タイプ
レポート
日付
2013/6/26

第12回アジア安全保障会議における中国副総参謀長発言の意義

[特別投稿]川中敬一氏/東京財団上席アソシエイト

 去る5月31日から6月2日にかけて、シンガポールにおいて、第12回アジア安全保障会議(通称、シャングリラ会合)が開催された。6月2日午前には、中国人民解放軍副総参謀長である戚建国の講演および質疑に対する応答において、興味深い発言があったと多くのメディアが伝えている。

 戚副総参謀長の講演では、最初に、「現在、アジア太平洋の安全保障状況は、全般としては安定を保っている」との認識が示された。そのうえで、彼は、第1は、「平和的発展は中国が追求する核心的目標」であり、第2は、「開放された発展は中国が堅持する基本原則であり」、第3は、「協調的発展は中国が目指す重要な姿勢であり」、そして、第4は、「共同利益(共贏)的発展は中国が主張する根源的目標である」と述べた。(1)

 次は、彼に向けられた尖閣諸島に関する質問に対する回答である。中国の6月3日付『京華時報』によると、「釣魚島(尖閣諸島)問題は後世の人にこの問題の解決を残すのか」という質問に戚副総参謀長は、「中国が問題を後世の人に残して解決するという態度を堅持することに疑いを差し挟むに及ばないし、20年前に?小平同志は政治的知恵を発揮して論争を棚上げした。現在、東シナ海と南シナ海等の部分的問題は当分の間は徹底的に解決する方法はなく、関係各国は十分な戦略的根気を持つべきである。」と語ったとされている。(2)また、国内有力紙の一つは、「沖縄の日本の主権を否定する中国の論調については、「学者の見解であり、中国政府の見解ではない。学者は自由に研究し、見解を表明することができる」と指摘した。さらに、尖閣諸島の問題とは「性質が異なる」と一線を画した。」(3)と報じている。

 いずれにせよ、彼の発言は、日本や米国においては、中国国内における最強硬派集団との印象を抱かれがちな人民解放軍の意外な一面をうかがい知る好例と言えよう。むろん、戚副総参謀長は、「対話重視は無条件の妥協を意味するものではない。国家の核心的利益を守る決心は全く揺るがない。」(4)として、中国の主権が留保されるとの見解を示した。

 上記発言は、昨年の習近平の中央軍事委員会主席就任に伴って副総参謀長という地位に就いた人物によるものあり、かつ、彼自身が中国共産党員でもあるゆえに、中国共産党中央の見解から完全に逸脱した個人的見解と見ることは適当ではあるまい。問題は、戚副参謀総長の発言と、これまでの中国政府の尖閣問題を初めとする対周辺国論調との齟齬であろう。彼の発言は、2つの可能性を包摂している可能性を指摘できる。

 第1は、中国政府の対日ないし対周辺国姿勢が修正された可能性である。第2は、中国政府内における対日ないし対周辺国姿勢が統一されていない可能性である。結論から言えば、この双方の可能性が中国政府では併存している可能性が高いと推察される。

 2010年9月の中国漁船による海上保安庁巡視船への体当たり事件以来、日中両国においては庶民レベルに至るまでの険悪化が顕著となった。また、21012年9月の日本政府による尖閣諸島購入以降は、中国の公船の同海域領海侵犯が常態化した。更には、解放軍海艦艇による射撃管制レーダーの海上自衛隊護衛艦への照射や南西諸島接続水域通過など、中国の軍事力を使用した威嚇あるいは挑発活動も連続して生起した。

 こうした中国の行動を宣言するかのように、2012年の尖閣諸島日本政府購入発表直後である2012年9月12日付『人民日報』第1面に、全国人民代表大会外事委員会の声明として、「尖閣問題においては馬は崖っぷちまで来ており、更に弦を張って、過ちを繰り返してはならず、さもなければ持ち上げた石で必ず自らの足を打つことになるであろう。」(5)との一節が掲載された。この表現は、過去、中国が対外的紛争解決方策の一つに武力行使を正式に組み込むことで中央において合意が形成されたときに発せられてきた。(6)しかし、一方では、同日付『人民日報』に、日本は「釣魚島(尖閣諸島)問題における火遊びは止めて、中国側と共同努力し、実際の行動をもって日中関係の大局を維持擁護する」ことを全国政治協商会議外事委員会が声明を通じて日本側に要求していた。(7)また、日本政府尖閣諸島購入決定以降の『解放軍報』では尖閣問題は、新華社や『人民日報』の記事を転載するのみで、自らの論評などは一切掲載しなかった。

 ようするに、2012年の日本政府尖閣諸島購入に対して、中国は強烈な抗議を発すると並行して、日中間対立の沈静化を指向する意向が存在することも表明していたのである。

 この二面性をもつ中国の対周辺諸国姿勢の原因は、やはりアメリカの対中姿勢であろう。

 オバマ政権第1期の2011年から12年初めにかけて、米国は一連の「アジア回帰(Pivot to Asia)政策あるいは「アジアへのリバランス」政策を明確にした。(8)ようするに、オバマ政権は、当初の楽観的な姿勢からより牽制的な要素が強い政策(9)へ転じたのである。このアメリカの対中姿勢は、必然的に中国との間で領土紛争や海上航行問題を抱える諸国家を鼓舞して、中国に対して敢然たる行動を採らせる結果となった。かくして中国は、少なからぬ近隣諸国の厳しい姿勢に同時に囲まれる情勢となったと言える。この情勢に直面して、アメリカを中心とするアジア太平洋諸国による“対中包囲網”形成趨勢に対抗する実力が自国には備わっていないという中国自身の自覚が生じたものと推察される。それゆえ、強硬一辺倒の対外姿勢継続は、未来における中国の建国理念達成過程における自国にとっての深刻な情勢到来の可能性を中国は敏感に感得したのであろう。

 また、本年に入り中国の経済成長率は、7.6~7.7%へ下方修正され(10)、5月の製造業購買担当者景気指数(PMI)が昨年10月以来50を下回った。(11)これに加えて、4月20日に発生した四川地方大地震によって、少なからぬ経済的、精神的損失に見舞われた。その他にも、昨年11月の18期共産党大会で党中央委員会総書記兼中央軍事委員会主席に就任したばかりの習近平率新体制は、共産党執政を脅かす国内懸案事項に直面している。

 このように今年の5月まで、さまざまな苦境に囲まれていた習近平体制としては、6月初旬に予定されていた米中首脳会談は、是非とも実現し成功させねばならない喫緊の政治的課題であったと言える。その文脈において、米中首脳会談実現を結実させることが、上述した戚副総参謀長の発言であったと思推されるのである。彼の言動は、6月2日からの米中首脳会談へ向けた布石ともなり、同会談における2014年のリムパック(環太平洋合同演習)への中国海軍の参加(12)決定という成果にも連接したと評価することができよう。

 ただし、戚副総参謀長の発言は、当面の不利な情勢を挽回するための時間稼ぎの側面が潜在していることもまた留意しておくことも必要であろう。

  • (1)http://www.iiss.org/en/events/shangri%201a%dialoue/archive/shangri-la-dialogue-2013-c890/fourth-plenary-session-0f17/qi-jianguo-a156
  • (2)「香格里拉対話会閉幕解放軍副総参謀長戚建国発表演講并回答提問 堅持釣魚島問題留給後人解決」『京華時報』 2013年6月3日。
  • (3)「「尖閣諸島問題の棚上げを」中国人民解放軍副総参謀長が主張」『産経新聞』2013年6月3日。
  • (4)「日米中、対話と牽制 アジア安全保障会議」『朝日新聞』2013年6月7日。
  • (5) 「全国人大外事委員会声明」『人民日報』2012年9月12日。
  • (6)朝鮮戦争、中印戦争、中ソ国境武力衝突、中越戦争以前に、酷似した表現が『人民日報』記事および社説において使用された。
  • (7)「全国政協外事委員会声明」『人民日報』2012年9月12日。
  • (8) 渡部恒雄「オバマ政権の対中政策の歴史的な意味」『アジア回帰するアメリカ――外交安全保障政策の検証』(NTT出版、2013年)023頁。
  • (9) 同上024頁。
  • (10)中国政府は、本年の経済成長率目標を7.5%に設定している。7.6%という数値は、政策的財政出動には至らないものの、楽観視できるものではないことは想像される。
  • (11) 「5月中国製造業PMI速報値は7ケ月ぶり50割れ=HSBC」『朝日新聞』2013年5月23日。
  • (12) 「【米中首脳会談】両国関係の重要性を確認 尖閣、サイバー、北朝鮮など幅広く議論」『産経新聞』2013年6月11日。