒の社会とはならない可能性がある。
 昨年11月の気候変動に関する米中合意でも、中国はCO2排出量のピークアウトを2030年頃と公言しており、つまりはエネルギーピークが2030年までには来ることを予測している。また、本年2月に国務院発展研究センターの資源環境政策研究所が発表した環境汚染に関する分析レポートでは、大気と水の汚染物質の排出量は次期5カ年規画(2016-2020年)内にピークアウトが来ることを予測している。
 実際、近年の中国では、エネルギー消費量は伸びているがSO2の全体排出量は減っている。その理由として、一次エネルギーに占める石炭比率の低下がある。今後、2014年11月の「エネルギー発展戦略行動計画(2014-2020年)」 で設定した、2020年に石炭比率62%という目標を達成できれば、同年のSO2排出量は1990年の1500万トンくらいの水準になるだろう。
 目下の課題であるPM2.5による大気汚染についても、その原因となる一次物質(SO2)の改善と同時に、エネルギーのピークアウトや軽油燃料の品質向上と自動車排ガス規制の強化、化学物質管理の進捗などが進めば、2030年、早ければ2020年代後半には相当の改善がみられるであろう。



 大気汚染はフロー(汚染物質が長期的に滞留しない)の汚染問題であり、日本の経験に照らしても、一つずつ対策を積み重ねれば必ず改善をする。他方、水質汚染(特に地下水汚染など)や土壌汚染は厄介である。これらはストック(汚染物質が長期的に滞留する)の汚染問題であり、汚染物質がピークアウトしても環境が回復するとは限らない。2014年4月に公表された環境保護部等による「全国土壌汚染状況調査公報」では、2005年4月から2013年12月までの調査期間で、国土面積の約65%にあたる約630万km2を調査した結果として、汚染基準値を越えた土地が16.1%に達したと判明した。このうち重度の汚染地域は1.1%であったが、中国の国土面積960万km2の1.1%であれば11万km2となり日本の国土面積の1/3に相当する。1.1%とはいえ重度汚染の土地を全て浄化するとなると想像できないほどの費用がかかる。そうなれば優先的に綺麗にすべき土壌と諦めざるを得ないところを分けて対策を取らざるを得ないし、回復には相当の時間もかかるであろう。前出の国務院発展研究中心資源環境政策研究所のレポートでも、水や土壌の改善は2030年以降になるであろうとの指摘がなされている。
 これらの成果を得るには、前述のとおり、整備が進むハードローに加えてソフトローとガバナンスの整備が進むことも前提となる(これらを合わせて制度的インフラストラクチャーと呼ぶ[4])。ハードローについては、2014年に環境保護法が25年ぶりに改正され、非常に厳格な法制度となり、この1月から施行されている。今後は改正環境保護法に基づき個別の環境法令が強化されることとなり、現在は大気汚染防治法の改正を行っている。この大気汚染防治法改正の前に国務院は “大気十条”という大綱を作った。水と土についても同様で、今年4月には“水十条”が公表され、大気汚染防治法の改正が終われば、次は水質関係の法改正が行われるであろう。さらに“土十条”も策定を進めており、早ければ年内に公表される可能性がある。ただし、中国の有識者によると、それに基づく土壌汚染防止法の立法には2017年くらいまでかかるかもしれないという。さらに、次期の第13次五カ年規画では、現在の4つの総量抑制項目(SO2、NOX、COD、NH3-N)に加え、さらにあと4つ、大気では工業煙粉塵と揮発性有機化合物(VOC)、水質では総アンモニアと総リンの追加が検討されており、8項目の総量抑制を始めるとの情報もある。
ガバナンス面から見ると、法による統治ということで司法の方も変わってきており、環境関係の裁判を行う「環境資源審判法廷」が裁判所に設置されるようになった。法解釈の変更により環境違反を厳罰化するようにもなっている。
ソフトローについては、環境問題への真剣度がその改善の重要な要因となるかもしれない。PM2.5事件が起きたことで人々の環境保全意識は非常に高まった。相当数の国民が、これ以上の急速な経済成長よりは環境保全を重視してほしいと、生活の質への転換を期待するようになった。未だ生活水準については地域差、あるいは都市内でも相当の格差があるが、健康を害するような環境汚染は受け入れがたいという社会の合意が強まれば、個人の教育や企業のCSRなどの行動に自発的な変化が起きる可能性もある。
 中国の環境問題は人口、経済やエネルギーなどの動向から基本的には改善に向かうであろうが、本格的な解決のためには制度的インフラストラクチャーの整備も必要である。具体的な時間として、現在のところ、大気汚染でも10〜15年、水質や土壌の改善には20年以上を要するであろう。これら基本的な環境汚染問題のほかにも、今後さらなる課題(気候変動や廃棄物、水銀やアスベスト等の化学物質問題など)も解決が必要になる。中国における環境問題の解決に向けては、まだ長い戦いが続くであろう。

 
[1] 「全面的に計画、合理的に配置、総合的に利用、有害を利益へ、公衆に依存、全員が参加、環境を保護、幸福を人民へ」
[2] 詳細は2013年9月の拙稿「環境問題から見る中国の転換点−「同呼吸、共奮闘」は成立するか」、東京財団Views on China、http://www.tkfd.or.jp/research/project/news.php?id=1186
[3] この時期の変化は、胡錦濤政権(2003-2013)での「科学的発展観」、習近平政権(2013-)での「生態文明」というテーマが掲げられた時期とも関係性があると思われる。
[4] 制度的インフラストラクチャーについては、環境省補助金「静脈産業の新興国展開に向けたリサイクルシステムの開発とその普及に係る総合的研究」(研究代表者:慶應義塾大学細田衛士、課題番号:K123002)を参照ありたい。