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研究レポート:日本のエネルギー政策の目標達成に不可欠なレアメタル  (平沼光 東京財団プログラム・オフィサー)

September 29, 2008

「新・国家エネルギー戦略」に示された日本のエネルギー需給目標

中国、インドをはじめとする新興国のエネルギー需要の増加、資源国における資源の国家管理の強化によるエネルギー需給の構造変化、また、気候変動問題や核不拡散など国際的な枠組みをめぐる動きなど、日本を取り巻く世界のエネルギー環境は大きく変化しつつある。こうした状況に対し、2006年5月に経済産業省が示した今後の日本のエネルギー戦略をまとめた「新・国家エネルギー戦略」では、

(1)国民に信頼されるエネルギー安全保障の確立

(2)エネルギー問題と環境問題の一体的解決による持続可能な成長基盤の確立

(3)アジア・世界のエネルギー問題克服への積極的貢献

の三つを達成すべき目標としている。そして、これらの目標を達成するための数値目標として、

(1)省エネルギー目標:
今後、2030年までにさらに少なくとも30%の効率改善を目指す。(2003年実績から約30%の向上)

(2)石油依存度低減目標:
今後、2030年までに、一次エネルギー供給に占める石油依存度を現状50%程度から40%を下回る水準を目指す。

(3)運輸部門における石油依存度低減目標:
今後、2030年までに、現状ほぼ100%の石油依存度を80%程度とすることを目指す。

(4)原子力発電目標:
2030年以降においても、発電電力量に占める原子力発電の比率を30%~40%程度以上にすることを目指す。

(5)海外での資源開発目標:
現在取引量ベースで15%程度となっている原油自主開発率を今後更に拡大し、2030年までに40%程度を目指す。

という5つの数値目標を2030年という時間設定のもと挙げている。

このような「新・国家エネルギー政策」に掲げられた目標の達成に向けて、総合資源エネルギー調査会では2008年5月に最先端のエネルギー技術の進展・導入の効果が最大限発揮された場合のわが国のエネルギー需給構造の姿を含めた「長期エネルギー需給見通し」をまとめ、2030年エネルギー需給見通しの中で、最先端のエネルギー技術を導入した場合を想定したケースを実現するために2020年時点で必要な追加的な社会的コストについての試算を発表した。

それによると、「新・国家エネルギー戦略」の数値目標を達成するためには、2020年時点でおよそ以下のような施策が必要になるとしている。

<企業関連>

工場

○エネルギー多消費産業(鉄鋼、化学、窯業土石、紙・パルプ)等)を中心とした各業種において、更新時に全て世界最先端の技術を導入すること。
○高性能工業炉、高性能ボイラーの導入。

オフィス関係

○高効率、省エネなサーバー・ストレージ・ネットワーク機器の普及
・05年:0% → 20年:約98%の普及率(ストック)
○LED・有機EL照明の普及
・05年:約1% → 20年:約14%の普及率(ストック)
○省エネ型空調、高効率給湯器、コジェネ(含む燃料電池)の普及
・05年:約600万kW → 20年:約5400万kWへ(ストック)
○高断熱など最高基準の省エネ性能を持つ新築の増加
・05年:6割程度 → 20年:8~9割程度

発電所等

○発電電力における原子力シェアの増大
・05年:約30% → 20年:約45%へ
○火力発電の高効率化
○太陽光発電の積極的導入(工場、公共施設等大型建築物)
・05年:約30万kW → 20年:約300万kWへ

<家庭関連>

住宅

○高断熱など最高基準の省エネ性能を持つ新築の増加
・05年:3割程度 → 20年:8割程度
○太陽光パネルの普及
・現状/戸建約32万戸 → 20年:約320万戸(ストック)

家庭機器・設備

○テレビ等のディスプレイをブラウン管から液晶、プラズマ、有機ELへ
・05年:ブラウン管テレビ 約80% → 20年:0%
○蛍光灯、冷蔵庫、家庭用エアコン等の市場で購入されるすべての機器が最高基準の高効率、省エネ性能を満たす。
○高効率給湯器、コジェネ(含む燃料電池)の普及
・05年:約70万台 → 20年:約2800万台

自動車

○燃費の継続的改善
・(保有ベース)05年までの15年間:約3%改善 →20年までの15年間:約15%改善
○新車販売に占める次世代自動車のシェア拡大
・05年:約2% → 20年:約50%
(ストックベース/05年:0% → 20年:約20%)

※総合資源エネルギー調査会「長期エネルギー需要見通し/需給見通しに基づく試算(2020年の姿とコスト)」(平成20年5月)より

レアメタルなくして日本のエネルギー需給目標の達成なし

上記の施策を見てみると、重要な原材料としてレアメタルのこれまで以上に安定した供給が必要となると考えられるものが多くあることに気がつく。例えば、LED・有機EL照明の普及を図るには重要な原料としてGa(ガリウム)、In(インジウム)、Se(セレン)などのレアメタルが必要になる。

太陽光発電、太陽光パネルの普及についても、昭和シェル石油やホンダが進める原材料にシリコンを使わない非シリコン系の太陽電池を作るにはGa(ガリウム)、In(インジウム) 、Se(セレン)などのレアメタルが必要になる。

原子力関係ではBe(ベリリウム)、Zr(ジルコニウム)、Hf(ハフニウム)をはじめ、今後Ni(ニッケル)、Cr(クロム)、Mo(モリブデン)、Ti(チタン)、B(ホウ素)、Re(レアアース)など多くのレアメタルが原子炉、原子力プラント材や添加剤として需要が増えると予想されている。

ハイブリッド車、電気自動車、燃料電池車などの次世代自動車では、車体材料としてCr(クロム)、Nb(ニオブ)、電気モーターにRe(レアアース)、排ガス浄化装置にPt(プラチナ)、Pd(パラジウム)、充電池にはNi(ニッケル)、Li(リチウム)、Mn(マンガン)、Co(コバルト)、Sb(アンチモン)などをはじめ数多くのレアメタルが必要である。

こうしたレアメタルは他の材料への代替性が低いことに加え、供給国の遍在性が強く、供給国の状況や国際情勢により需要逼迫や供給障害が起こるおそれがある。日本はレアメタルのほとんどを海外からの輸入に依存しているため、安定供給が損なわれることは今後の日本のエネルギー戦略に大きな影響を及ぼすことになりかねない。

レアメタル各鉱種の各国埋蔵割合、生産国割合と日本の輸入相手国割合を下記にてマトリックスにまとめてみると、その遍在性が明らかになる。

■レアメタル各国埋蔵量、生産国および日本の輸入相手国マトリックス(上位5カ国)

上記マトリックスの通り、 日本の輸入相手国として1カ国に50%以上輸入を依存している鉱種は、レアメタル31鉱種中12鉱種もあることがわかる。それ以外の鉱種についても40%以上を1カ国からの輸入に依存している鉱種が7鉱種もあり、日本のレアメタル供給先の遍在性が伺える。

また、輸入相手国別にマトリックスにまとめると以下の通りとなる。

■輸入相手国別 レアメタル輸入鉱種と日本の輸入割合マトリックス

上記表から見ると、中国、南アフリカ、アメリカ、チリ、オーストラリア、ロシア、インドネシア、ブラジル、ベルギーといった国から日本はなんらかの鉱種を40%以上の輸入割合で依存していることが伺える。特に中国からは18鉱種ものレアメタルを輸入しており、そのうち8鉱種が50%~92%と高い輸入割合で輸入している。南アフリカについても7鉱種のレアメタルを輸入しており、中でもプラチナにおける依存度は82.9%と高い依存状況となっている。

また、Nb(ニオブ)についてはブラジルからの輸入が93.7%となっており非常に高い依存度になっている。

各国の鉱物資源政策

日本の依存度が極めて高い中国は、1991年に国家鉱物資源保護法を制定し、レアアース、アンチモン、タングステン、モリブデン、錫を国家保護性鉱種に指定し、精鉱生産量割当て、輸出量割当制などにより国家管理を行っている。2004年以降は増値税還付率引き下げ・撤廃を段階的に実施し、レアアースは2005年5月に、タングステンは2006年9月に撤廃されている。さらに、2006年からは輸出関税の引き上げを段階的に行い、各種レアメタルはおよそ10%~25%の課税対象となった。また、E/L制度の対象品目を拡大する等、国家戦略として鉱物資源の囲い込みを行っている。その他、中国は海外における鉱物資源権益獲得の動きを強めており、アフリカ、東南アジア、中南米各地に官民あげて国策として進出している。

南アフリカでは、2004年5月に新鉱業法を施行し、鉱山企業が所有する鉱業資産権益の黒人層を始めとするHDSA’S(Historically Disadvantaged South Africans)への譲渡(2014年までに26%の譲渡)などを進めている。また、鉱産物の生産者がその売り上げの一定率を国に納めることを定めたロイヤルティー法案の施行が2009年5月より予定されており、鉱山企業への規制を強めている。

アメリカは、1039年に主に非鉄金属を対象にした国家防衛備蓄制度を設立し、国防に必要とされる物資の備蓄をしてきたが、金属原料から他の物資へと必要物の性質が変わってきたこと、政府財政負担の軽減要求などにより、国防備蓄の必要性が薄まったとして2007年末までに国防備蓄物の全量を処分するとして動いてきた。しかし、昨今の世界的な資源確保の動きによる需給構造の変化により鉱物資源の重要性が再認識され、あらためて国防備蓄制度を見直し、備蓄物資に対する情報収集体制の改善や民間企業との情報交換制度の設立の検討など、国家としての金属資源確保の動きを見せている。

その他、チリやロシアなどでも鉱業振興から課税・環境規制、外資の鉱物開発規制などの動きを強めている。

鉱物資源確保における日本の外交状況

鉱物資源確保のための日本の主な外交の動きを見てみると、中国については、2008年5月6日から10日までに来日した胡錦濤中華人民共和国首席と福田首相との会談により発表された「戦略的互恵関係」の包括的推進に関する日中共同声明の中で、ここ数年繰り延べとなっている「日中レアアース交流会議」を年内の双方にとり都合のよい時期に開催することで共通認識に達している。「日中レアアース交流会議」は日中のレアアース取引における価格交渉や供給の安定などについて日中間で協議をする場であり、現状レアアースのおよそ9割を中国からの輸入に頼っている日本にとっては重要な会議となることが予想され、その動向が注目される。

南アフリカについては、2007年11月に甘利経産相が経済産業大臣として初めて訪問し、レアメタル等鉱物資源分野において、(1)レアアースの共同調査(実施機関:JOGMEC、産総研、南ア地質調査所)、(2)バイオリーチングの共同研究(実施機関:JOGMEC、南ア鉱業技術研)、(3)プラチナ等に係る共同投資の検討・情報交換(実施機関:伊藤忠商事、ヌベラファンダ社)という具体的な協力について合意をした。その後、2008年5月に横浜で開催されたTICAD IVにて日本、南アのレアメタル等鉱物資源分野においての協力関係が進捗していることを確認したほか、TICAD IV後のフォローアップの目的で、2008年8月から9月にかけて吉川経済産業副大臣を団長とした政府関係5機関と民間企業21社からなる訪問団が南アフリカ他ボツワナ、モザンビーク、マダガスカルを訪問している。

チリに対しては、チリからの銅資源の安定確保を図る目的で2007年3月にチリ銅委員会(COCHILCO)と独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)との間で、銅市場、鉱業投資、技術開発ほか、双方の情報交換のためのセミナーをチリ、もしくは日本で毎年一回開催するなど、日本とチリの銅産業発展のための合意書が締結された。
チリは世界最大の銅生産国でありレアメタルであるMo(モリブデン)、Co(コバルト)、Se(セレン)、Te(テルル)などは銅の精錬過程での副産物として得られることができる。

オーストラリアでは、2008年7月に石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)とオーストラリア探鉱企業のミノタウア・エクスプロージョン社との間で南オーストラリア州におけるレアアース、銅の共同探鉱契約を締結している。

その他、カザフスタンではJOGMECがカザフスタンのエネルギー鉱物資源省地質・地下資源利用委員会と、同国南東部アルマトイ州で2011年3月までにタングステンの共同探鉱に乗り出す予定である。ウズベキスタンとは、2007年4月の甘利経産相の訪問により鉱物資源および石油天然ガス分野における協力が合意され、JOGMECと同国地質鉱物資源国家委員会との間でウラン、レアメタル、その他金属等鉱物資源分野における協力に関する覚書が締結されている。

鉱物資源確保のための日本の課題

各国が資源ナショナリズムの傾向を強める中、日本のエネルギー政策の目標を達成するためにはレアメタルの安定供給が不可欠である。レアメタルの安定供給のために需要国である日本がとるべき方策として、

1.供給国の多元化
2.レアメタル備蓄制度の強化
3.レアメタルのリサイクルの促進(都市鉱山の活用)
4.国内鉱山の再開発
5.金属代替技術の促進

などが検討されているが、今後のレアメタルの世界的な需要の増大を考えると、日本は上述に限らずレアメタル確保のための様々な可能性を検討し、金属資源確保の手段を多元化しなければならないであろう。特に、日本は他国に比べ希少鉱物分野における外交活動は遅れており、現在その遅れを取り戻すべく上記のように南アフリカをはじめとする資源国への外交活動を活発化させているが、多くの資源国については、既に資源メジャーまたジュニアと呼ばれるメガ企業が豊富な資金や交渉ルートを元に資源の寡占化を進めているほか、中国などが国単位で相手国への経済的支援などを通して資源の囲い込みを行っている。そうした資源国にいまさら日本が資源確保に乗り出しても十分な成果を上げるのは非常に厳しい状況である。そうした意味で、日本の希少鉱物資源の供給元としてフロンティアの開発を考えることが一つの課題としてあげられる。

また、希少鉱物資源を確保する日本の体制をいかに構築するかも課題の一つと考えられる。資源メジャーのような強力な企業も、中国のように国の強力な主導のもと資源確保を行うという仕組みにもなっていない日本の現状を考えると、早急に日本の体制を整えることが資源外交を進める上で重要である。

フロンティアとしての太平洋島嶼国の海底鉱物資源開発の可能性

希少鉱物資源供給元のフロンティアとして太平洋島嶼国のEEZに存在する海底鉱物資源は有望な開発先として考えられる。国際協力機構と石油天然ガス・金属鉱物資源機構は1985年から2005年にかけて南太平洋のSOPAC(South Pacific Applied Geoscience committee:南太平洋応用地球科学委員会) 加盟国の排他的経済水域(EEZ)において海底鉱物資源の調査を行った。その結果、クック諸島、キリバス、ツバル、サモアの4カ国のEEZにおいてマンガン団塊の調査を行い、特にクック諸島海域でマンガン団塊の高密度分布を確認、キリバス、ツバル、サモア、マーシャル諸島、ミクロネシア連邦の5ヶ国のEEZではコバルトリッチクラスト鉱床の賦存の把握を行い、特にマーシャル諸島、キリバス、ミクロネシア連邦において顕著な賦存を確認した。また、ソロモン諸島、バヌアツ、フィージーの海域で海底熱水鉱床の賦存を確認するなど、南太平洋の島嶼国には海底鉱物資源開発の可能性が秘められていることが明らかになった。

その一方、ツバルやキリバスをはじめ南太平洋の島嶼国は海面上昇による危機にさらされており、海底鉱物資源の開発以前に国家存続の手立てを考えなければいけない状況におかれている。既にツバルなどでは塩害による被害などが出てきおり、このまま海面上昇が続けば島での居住がさらに困難になるという危機的状況におかれるであろう。国連海洋法条約によると「人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩は、排他的経済水域又は大陸棚を有しない。」とされており、海面上昇により居住も独自の経済活動生活も出来なくなった島は排他的経済水域、大陸棚といった海洋に係わる権利も消滅してしまう可能性がある。

このように海底鉱物資源の利用の可能性はあるものの海面上昇の危機にさらされている太平洋の島嶼国に対し、島で生活が出来なくなった島嶼国民の日本への受け入れ、また、沖ノ鳥島の経験などを生かし、海面上昇後も独自の経済活動を可能にするための経済的・人的支援などEEZを確保できる島の維持活動を実施するなど、日本が積極的に支援を行い、その関係を強化することで、太平洋島嶼国のEEZを共同で管理し、海底鉱物資源を一緒に開発・利用する合意を得るという外交政策を展開することは、資源外交の新しいオプションとして考えることができる。


(了)

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