タイプ
論考
プロジェクト
日付
2012/7/4

米国の障害者高等教育事情(下)

拠点校の導入、移行支援の充実に向けて


東京財団研究員兼政策プロデューサー
三原 岳

東京財団は「医療・介護・社会保障制度の将来設計プロジェクト」の一環として、障害者の自立支援活動などを展開している日本財団と連携し、昨秋から障害者の高等教育政策に関する政策研究プロジェクト*1を展開している。筆者は東京財団の研究会に参画して頂いている筑波技術大学の白澤麻弓准教授、東京大学先端科学技術研究センターの近藤武夫講師らとともに、アメリカニューヨーク州の「ロチェスター工科大学」(RIT)とRITの一学部である「ろう工科大学(NTID)」、マサチューセッツ州の「ボストン大学」などを視察し、大学関係者らと意見交換した。(上)では障害者の高等教育政策を展開する意味合いに加えて、支援に際しての基本的な考え方となっている「合理的配慮」(reasonable accommodation)を取り上げた。(下)は視察結果を基に、意欲と能力を有する障害者が高等教育に進学できる選択肢を拡大する政策として、拠点的な大学に対して予算を重点的に配分する必要性に加えて、「高校→高等教育機関」「高等教育機関→雇用・就労」の移行支援の重要性を取り上げる。同時に、障害者が教科書・教材にアクセスしやすい環境づくりに関しても、日本の現状を考えながら方向性を考えたい。

1.拠点校としてのNTID

最初に視察したNTIDがRITの一学部として発足したのは1968年。聴覚障害者の就労状況に関して、連邦政府が調査したところ、聴覚障害者の多くが専門職に参加していないことが分かり、専門の高等教育機関構想が浮上したという*2。発足当初はボランティアによる手話通訳に頼っていたが、現在は専属手話通訳者を約120人、パソコンノートテイク(パソコンで発言内容を伝える手法)の専属入力者を55人も擁し、年間13万時間の情報保障サービスを提供しており、約1300人に及ぶ聴覚障害学生のニーズの98%に応じている。しかも、手話通訳者は得意分野に応じて「科学・エンジニア」「一般教養」など4グループに分かれており、勤務時間の半分近くを担当分野の専門的な勉強に充てる。専門的な授業内容を聴覚障害学生に伝える上で、手話通訳者のスキルアップが欠かせないためである。さらに、手話通訳者と学生のニーズを調整するコーディネーターが各チームに2~3人配属されており、手話通訳者やコーディネーターの控室が並ぶ一帯は大学の研究室と見間違えるような様子だった。NTIDの存在が聴覚障害者の大学進学機会を拡大したことは間違いない。

同時に、他大学支援の拠点としてもNTIDは機能した。財政基盤の弱い小規模な大学を中心に、聴覚障害学生を受け入れた大学を支援する目的として、連邦政府は1996年から他大学支援のサービスセンターとしてNTIDを含めて4カ所を指定した。これがPEPNet(The Postsecondary Education Programs Network)であり、オンラインを通じて約2000に及ぶ機関に対するニーズ調査やウエブサイトによる周知活動、メーリングリストを使った情報交換、専門人材の育成、先進事例の周知、支援の実例を収めたデータベースの構築、聴覚障害者の成功事例紹介といった活動を展開した*3

では、日本の現状はどうか。NTIDを一つのモデルにして1987年に設立された筑波技術大学(当初は短期大学、2005年から4年制移行)には現在、聴覚、視覚障害を持つ学生が約360人在籍している。また米国のPEPNetを参考にして2004年10月から発足した「日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)」には計20大学・機関が参加しており、他大学支援事業などを展開している。さらに、日本学生支援機構が2006年から実施している「障害学生修学支援ネットワーク」でも、全国9校の拠点校と3つの支援機関*4が他大学の相談業務を受け付ける仕組みになっている。しかし、日本学生支援機構の最新調査*5によると、日本の高等教育機関に進学している障害者の数は総在籍者数の0.3%を占めているに過ぎず、約1割が在籍しているという米国に比べて、障害学生が進学できる環境の整備は遅れていると言わざるを得ない。日本学生支援機構のネットワーク事業も予算や人員の裏付けが存在せず、有効に機能しているとは言い難い。このため、NTIDのように先進的な取り組みやノウハウを一つの大学に蓄積しつつ、他大学の支援を通じて全体の底上げに成功したアプローチは日本でも参考にできるのではないか。既に基本的な考え方は拙稿「動き始めた高等教育の障害者支援」で取り上げており、近くまとめる東京財団の政策提言にも盛り込む予定であるため、ここでは詳述を避けるが、ノウハウや専門技能が蓄積・活用されるよう、障害学生の支援費や支援機器の導入経費、教職員向け研修、調査研究などに予算を重点配分するため、国が一定の義務付けを付与しつつ、全国10程度の大学を「インクルーシブ教育推進拠点校」(仮称)に選定することが必要との考え方である。なお、拠点校に対する国の義務付けとしては、

(1)拠点校を基に複数の大学が地域ごとでコンソーシアムを作り、ノウハウを持っていない近隣大学に対する支援業務の展開
(2)近隣他校と共同でのスタッフ養成や職員の派遣、教職員向け研修などの実施
(3)専門的な知識やノウハウを持つ支援担当教職員の育成・配置
(4)支援担当教職員を中心とした他大学支援、教育・福祉・雇用関係機関との連携
(5)法定雇用率*6を超えた教職員の採用

―などが考えられる。同時に、拠点校制度が単なる役所の予算獲得手段やバラマキに使われることのないよう、障害学生支援に関する優れたプロジェクトを認定するとともに、定期的に事業評価をチェックできる仕組みが必要になる。

2.移行支援の重要性

次に、移行支援の重要性である。特別支援学校*7中等部から高校(一般高校、特別支援学校高等部)に進学する人は約98%、一般中学校の特別支援学級*8から高校(一般高校、特別支援学校高等部)に進学する人も約94%に及ぶことを考えれば大学進学者数の少なさは際立っており、一つの原因として移行支援の課題が浮き彫りとなる。例えば、特別支援学校の各教科の構成、目標、内容は小・中・高等学校に準じており、大学進学者を多く輩出している一部の特別支援学校を除けば、授業の内容や進路指導などで見劣りする面は否めない。さらに、特別支援学校では児童・生徒3~8人で1学級を編成しており、教職員からの働き掛けも積極的に行われるのに対し、高等教育機関ではニーズを自ら主張する必要があり、周囲との関係性が一変する。このため、情報保障やバリアフリー化など大学に進学した場合、どういった支援が受けられるかという情報が不足している結果、障害者にとって大学進学という選択肢が制限されている可能性がある*9。同時に、将来の職業に対する不安から手に職を付けることを優先する結果、障害学生が高等教育機関への進学を選択していないことも想定される。つまり、「高校→高等教育機関→雇用・就労」の各段階で配慮・情報が途切れた結果、意欲と能力を持つ障害者の大学進学者が減少している可能性が想定されるのである。

では、米国の場合、どういった対策を取っているのだろうか。ヒアリングした範囲では米国も日本と同様、移行支援が問題となっている様子を窺えた。例えば、NTIDを卒業して大手企業に就職した後、現在はNTIDで教員として働くギャリー・ベム氏は進学した約30年前の雰囲気として、「聴覚障害者はGMか、フォードで機械工として働くルートが根強くあり、ろう学校で実施される授業の半分は職業訓練だった」と振り返っており、現在の日本と大きな差はなかったようだ。さらに、現状を問う質問に対しても、「一般的な傾向として、一般校出身者は学業面で優れている半面、学級運営への参加を通じて人間性を磨く機会が少なく、リーダーシップに不足する。ろう学校出身者は学業に課題を残すが、生徒会長などを務めており、リーダーシップは養われている傾向がある」といった見方も出ていた。最後に視察したボストン大学でも「高校までは支援を待っている状況でも良いが、大学では障害を理由にした困難を自己評価した上で、『何故支援が必要なのか?』を自ら説明しなければならない」「自立を目指す上では親と子供を引き離して、親への依存から脱却することも必要」との意見が出ており、大学入学後の周囲の環境に適応する上では所謂「支援待ち」からの脱却が必要との見解が示された。

このため、移行支援の取り組みとして、NTIDは(上)で触れた通り、学力の面で学部教育が困難な学生向けの準備期間を設定している。概要は図1の通り、RIT/NTIDのカリキュラムは学部の専門教育課程である「学士コース」(Baccalaureate Degrees)と、就労や学部教育への準備としての「準学士コース」(Occupational Science=AOS、Applied Science=AAS)、学部教育への移行を前提とする「編入コース」(Transfer Degree)に分かれており、聴覚障害学生の準備期間がセットされている。さらに、学力面で補足が必要な学生にカウンセリングなどを行う「ラーニングセンター(Learning Center)」も設けられている。


◇図1 NTID、RITのカリキュラム ≪拡大はこちら≫


(出所)NTID資料、ヒアリング結果を基に筆者作成。



同時に、アメリカ手話による情報伝達など聴覚障害者のコミュニケーションや文化を理解している高校の教員を養成する「Master of Science Program in Secondary Education of Students who are Deaf or Hard of Hearing(MSSE)というプログラムも高校と大学を繋ぐ移行支援の一環と位置付けられるであろう。このほか、高校生以下の児童・生徒に学問の楽しさや重要性などを伝えることで高等教育機関への進学を働き掛ける取り組みとして、「科学フェア(National Science Fair)、「デジタル映像大会(Digital Arts Film and Animation)」、「作文大会(Spirit Writing Contest)」なども展開している。

NTIDで注目すべきは就職支援を担当する「就職支援室(Center on Employment)」の存在である。この部署は企業に対して聴覚障害者に対する理解を深める学内ツアーや相談業務を実施するとともに、「職を探すのは一つのチャレンジ」という認識の下、学生に対しては履歴書の書き方や企業のリサーチ方法、オンラインで情報を得る方法などを指導している。さらに、特筆すべきは学生に対し、企業での長期間実習を義務付ける「co-op」というプロジェクトである。具体的には、学生に企業でのフルタイム勤務を経験して貰うことで、働くことの大事さや意味を理解させるとともに、周囲とのコミュニケーションなどを習得させており、工学部の場合は在学中に5単位50週の就業を経験しないと卒業できない。さらに、研修中の評価についても、オンラインで企業とやり取りする中で単位取得の可否を判断しており、その際には本人のスキルだけでなく、遅刻の有無など勤務態度、モチベーション、コミュニケーションといった点を総合的に評価するという。つまり、大学を「社会に出る際の最終関門」と位置付けて、社会人として必要なスキルやコミュニケーション能力の習得を必須としているのである。

日本でも近年、インターンシップが盛んになって来たものの、中卒の7割、高卒の5割、大卒の3割が早期離職するという「七・五・三問題」と呼ばれる若年者の早期退職が問題になっており、社会性を学生に身に付けさせるNTIDの手法は障害の有無に関わらず、参考になるだろう。同時に、将来の職業に対する不安が障害者の大学進学者の低さに繋がっている可能性があることを考えれば、先に触れた拠点校を中心に就労・就職支援について先進事例を積み上げることは有益と思われる。

3.アクセス可能な教科書・教材の実現に向けて

最後に、障害者がアクセスしやすい教科書・教材の重要性である。例えば、点字に翻訳されている一般書と違い、大学で使われる専門書やテキストの多くは点訳されておらず、以前はボランティアによる音読をテープに録音するか、仕上がりまで数カ月掛かる点訳に頼るしかなかった。しかし、近年の情報技術の発展に伴ってアクセスは改善*10されており、テキストデータ化した本の内容をパソコンに読み上げさせる手法が一般的になりつつある。さらに、聴覚障害者の情報保障に関しても、パソコンノートテイクによる情報伝達やビデオ教材にキャプションを付けることが可能になっている。しかし、テキストデータ化の際、本に記載されている図表を取り出したり、細切れになった文字を再構成したりしなければならず、相応の手間と時間を要する*11。しかも、著作物の変更に当たるとして著作権法に抵触する可能性もある。2010年1月に施行された改正著作権法では障害者の情報保障を確実にするため、それまで点字図書館による録音図書の作成などに限定されていた情報利用の範囲が拡大されて、デジタル録音図書の作成や映画・放送番組への字幕付与などが可能になったほか、同法施行令が改正されて実施主体も障害者福祉施設、学校の図書館、公共図書館、老人ホームなどに広がった。しかし、施行令では障害学生の相談を受け付ける大学の支援室(または類似機関)が実施主体として明記されておらず、支援室がデータ処理に関与するのはグレーゾーンとなっていることが情報保障の足枷となっている。

一方、米国ではどうか。視察では「CAST」という障害者の情報保障教材(Accessible Instructional Materials、AIM)を作成している団体を訪問し、米国の事情をヒアリングした。米国では障害者の教育参加権を保障するために著作権法を改正し、高校以下の教科書・教材に関するデータを「National Instructional Materials Accessibility Standard」(全国教材アクセシビリティ基準、NIMAS)という統一フォーマットで提出することを出版社に義務付けている。出版社のデータはNIMASを管理する「National Instructional Materials Access Center」(NIMAC)というデータセンターに送られ、AIMを望む州政府などの発注があると、「Accessible Media Producer」(AMP)と呼ばれる専門家や、「指定利用者」(Authorized Users、AU)」がNIMACからデータをダウンロードし、文字情報にアクセスできない障害者向けに無料で提供している。NIMAC利用者は年々増えており、2012年4月現在のデータによると、4年前に比べて出版社は約2倍、AMPは約4倍に増えているほか、ダウンロード件数も365件から1万1464件に急増。NIMACに収録されている目録も4年前の4100件から3万673件に増加しているという。日本の場合、高校以下の教科書は国による検定制度が整備されているなど事情は異なるが、障害者の教育参加権を保障する取り組みは不可欠であり、同様の政策対応が求められる。なお、教科書・教材のデータ処理に際しては、野放図なデータの流出や変更、売り上げの減少を恐れる出版業界や著作権者との利害調整が課題になる。米国ではNIMACからデータをダウンロードできる人を制限しているほか、NIMACの運営に関しても出版業界の代表を理事会などに参画させており、制度設計の面でも参考になるだろう。

同時に、高等教育の分野では高度な専門書を各大学がバラバラにデータ処理したり、個別の大学が聴覚障害者の学習用ビデオに字幕を付けたりするのはコスト、時間ともに非効率と言わざるを得ない。このため、先述の拠点校や大学共同機関、公的機関の運営する図書館などが関与する形で、NIMACを参考に何処か一つの「教材データ機構」(仮称)にデータを集約した上で、希望する大学・学校にデータを配布・貸与する仕組みを導入すれば、「規模の経済」が働いてコストが低減するはずである。その際には野放図なデータの流出や変更を制限するため、著作権法など関連法を改正して教材データ機構の責任・権限を明確にするとともに、教材データ機構がデータを要望する大学・機関から一定の手数料を徴収するのも一案であろう。各大学・機関から見れば自前でデータ処理するよりも安上がりに済む上、自主的な財源を確保できれば事業の持続可能性が高まるためである。

その一方で、当面の対応として大学現場の裁量を高める上では、出版業界、著作権者の意向に配慮しつつ、現在はグレーゾーンとなっている支援室によるデータ処理を拡大すべきである。大学の図書館と利用協定を交わした支援室を対象に、教材提供のためのデータ処理権限を認めることを著作権法施行令や通知に明記することが求められる。



東京財団では今回の視察結果や論考を踏まえ、政策提言を近く取りまとめる予定である。同時に、文部科学省も今年6月から「障がいのある学生の修学支援に関する検討会」を設置して議論に着手しており、提言の実現を求めて行く予定だ。



 本稿は6月10~17日の米国視察を基にしており、視察を計画・運営した日本財団、同行して頂いた通訳者、白澤准教授、近藤講師、日本社会事業大学の岡田孝和氏に感謝の意を記したい。
*1 東京財団ホームページ「障害者の高等教育政策」 http://www.tkfd.or.jp/research/project/project.php?id=82
*2 なお、NTIDと同様に聴覚障害者を対象とした米国の大学では「ギャローデット大学」がある。
*3 全体的な底上げが進んだとの判断で、現在は「カリフォルニア州立大学ノースリッジ校」に機能が集約されている。
*4 拠点校として札幌学院大学、宮城教育大学、筑波大学、富山大学、日本福祉大学、同志社大学、関西学院大学、広島大学、福岡教育大学の9校。協力機関として筑波技術大学、国立特別支援教育総合研究所、国立障害者リハビリテーションセンターが指定されている。
*5 日本学生支援機構『平成23年度大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書』(2012年2月)
*6 障害者の雇用機会を確保するため、民間企業や官公庁に対して従業員の一定割合について障害者雇用を義務付ける制度。民間企業は1.8%以上、国・自治体は2.1%以上の雇用率が設定されており、民間企業がクリアできない場合には納付金を徴収している。
*7 主に重度障害を持つ児童・生徒が通う学校。従来の盲、聾、養護学校を統合する形で、2007年施行の改正学校教育法で制度化された。
*8 特別な配慮が必要な児童・生徒の指導のため、一般校に設置されている学級。
*9 「情報の壁」が障害者の大学進学を妨げているという認識の下、政策提言では障害者が情報を入手しやすくするため、大学の修学支援に関する情報開示の義務付けに加えて、他校との取り組み状況を比較・検証できるデータの公表を提言する予定である。基本的な考え方は拙稿「動き始めた高等教育の障害者支援」で言及した。
*10  このほか、2008年に制定された「教科用特定図書等普及促進法」(教科書バリアフリー法)を通じて、主に視覚障害者向けに字の大きい拡大教科書などが普及している。
*11  立命館大学大学院先端総合学科研究科の研究によると、本のデータ処理と校正に取り組む作業量を試算したところ、約9000字の本をデータ化する場合、スキャン時間は1分程度だが、図表の挿入など校正時間は28~72分を要し、その分だけ人件費と時間が必要になるとしている。植村要、山口真紀、櫻井悟史、鹿島萌子「書籍のテキストデータ化にかかるコストについての実証的研究」『コア・エシックス』(2010年3月)。