タイプ
レポート
日付
2013/9/11

シリア情勢と米露関係(2)

畔蒜 泰助 研究員
 

●シリア情勢を巡る国連調停と米露の綱引きと「ジュネーブ・コミュニケ」

 2011年9月24日、与党・統一ロシアの党大会でメドベージェフ大統領がプーチン首相を統一ロシアの大統領候補にすることを提案。プーチン首相はこれを受諾すると共に、 当選の暁にはメドベージェフ大統領を首相に任命すると明言した。[1]

 当初、同年12月の下院選挙の終了後に、プーチンとメドベージェフのどちらが立候補するのか発表されるとの見方が有力だっただけに、このタイミングでの発表は大きな驚きを持って受け止められた。興味深いのはこの直後の10月4日、ロシアが中国と共に国連安全保障理事会での最初の対シリア決議に拒否権を行使していることである。[2]

 そして、翌2012年2月4日の国連安保理での対シリア決議を巡ってもロシアは中国と共に再び拒否権を行使した。[3] これの結果を受けて、カタールとサウジアラビアが、シリア・アサド政権と闘う反政府グループ「シリア解放軍」を積極支援すべく、外国軍の投入、又は武器の供与を主張した。[4] また、米国内でもジョン・マケイン上院議員や保守系シンクタンクなどを中心に、同様の声が高まった。[5]

 実際、サウジとカタールはシリア反政府勢力に対するより本格的な武器供与を開始したのだが、米オバマ政権は、軍事介入は勿論、武器供与にも慎重な態度を取り続けた。レオン・パネッタ国防長官やマーチン・デンプセイ統合参謀議長によれば、実際、この時期、オバマ大統領は国防総省に対して、シリアに対する軍事オプションを検討するように指示していたというが、彼らは共に「オバマ政権は依然として外交的・経済的圧力がアサド体制からシリア人民を守るベストの解決策だと信じている」と議会で証言している。[6]

 米軍がシリアに対して大規模空爆を実施する軍事的能力を有しているにも関わらず、これに消極的な立場をとる理由について、デンプセイ統合参謀本部議長は米議会で、

[1]シリアが大量に保有し、主要な大都市近くに配備されている洗練されたロシア製地対空防衛システムを攻撃すること
[2]深く分裂したシリアの反政府勢力に武器を供与すること
[3]シリアの2大同盟国であるイラン或いはロシアとの代理戦争が勃発すること
[4]少なくとも現時点では、アサド政府に対して行動を起こす国際連携が存在しないこと

という4つのリスクを挙げた。[7]

 この内、[1]と[3]はロシア・ファクターである。つまり、米軍はロシアの協力関係の構築なしに、シリアへの軍事介入に踏みこむことには大きなリスクがあると指摘したのだ。 また、[2]については、追加の説明が必要であろう。同年2月4日、ロシアが中国と共に、国連安保理での対シリア決議に対して二度目の拒否権を発動した直後から、米国内や一部のアラブ諸国から、シリアへの軍事介入やシリア反政府勢力への武器供与を求める声が高まったことは既に指摘したが、これに反対する米情報機関やペンタゴンが相次いでシリア反政府勢力とイスラム過激派アル・カイダとの関係を指摘する証言をし始めた。

2012年2月16日付けStratfor.comによれば、米国家情報ディレクターのジェムズ・クラッパーは米議会で「イラクを拠点とするアル・カイダが、最近のシリアにおける自爆テロの責任を追っている可能性がある。アル・カイダはシリアの反政府勢力に浸透している。シリアの反政府グループのメンバーはシリアにおけるアル・カイダの存在を認識していない可能性がある」と証言した。また、デンプセイ統合参謀本部議長も同年2月20日、CNNの番組「Fareed Zakaria GPS」に出演し「シリアにおける反政府運動への武器供与を決断するのは時期尚早と考える。何故なら、現時点で反政府運動の身元を確認することは、誰にとっても非常に難しい作業だと考えるからだ」と述べた。

 そんな中、2012年2月23日、シリア情勢仲介の為、国連とアラブ連盟の共同特別代表にコーフィ・アナン前国連事務総長が任命され、軍事介入なしのシリア情勢の解決を目指すアナン調停工作をロシアも支持することになる。同年3月27日、シリア政府による重火器並びに軍隊の人口密集地域からの撤退と反政府勢力の銃による攻撃停止を中核とするアナン特別代表の最初の調停案6項目の受け入れにシリア政府は合意した[8] が、結局、その後も双方による戦闘は継続したため、この調停案は頓挫した。

これを受けて、同年6月30日、アナン特別代表は、もう一度調停を試みる。それが、ジュネーブで開催された緊急会合で、国連が後押しする「シリアに関する行動グループ」がまとめ上げた同内戦の解決に向けた行動計画文書である所謂「ジュネーブ・コミュニケ」である。これは、先の調停案と同様のアサド政権と反政府勢力の双方への即時停戦約束の履行に加え、アサド政権と反政府勢力の双方が参加する暫定政権の樹立に関する提案を含む内容であり、米露両国ともこれを支持した。[9] ロシア側にとって、この「ジュネーブ・コミュニケ」は重要な意味を持った。それは、アサド政権と反政府グループの双方が参加する暫定政権の樹立が提案されたことと、その場合、アサド大統領の辞任が前提条件とされなかったからだ。この中でアサド辞任要求が明記されなかったのは、ロシア側の明らかな勝利だった。[10]

ロシアのラブロフ外相は次のように述べている。

「最終コミュニケで達したコンセンサスは国際社会の全てのメンバー、当会合の参加者、そしてシリアの諸勢力が平和的解決と軍事的手段での問題の解決の拒否に関する立場を統一させる上で重要な一歩になったと我々には思われる」

 その一方で、この直後から、このジュネーブ・コミュニケを巡って、米露間で新たな綱引きが始まる。ラブロフ外相は続けて次のように述べている。 「残念ながら、シリアの反政府勢力の代表の中には、ジュネーブでの決定は彼らにとって受け入れられないと表明し始めている人たちがいる。(中略)西側からの参加国の中には、その公式声明の中でこの協定を歪曲し始めている国がある」

 また、ラブロフ外相とは別に、ロシア下院外交委員会のアレクセイ・プシュコフ委員長も「シリアにおける政治的転換に関する合意がジュネーブで調印された後、(米露の間で)その解釈の違いが表面化した」と述べている。要は、ヒラリー・クリントン米国務長官は、この協定によってアサド退陣が明確になったと確信しているのに対して、この協定ではアサド退陣について一言もなく、アサド自身についてこの中で全く言及されていないというのが、モスクワの立場だというのだ。[11]

何れにせよ、米露の間で「ジュネーブ・コミュニケ」を巡るこの解釈の違いが埋まるかどうかが、この後のシリア情勢を巡る両国の立場の接近を図る指標になっていく。

●「ベンガジ・ゲート」の勃発とアル・カイダ問題の浮上

2012年7月19日、国連安保理で3回目の対シリア決議の採決が行われたが、ロシアは中国と共にこれを再び否決する。[12] この前日の7月18日、シリアのダマスカスではアサド政権の国防長官で、大統領の義弟でもあるDaoud Rajiha将軍が自爆テロで死亡した。

これに対して、国連安保理はこのテロ行為への非難は表明せず、スーザン・ライス米国連大使は、ダマスカスでのテロ行為は国連憲章第7条に従う対シリア決議の採択を加速させるのに役立つと発言していた。

同年7月25日、このライス発言に対して、ロシアのラブロフ外相は「これはテロリズムの直接的な承認である。我々はこれをどう理解すべきなのか?これは悪意のある立場だ。私はこれに対してどのような態度を示すべきか言葉が見つからない(中略)別の言い方をすれば、これは“我々は我々が望むことを国連安保理がするまで、テロ行使を支持し続ける”と言っているに等しい」と述べ、これを激しく非難した。

また、この時、ラブロフは「反政府勢力がイラクやトルコの国境ポストを支配下におさめたとの報道がある。複数の情報源によれば、国境ポストを支配下におさめたのは、自由シリア軍ではなく、アル・カイダに関係するグループである。ロシア外交官が現在、この情報の確認を行っている」と述べ、シリアでのテロ行為増加の背景に、アル・カイダの存在があることを示唆した。[13]

このように、米国とロシアが非難の応酬を繰り広げる中、同年8月2日、「ジュネーブ・コミュニケ」をまとめ上げたアナン特別代表が「軍事的暴力の拡大と、国連安全保障理事会での結束の欠如などから、仕事を効果的に行う状況が変化してしまった。安保理は(誰が悪いか)指をさしあっている。シリアの人たちに対話を始めさせることは不可能だ」と述べ、自らの辞任を表明した。[14]  

因みに、2012年9月6日には、プーチン大統領も「シリアで自分達の目標を達成する為に、アル・カイダの兵士たちを利用したいと考えている人達がいる。もしそうなら、グアンタナモを解錠して、全ての囚人たちを武装させ、戦闘の為にシリアに連れてくればいい」と述べ、米国がシリアでアル・カイダを支援していることを示唆する発言を行っている。[15]  

ところで、この直後の2012年9月11日、リビアのベンガジで米国領事館が武装勢力に襲撃され、クリストファー・スティーブン駐リビア米国大使を含む米国人4名が殺害される事件が勃発している。[16]

すると、その5日後の9月16日、ライス米国連大使がテレビ番組で、カイロで発生した暴力的な抗議行動に倣って行動しようとした「少数の人々」によって開始されたと指摘。「そして抗議行動につれて、重火器を持った過激分子が構成する個々の集団がこれをいわばハイジャックし、襲撃に発展した」と発言。つまりライス大使は、この事件は用意周到に計画されたものではなく、偶発的に発生したものであるとの見解を示した。[17] すると、その直後、リビア国民議会のマガリエフ議長が「攻撃はアル・カイダ系の武装勢力が計画したもので、(カイロでの)抗議行動が始まる前に発生していた」と正反対の発言[18] し、間もなく、後者の見解が正しいことが証明された。[19]

この当時、同年11月の大統領選挙を目前に控え、米国内は民主党と共和党が外交問題でも激しい舌戦を繰り広げていた。オバマ大統領の外交上の最大の成果がアル・カイダのオサマ・ビン・ラーディン殺害だったことから、ライス大使はベンガジでの米国領事館襲撃事件にアル・カイダが関与している事実を意図的に隠ぺいしようとしたとして、共和党陣営の激しい攻撃の対象となった。ライス国連大使は、オバマ大統領が再選された場合、既に退任意思を表明していたクリントン国務長官の後任候補の筆頭だったからだ。

後述するように、この出来事が直接の原因で、ライス国連大使は最終的に国務長官候補を自ら取り下げることになる。ここで興味深いのは、ライス国連大使といえば、マクフォール駐ロシア米国大使らと共に、オバマ政権内での所謂「人道主義的介入主義者」の筆頭であり、事実上、リビア攻撃を主導した人物。その彼女が、リビアでのアル・カイダ勢力の伸長に絡む発言(所謂「ベンガジ・ゲート」)で、国務長官ポストの断念を余儀なくされたという事実である。

前述の通り、ロシアはシリアでも反政府勢力による自爆テロ行為を事実上是認するライス大使の発言を問題視しており、実際、オバマ再選で決着した米大統領選直後の2012年11月8日付けロシア有力紙コメルサントは「ロシアは米国務長官を選んだ。モスクワにとって、ジョン・ケリーの方がスーザン・ラオスより好ましい」との見出しで、「ロシア外務省筋の一人は“彼女(ライス)が任命された場合、モスクワとワシントンとの関係はより複雑になる”と認めた。ロシア外務省ではロシアの対シリア政策に対する“モスクワの行為は不道徳であり、非難に値する。ロシアは国際社会の孤児である”とのライスの激しい発言を良く覚えている」との記事を掲載。[20] シリア情勢を巡る米露の立場の接近にとって、ライス大使の新国務長官への任命は大きな障害になるとの見方を示していた。
 
  • [1]Putin Once More Moves to Assume Top Job in Russia. New York Times. 2011/09/24.
  • [2]Military Points to Risks of a Syrian Intervention. New York Times. 2012/03/11.
  • [3]Russia and China Block U.N. Action on Crisis in Syria. New York Times. 2012/02/04.
  • [4]Saudi Arabia backs arming Syrian opposition. The Guardian. 2012/02/24. Qatar backs arming Surian rebels. Financial Times. 2012/02/27.
  • [5]Senator John McCain urges air strikes on Syria. Reuters. 2012/03/05. Obama must do something tangible for Suria. CNN. 2012/02/08. Conservatives call for Obama to intervene in Syria. The Cable. 2012/02/17,
  • [6]U.S. Defense Officials Say Obama Reviewing Military Options in Suria. New York Times. 2012/03/07.
  • [7]Military Points to Risks of a Syrian Intervention. New York Times. 2012/03/11.
  • [8]Text of Annan’s six-point peace plan for Syria. Reuters. 2012/04/04.
  • [9]Action Group for Syria, Final Communique. Council on Foreign Relations. 2012/06/30. http://www.cfr.org/syria/action-group-syria-final-communiqu/p28652
  • [10]Talks Come Up With Plan for Syria, but Not for Assad’s Exit. New York Times. 2012/06/30.
  • [11]Geneva decisions on Syria already being distorted – Lavrov. RT. 2012/07/03.
  • [12]Friction at the U.N. as Russia and China Veto Another Resolution on Syria Sanctions. New York Times. 2012/07/19.
  • [13]US position on Syria directly endorses terrorism – Lavrov. RT. 2012/07/25.
  • [14]Resigning as Envoy to Syria, Annan Casts Wide Blame. New York Times. 2012/08/02.
  • [15] “Putin suggests U.S. backing al Qaeda in Syria civil war” CBS News. 2012/09/06.
  • [16]US ambassador to Libya ‘killed in attack on Benghazi consulate’. Telegraph. 2012/09/12.
  • [17]Ambassador Rice : Benghazi attack began spontaneously. NBC Newswire. 2012/09/16.
  • [18]Libyan president : 'No doubt' attack 'preplanned’. Politico.com. 2012/09/16.
  • [19]U.S. had early indications Libya attack tied to organized militants. Reuters. 2012/10/03.
  • [20]Россия выбрала главу Госдела - Джон Керри для Москвы предпочительнее Сюзан Раис -. Коммерсантъ. 2012/11/ 8.