タイプ
論考
プロジェクト
日付
2010/8/17

中国の気候変動政策と低炭素経済戦略

東京財団研究員兼政策プロデューサー
染野憲治


はじめに

2009年12月、デンマークのコペンハーゲンで開催された国連気候変動枠組条約第15回締約国会合(COP15)では、ポスト京都議定書の枠組みがまとまることが期待された。しかし、期待されたような成果は得られず、この交渉を妨げた国として中国の名が挙がった(2009年12月21日付英紙ガーディアン、ミリバンド・英国エネルギー・気候変動相寄稿など)。

本稿では、中国の気候変動政策について、この数年の状況を振り返りつつ、気候変動交渉への中国の今後の対応を考察する。また、併せて中国においてブームともなりつつある「低炭素経済」について紹介を行う。(以下、肩書きはすべて当時)

1.気候変動問題に対応する政府の体制

中国における気候変動政策の方針を検討する場として、1998年に関係省庁の大臣クラスにより構成される国家気候変化対策協調小組が成立した。同組長は国家発展改革委員会(NDRC)主任、常務副組長は同NDRC副主任、副組長は外交部、科学技術部、国家環境保護総局の各副部(局)長及び国家気象局長、事務局トップはNDRC気候班*1主任(副司長級)という顔ぶれで構成された(図表1)

同小組の主要ポストがNDRCの関係者で占められているとおり、筆者が北京の日本大使館で勤務していた2004~07年頃は、COPなどの気候変動に関する国際交渉こそ外交部が窓口として取りまとめていたが、気候変動政策全般、特にCDMなどの国内対策についてはNDRC気候班が中心であった。

ただ、そもそも中央政府で気候変動政策に関して携わる主要メンバーはNDRC気候班の高広生主任や外交部の蘇偉副司長から担当者まで含めても10名程度であった。このように中央政府の担当職員が極めて少ない分、政策立案などでは清華大学や人民大学、NDRC傘下のエネルギー研究所などの研究者が重要な役割を担っており、中央政府の担当職員が少しは増えた現在でも、この構図は変化していない。

2007年6月12日、気候変動問題に対する重要性の高まりを背景に、「国会気候変化対策及び省エネ排出削減小組の成立に関する国務院通知」(国発[2007]18号)が公表された。同通知に基づき、「国家応対気候変化領導小組」(国家気候変化対策リーダー小組)が発足し、同小組において気候変動問題に関する重大戦略・方針及び対策の決定、気候変動業務・研究・国際協力及び国際交渉方針の部門間調整等を行うこととされた。

発足時の組長は温家宝・国務院総理、副組長は曽培炎国務院副総理(現在は李克強国務院副総理)、唐家セン国務委員(現在は戴秉国国務委員)、事務局長(弁公室主任)は馬凱NDRC主任、事務局次長(弁公室副主任)は解振華(NDRC副主任)、武大偉(元外交部長)、劉燕華(元科学技術部副部長)、周建(元副総理)、鄭国光(元気象局局長)。これまでの国家気候変化対策協調小組に比べ、格が上がっただけでなく、参加機関の幅も広がった。

同時にNDRC気候班も組織改正により、気候変化対応司へ昇格した。司長は外交部よりNDRCへ異動した蘇偉氏が就任し、国内・国際ともNDRC中心に一本化される体制となった。他方、外交部には気候変化交渉特別代表のポストが創設され、于慶泰前ケニア大使が就任した。

また、気候変動に関する目標設定など重要政策については小組へ提案される前にNDRCへ研究成果が集約されるが、さらに国務院(注:日本における内閣)においても独自の検討が付加されるようであり、それは国務院研究室が担当している。国務院研究室の謝伏瞻主任は前国家統計局長であり、国家気候変化対策協調小組の時代より気候変動問題に関わっている。昨年12月にデンマーク・コペンハーゲンにて開催されたCOP15にも中国代表団の一員として出席している。

さらに、有識者による気候変動政策への諮問機関も存在している。2007年1月12日に、中国政府の気候変化対策関係の戦略方針・政策法規・措置の制定のための科学技術コンサルタント及び政策建議を行う「気候変化専門家委員会」が成立した(事務局は中国気象局)。主任委員は孫鴻烈院士(中国科学院、1932年出生、1954年北京農業大学卒)、副主任委員は丁一匯院士(中国気象局、1938年出生)及び何建坤教授(清華大学、1945年出生、1970年清華大学卒)。委員は巣紀平(国家海洋局・院士、1932年出生、1954年南京大学卒)、郎四維(中国建築科学研究院、1963年同済大学卒)、李烈栄(中国地質環境観測院、1943年出生、1964年南京大学卒)、林而達(中国農業科学院、1947年出生)、 潘家華(中国社会科学院、1957年出生)、呉国雄(中国科学院/気象局等・院士、1943年出生)、尹改(国家環境保護総局)、蒋有緒(中国林業科学院・院士、1932年出生、1954年北京大学卒)、周大地(能源研究所前所長、1970年清華大学卒)の各氏で構成される。

このうち、特に何建坤氏、潘家華氏、周大地氏の三氏は気候変動や低炭素経済などの政策全般で精力的な活動をされており、それぞれの所属する機関(清華大学、社会科学院、エネルギー研究所)も中国の気候変動政策で重要な位置を占めている。

2.気候変動問題に関する政府の報告書

2006年12月に科技部、中国気象局、中国科学院が中心となり「気候変化国家評価報告」が公表された(図表2)。同報告では、(1)この100年で中国の平均地表温度は0.5-0.8℃上昇、(2)この50年で中国における極端気候・気候事件の頻度・強度は著しく変化、(3)将来20-100年で、中国は大干ばつ・大厳寒・大温暖に直面、(4)農業生産の不安定、河川流量の低下、海面の上昇、疾病の発生・伝染、北西部における降水増加にもかかわらず渇水発生、華東部における洪水リスクの増大、林業の変化などが述べられている。

実際、2008年1月の南部雪害や、2009年7月から貴州省など南西部で続く干ばつなどの異常気象や、雲南省麗江の玉龍雪山での氷河の後退など、気候変動による影響とも思われる現象が中国国内でも観測され、関心を集めている。同報告は本年(2010年)に第二次報告の公表が予定されている。

同報告は中国における国家レベルでの初めての気候変動報告として関心を集めたが、気候変動政策に関する中心機関であるNDRCが加わっておらず、NDRCとしては、自らを差し置いてあたかも中国の気候変動政策の方針として公表されたかのような同報告にはあまり愉快ではなかったようである。

2007年6月には、今度はNDRCが中心となり、2010年の目標(2005年比約20%減)、基本原則、重点領域、政策措置等をまとめた「中国応対気候変化国家方案」が公表された。同報告は国務院の批准も受けており、その意味ではこれこそ初めての「正式な」中国における国家レベルの気候変動報告とも言える。方案は前言及び(1)中国気候変化の現状と気候変化対応の努力、(2)気候変化の中国への影響と挑戦、(3)中国気候変化対応の指導思想、原則及び目標、(4)中国気候変化対応の関係政策及び措置、(5)中国の若干の問題に対する基本的スタンス及び国際協力のニーズの5部から構成されている。

2008年10月には同じくNDRCが中心となり、2010年の目標(2005年比約20%減)、政策措置等をまとめた「中国応対気候変化的政策・行動」がまとめられ、いわゆる中国気候変動白書として国務院新聞弁公室より公表された。同白書は前言、結束語及び(1)気候変化と中国の国情、(2)気候変化の中国への影響、(3)気候変化対応の戦略と目標、(4)気候変化の緩和の政策と行動、(5)気候変化の適応の政策と行動、(6)全社会の気候変化対応意識の向上、(7)気候変化領域の国際協力の強化、(8)気候変化対応の体制メカニズムの建設の8部から構成されている

そして、第二回の気候変動白書が2009年11月にNDRCより公表された。同白書の公表に併せ、NDRCは、2020年に05年比で40-45%減という温室効果ガス削減目標も公表しており、現時点で最新の中国の気候変動政策を総括したものと言える。

2007-2009年までにNDRCが中心となりまとめた3回の報告では、いずれも国際協力に関する記述があるが、その記述ぶりは少しずつ異なっている。2007年の方案には国際協力に関して、特定の国に関する言及はない。2008年の第1回白書では、政策対話を行っている国の例示の一つとして日本に言及している。2009年の第2回白書では、日本に関する記述は無い。最も分量をかけて紹介しているのは、二酸化炭素回収・貯留(CCS:Carbon dioxide Capture and Storage)に関するもので欧州、オーストラリア、米国による協力を紹介している。CCSについては、後述のとおり中国が温室効果ガス排出量のピークアウトを迎えるためには原子力発電と並んで重要な技術であり、同分野の協力を重視していることの表れとも受け取れる。

3.COP15へ向けた中国と米国の動き

2009年9月22日、米国・ニューヨークで開催された国連気候変動サミットの場において胡錦濤主席の演説が行われた。中国の方針として、(1)省エネ・エネルギー効率の向上を強化し、2020年までに単位国内総生産(GDP)の二酸化炭素の排出量を2005年より顕著に下げるよう努力、(2)再生エネルギー・原子力を発展させ、2020年の一次エネルギー消費量に占める非化石エネルギーの割合を15%に、(3)森林面積を増加(2020年に2005年より4000万ヘクタール増加)、(4)緑色(グリーン)経済の発展に軸足を置き、低炭素経済・循環経済を積極的に発展させ、気候変動対策技術を研究開発・普及することなどが語られた。筆者が10月に中国の政府関係者にお会いしたときも、胡主席が「顕著」という表現で語った意義は大きく、次期の中国の目標はこれまでの05年比20%を超えるものになるであろうと予測していた。

この後、中国と米国の密接な関係が目立つようになる。報道によれば10月21日には、胡主席と米国のオバマ大統領が電話会談を行い、気候変動の話題に多くを費やしたという。さらに、11月にはオバマ大統領が訪中、北京にて胡主席とオバマ大統領は、気候変動・エネルギー・環境分野での協力覚書に調印し、中米クリーンエネルギー合同研究センターのスタートなど7つの分野での協力を発表した。そして、11月25日に米国は「2020年までにCO2排出量を2005年比17%減」との目標を発表、同日、温家宝総理も国務院常務会議を主催し、今後の気候変動対策について「2020年までに全国のGDP単位当たりのCO2排出を2005年比で40-45%減少させる」という指示を行った(翌26日に公表)。

米国及び中国の蜜月関係が続くことで、COP15における気候変動交渉の前進が期待された。ただし、この中国の目標はGDP単位当たりであり、経済が急成長するなかでは排出総量は増加してしまう。COP15ではより一層の野心的目標を中国が打ち出すかに関心が集まった。

結果的にはCOP15では、中国から新たな提案は無かった。また、米国は中国に代表される新興国に対し温室効果ガスの排出削減効果に関する「測定・報告・検証」の受け入れを迫り、中国は米国をはじめとする先進国に、より一層の削減義務と途上国支援を要求することとなり、両国の溝が最後まで埋まらなかった。

このCOP15の交渉を妨げたのは、中国の頑なな態度であったと英国のミリバンド・エネルギー・気候変動相は英紙ガーディアンに寄稿している。他の報道でも、12月17日の晩餐会後、COP15が失敗に終わることへの危機感から緊急首脳会議が開催されたが、中国からは温家宝総理は出席せず事務方がテーブルに着いたため議論が深まらず*2、このため最終的には、米国のオバマ大統領自ら途上国代表を相手に内容を逐一説明し、粘り強く説得して回ったという。*3

他方、中国国内の報道では、温家宝総理主催で開催していたBASIC(ブラジル、南アフリカ、インド、中国)による会議に、オバマ大統領がノンアポイントで訪問したところ、四か国の首脳がこれを受入れ、5人による議論が行われ、COP15が失敗に終わる危機を回避したとされている。この場に同席した中国の政府幹部は温家宝総理が労苦をいとわず、国家と人民のための大変な努力をされる姿に感動したという。*4

両者の記述に矛盾は無く、それぞれの立場からの見え方が記述されている訳だが、気候変動問題は科学の問題であっても、気候変動交渉は政治の問題であることを感じさせる。

このCOP15以降、グーグル問題や台湾への武器売却など中米関係は冷えこんで行くが、5月の米中戦略・経済対話を契機に改めて中米関係が立て直されるであろうとの観測もある。いずれにせよ、米中両国の動向が気候変動交渉へ大きな影響を与えていくことは確かであり、我が国も、それを見越して気候変動政策を決めていく必要性があろう。



*1:中国において、日本の中央政府の局・部にあたる組織として「司」があるが。その司に準ずる組織として気候「班」であった。
*2:中国は温家宝総理が出席しなかった理由を会議への正式な招聘が無かったためとしている。2009年12月25日「新华社洞察:努力建立全球希望:中国总理在哥本哈根60小时」等。
*3:2009年12月27日産経新聞ニュース「COP15緊急首脳会議の内幕 先進国が連携して中国に対抗」等。
*4:2010年1月15日今晩報「气候大使不辱使命」。