タイプ
レポート
日付
2013/7/11

スノーデン問題に揺れる米欧関係

鶴岡路人 研究員
 

問題の発端

元米中央情報局(CIA)職員で米国家安全保障局(NSA)の契約企業の社員であったエドワード・スノーデン氏による、米国の情報活動の実態に関する暴露が、米欧関係を揺るがしている。一連の騒動は、6月上旬にまずはNSAによる一般市民を対象とした米国内での通信傍受活動が彼によって明らかにされたことに端を発している。これだけでも十分なインパクトがあったが、米欧関係における直接的な問題に急激に発展したきっかけは、6月29日に、独『シュピーゲル(Der Spiegel)』誌が、スノーデン氏の持ち出した情報に基づき、米ワシントンのEU代表部、ニューヨークの国連EU代表部、そしてブリュッセルのEU本部機関に対してNSAによる通信傍受等の情報活動が行われていたと報じたことだった。次いで、英『ガーディアン(The Guardian)』紙が欧州諸国を含む在米の各国大使館等への情報活動を報じ、議論が沸騰することになった。

これを受けてEUおよび欧州各国は反発を強め、米国政府に対してそのような情報活動の停止を要求するとともに、事実関係の調査と説明を求める事態となっている。そこで本稿では、米欧関係の観点から、今回の一連の騒動において何が問題となっているのかを整理したうえで、この問題に対する欧州各国の立場の相違を検討したい。

何が問題なのか

メディアの報道が過熱し、米欧の指導者や専門家による発言も活発化しているが、一連の騒動に関しては、何が問題であるかが、実は必ずしも明確ではない。感情論としては、共通の価値と信頼によって結ばれている同盟国であるはずの米国と欧州の間で、今回明らかになったような盗聴や情報システムへの侵入のような情報活動は行われるべきでない、という議論が存在する。しかし、釈明に回る側のオバマ米大統領やケリー米国務長官は、各国が求める情報は全て提供すると約束しつつ、公開情報以外によって他国の考え方を知ろうとする努力は、情報機関にとっては当然の、いわば通常任務であり、特別でもなければ、多くの国が行っているとも主張している(例えば、7月1日のオバマ大統領記者会見参照)。それでも道義的に許されないと考えるか、国際関係におけるやむを得ない現実として受け入れるかは、個人レベルでは判断が分かれるかもしれない。また、すべての諸国がそうした情報活動に関与しているわけでもないだろう。敵対国間のみならず、友好国・同盟国の間でも、この種の問題は過去にもさまざまな事例があり、メディアではその度にセンセーショナルに報じられてきた。それでも、しばらく時間が経てば問題が収束し、当該諸国間の関係がそれによって決定的に悪化することがなかったのも現実である。そのこと自体、国家機関の間における情報活動が、ある程度まで織り込み済みとされている現実を示しているのかもしれない。今回の問題が、そうした現実や過去の事例から質的に逸脱していることを示す証拠は、いまのところ明らかになっていないようである。(なお、今回の米国の活動は、「質」的にではなく、「量(規模)」的に過剰であり、従来と異なるとの指摘は可能かもしれないが、その線引きは困難であろうし、過去の活動との量的比較は、公に議論できるもののでもないだろう。)

欧州の政府機関を対象とした米国の情報活動自体が本質的な問題でないとすれば、この騒動が及ぼす問題は、次の2点に集約される。第1は、米欧関係への直接的・短期的な影響である。たとえ米国の情報機関による活動が通常任務に過ぎなかったとしても、ここまで騒動になった以上は、現実の米欧関係にも悪影響を及ぼさずにはいられない。欧州の各国政府も、報道があった以上、国民感情を考慮すれば、問題視しないわけにはいかない。フランスによる延期の示唆(後述)にもかかわらず、米EU間の通商交渉は予定通り開始されたが、重要な交渉を実施するにあたっての信頼関係の再構築には、ある程度の時間と具体的な措置が必要になることが考えられる。また、英国の例にならってフランス等が、米国との間で、互いの政府機関を標的とした情報活動を行わないとの合意を求めるようになった場合、――それも表の世界で交渉する性質のものではないだろうが――問題の収束に時間を要する可能性がある。

第2は、個人情報(データ)保護の問題である。米EU間においては、特に2001年の9/11テロ事件以降、米当局への提供を含めた個人情報の取り扱いについて、ときに極めて厳しい交渉が続けられてきた。そのため、欧州側では、政府機関を標的にした情報活動以上に、(欧州の)一般市民を対象とした通信傍受の方が問題視される土壌がある。実際、政府機関への情報活動はその世界の常識であっても、広く一般市民を対象とした通信傍受は新たな問題だった。これは、場合によっては民主主義や法の支配といった、米欧を含む各国が依拠する大原則をも損ないかねない深刻さを有している。そのため、本質的にはこの問題の方が、重要度がはるかに高い。欧州の報道では、目下、同盟国への情報活動というセンセーショナルな問題に関心が集まっているが、この波がある程度過ぎれば、6月上旬から問題になってきた一般市民を対象とした情報収集活動の実態と、その発覚を受けた米国の対応策という、元々の問題に関心が戻っていく可能性が高い。今回の政府機関を対象とした情報活動問題の浮上は、一般市民に対する活動の問題を重視する立場からすれば、より重要な同問題への取り組みの阻害要因になったとの評価が可能であろう。

なお、米国にとっては、テロ対策と市民の自由という問題と同時に、第二のスノーデンを出さないために、政府における情報管理をどのように徹底できるかという課題がある。また、同容疑者の亡命問題に関しては、欧州のいくつかの国に対しても亡命申請がなされ、すでに拒否を決めた国の他、少なくとも手続き上は審査中の国が存在すると報じられている。しかし、送還を強く求める米国との関係を考えれば、欧州の国が亡命を受け入れる可能性は低く、亡命問題が米欧関係の争点になることはなさそうである。実際、今回の問題に強く反発しているフランスは、他方で、スノーデン氏の搭乗している可能性のある飛行機の領空通過許可を出さなかった。今後も、たとえ同氏の南米への亡命が決まった場合でも、現在滞在しているとされるモスクワの空港から、米国の同盟国の領空を一切通過せずに亡命先に到達できるルートがあるのか、さまざまな疑問が残っている。

欧州内の温度差

今回の一連の問題が、どの程度の期間でどのように収束するかは、現時点では予測がつきにくい。それは、今後さらに明らかになる可能性のある秘密文書の内容や、欧州各国政府およびEUによる調査と説明の要求に対する米国の対応等に左右されるだろう。ただし、これは単純な米国対欧州の図式ではない。今回の問題への対応には、欧州内でもかなり大きな温度差が存在している点に注目が必要だろう。

まずは英国である。一連の問題のなかで、英政府機関である政府通信本部(GCHQ)による情報活動の一部が明るみになり、例えば2009年にロンドンで開催されたG20首脳会合の際の各国代表団への情報活動等が一時大きな問題になり、6月に北アイルランドで開催されたG8の際に英国は弁明に追われることになった。しかし、この問題自体は、少なくとも表面上は収束しつつある。それでも、英国のメディアは、スノーデン問題、そして、EU機関を含めた欧州各国が米国による情報活動の対象となっていたことを連日大きく報じている。ただし、そこでは「高みの見物」的な雰囲気が否定できない。その最大の背景の一つは、『シュピーゲル』誌の報道でも明らかなとおり、英国(およびカナダ、豪州、ニュージーランド)が米国の情報活動の対象となっていなかった事実であろう。英国は被害者ではないのである。おそらくそのために、米国の活動は情報機関の世界では特別なものではなく、これを政治問題化させては国益を損なう、といった冷静な論調が英国内では(少なくとも高級紙においては)主流を占めているように見える。自ら世界的にも強力な情報機関(MI6)を有し、経験と知識が豊富であることから、英国政府関係者や有識者の間では、「何をいまさら」という雰囲気があるのであろう。そこには、一連の報道のなかで自国の情報機関による活動が暴露されたことに対する弁明としての側面もあるかもしれない。

ドイツの事情は若干複雑である。冷戦時代、東ドイツ政府の秘密警察(シュタージ)の記憶がまだ新鮮な同国においては、政府機関による市民の監視に対する嫌悪感が特に強い。そのため、ドイツを含めた欧州諸国政府に対する米国による情報活動が具体的に明らかになる前の段階から、独政府は、NSAによる一般市民を対象とした通信傍受等の活動に強い懸念を示し、6月にベルリンを訪れたオバマ米大統領に対しても、メルケル独首相は、この問題で強く対応を迫ったのである。加えて、国民レベルでは、英国やカナダが情報活動の対象から除外されつつ、NATOの同盟国であるドイツがその対象となってきたことへの感情的反発もあろう。他方で、『シュピーゲル』誌が明らかにするように、ドイツ政府の情報機関である連邦情報局(BND)がNSAときわめて密接な協力関係にあったことも事実であり、この点に関しては、ドイツ政府自身が自国民に対して説明をしなければならない立場にある。つまり、政府の立場としては、米国に対する批判一辺倒にはなりえないのである。

今回の問題に対して、少なくとも表面上、最も強い反発を示しているのがフランスである。オランド大統領は、7月1日の記者会見で、そのような行為は「即時停止」されるべきである述べたのに加え、米EU間で交渉の開始が合意された自由貿易協定(大西洋貿易・投資パートナーシップ:TTIP)にリンクさせて、「フランスや欧州全体に対して(これ以上の情報活動は行わないとの)保証が得られて初めて交渉が可能になる」とした。そもそも、TTIP交渉に最後まで抵抗していたのがフランスであり、今回の問題を使って、翌週の開始が迫っていたTTIP交渉を牽制する意図があったものと見られる(同交渉は、予定通り7月8日にワシントンで開始された)。他方で、オランド大統領のきわめて強い姿勢に対しては、自らは潔白なのかとの疑問の声が高まっている。フランス自身、対外情報活動の活発な国として「有名」であり、他国を批判する資格はないというのである。そうであればこそ、今回の大統領の反応は、情報活動を実施されたことへの被害者意識に起因するものというよりは、TTIPとのリンクに象徴されるように、政治的な行動なのであろう。

さまざまな側面を抱える欧州主要国と比較し、若干異なる立場にあるのがEUである。『シュピーゲル』誌の報じた2010年の内部文書で言及されたワシントンとニューヨークの代表部は、その後移転しているため、盗聴や電子メール等の傍受は、すでに過去の問題になっているとの指摘もある。しかし、独自の情報機関を有さないEUは、米国の情報活動において、一方的に被害者だった側面が強い。英『フィナンシャル・タイムズ』紙は社説(7月1日付け)で、このような問題への対処にあたっては、EU自身が情報の防護能力を高める他ないと指摘している。そのためにはおそらく英国の支援が必要になると思われるが、それ自体センシティブな問題であろう。また、EUを構成する主要機関の一つである欧州議会が、シュルツ議長を筆頭に特に反発を強めている背景には、同議会が米主導の情報ネットワークとされる「エシュロン」の活動を長年追及してきたという経緯も存在する。

EUを含めた米欧は今回の問題をどのように乗り越えていくことになるのか。米欧関係の現況をはかる試金石にもなりそうである。