タイプ
論考
プロジェクト
日付
2010/5/27

環境分野における日中の戦略的互恵関係

環境分野における日中の戦略的互恵関係


東京財団研究員兼政策プロデューサー
染野 憲治


はじめに
1980年代後半から本格化した日中環境協力であるが、中国の急速な経済発展などを背景に2008年に対中円借款の新規供与を停止するなど、ODAによる協力は縮小傾向にある。他方、日本の成長戦略として「環境」、「アジア」は外せないキーワードとなり、アジアのなかでも特に国内総生産(GDP)世界第3 位の経済規模と大気汚染物質及び温室効果ガスの排出量世界第1位という環境問題を抱える中国に対する日本のスタンスが問われている。本稿では、「環境」をキーワードとした日中の戦略的互恵関係について、これまでの日中環境協力の経緯と評価を踏まえつつ、日中環境「協力」から日中環境「共生」への深化の必要性と可能性を考察する。(以下、肩書きはすべて当時)

1.日中環境協力の経緯
日中環境協力は、1988 年に竹下総理大臣が李鵬総理に対して、日中平和友好条約10周年事業として「日中友好環境保全センター(環保センター)」の設立を提案したことを起点として、政府開発援助(ODA)による協力を中心に進められてきた。*1

例えば、中国に対する円借款の供与総額約3兆3,000億円(交換公文ベース)に占める環境円借款の割合は約30%、約1兆円であるが、第2次円借款の前半(1987年度)までは、環境改善・公害対策は含まれていない。第2次円借款後半以降に、都市部における上下水道やガス供給事業などの都市の民生用インフラ整備を通じた環境対策が実施され、第9次5カ年計画(1996~2000年)に呼応する第4次円借款からは従来の経済インフラ事業に加え、環境分野も重視され、大気汚染対策や水質・環境改善事業が行われた。2001年以降は、更に砂漠化や土壌浸食を防止する植林、公衆衛生などの分野に拡大するなど環境分野が約7割を占めることとなり、対中円借款の中核を担った。

特に注目される協力としては、1997年9月に、橋本龍太郎総理と李鵬総理との間で「21世紀に向けた日中環境協力」として合意された「日中環境モデル都市構想」がある。1998年4月に同モデル都市を重慶、大連、貴陽の三都市に決定し、円借款(2000年160億円、2001年147億円)による大気汚染対策等を実施、モデル都市の一つである貴陽市では、大気汚染物質である二酸化硫黄(SO2)の排出量が約16万トン削減されるのみならず、温室効果ガスである二酸化炭
素(CO2)も約100万トン削減されるなどの成果を得た。

このように資金規模的には最大の協力であった円借款であるが、2001年以降、供与額は急減し、2000年度の1972億円から2002年度には1212億円まで減少する。そして、2008年度には新規供与停止に至った。

無償資金協力でも「環境」は重要なテーマであり、前述の環保センターは日本の無償資金協力105億円及び中国側の6,630万元を投入して、1990年より施設建設が始まり、1996年5月に開所した。現在も環境保護部(MEP)直属の総合研究・管理執行機関として、環境分野の科学技術及び政策戦略の調査研究、計測及びデータ処理の手法開発、人材の養成、普及啓発事業を実施している。

「21世紀に向けた日中環境協力」では「環境情報ネットワーク構想」にも合意しており、無償資金協力(2000年9.4億円、2001年10.51億円)により、中国の主要100都市の環境情報ネットワーク整備を実施した。

同協力によるネットワークは、地域の環境モニタリング体制の整備や環境アセスメントのための情報センターとしても活用された。

しかし、この無償資金協力も環境分野では2006年12月に「酸性雨及び黄砂モニタリング・ネットワーク整備計画」(7.93億円)が書簡交換をされたのを最後に停止状態にある。

主要なODAとして唯一継続しているのが技術協力である。例えば環保センターにおいて、2008年より「循環型経済推進プロジェクト」を行っている(実施期間は2008~2013年)。プロジェクトは、環境保全の視点から循環経済政策を推進するため、物質循環の各過程(資源投入、生産、販売、消費、廃棄、資源化、処分等)における環境配慮の強化に係る諸施策のキャパシティビルディングの強化を目的としている。

この他にも環境汚染による健康問題を扱う「環境汚染健康損害賠償制度構築推進」に関する技術協力が2009年より3年間の予定で始まり、2010年3月には第1回の訪日研修が行われた。敏感なテーマでもある環境汚染による健康問題だが、研修にはMEP、環保センター、地方環境局などの担当者のみならず、政府系シンクタンクの国務院発展研究センターや衛生部関係機関など幅広い機関より参加があった。日本側も行政、研究機関、メディア、NPOなど様々な関係者が研修プログラムに協力している。


2.日本の成長戦略
2009年12月30日に閣議決定された「『新成長戦略(基本方針)』について」では、「強みを活かす成長分野」として「環境・エネルギー」を、「フロンティアの開拓による成長分野」として「アジア」を挙げている。環境に関する目標では「日本の民間ベースの技術を活かした世界の温室効果ガス削減量を13億トン以上とすること(日本全体の総排出量に相当)を目標とする」とあり、「アジア」に関する目標では「『アジアの所得倍増』を通じた成長機会の拡大」が掲げられている。

中国は、1978年から2008年までの30年間の中国の国内総生産(GDP)は年平均9.8%で成長し、2008年には米国、日本に次ぐ世界第3位となった。中国の有識者は、この後も長期的に8%程度の成長が続くと見ている。他方、SO2の排出量では世界第1位であり、さらに温室効果ガス排出量についても世界の約20%を占め、米国を抜いて世界第一位の排出国となるなど環境問題大国でもある。

新成長戦略では、具体的な国名は挙げていないが、「環境」及び「アジア」をキーワードに日本の将来を考えるのであれば、世界で最も急速な経済成長を遂げ、環境分野へのニーズがある「中国」を避けてとおることはできない。

外交的にも近年、日中関係は「戦略的互恵関係」をキーワードに、新たなバランスを模索し続けている。この「戦略的互恵関係」は冷え込んだ日中関係の回復の契機となった2006年10月の安倍晋三総理訪中以降に頻繁に使われるようになり、「互恵」の具体的テーマとして、「環境」が必ず持ち出されている。

2007年4月の温家宝総理の訪日時には、10年ぶりの日中環境協力に係る新たな文書として、大気・水、廃棄物、気候変動など今後の日中協力分野を包括的に盛り込んだ「日中環境保護協力の一層の強化に関する共同声明」(麻生太郎・外務大臣及び李肇星・外交部長)が発表された。この共同声明では、(1)水質汚濁、(2)循環経済、(3)大気汚染、(4)気候変動、(5)化学物質・廃棄物、(6)緑化活動、(7)酸性雨防止など東アジア地域における協力、(8)環境教育、(9)日中環境保護合同委・知的財産権、(10)環保センターの10項目を挙げ、総論的に日中環境協力の強化を確認している。同時に「日中間のエネルギー分野における協力強化に関する共同声明」(甘利明・経済産業大臣及び馬凱・国家発展改革委員会主任)も発表され、(1)省エネルギー、(2)石炭、(3)原子力、(4)新エネルギー・再生可能エネルギー、(5)多国間枠組における協力、(6)ビジネス環境整備等に関する確認が行われた。

さらに、2007年12月には福田康夫総理大臣が訪中し、胡錦涛国家主席と会談。「環境・エネルギー分野における協力推進に関する共同コミュニケ」、「気候変動問題を対象とした科学技術協力の一層の強化に関する共同声明」へ署名した。前者の共同コミュニケでは、(1)気候変動問題、(2)技術移転、(3)コベネフィット(汚染物質削減と温室効果ガス削減の同時実現対策)、(4)黄砂・SO2、(5)林業・トキ・生物多様性、(6)省エネ・環境ビジネス推進モデルプロジェクト、(7)セクター別の省エネ等、(8)水・廃棄物・環境と健康、(9)日中省エネ・環境保護ビジネスネットワーク、(10)環保センター、(11)研修、(12)省エネ・企業環境監督員制度での協力を確認している。

この共同コミュニケは、2007年4月の環境及びエネルギーに関する2つの共同声明に基づき、更に一歩の具体化を進めたものと言える。

それぞれの項目については、例えば2008年5月の「日本国政府と中華人民共和国政府との気候変動に関する声明」(福田康夫・総理大臣及び胡錦涛・国家主席)による具体的な協力内容の合意、日本国環境省とMEPによる農村地域等における分散型排水処理モデル事業や窒素・りんの水質総量削減などの水質関係協力の実施、前述の「循環型経済推進プロジェクト」や「環境汚染健康損害賠償制度構築推進」に関する技術協力など、深化を続けている。

3.日中環境協力の課題
このように、一見するとODAが縮小するなかでも順調な日中環境協力であるが、中国における存在感、或いはそれが日本の「成長」につながるような十分な成果が得られているかという点では課題もある。

日本の対中環境協力として、環保センターの建設及び同センターにおいて行われた日本人専門家による技術協力、日中環境モデル都市構想などは中国の環境関係者には良く知られている。また、対中二国間援助において日本は最大規模の協力国であることも一定の知識層には認識されているし、円借款による地方の環境改善・公害対策が、当地の環境を大幅に改善する結果も出している。それでも近年、日本の対中環境協力に対して厳しい評価の声を聞くことが多い。

昨秋より、筆者が所属する東京財団では「現代中国研究プロジェクト」として、環境をキーワードとした日中関係について、中国の清華大学の研究者などの協力を得て研究を開始した。日中環境協力について日本及び中国の関係者らからヒアリングを重ねているが、協力が盛んであった90年代に一線で活躍していた人々が退職したこと、欧米諸国が中国に対し積極的なアプローチを行うなった結果、2000年以降、消極的な対応を続ける日本の存在感が相対的に薄れたこと、日本の協力の意志決定の致命的な遅さなど、様々な要因が挙げられている。本年1月には日本との環境協力にも携わったことのある中国の研究者らを招き研究会を開催したが、ここでは、以下のような問題点が指摘された。

日中環境協力が資金量的に他国より大規模であったにも関わらず、現在の中国における影響は大きいとは言い難い理由として、日本の協力が技術面及び政府間協力に偏り、モデル的事業を行っても成果の広がりに欠けたことがある。協力内容が中国の各地に普及するためには、(1)政策面の協力を並行して行うことで中国の法制度化・標準化を目指すこと、(2)商業ベースに乗る可能性があるものは、日本の民間企業が積極的参加をすることが必要であったが、日本の協力にはそれが欠けていた。

特に後者について、他国に比した日本企業の特徴として、(1)短期的な利益回収を重視していること(環境分野は廃棄物処理の運営による利益回収など中長期的)、(2)知的財産権の保護に関心が高く、リスクの高い市場への参入を躊躇うこと(中国企業も知的財産権保護には悩まされているが、法制度以外にも多様な防衛方法はあり、知的財産権の保護制度が完成するのを待てば、市場参入機会は失われる)なども挙げられた。

裏を返せば、対中環境協力では、政府が、技術(特にハード)及び政策(ソフト)の両面で先陣を切り、中国の法制度化・標準化を目指しつつ、採算性が見込める分野については民間企業の参入を呼び込み、さらに必要に応じ政府・民間企業のみならずNPOや学術機関などの幅広い層で交流をするといったオールジャパンの体制が必要であった。しかし、実際の現場では政府・援助機関の縦割り、そのような縦割りも影響した官民連携の不足などが生じている。

この他にも日本の対中環境協力の課題は多々あるが、そのような課題を解決する前に、前章で述べたとおり、さらにハード面での資金メカニズムを無くすなど、他国に比べ日本が切れるカードを限ってしまっている。

4.日中環境「共生」の可能性
繰り返しになるが、日本の成長戦略としても、日本も裨益する環境問題の解決のためにも「中国」の存在は看過できない。そして、中国へ参入した時期的にもこれまで投資した量的にも他国に比べアドバンテージのあった「日中環境協力」は、その深化により日本の成長戦略にも、環境問題の解決にもつなげることができたはずであった。

しかしながら、日本は中国に対する環境協力について、中国は既に急速な経済成長を遂げており、環境問題へも自ら対処すべきとの判断がなされ、これまで築き上げてきた遺産(レガシー)を葬ろうとしている。しかし、中国が自ら環境問題を解決するということは、中国の現場を歩き、見てきた筆者には、「すべき」という規範的分析と、「できる」かという実証的分析を混同した判断であったように思える。中国が直面しているのは、(1)経済発展のスピードが急速すぎ、それに伴い国内での地域格差が広がっているが、この発展バランスを(一定程度は許容せざるを得ず)解決できる見込みが立たない、(2)従来型の公害問題・自然保護に留まらず、気候変動問題等の地球規模での環境問題へも同時に対応を求められているが、この2つの問題の同時解決は日本も経験したことの無い難題といった現状である。

酸性雨などの越境汚染問題や気候変動などの地球環境問題の解決、さらに中国を初めとするアジア地域の政治的安定や経済の健全な発展、それによる日本経済の成長などは、日本にとって明らかな国益である。その国益のために、中国との環境協力により積み重ねてきたレガシーは、さらに中国との環境「共生」へ向けて、多々ある課題に対する検証・改善を行いつつ、新たな戦略的展開を考える必要があろう*2

2008年5月に東京財団では「北京五輪後の日中関係-8つの提言」を取りまとめた。この提言の一つとして、筆者は「中国公害防止事業団(事業団)」の創設を提言した*3

中国における環境問題の深刻さを考えれば、日本のみの協力で中国全土の環境問題が解決すべくもなく、また、本来は汚染者負担の原則(PPP)として中国が解決すべき問題であることは大前提として考えねばならない。このため日本は、中国における環境投資の増加を扶助する仕組みを考えるべきである。

その方法の一つとして事業団の創設が考えられる。日本側は産・学・官の専門家を、中国側は金融・技術・行政等の経験を有する人材を、例えば環保センターに配置し事業団を創設する。日本側は日本の公害時代を経験し、退職された企業の公害防止管理指導者・自治体の環境保全担当者らを技術アドバイザーとして、日本留学により日本語を習得した中国留学生・中国語を習得した日本人(学生・未就業者)をサポーターとして中国の地方中小工場、地方都市へ派遣する。事業団は2011~13年の3年間で将来、事業団で活動していく中国人材を育成するとともに、日本から中国各地方へ派遣する専門家・サポーターらを資金面・技術面で支援するヘッドクォーターとして活動する。

事業団の活動を支える資金メカニズムとして「日中環境保全ファンド」を創設し、日中双方の拠出により基金を造成(例えば、JICAの海外投融資制度の活用、民間企業の寄付など)、中小工場の公害防止施設整備に対する低利融資事業(日系企業の進出を推進するため本邦技術活用条件(STEP)とする)、自治体に対する共同公害防止施設・環境配慮型工場アパートの建設譲渡事業、温室効果ガス排出抑制と公害防止を同時に行うコベネフィット事業等を実施する。

ファンドの規模としては、例えば中国における第12次5カ年計画期間(2011~2015)において必要な環境投資額は、約3兆人民元(約45兆円)と言われており、その1%相当の約4,500億円を日本(例えば1/3=1,500億円)及び中国(例えば2/3=3,000億円)の出資により造成する。貸付にあたっては、上限額に加え事業額の一定割合(例えば1/2)とすることとし、これにより日本資金1に対し、中国資金5の割合で環境投資が行われることとなる。

中国における環境問題はインフラの圧倒的不足がそもそもの問題であり、何かしらの資金メカニズムは不可欠である。上記のような事業団は、日本における公害防止を経験した団塊の世代や中国での就職を目指す若年労働者の雇用対策にも繋がる。さらに中長期的には、中国の環境問題の現場を理解した人材が育成されることで、相互理解の増進にも貢献する。事業団の活動においてプロジェクト情報を得たり、日中両国の政府がプロジェクトをサポートする体制が構築できれば、日系企業にとっては単に製品納入に留まらないメリットが享受できる可能性もある。

このような事業団構想は一つの考えであり、他にも現状の課題の解決など、検討すべき点は色々あろう。ただ、少なくとも我々は今こそ、感情的な判断に流されず、中国に真正面から向き合い、日本の進むべき道を考える必要があることは確かではないだろうか。

(NPO法人 東アジア環境・省エネ協会の会誌『ESPA』Vol.1より転載)

◆会誌『ESPA』掲載記事の中国版(PDF、580KB)はこちら



*1:日中環境協力には、主体(政府・大学・研究機関・企業・NGOなど)、形態(ODA・政策対話・セミナー・共同研究など)も多様であり、また「環境」が指す範囲も公害対策から、廃棄物・リサイクル、自然保護、森林経営・緑化活動、気候変動対策・省エネルギーまで幅広い。特にODAと同時に日中環境協力の重要な形態である協定・政策対話などは紙幅の制限よりここでは紹介できなかった。その詳細は「中国環境ハンドブック2009-2010年版(第?部5日中環境協力の歴史と動向)」(中国環境問題研究会編、蒼蒼社、2009年)を参照願いたい。

*2:筆者は、このような国益論に加え、日本が中国をはじめとした途上国へ環境協力を行うことは、そもそも日本という国の責務或いはレーゾンデートル(存在意義)という側面もあると考えている。それについては、*3の文書を参照願いたい。

*3:「量の中国、質の日本 戦略的互恵関係への8つの提言」(関山健編、東京財団、2008年)