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農山村に向かう若者たちと地域づくり――過少利用下にある地域資源の価値を創り出す
写真提供 Getty Images 

農山村に向かう若者たちと地域づくり――過少利用下にある地域資源の価値を創り出す

December 12, 2019

図司直也
法政大学現代福祉学部教授

人の手が入って維持されてきた農山村の風景

日本の農山村では、その地域の地形や気候を下地にして、農業や林業といった生業(なりわい)から生み出される多彩な風景を見ることができる。今年も現場を訪れる中で、稲穂が垂れ、果樹が実る出来秋(できあき)の風景を目にした反面、台風15号、19号、また大雨による災害により、それが叶わなかった縁ある現場もあり、本当に心が痛む。

農山村は、そこに暮らす農家・林家の人たちによる田畑や林地、農業用水などへの日常的な関わりを通して維持されてきた二次的自然からなり、空間的にムラとノラとヤマがつながっている。ここでいうムラは集落をなす定住地としての領域を指し、ノラはその外側の耕地、すなわち生産地である田畑の領域を、ヤマはさらにその外側のさまざまな生活や生産の資材を採取する山林原野の領域を指す。普段目にしている農山村の風景も、このような空間を構成する地域資源の集合体と捉えることができる。水利はムラとノラをつなぎ、また林野はムラとヤマをつないでいるのだ[1]

農山村が直面する4つの空洞化

ムラの今日的な姿を全国平均で見ると、世帯数50戸、そのうち農家数は11戸で、農家の占める割合は2割に過ぎない。非農家の割合が高まり、集落住民の兼業化や混住化が進んでいる。中山間地域では、この5年間で約半数の集落で総戸数が減少し、9割の集落で人口が減少している。山間農業地域に至っては1集落あたりの世帯数は24戸、うち農家数は8戸、さらに販売農家数は4戸とわずかで、集落は小規模化し、高齢化率が44.6%まで高まっている。このような集落では、農業生産に関する寄合の開催や農業用排水路の集落での保全・管理といった活動も停滞し、とりわけ集落人口が9人以下になると活動が著しく低下する傾向が見受けられる[2]

集落で発生している問題や現象として、市町村担当者の回答割合の高い順に、空き家の増加(82.9%)、耕作放棄地の増大(71.6%)、働き口の減少(68.6%)が並んでいる。これらの結果からも、もともと、イエ単位で家屋や農林地を所有し、農林業での生産から稼ぎを得ながら定住し、併せてムラとしての共同作業を通して資源の維持管理の効率性を高めていた地域社会・経済の仕組みが今日では機能不全となり、空間的なムラとノラとヤマとのつながりが切れ、農山村景観の荒廃をもたらしていることが確認できる[3]

近年、問題視されるようになった土地の「所有者不明化」の現象については、中山間地域問題を提起した小田切徳美が、人・土地・むらの3つの空洞化が、段階的に、折り重なるように進む発生プロセスを示すなど、農業経済分野では不在地主問題として早くから取り上げられてきた。加えて、小田切はその根底にある「誇りの空洞化」の存在を指摘し、高度経済成長期以来、都市と農山村との間に生じた地域間格差が、住民自身が育った地域に対する愛着や誇りを削ぎ、農山村に住み続ける意義を見失わせている、目に見えない空洞化こそ課題の核心と述べる[4]

今日、基幹的農業従事者の中心を担っていた昭和一桁世代がいよいよリタイア期を迎え、約20年後の2040年には、団塊ジュニア世代もまた高齢者となり、高齢者人口全体がピークを迎える。その時、中山間地域の人口は、2015年比で5~6割となり、高齢化率は50%前後まで上昇するという厳しい推計も出されている。そうだとすれば、4つの空洞化が進み、集落が限界点に達する前に、担い手減少を必然の将来と受け止め、できるだけ早く次世代につなぐ手を打つ必要がある。そこでは充実したライフスタイルを享受できる持続的な農山村を目指した過少利用局面での地域資源管理の仕組みづくりが大きなカギとなる。不在地主問題の発生を回避する観点からも不可欠な作業となるはずだ。

ここに暮らす意味を問い、資源を活かす広島・青河の地域づくり

その実践は各地で既に始まっている。広島県北部に位置する三次市青河(あおが)地域(人口438人、172世帯)では、旧三次市街の郊外で混住化が進む小学校区を単位に、世代を超えて自治の志を受け継ぎ地域づくりに取り組んでいる。

資源活用の観点から注目すべきは、住民による定住促進対策事業である。地域にある青河小学校の児童数が年々減少する中で、「地域で小学校を守ろう」と中堅世代の有志9人が資金を出し合い、2002年に有限会社ブルーリバーを設立した。兼業農家が多く、さまざまな職種経験者がいる強みも活かして空き家をリフォームし、さらには遊休地に住宅を建設し、これら住宅を小学校の存続につながる移住者向けに賃貸している。地域住民に呼びかけ、空き家の活用に賛同を得た物件を、同社が固定資産税相当の金額で借用し、経費負担をして整理やリフォームする。それを小学生以下の子をもち、青河小学校に通学させる意思を持つ移住希望者に賃貸し、その家賃収入に加えて、遊休地を活用した太陽光発電の売電収入を資金源として事業を展開している。このような地域ベースでの取り組みによって、青河に馴染んでくれるファミリー層に特化して受け入れ、新たに14家族64人を地域に迎えている。 

青河地域での取り組みは、それだけに留まらない。2004年、新・三次市への合併後の公民館再編の動きを受けて青河自治振興会を発足。7つの部会で構成し、地元の農業生産法人や前述のブルーリバーも連携している。また、振興会独自で立ち上げた暮らしサポート事業は住民の買い物や病院への移動手段等で活用されている。

さらに、2006年には青河地域の将来のあるべき姿と道筋を描いた「青河町 町づくりビジョン」(地域版総合計画)を住民の手作りで策定した。そこでは「農を中心とした」まちづくりが掲げられ、青河小学校の総合学習と連携した農業体験や行事、町民が誰でも出荷できる朝市「よりんさい屋」を運営。その上、2016年には住民67名の出資による合同会社「あおが」を発足。週末にそばを中心とした農家レストランを開店し、どぶろくを製造するなど、イベントなどにも活用できる新たな交流拠点を住民の手で築いている。

このように青河地域の実践プロセスには、「青河に暮らす意味」を常に問い直す姿勢が貫かれている。「地域は自分たちで作り上げるしかない」という志のもと、暮らしを支える「守り」の自治から、地域での経済循環を生み出す「攻め」の自治へと、時間をかけながら多彩な取り組みを展開してきた。こうした中で自治振興会が核となり、誇りの空洞化への手当てとともに、家産である空き家や遊休地を地域の財産として受け止める仕組みづくりを進めているのである。

農山村に価値を見出す若者たちのなりわいづくり

青河地域のような「小さな自治」に挑戦する農山村地域の動きと呼応するように、2000年代後半から農山村に向かう若者たちの姿が広がりを見せている[5]。若者の田園回帰を後押しした国の地域おこし協力隊も10年を迎え、5,000人を超える隊員が各地で活躍する。地域おこし協力隊をきっかけに、岡山県美作市上山地区に移住した水柿大地さんは、隊員のミッションとされた荒廃棚田の再生活動を起点として、仲間たちと米づくりを試みながら、地域住民の困りごとを孫の立場からサポートする「みんなの孫プロジェクト」を立ち上げるなど、常に上山地区とのつながりを意識しながらなりわいの多業化を図って、移住10年を迎えている。

また、新潟県十日町市池谷集落に移住した佐藤可奈子さんは、大学生の時に新潟県中越地震の復興支援ボランティアとして初めて池谷を訪れ、限界集落化が進む中での被災で諦め感が漂っていた住民が、次第に集落の存続を目指そうと意識を変えていく姿に共感し、池谷に根差した農業をやりたいと卒業後に移住就農した。その後、結婚、出産を経て、山地(やまち)で作物や暮らし、子どもを育む幸せを形にするべく、仲間たちと会社を起業し、佐藤さんもまた移住10年を迎えている。

「働き口の減少」や「地域資源の過少利用」という地域課題に対して、このような若者たちには、まず地域住民との関係性を構築し、そこから自分のやりたいことを見出し、関わった地域の課題解決にもつながる役割を探り当てようと試みる姿勢が共通する。若者の継業に注目する筒井一伸は、それを「なりわい」と称し、構成する3つの要素として、生活の糧としての「仕事」、自己実現となる「ライフスタイル」、そして地域からの学びと貢献となる「地域とのつながり」を挙げている[6]

そして彼らは、農山村に根差した地域資源の価値を若者世代なりに受け止めながら、さらに磨き上げていくプロセスを大事にしている。図に示すように、上の世代から仕事の技術やノウハウを習得し(下段)、地域の共同作業に関わり、慣習を理解して、周囲に暮らす人たちと信頼関係を構築しながら(中段)、そこに次世代の若者自身の個性や経験を活かして新たな価値を加えていく(上段)。こうしたなりわいの再構築は、世代間をつなぐ「なりわい継業」のバトンリレーの機会ともなり、地理学が専門の宮口侗廸が示す地域づくりの考え方「時代にふさわしい新しい価値を地域から内発的につくり出し、地域に上乗せしていく作業」をまさに体現するものといえよう[7]。若者たちの田園回帰の中に、まさに「土の人」としてその地に根差そうとする次世代の担い手が登場してきたことに、大いに勇気づけられる。


図  なりわい継業におけるバトンリレー(模式図)

 

地域を開いて、田園回帰の風を受け止める一歩を

所有権の空洞化を議論してきた飯國芳明は、「産業分野を超えた土地管理とその受け皿組織の必要性」を提起している。そして「おそらく自治体、農林業関係者、集落あるいはその連合組織からなり、加えて、村外に提出した他出子と呼ばれる人々を取り込むことで、信頼を含むネットワークの再構築も展望できる」と述べる[8]。これは青河自治振興会のような地域運営組織の展開とも重なり合うところであり、その場所に根付こうと奮闘する次世代の担い手を受け入れられるように、まずは地域住民がそこに暮らす意味を改めて問い直し、地域内外のつながりに目を向けて、将来像を描き出す場づくりが求められよう。

具体的には、徳野貞雄の提唱するT型集落点検が示すように、現在集落に住む「世帯」ではなく、他出した子どもたちも含めた「家族」を構成員として集落を捉え直すこと。加えて、集落の現場で実践する田口太郎の「先よみワークショップ」がねらう、地域の10年後の人口構成を視覚化し、将来の課題に対して今から取り組める事柄を整理し、実施に運んでいくプロセスが大事になるだろう[9]

近著『住み継がれる集落をつくる』を編んだ山崎義人・佐久間康富は、常住住民だけでない住み継ぎを考えていく期間として、現在の暮らしの延長にある5~10年を「生活の時間」と捉えている。その射程は田口が示す「先よみワークショップ」の時間軸とも重なり合う。山崎らはその先に、私有財産の権利が継承される10~30年程度の「世代の時間」、さらには、30~100年程度の幅を持った「生業の時間」、そして100年以上にわたる「風景の時間」が想定され、集落の中で異なる時間軸を持つそれらも住み継がれる対象に位置づいている、としている[10]。土地の「所有者不明化」問題に対しても、若者たちの共感の対象となっている農山村の暮らし、なりわい、風景それぞれの時間軸を意識しながら、地域を開いて外の力を得ながら、誇りをもって世代間のバトンリレーを試みる姿勢が求められている。

 

  


[1] 図司直也「現代日本の農山村における資源管理の担い手問題――過少利用下での世代交代を視野に入れて」『歴史と経済』235号、2017年、20-26頁。

[2] 農林水産省農林水産政策研究所「農村地域人口と農業集落の将来予測――西暦2045年における農村構造」2019年8月。

[3] 国土交通省「過疎地域等条件不利地域における集落の現況把握調査の概要」2016年9月。

[4] 小田切徳美『農山村は消滅しない』岩波書店、2014年。

[5] 図司直也「プロセス重視の「ひと」づくり――農山村の未来を切り拓くソーシャル・イノベーターへの成長」小田切徳美・平井太郎・図司直也・筒井一伸『プロセス重視の地方創生 農山村からの展望』筑波書房、2019年、28-44頁。

[6] 筒井一伸・尾原浩子『移住者による継業 農山村をつなぐバトンリレー』筑波書房、2018年。

[7] 図司直也「私の読み方:『農山村には仕事がない』という思い込みからの脱却を」筒井・尾原、前掲書、61-63頁。

[8] 飯國芳明・程明修・金泰坤・松本充郎編『土地所有権の空洞化 東アジアからの人口論的展望』ナカニシヤ出版、2018年。

[9] 徳野貞雄・柏尾珠紀『T 型集落点検とライフヒストリーでみえる 家族・集落・女性の底力――限界集落論を超えて』農山漁村文化協会、2014年;田口太郎「住民による主体的まちづくりを初動させる『先よみワークショップ』の開発」『日本建築学会技術報告集』25巻59号、2019年、315-319頁。

[10] 山崎義人・佐久間康富編『住み継がれる集落をつくる』学芸出版社、2017年。



図司 直也(ずし なおや)
1975年愛媛県生まれ。東京大学農学部を卒業し、東京大学大学院農学生命科学研究科農業・資源経済学専攻に学ぶ。2005年に同研究科博士課程を単位取得退学。博士(農学)。(財)日本農業研究所研究員、法政大学現代福祉学部准教授等を経て、2016年より現職。食料・農業・農村政策審議会企画部会専門委員、(財)地域活性化センター・地域リーダー養成塾主任講師、地域振興・人材育成に関するアドバイザー等を歴任。専門分野は、農山村政策論、地域資源管理論。著書に『就村からなりわい就農へ』(筑波書房)、『地域サポート人材による農山村再生』(筑波書房)、『プロセス重視の地方創生』(共著:筑波書房)、『内発的農村発展論』(共著:農林統計出版)、『人口減少社会の地域づくり読本』(共著:公職研)、『田園回帰の過去・現在・未来』(共著:農山漁村文化協会)、『農山村再生に挑む』(共著:岩波書店)など。

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