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社会に応える「しなやかな」会社のつくり方

July 30, 2015

東京財団研究員兼政策プロデューサー

亀井善太郎

持続可能な社会をつくるために

非営利・独立の政策シンクタンクである東京財団は、一昨年(2013年) CSR(Corporate Social Responsibility)研究プロジェクト を立ち上げ、昨年(2014年)よりCSR白書の刊行を始めた。「公共政策の研究や立案を担う政策シンクタンクがなぜこうした取り組みをスタートさせたのか」とさまざまな関係者から問われることも多い。私たちの答えはシンプルだ。「公共政策を政府だけが担っていては持続可能な社会をつくることはできないから」だ。

財政制約などにより政府の果たす役割が限定されつつある中で、社会の多様なニーズに対応することを生業とし、国境を越える主体でもある企業への期待はとりわけ大きい。企業にとっても、社会の多様なニーズに対応することは、自身を持続可能にしていく上で必要な条件でもある。

日本でCSRという言葉が一般的に用いられるようになって10年を超えた。社会課題解決と事業活動の「統合」というキーワードも浸透してきた。しかし、各社で行われているCSRの「見直し」の動きを見てみると、CSRに対する認識が揺らいでいるようにも思われる。なぜCSRを進めなければならないのか、利益を産み出す以外のCSRはやらなくてよいのか、そもそもCSRとは何か――その答えは必ずしも明らかにされてはいない。

自社のCSRは、社会における存在意義、つまり「企業が事業活動を通じて社会に与える付加価値」から明らかにされる。付加価値を判断するのは、自身ではなく、社会である。

CSRをふまえた企業活動とは、事業活動のプロセスやバリューチェーンそれぞれにおける社会におけるプラスの付加価値をさらに大きくし、マイナスの付加価値をできる限り小さくしていくことにほかならない。例えば、バリューチェーン上を分解して見てみると、販売等の川下での活動は最終製品やサービスを伴っているので、プラスの付加価値を産み出しやすく、反対に、調達や生産等の川上における活動は環境負荷や事業活動に伴う人権侵害等、マイナスの付加価値を産み出しがちであることがわかる。

ステークホルダーの認識、つまり社会は変化する。企業が社会に与える付加価値も常に変動しうる。そのため、自社が生み出す付加価値を絶えず分析し続けるのはもちろんのこと、自社を取り巻く社会の変化に関心をもち続けることが求められるのである。

このようなCSRに対する認識をふまえて、2013年夏から秋にかけて大規模なCSR企業アンケート調査「 東京財団CSR企業調査 (以下、本調査)」を実施。 『CSR白書2014――統合を目指すCSR その現状と課題』 ではそこで得られた定量データをふまえて具体的な分析を示し、数多くの企業へのインタビューにより各社の抱えるCSRの現状とその課題の一端を示した。同書では以下の視点を導いた。持続可能な社会と企業の実現のためには、社会の利益と企業の利益を同時に実現していく、社会課題解決と事業活動の「統合」が求められていること。そして「統合」を進める上では、より長期の視点で持続可能な社会と企業の関係のあり方を模索する必要があること。その上で、「統合」を志向しながらも、現実には進んでいない現状を明らかにした。

「しなやかな」会社とは

2014年夏から秋にかけても本調査を実施し、前回同様、多くの企業から回答を得ることができた。また、CSRに取り組む企業へのインタビューも継続した。さらに今回は、CSR先進地と呼ばれる欧州の実地調査にも取り組んだ。そして 『CSR白書2015――社会に応える「しなやかな」会社のかたち』 (2015年7月下旬発行予定)にまとめた。調査・分析で明らかになった点をふまえ、日本のCSRの課題と今後の道すじを明らかにしている。

本調査で明らかになったのは、会社の中だけ、限られた顧客やビジネスパートナーだけを見て、社会課題を認識してしまっている多くの日本企業の現実である。社会の声を受けとめる機会は乏しく、決して開かれているとはいえない。社会の変化の兆しを注意深く見て、課題として喚起し、組織全体に伝え、組織全体を動かす、いわば「まだ見えないものを見えるようにする」工夫は進んでいない。誰も解決していない課題に果敢にチャレンジする意志の強さよりも、これまでの活動の継続を是としてしまいがちな姿勢が見える。

逆にいえば、こうした閉鎖性、硬直性、保守性を乗り越えていける企業こそが、これからの社会の担い手となる、企業自身も社会も持続可能にできる企業なのではないだろうか。

誰にも開かれているかどうか、さまざまな社会の声に応えられるかどうか、異なる視点を受けとめられるかどうか、見えないものまでも見ようとしているかどうか、見えたものを誰もが見えるようにする工夫を重ねているかどうか、組織として果敢に取り組む覚悟を共有できているかどうか、さらにいえば、課題を前に既存の枠組みでは自社の能力が発揮できないと見るや、新しいベンチャーやプラットフォームを創出してでも動き出そうという気概があるかどうか……。そうした一つひとつの要素を積み重ねていくと一つの言葉が浮かんでくる。それは「しなやかさ」である。

企業には、社会課題を自ら「発見」し、組織の力を活かせるよう「内包化」し、具体的に「解決」することが求められている。そうした中で、多くの企業が「解決」にばかり着眼してしまいがちである。しかしながら「しなやかさ」を有する企業は、「発見」と「内包化」に注力し、その改善に努めている。社会に対するさまざまな視点をもつ人々との本物の「対話」は発見する力を高める。自らの改善に応じた定量化された目標設定と評価は「内包化」に資する。対話や内包化を担うことのできる「人材育成」は企業風土をよりしなやかなものに転換することにもつながってくる。

「対話」と「内包化」を

われわれがCSRに取り組む内外の企業へのインタビューを重ねた中にも、「しなやかな」会社はあった。

資生堂は、価値観のぶつかり合う社会にあって、対話の質を高めることを通じて社会と真摯に向き合う会社をつくってきた。しなやかな会社だからこそできる本物の対話と、社会課題に向き合うことの本当の難しさを垣間見ることができる。

英国の小売大手、マークス・アンド・スペンサーは、社会を積極的に巻き込むことで、対話と協働を実現した。その歴史は意外にも短いが、社会の持続性に関わると決断してからの全社挙げての取り組みとその進化は、しなやかさそのものであり、決断と実践の重要性を見ることができる。

デンソーは、BtoB企業(企業間取引が中心の企業)の視点で、自社が社会に提供するプラスとマイナスの付加価値を丁寧に見出してきた。ものづくりにつながる緻密な目標設定とプロセス管理を実現し、さらにCSRを「社会の窓」と位置づけて人材育成にもつなげ、しなやかな進化を遂げている。

ファンケルは、長年続けてきた社会との関わり、とくに社会的弱者との関わりについて、自社の存在意義をふまえ、その位置づけを再設定した。丁寧に社会に向き合う、しなやかな人材を育てることを通じて、自社の強みにもつながるCSRを構築している。

ドイツのソフトウエア大手、SAP(エス・エイ・ピー)は、CSRをしなやかな人材の育成の場、経営幹部の登竜門と位置づけた。課題先進地に赴き、組織力を活かし、自らの責任で課題解決を図ることが何よりの経験になるという。CSRの視点からの人材育成は、社会・企業双方に不可欠な視点だ。

富士ゼロックスは、定量化しにくいといわれるCSRをそれぞれの進化プロセスに応じて定量化目標を設定し、全社の活動につなげた。実践の継続による進化と深化の歴史は、しなやかな組織によるチャレンジの積み重ねでもある。

一人ひとりの個人も企業も、社会における関係性の中で存在している。繰り返し述べるが、社会を持続可能にしていくということは、社会における自社の役割、存在意義をより明らかなものにしていくことに通ずる。社会は常に変容を遂げており、社会の自社に対する要請、つまり社会課題も常に変化している。次に迫る社会課題をどう見るべきか、投資家や市場の視点はどう変わってきているのか、市民社会や多様な主体による対話の実態はどう変わってきているのか……。こうした新たな流れに対しては、しなやかさを欠いては対応できまい。

しなやかな会社がしなやかな社会をつくっていく――こうした循環を実現させるために具体的に何が必要か。それは社会課題を発見するための「対話」、それを行動に結び付けるための「内包化」である。これらは多くの日本のCSRに欠けているのが現状である。それぞれの一歩が、これからの社会につながることを意識しながら踏み出すことができるかどうか。いま、試されている。

    • 元東京財団研究員
    • 亀井 善太郎
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