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日露原子力協力の可能性は大きい

May 24, 2012

ロシア国営ロスアトム総裁顧問に聞く


東京財団研究員
畔蒜 泰助

5月7日、ロシアではプーチン新政権が正式にスタートしたが、これに先立つ4日前の5月3日、日露間では、原子力の平和利用に関する政府間協力協定が正式に発効した。4月後半に来日したピョートル・シェドラビツキー露国営ロスアトム総裁顧問に原子力分野における日ロ協力の可能性についてインタビューした。

プーチン新政権下の一大プロジェクトとして東シベリア・極東開発に我が国でも注目が集まっている。民間シンクタンク幹部として設立構想にもかかわる同氏に、同プロジェクトに関する国営企業が果たすべき役割についても聞いた(本文中の肩書はすべてインタビュー当時のもの)。


― 今年5月3日、日露原子力協定が自動発効します。2007年2月に協議開始で合意してから5年が経過し、当時と福島後は違ったものになっているのではとも思いますが、今回の日露原子力協定の発効の意義をどうお考えですか?

ピョートル 日露原子力協定を2007年4月から担当していましたので、発効されることに深く満足しています。外部から見ると、発効までの5年間という期間を、時間がかかったように思われるかもしれません。

まず双方で合意して協定自体が調印されたのは2009年5月になります。協議を開始してから2年後には調印しましたが、協定書の中には、双方が義務として課されるいくつかの項目があったのです。

義務を実際に負えるのかどうかを確認するのに時間がかかりました。1つは、IAEA(国際原子力機関)が定める核物質に対する保障措置の問題です。双方共に承認の条件が整ったのを確認したのが2010年末です。双方の議会による承認は2011年春に予定されていましたが、福島の原発事故により、プロセス がさらに1年延びました。ようやく先日(2012年)4月3日、日露双方が口上書を交換し、1カ月後に発効という流れとなったのです。

日本側は経済産業省をはじめ、産業界も今回の日露原子力協定を支持しています。協定の発効により、原子力分野の日露双方の関係各企業が、幅広く協力していくための法的枠組みができたことになります。

福島の事故以来、状況は変わったというのはご指摘のとおりです。福島の原発事故は、原子力分野の様々な企業、原子力分野を推進している国々の協力関係を強めた面があります。

世論や管理当局などが原子力発電の施設の安全面の要求を高く求めるようになりました。課題を解決していくためには、原子力の市場に参加しているプレーヤーそれぞれが自らの持つ強みを発揮しつつ、互いに協調しなければなりません。

原子力の技術を提供する企業には、非常に困難な課題が課せられるようになりました。安全面への要求に応えられるように、しかるべき決定をくだしていく必要があります。

一方で、電力会社や消費者に対して、1キロワット/h 当たりの電力価格を下げていかなければならない。経済的で、安全なエネルギーを提供しなければならないのです。

協力分野は3つ

― 日露が今後、原子力分野での協力を進めていく上での具体的なイメージがありますか?

ピョートル 今後、さらに協力が進むだろう分野を3つ挙げることができます。

1つ目は、核燃料サイクル分野です。核燃料の使われ方は効果的です。石油など他の有機燃料と比較すると、全体のコストに占める割合は非常に少ない。ただ今後、検討していかなければならない問題があるのも事実です。

まず使用済み核燃料、バックエンドの問題です。世論も厳しい。どのようにバックエンドの問題を解決していくか。日本で現在停止している原発を再稼働していく際も、使用済み燃料をどうするかという問題が真剣に議論されるでしょう。ロシアは核燃料のリサイクルに関するさまざまな技術を持っています。

安全性を高めるための新しい核燃料技術の開発も重要です。核燃料の熱効率を最大限に高めつつ、安全性も100%確保していくということです。

2つ目は、原子力施設のライフサイクルのコントロールです。ご存知かもしれませんが、IT(情報技術)を駆使して、設計段階から原子力発電所の経済性を向上させることができます。日本の企業は既に原子力発電所を36カ月の工期でつくることができるのです。

工期が短縮すれば建設費などのコストが削減できます。同様の手法は、建設、運転、廃炉にまで活用していくことが可能です。原子炉の寿命を80年、100年という形で最適化する。こういうモデルを構築することができるようになるはずです。

このような技術を駆使すれば、福島のような事故も防げたと思います。福島の原発は40年が経過していた。建設当初の安全面の評価から、見直していなかったのではないでしょうか。トータルで原子力発電所のライフサイクルを考えていくという視点が大事です。

一番最初に申し上げましたが、原子力の世界が直面しているのは、経済性と安全性の両方を高めていく、ということです。ライフサイクルをコントロールする技術によって、問題解決が可能になります。この件について東芝の幹部の方と話させて頂いた所です。この方向での協力関係の構築が可能と見ています。

3つ目は、原子力発電所を新たにゼロから導入する国での協力です。例えばベトナムの場合、原子力発電所を建てるだけでなく、原子力産業そのものを作り上げる必要があります。

具体的には、人材育成、規則の制定、規制当局の体制作り、原子力発電所の安全な運転ができるインフラ構築、世論への説明整なども必要です。ベトナムのような国で、日露双方が活動していく条件を構築するために協力できるのではないかと思うのです。

外部からはお互いが競争し合っているように見えるかもしれません。しかし、よく考えればわかるのですが、実際には協力している点も多いのです。

30キロくらい離れた二つのサイトがあり、一方はロシア企業が、もう一方は日本企業が原子力発電所を建設しているとします。こういった時、人材育成や規則の順守、規制当局との調整、インフラ整備などは、双方に共通する問題であり、お互い協力して取り組むことになるのです。

原発新興国は、原子力発電所のプラントを購入するだけではなく、運営するシステム全体を購入するものです。3年前に原子力産業協会(JAIF)の服部さんと一緒にベトナムの見本市に参加したのですが、この会場では、日本とロシアのパビリオンが向かい合っており、日露共同でイベントも開催しました。原発新興国の発注者は、一番いいものが欲しいのです。市場を発展させようとするなら、力を結集させる方がいいのです。

東シベリア・極東開発の可能性

― 現在、シェドラビツキーさんがかかわられている活動の中で、関心があるのは、東シベリア・極東開発に関する国営企業の設立問題です。

ピョートル 国営企業を誰が率いるのかについては、まだ政府の決定がくだっていません。ただ、私がこのプロジェクトを立案し、法的基盤を、構成や仕事について検討する専門家グループのメンバーの一員であるのは事実です。

― シェドラビツキーさんは昨年までロスアトム副総裁という立場でしたし、現在もロスアトム総裁顧問という肩書をお持ちです。

ピョートル この国営企業の設立の議論については、Center For Strategic Research ≪North‐West≫のボードメンバーの一員として参加しています。12年前に組織されたもので、私が最初の主任研究員でした。

2003年にここの組織が『地経学的な世界エネルギー地図』と名称の報告書を作成し、政府に提出しました。報告書の中で「今後、原子力ルネッサンスが可能である」と初めて発表したのです。

当時の予測の中で、ロシアは今後、この分野の活動では特にアジア市場を念頭においていくべきだと述べました。報告書が正式に発行された後、作成したチームがロシアトムに招かれることになったのです。

― そのうちの一人があなたですね。

ピョートル そうです。2010年には、「アジアに窓を開けよう」といった内容の別の資料を発表しました。

ご存知の通り、アジア太平洋地域は発展が進んでいます。欧州地域に比較して、アジア太平洋地域に占めるロシアの割合はかなり低い。だからロシア政府は、今後10~15年間の優先課題の一つとして、東シベリア・極東の開発を挙げているのです。

今日、(東シベリア・極東開発プロジェクトの為の)様々なバリエーションの運営の仕組みを議論しており、その1つが国営企業の設立になります。強調しておきたいのは、実際に国営企業を設立するか否か、設立するとしても、どうするのかについては、まだ検討中だということです。様々な組織から多くの専門家 が、東シベリア・極東開発のプロセスをシュミレーションする作業に参画しています。

― 報道などによれば、東シベリア・極東開発に関する国営企業設立構想は、セルゲイ・ショイグ非常事態相がプーチン首相に報告書を提出して提案したということです。シェドラビツキー氏がかかわっていたのは、報告書を作成する前の議論の段階という理解で正しいでしょうか。

ピョートル 昨年9月、バイカル経済フォーラムで、このテーマに関する報告がありました。私を含む多く専門家が準備し、ロシア科学アカデミー会員のアンドレイ・ココーシン氏が報告しました。ただ、私は何らかの形の決定を必要以上に特定の個人に帰するのは避けるべきだと考えています。

アジア太平洋地域の目覚ましい発展を考慮すれば、東シベリア・極東の優先的な開発は不可欠だというのは、既にある意味のコンセンサスになっているからです。重要なのは、専門家の意見と政治の方向性が一致して、具体的なプロジェクトに予算が付くということです。

客観的に判断すると、今世界で発展している市場はアジアだけで、欧州や米国の市場は低迷しています。まさに、東シベリア・極東開発というアイデアが時宜に適ったものと受け止められているのです。5年、10年前にはあり得なかったことでしょう。

― 東シベリア・極東開発に関する国営企業設立の動きというのは、日本の政府や企業も大いに注目しています。日露間で、どういう協力の分野があるかと考えると、まずガス分野が上がるでしょう。ご指摘の原子力分野もそうです。同時に我々が注目しているのは、石炭の開発とこれに伴う鉄道インフラの整備の動きです。いかがでしょうか?

ピョートル 最も重要なのは、原料の輸出とハイテク技術の発展をいかにコーディネートしていくかです。なぜなら今日、アジア太平洋地域の国々が関心を持っているのは、これらの国々の発展のためにロシアが資源を供給することです。

ご存じの通り、あらゆる資源輸出プロジェクトは、どんどんその価値を減少させていくものです。例えば資源消費国は2、3の資源供給者が競合する状況を作ろうとする。

ロシアから見れば、豪州やカザフスタン、アフリカなどが競合する資源供給者となり得ます。そして供給者に最も低価格で資源を提供させようとします。

資源購入国の立場からすれば、全く当然の発想です。一方、売る方にとっての関心事は、この資源輸出プロジェクトが実現した後、資源開発の場所に鉄道を敷設しても周辺には何もないという状況にならないことです。

ロシアが関心を持っているのは、資源開発のためだけでなく、地域の生活そのものが豊かになるということです。地域に2、3の近代的な街が生まれ、高い教育のインフラも整備され、ハイテク・イノベーション分野の産業が存在する。単にアジア太平洋地域の国々に資源を供給するだけではなく、新しいエネルギー市場でのハイテク・イノベーション分野の協力プロセスに参画することなのです。

約1カ月前に日本の大企業の幹部からなる代表団が世界経済国際関係研究所(IMEMO)を訪問されましたが、そこでのスピーチで提起された「ウィン‐ウィンの対話」はまさにこの方向での一例でしょう。新しく産業や都市を発展させていく国々は、既に発展している国々とは違った経路で発展するものだということを、我々は理解しています。我々は環境に優しく、省エネで、経済性に優れ、さらに将来のエネルギーモデルを巡る様々な選択肢を与えるようなエネルギー 産業を構築したいのです。

― ロシア政府のウェブサイトに公開された東シベリア・極東開発に関する国営企業の設立問題に関する、プーチン首相とショイグ非常事態相の会談の内容を読みました。鉄道輸送能力をどれだけ向上させられるかが開発の第一歩だと指摘しています。今後、日露間で重要な協力アジェンダになってくる可能性があるのが、サハ共和国にあるエリガ炭田の開発と見ています。モンゴルのタバン・トルゴイ炭田を巡っても、日露協力の可能性があると思います。2つの炭田の開発には鉄道インフラの整備が不可欠です。これこそが東シベリア・極東開発に関する国営企業が担うべき最重要の役割ではないでしょうか?

ピョートル ロシアには国営企業として存在する組織体がいくつもあります。保険の為の国営企業もありますし、ロスアトムもありますし、最近ではロスナノという国営企業も設立されました。そして、東シベリア・極東開発に関する国営企業が設立されるということです。

国営企業という呼び方は同じでも、内容は全く違うものになります。一定の地域の開発を担う組織について、世界の経験を見てみましょう。

例えば、ある地域で石炭開発プロジェクトを実施する場合、鉄道を敷設し、膨大な資金と技術を投下し、環境を損なわず、必要な労働力を集め、安定的な顧客を確保するといった事柄を、中長期的な観点に基づき、経済的に成立する形でコーディネートしていく役割を担えるかどうかが最大の鍵となります。

ロシアの場合、石炭はエネルギー省の所管であり、鉄道についてはロシア鉄道があります。地元の資源となれば、サハ共和国が関係してくるでしょう。投資の誘致に関しては、投資誘致庁があります。日本との経済協力を担当する組織もある訳です。数多くの関係組織があるなかで、全体を網羅する地域開発プロジェクトを推進する場合、利害をコーディネートするのは誰なのか、というのが重要な問題です。省庁縦割りの問題は、日本にも存在するでしょう。

外国のパートナーがあるプロジェクトについて誰と話していいか分からないとロシア政府首脳に不満を述べることが良くあります。結論ですが、東シベリア・極東に関する国営企業の果たすべき役割というのは、数多くの組織が関係してくるプロジェクトを推進するために、関係するすべての組織の利害をコーディネートし、ロシアでの唯一の窓口になって、外国のパートナーや投資家とやり取りしていくということだと思います。



ピョートル・シェドラビツキー ロスアトム(ロシア国営原子力企業)総裁顧問

1958年、モスクワ生まれ(53歳)。哲学博士号を持ち、地域開発などの専門家で、ロシア科学技術相の顧問、国営アトムインフォーム総裁、原子力庁(現ロスアトム)長官顧問などを歴任、2006年にヴニイアエス会長、07年にアトムエネルゴプロム副社長、08年にロスアトム副総裁を経て現職。プーチン大 統領との近さで知られるサンクトペテルブルグの銀行Bank Rossiyaの所有者ユーリー・コヴァルチュク氏が設立した民間シンクタンクCenter For Strategic Research≪North-West≫のボードメンバーでもある。

「日経ビジネスONLINE」 (2012年5月18日掲載記事)より転載
    • 畔蒜泰助
    • 元東京財団政策研究所研究員
    • 畔蒜 泰助
    • 畔蒜 泰助
    研究分野・主な関心領域
    • ロシア外交
    • ロシア国内政治
    • 日露関係
    • ユーラシア地政学

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