タイプ
論考
プロジェクト
日付
2012/10/3

胡錦濤政権の回顧と中国18全大会の注目点 ―農村政策の領域に関して(2)

胡錦濤政権期の「三農」政策



2.安定成長、および格差拡大への歯止め


以上にみたように、胡錦濤政権期の三農政策は、中央が旗を振り、相当の力を入れて進められてきたことは間違いない。結論から言って、十年来の農政が「三農」全体の底上げにもたらした貢献の大きさは否定のしようがない。改革以降の都市・農村住民の一人当たり収入の推移を示した図1を参考にしてみよう*6。全体的に見れば、この十年間に限らず、改革以降の都市住民、農村住民ともに毎年収入は伸びている。特に都市住民の収入の伸びは飛躍的といってもよく、人々は、年々、生活がよくなっていく実感を持ったはずである。以下、四点を指摘したい。

第一に、「安定成長」である。図2から毎年の収入増加率をみると、トウ小平時代、江沢民時代においては急激な増加がみられる年もあるが落ち込む年もあり、毎年の増加率の変動幅が非常に大きく、すなわち不安定であるのに対し、胡錦濤政権期では総じて5~15%の幅での「安定成長」がもたらされている。

第二に、農村住民の収入低迷からの脱却である。図2からわかるように、とりわけ江沢民時代末期の1998~2003年にかけて、農村住民の収入増加率は前年比5%以下の水準で低迷していたが、2004年以降は10%程度にまで回復し、都市住民の収入成長率に追いついている。

第三に、格差拡大に歯止めをかけたことである。図3からみると、胡錦濤政権期の都市対農村の収入格差は改革以降、むしろ最大級であり、3.3対1程度の高い水準でとどまっている。この意味で「和諧社会」の到来はまだ遠いといわざるを得ない。ただし評価に値するとすれば、2002年以降、格差の幅はほぼ一定に保たれており、特にここ二年はわずかながら縮小している。ここからみて胡錦濤政権期の成果は、都市=農村間の格差拡大に「歯止めをかけたこと」にある。格差の「縮小」については、習近平時代の課題として持ち越されたことになる。

第四に、農村内部での地域間格差の縮小である。図4をみると、2006~2008年にかけて東部と中西部の間の格差がわずかながら縮小している。2007年と2008年の農民収入の前年比成長率は、東部よりも中部、西部、東北部が高かったためである。

内陸部で農民収入が向上したことの要因の一つに、前述のとおり「村民総出稼ぎ化」が起こったことが考えられる。図5は、中部・西部のいくつかの省の農村住民の収入源の内訳を示したものである。のうちの「給与収入」(原文は「工資性収入」)は内陸農村においては事実上、沿海部での出稼ぎの収入とみなしてよい。他方で「家庭経営収入」は農村現地での農業生産による収入と考えられる。出稼ぎ収入は中部でも西部でも農村住民の純収入の約40%と少なからぬ割合を占めている。実のところ、「出稼ぎ」という就労形態自体、国内労働市場の格差(ホワイトカラー対ブルーカラーおよびその他の非正規労働)を前提として成立するものであるから、農村住民が出稼ぎ収入に依存する度合いが高ければ高いほど、格差のスパイラルから抜け出すのは難しくなるだろう。

3.まとめ


以上を簡単に要約しよう。第一に、1980年代、改革が始まって以降の諸政権と比較した場合、胡錦濤政権の特質は「農民の味方としての中央政府」という自己規定に基づき、「三農」への公的財政投入により農村経済の底上げを行い、それにより「和諧社会」創出の礎を築こうとした点にあった。第二に、高度成長の中での格差残存である。「三農」への財政的投入の措置はかなりの実感を伴った成果を上げた。その一方で、統計数字から見れば、都市=農村間格差は歯止めがかけられたものの、格差は高い水準にとどまっており、いまだ「縮小」にまでは至っていない。その背景には、「新農村建設」にみられるように、農村インフラに大量の資金投入を行い、農村地元での農業生産基盤の改善に努めながらも、実際の農民収入の増加は出稼ぎによる賃金収入の増加に頼ってきたという事情があった。

もっとも、数字としてあらわれた格差そのものは、直ちに農村問題の政治的不安定化を意味するわけではない。筆者が現地調査を行っている江西、甘粛、河南、湖北など内陸の村々の農民らも、「特にこの十年来の生活の向上ぶりは目覚ましかった」と口をそろえる。農民の実感からすれば、出稼ぎの給与水準は年々、向上しているし、それが家屋の新築や教育投資の増加に結びつき、次世代の発展に夢を託すことを可能にしている。あくまで高度成長を土台とした格差残存であって、農民にも未来への夢を描くことが可能である限りにおいて、「三農」をめぐる政治も相対的に安定した状態で推移するであろう。

以上の文脈から判断して、十八回党大会後、習近平時代の三農政治が大きく方向転換することは考えにくい。これまでの積み上げの基礎の上に立ち、全体としての農村社会の一層の発展と、「三農」内部の個別領域での問題解決・改善を目指す方向で展開されるだろう。中でも注目されるポイントは、都市=農村関係の再構築について、習近平政権がどのようなシナリオを描いていくのか、という点である。端的に言えば、都市=農村格差を縮小するために、出稼ぎ者を都市市民として吸収するアプローチ(都市化アプローチ)をとるのか、農村内部、あるいは地方中小都市で雇用機会の創出を図る(農村工業化アプローチ)のか、である。現実はおそらくは折衷的なアプローチとなろうが、筆者の考えでは、胡錦濤政権期に大量に発生した内陸農村から沿海都市への出稼ぎ者の流れを、同じく同時代に進められた「三農」優遇政策の効果により再び内陸農村に呼び戻し、地元での就業を可能にする方がより現実的であり、その成否に農村の未来がかかっていると考える。

こうしてみれば、農村をめぐる潜在的不安定要因として検討に値する一つのトピックは、「出稼ぎ第二世代」と呼ばれる若い農民工たちの行く末であろう。彼らは「村民総出稼ぎ時代」が到来した2000年前後以降から、中学を卒業するかしないかの年齢で出稼ぎにでた人々で、都市のライフスタイルに馴染んでいる一方で、農村の生活にはなじみが薄く、かといって都市でマンションを購入するだけの安定的給与にも恵まれていないために、都市と農村の狭間で切り裂かれた状態にある。この社会集団についての研究はまだ始まったばかりである*7が、次の十年の三農政治を考えるうえでの重要なファクターとなることは間違いない。


<参考文献>
阿古智子『貧者を喰らう国─中国格差社会からの警告』新潮社、2009年。
浅野亮・川井悟編著『概説 近現代中国政治史』ミネルヴァ書房、2012年。
池上彰英『中国の食糧流通システム』御茶の水書房、2012年。
贺雪峰、袁松、宋丽娜等(2010)《农民工返乡研究:以2008年金融危机对农民工返乡的影响为例》济南:山东人民出版社。
厳善平『中国農民工の調査研究―上海市・珠江デルタにおける農民工の就業・賃金・暮らし』晃洋書房、2010年。
陳桂棣・春桃著、納村公子・椙田雅美訳『中国農民調査』文芸春秋社、2005年。
国家统计局住户调查办公室编《中国住户调查年鉴(2011)》北京:中国统计出版社、2011年。
郝仁平「中国における『三農問題』の現状と展望 : 近年の政策動向、効果と課題」『アジア文化研究所研究年報』(東洋大学アジア文化研究所)第46巻、2011年。
李昌平著、北村稔・周俊訳『中国農村崩壊─農民が田を捨てるとき』日本放送出版協会、2004年。
矢吹晋「農業税廃止の意味するもの」『世界週報』2006年3月7日。





  




*6 もとより政策の評価のためには各方面からの検討が必要だが、紙幅の都合によりここではもっぱら住民の「収入」の観点から、胡錦濤時代の成果と課題を検討したい。なお、ここでいう「収入」とは、都市住民については可処分所得、農村住民については総収入から生産コストを差し引いた純収入である。
*7 日本語で手近に読めるものとして、阿古(2009: 第三章)、厳(2010: 第九章)など、中国語による最も先端的研究としては賀・袁・宋(2010)がある。