タイプ
論考
プロジェクト
日付
2016/9/28

ジェフリー・サックス講演「持続可能な開発と日本の役割」

コロンビア大学地球研究所長、米Millennium Promise共同創設者

ジェフリー・サックス

 

 この15年ほど、国連加盟各国はミレニアム開発目標(MDGs)のもと、極度の貧困の削減に注力してきたが、これは容易ならざる課題であった。というのも極貧とは、政治や経済や社会的な要素が絡みあった複雑な課題だからである。そのうえ国際社会は、ひどく貧しい人々のことにそれほど関心を寄せようとしない。市場経済では、購買力をもつ富裕者をいかに取り込むかに全力が注がれるし、注目を浴びるのは常にメディアや広告で目立つ人々や、政治や公共政策にかかわる人たちばかりだ。

 そこで国連は15年前、道義上もまた現実問題としても、人類が取り組むべき最 大の課題は貧困の克服だと主張し、世界の耳目を貧者へと向けさせる意義深い取り組みを始めた。貧困あるところに不安定あり、紛争あり、感染症あり。極度の貧困 を解決することは、万人にかかわる課題なのだ。

持続可能な開発の時代

 MDGsは2015年を達成年としており、まさに、いまがその15年計画の最終段階である。各国政府はこれまでの進捗状況に安堵し、これの後継として、次の15年へ向けた新たな目標を策定することにした。それが持続可能な開発目標(SDGs)で2015年から2030年をカバーするものになっている。持続可能な開発には貧困削減(1990年から半減へ)のみならず多くの事柄が関係しているため、SDGsはMDGsよりも達成が難しい。従来のように貧困国を対象としているのではなく、日 本、米国、中国、欧州連合(EU)などを含むすべての国が、持続可能な成長を達成するためによりいっそう努力することが求められている。

 実際、「持続可能な発展」は壮大な課題であり、政府だけで背負いきれるものではない。ビジネス界、学術界、NGOなどを含む、社会のあらゆるセクターが課題解決へ向け積極的に参画することが必要だ。

 では、持続可能な発展とはいったい何だろうか。これは経済発展、社会包摂、環境持続性の三つの概念に基づいている。

 経済面では、最貧国が自国の貧困を克服できるような経済発展を達成し維持することが目標であり、社会面での包摂目標は、社会のあらゆる人々が、女性は男性と同じように、女児は男児と同等に、少数派は多数派と同じく、貧者は富者と同様に社会的恩恵を受けられるようにすること。そして環境の持続可能性は、さらなる環境悪化を誘発しないようグローバル経済が持つ破壊的な影響を食い止めることを目的としている。

拡大する格差

 MDGsで謳われた目標の一つに、貧困率を1990年レベルから半減させるということがあったが、現在、絶対的貧困状態にある人々の割合は減少しつつある。1990年当時、発展途上国では人口の43パーセントが貧困状態にあったが、2010年には21パーセントに、そして現在はほぼ15パーセントに下がった。

 つまりMDGsが極度の貧困の削減速度を上げ、それによってエイズ、結核、マラリアなどの感染症対策にも貢献したのである。だからこそ、国連加盟国はさらに 今後15年の目標を策定することに合意したのであった。しかし問題は、成し遂げた成果と裏腹に、それ以外の重要な領域で持続可能な開発を進めることにおいては、われわれは失敗しつつあるという現実だ。

 まず、多くの国で格差が拡大している。例えば米国では、一世代の間に貧富の差が相当拡大してしまった。中国でもそうだ。世界各地の街角で、人々が拡大する格差や失業に対する抗議の声を上げている。

 次に、極度の貧困状態で暮らす10億人の人々は、アフリカ大陸に集中しており、その数は、世界人口70億人の実に15パーセントを占めている。

 第三に、地球はいま、多くの人々が思っているよりはるかに深刻なレベルで、危機的な環境汚染に見舞われている。例えば、2009年にストックホルム・レジリエンス・センター所長ヨハン・ロックストローム氏を中心とした科学者グループにより発表された、世界経済にとって安全に稼働できる境界を定義する「地球の境界(プラネタリー・バウンダリー)」(図1)では、すでに閾値を超える分野が続出している。この考え方によれば、境界線の中であれば多少の環境破壊があっても安全に活動できるが、閾値を超えると相当の危険な環境変化が生じることになる。

 

図1 地球の境界(プラネタリー・バウンダリー)

出所:Stockholm Resilience Centre

 

 環境面での最大の脅威は、世界経済の動力として燃やされる石炭、石油、ガスから排出される二酸化炭素(CO2)などによる温室効果ガスの濃度上昇が引き起こす気候変動だ。ほかにも、淡水資源の枯渇、窒素やリン系化学肥料による河川の汚染、生息地破壊、生物多様性の喪失、海洋資源の乱獲や海洋の酸性化といった問題もある。

 大気中のCOが海水に溶けることによる海洋の酸性化も進んでおり、これは海洋生態系全体への脅威となっている。そして世界経済の進展にともない、この脅威も拡大しているのだ。

 現在地球人口は73億人で、世界の総生産は100兆ドルだから、一人当たり1万3,000ドルの計算だ。このレベルを維持するためには「地球の境界」を損ねないような技術革新が求められているのである。

 

図2   6メートルの海面上昇により失われる陸地

出所:NASA

世界規模災害の予兆はあるのか

 最近のデータによると2015年6月は、観測史上最も暑い6月であったという。その次に暑かったのが2015年5月で、過去130年のどの5月よりも暑く、その次が同年4月であった。つまり私たちは危険なほどに変貌しつつある惑星にいるということなのだ。その一つの表れが、水資源の危機である。水源は枯渇し、世界各地で 深刻な干ばつが起こっている。

 南極大陸の氷床は、その下にある温かい海水によって下から浸食され、南極の氷河が横滑りして海に落下するのを早めている。それにより100年の間に海水面が数メートル上昇し、世界規模の災害を引き起こす可能性がある。地球の歴史に基づく最近の科学データからも、実際の南極観測からも、その可能性はかなり高いという。米国政府で過去30年地球温暖化研究をけん引してきた前米国航空宇宙局(NASA)ゴダード宇宙研究所所長ジェームズ・ハンセン氏は、人類は無謀で極端 に危険な方向へまい進しており、いま直ちに何らかの対策をとらなければ、現代社 会が根底から崩壊するのを目の当たりにすることになろう、と警告する。

 図2で白く示されている陸地は、海面が6メートル上昇すると失われてしまう部分だ。これをみると、世界の大都市のほとんどが居住不能となり、海抜の低い国土に1億人を抱えるバングラデシュのような国は存在できなくなってしまう。人類はいま、本物の危機に確実に直面しているのだが、私たち人間は、今日と同じような明日を信じ、いつもと同じ普通のことをいつもどおりにこなそうとするため、こうした危機に向きあうことが心理的に不得手だ。だが、私たちにはいつもどおり普通のことをする時間はもう残されていない。だからこそ、人類にはSDGs17項目の目標が必要なのである。

 重要項目の一つはエネルギー問題、つまり経済活動の石炭や石油やガスへの依存度を下げようという基本課題である。化石燃料は CO2を発生させ、それが温暖化を招く主因となっている。これからの半世紀で、風力、太陽光、地熱、水力、そして可能なら原子力によるエネルギーへとシフトしていかなければならない。日本にしても、米国にしても、中国にしても、石炭に依存し続けるのは不可能だ。それぞれの国が真剣に、原子力や再生可能エネルギーにかかわる国家戦略で、厳しい選択をせざるをえない時期がきているのだ。

 これからのあり方をめぐる議論は非常に重要だが、私は人々がその答えとして「現状と同じことを続けよう」と考えるはずはないと信じている。それでよいわけがない。人類はエネルギーシステムの脱炭素化プロセスを研究する必要がある。私は国連事務総長潘基文(バン・キムン)氏による「大規模な脱炭素化への道筋プロジェクト(DDPP)」を主導しているが、これは化石燃料を減らし、より低炭素エネルギーを使った経済活動を可能にすることを目的としている。

グリーン・イノベーション

 では、この分野における日本の責任と機会は何であろうか。世界には特許体系がすでに確立している三つの主要地域があり、それらはすでに世界経済のイノベーションの中心地でもある。一つは日本、韓国、中国を抱える北東アジアであり、二つめは西欧、三つめが米国だ。中でも日本は世界有数の科学や技術の中心地であり、日本のビジネス界は持続可能な開発のための技術を先導していく必要がある。

 例えば、トヨタはハイブリッドカーで先陣を切り、いまや燃料電池自動車やゼロエミッション電気自動車の分野でもパイオニアである。これは脱炭素化戦略の重要 な一部となりうるが、同時に、繁栄のための戦略だともいえる。もしトヨタがベストな製品で最初に脱炭素化を達成すれば、それは日本のさらなる繁栄を意味するからである。同様に、無公害技術、環境に優しい交通、低炭素エネルギー、廃棄物リサイクルシステムなどを確立した国は、新しい世界経済の勝者となるだろうし、既 存のやり方を続ける国はどこであれ、最終的には敗者に甘んじることとなろう。私たちはみな、向かう方向を変えなければならないのである。

 人類はいま、自分たちの将来の有無を決するこれからの20年について、真剣に考える必要がある。図3が示すように、世界経済においては東アジアが成功のカギとなるだろう。点線は EU の、薄い実線は米国のシェアだが、唯一、上昇傾向にある実線は、日本、中国、韓国の3カ国国内総生産(GDP)を合算したものだ。

 

図3   世界のGDPのシェア(%)

 

 東アジアはいまや、世界最大の経済域であり、域内でよき協力体制をつくることができれば最も繁栄する経済圏となろう。3カ国の GDP を合算することも大切だが、互いに密接に協力しあって持続可能な発展を達成することも極めて重要だ。もし日本、中国、韓国が持続可能な開発において協力することができるならば、私は、世界全体も必ず成功できると信じている。それほど、東アジアは極めて大きな役割を担っているのである。

グリーンなビジネス慣行の実現

 ビジネス界は「持続可能な開発目標」の達成にどのような貢献ができるのだろうか。すぐにも着手できるのは、倫理的なビジネス慣行の追求だ。つまり、適正に納税し特許料を支払い、環境を保護し、自社の排出物はすべて浄化する、正しい労働基準を確保し、サプライチェーン全体をきちんと管理するといったことである。ある企業がたとえ8,000キロメートル離れた国の生産者から買い入れたとしても、その農園が児童労働をさせることなく、適正なやり方で環境汚染に配慮して操業されていることをしっかりと確認していなくてはならない。アパレル企業であれば、ラオスであろうがカンボジアであろうが、どこでその洋服が製造されているとしても、労働基準が守られていることを保証できなくてはならない。

 それこそが、「測ってわかる価値」ではなく「本物の価値」の創出を促すのである。「本物の価値」を付加するとは、まず第一に何人をも欺いていないこと、第二に、社会的な目的のためのイノベーションを含んでいること、例えば、住友化学が アフリカのマラリア感染防止のために過去数十年にわたり行ってきた技術革新の「オリセットネット」という蚊帳は好例だ。この蚊帳をはじめとするMDGsでの数々の努力により、マラリアはかつての6割以上も削減できたのである。そして「本当の価値」を付加する第三の方法は、保健、教育、インフラ、財政、交通、再生可能エネルギーなどの分野における、企業と政府のパートナシップ(PPP)に参加することである。私が主宰する「国連ミレニアム・ビレッジ・プロジェクト」は、ソニー、トヨタ、住友化学などの日本企業と協力関係にあるが、パートナー シップを組む理由は、企業が自社のノウハウや技術を、貧困削減や感染症対策、教育振興など持続可能な開発の達成のために活用することが、企業自身にとっても非常に意義深いことだと考えるからである。

 私はバン・キムン事務総長より、持続可能な開発を阻む諸問題の解決へ向けて、世界中の大学やシンクタンク、企業による知的ネットワークを構築するよう依頼され、これを受けて構築した「国連持続可能なソリューション・ネットワーク」は世界各国にメンバーが広がっている。日本支部は、有名大学や企業、NGO、財団などが加わって横浜で設立されたばかりだが、これから大幅な脱炭素化、エネルギー効率化、ロボティクス、IT、都市デザイン、環境に優しい化学物質、高齢化や福利厚生などの課題に取り組んでいく。

 持続可能な発展を世界全体で達成するには、大きな課題がたくさんあり、その解決において日本は世界のリーダーである。そんな日本に対する私の期待は、やむことはない。

(翻訳、構成:今井章子)

 

(注) 本稿は、2015年7月30日に「東京財団フォーラム」(主催:東京財団、協力:日本経済研究センター、ミレニアム・プロミス・ジャパン)にて行われた、コロンビア大学地球研究所所長ジェフリー・サックス氏の講演をもとに編集部にて構成したものである。