タイプ
論考
プロジェクト
日付
2011/4/25

震災が加速させる世界のレアメタル競争に備えよ

東日本大震災が影響する製造業の死角

震災が加速させる世界のレアメタル競争に備えよ

東京財団研究員
平沼 光


東日本大震災による世界の部品サプライチェーンへ影響は、諮らずとも日本の高い性能の部品が世界各国で活躍している事をあらためて知る事となったが、同時にそれは日本一国に部品の供給を依存することの危うさを世界に露呈する事となった。

これまで日本製部品のユーザーであった世界の需要家は、日本一国に部品の供給を依存する体制をあらため、供給の多元化を図るため他国のメーカーへのシフトを進めるという“日本離れ”の方向に動き出しかねない。そのことは、日本にとって部品サプライにおける競合相手が出現することになり、同時に部品を作るための原材料であるレアメタルをはじめとする鉱物資源の確保という場面においても競争が激化すると言う事を意味する。

また、東日本大震災により発生した福島原発事故は、世界の原子力政策に影を落とす一方、より安全でクリーンな再生可能エネルギーの利用、省エネ・高効率機器の普及を促進させるという気運を高めるに至った。それは、同時に再生可能エネルギーの利用、省エネ・高効率機器の製造に必要なレアメタルをはじめとする鉱物資源の世界的な獲得競争の激化を招くものと考えられる。

アジアの島国日本で発生した大震災は、世界の部品産業とエネルギー動向に影響を与え、結果として世界の鉱物資源の獲得競争を激化させることに繋がりかねない様相を呈している。

世界の部品サプライチェーンをも揺るがした東日本大震災

エアフロー・センサーという自動車部品をご存知だろうか。エアフロー・センサーとは、自動車の「吸気系統」の電子制御装置に配置されるセンサーでエンジンに吸入される空気量を測定する部品だ。日本の自動車部品メーカーはこのエアフロー・センサーの生産でおよそ60%という高い世界シェアを誇っていたが、3月11日に発生した東日本大震災で茨城県ひたちなか市にあった工場が被災、それにより世界各国の自動車メーカーへの供給が滞り、自動車生産ラインが世界各国でストップするという事態が起きている。

東日本大震災により世界への供給に影響を及ぼしている部品はエアフロー・センサーだけではない。ACF(異方性導電膜)、圧延銅箔、シリコンウエハ、自動車制御マイコンなど高い世界シェアを誇っているものが数多くこれらの供給不安定化は世界の産業に大きな影響を及ぼすこととなる。例えば、液晶ディスプレイパネルに欠かせない「ターゲット材」だ。「ターゲット材」とは、複数の金属を溶解・焼結して板や円盤の形状にしたもので、これに電子ビームを照射することで、液晶パネルや半導体の部材の表面に金属の膜を作る機能を持ったものだ。特に液晶パネル用のターゲット材は、いまや急成長している産業分野の一つだ。テレビやパソコンなど液晶ディスプレイパネルを使う製品に欠かせないターゲット材の世界シェアは日本のメーカー2社で75%を占め世界一を誇っている。このターゲット材を作っている工場が茨城県北茨木市にあり、前述のエアフロー・センサー同様に震災で被害を被り、世界供給に影響が出ているという。アジアの島国日本で起きた震災の激震は世界の部品サプライチェーンまで揺るがした事になる。これらの部品は、原材料となる鉱物など素材の持つ電気的性質、光学特性などの特性を活用すべく部品と言う形に加工し、自動車や液晶テレビなど完成製品に組み込める形にしたもので、“機能性材料”または“機能性部品”などと呼ばれているものが多い。


日本の産業と言うと世界的な競争力を持つ自動車産業、世界的なシェアを誇る工業用ロボット、デジタルカメラなど完成製品が花形産業として注目されがちだが、実は日本の産業力の根底を支えている秘密の一つは優れた機能性部品を世界に供給している点にあると言ってよい。そうした世界の産業にとって欠かせない日本の機能性部品の欠品は、世界の完成製品工場の工場ラインを止めかねない事態を引き起こすという事が今回の東日本大震災の影響で世界はあらためて認識する事になった。それは、即ち、重要な機能性部品を日本一国からの調達に依存すると言う事にはリスクがあると言う事を世界が認識したということでもある。

このことは、日本にとっても大きなリスクとなる。これまで日本の機能性部品を購入していた海外の需要家が今回の震災を機に重要部品のサプライチェーンを見直し、その供給源を日本以外にも多元化するという“日本離れ”の現象を招く危険性があるからだ。

事実、シリコンウエハの生産などはアジア勢が追い上げてきており、今回の震災でシリコンウエハの世界供給の勢力図が変わるかもしれない。

震災がもたらす資源エネルギー動向への影響

東日本大震災は日本の部品産業に影響を及ぼすとともに、福島原発事故という資源エネルギー動向に大きな影響を及ぼす事態を引き起こした。連日の報道により福島原発事故の詳細についてはもはや説明の必要もないが、ウランを利用した原子力発電には大きなリスクが伴うと言う事を日本と世界は思い知った事態となっている。これにより政府は2030年までに原発を現状より14基以上増やすとしたエネルギー基本計画を見直す方針を表明。事実上の原子力政策の凍結と言う状況になっている。ドイツ、スイス、タイなど各国も福島原発事故に如実に反応を示し、自国の原子力政策の見直しを行う方向に動いている。日本の総発電量に占める原子力発電の割合はおよそ3割。これまで日本は関連する気候変動問題への対応も踏まえて原子力発電をエネルギー政策の中核に据えてきたが、福島原発事故という未曽有の事故の発生以降は原子力政策を含め今後のエネルギー政策をどのようにしていくかと言う事が大きな課題となってくる。

こうした文脈の中、現状考えられる今後の方向性としては、?原子力発電をやめて別の代替発電で補う、?原子力発電分の電力を消費しない社会を構築することで対処する、などが考えられている。いずれも日本の原子力政策が停滞し原子力発電が減少、将来的に利用されなくなるという事態を想定した方向性で、福島原発事故が国際原子力事故評価尺度(INES)で最も深刻な事故とされる「レベル7」とされた事、また事故収拾の先行きの見通しが立っていない状況では、ウランを利用する現状の原子力政策の継続はすぐには考えられないであろうというのが現状と言える。

注目が高まる再生可能エネルギー、省エネ高効率機器の普及

原子力政策の先行きの見通しが立たない今、世界的な普及の気運が高まっているのが、太陽光、風力、地熱といった再生可能エネルギーの利用とエネルギー消費の少ないLED照明や電気自動車といった省エネ高効率機器の普及だ。

政府の電力需給緊急対策本部は4月8日、震災影響による今夏と今夏以降の電力需給対策の骨格を公表。今夏以降の対策として、火力発電所等の新設・増設などと共に再生可能エネルギー(太陽光、風力、地熱等)の導入促進が盛り込まれている。

省エネ高効率機器の普及と言う点では、例えば電力需給緊急対策本部が公表した夏期節電対策の具体例として白熱電球からLED照明への交換などが盛り込まれている。LED照明は、白熱電球40Wの明るさがあるLED照明の消費電力はおよそ5.3Wとなり、従来のおよそ7分の1程度、またその寿命は白熱電球60Wの寿命1,000時間に対しLED照明は40,000時間とおよそ40倍とされ、省エネ効率の高い照明として、家庭はもとよりオフィスや工場などの照明の省エネ化に期待されている。政府の「新成長戦略」の中でも産業戦略の一環として、2020年までにLED照明などの次世代照明の100%化を実現する事が盛り込まれていることから、震災とそれにより起こった原発事故の影響を背景に、益々こうした省エネ高効率機器の普及の気運が高まると考えられる。

東日本大震災が加速させる世界の鉱物資源の確保競争

さて、これまで東日本大震災が日本の産業、資源エネルギー動向に及ぼした影響を見てきたがいずれにおいても今後益々重要となってくる課題が見えてくる。それは鉱物資源の確保という課題だ。震災により日本の機能性部品産業が大きな被害を被っているが、今後の復旧如何によっては日本の部品に頼っていた世界の需要家は供給の多元化を図ろうと動く事が予想される。それは、これまで日本が圧倒的なシェアを誇っていた機能性部品の分野に新たな参入企業を出現させることに繋がる。つまりは競争相手が増えると言う事だ。同じ部品を作る競争相手が現れるということは部品を作るために必要な原材料の獲得においても競争相手となると言う事を意味する。例えば、日本が高い世界シェアを誇るITOターゲット材を見てみよう。ITOターゲットの原材料にはレアメタルの一つとして数えられているインジウム(In)が使われる。日本はインジウムを韓国、中国、カナダ、台湾などから輸入しており、経済産業省資料(2007年)によると日本はインジウムの世界需要のおよそ85%を占めている一大需要国となっている。そして日本は輸入したインジウムの9割をITOターゲット材に使用しているという状況になっている。仮に日本の競争相手となる新規の企業が参入してくると、これまで日本が多大な量を確保してきたインジウムのパイを巡って確保競争を繰り広げなければならないと言う事になる。

ITOターゲットに限らず日本が高いシェアを誇っている機能性部品にはレアメタルをはじめ様々な鉱物資源が不可欠だ。震災から工場設備などが復帰してもこうした原材料となる鉱物資源の確保が出来なければ国際競争力を維持していくのが難しくなるだろう。原材料となる資源の供給不安による産業の停滞については先ごろの中国の実質的なレアアース輸出禁止が日本の産業界に激震を走らせた事は記憶に新しい。
 
再生可能エネルギーと省エネ高効率機器の普及と言う点でも鉱物資源の確保は欠かせない。太陽光発電にはシリコン(Si)、ガリウム(Ga)、インジウム(In)等が、風力発電のモーターにはレアアース(RE)、前述したLED照明にもレアアースは欠かせない原材料となっている。簡単にLED照明に切り替えると言ってもそれに必要なレアアースの確保が必要となるのだ。レアアースに関しては最近になり中国がレアアース鉱床の国家管理を強めた事、中国国内のレアアース企業の絞り込みを始めた事、またレアアース企業に課せられる資源税が上積みとなった事など、益々戦略物資としての管理を強めてきている。蛍光体に必要なレアアースの一種であるテルビウムの価格推移を見ても、年初にキロ800ドルだったものが4月にはキロ1200ドル台になったなど突き抜けた高騰ぶりを見せている。

太陽光発電に必要なインジウム(In)、ガリウム(Ga)の価格も上昇基調だ。

インジウムは1月にはキロ500ドル台だったが4月には700ドル台に、ガリウム(Ga)は1月にはキロ600ドル台だったものが4月には900ドル台に突入している。いずれも40%~50%という急激な上昇を続けている。関係筋では福島原発事故の影響で原子力離れが進み、気候変動対策と言う視点から太陽光発電をはじめとした再生可能エネルギーへの期待感が世界的に高まっていることが影響していると見ている。





日本の福島原発の影響により各国が益々再生可能エネルギーと省エネ高効率機器の普及に力を入れてくるとすると、当然それに必要な鉱物資源の確保競争が激化することが予想される。日本はこれらの鉱物資源の多くを輸入に依存していることから、鉱物資源確保戦略のさらなる充実が求められる事だろう。

おわりに -実現性を踏まえたエネルギービジョンを

東日本大震災は日本にかつてない衝撃をもたらした。それは、被害を直接被った東北地方のみならず、日本の産業、エネルギー需給といった日本の根幹にまでその衝撃が及んでいると言える。

現在、この衝撃から立ち直るべく、政府をはじめNGO、シンクタンク、業界団体など様々な組織、団体などで復興のためのロードマップや復興ビジョンなるものが検討されているが、今後注視しなければならないのは如何に実現性を踏まえたものを示せるかと言う点だ。

特に、エネルギー政策においては、原子力に頼らない日本のエネルギーバランスと言うものが一つの論点となるであろうが、再生可能エネルギー、天然ガス、石油・石炭、省エネ・節電といった項目を並べ、机上の計算でその割り振りをするだけでは十分とは言えないだろう。なぜならば、前述したようにLED照明一つとってもそれを加速的に普及させるにはレアアースという鉱物資源の確保と言う課題があり、これを解決する道筋を示さないビジョンやロードマップでは実現する可能性が見えてこないからだ。

原子力に頼らず他のエネルギーで代替していくには机上の計算では割り切れない様々な課題がある。その大きな課題の一つと言えるのが鉱物資源の確保と言う事になるであろう。

東日本大震災を踏まえ、原子力に頼らないエネルギービジョンを構築するには、そのために必要な鉱物資源の確保と言う視点を忘れてはならず、少なくともその議論の場には鉱物資源の獲得の現場で活動している様々なプレイヤーを加えるべきである。