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シリア情勢と米露関係(3)

September 19, 2013

畔蒜 泰助 研究員

●米国によるシリアのアル・カイダのテロリスト指名と米露の急接近

同年8月に辞任したアナン特別代表の後継には、9月、ブラヒミ元国連アフガニスタン特別代表が就任した。同年11月の米大統領選挙でオバマ大統領が再任されると、ブラヒミ特別代表はシリア情勢の解決に向け、本格的な調整に着手する。

2012年12月6日、ブラヒミ特別代表、クリントン国務長官、ラブロフ外相による最初の国連-米-露の3者会談がアイルランドのダブリンで開催された。この会談後、ラブロフ外相は「我々はジュネーブ声明を如何なる共同行動の基礎とすることで合意し、これに関して、米国並びにブラヒミとコンセンサスを得た」と述べている。[1] このジュネーブ声明とは、前述の「ジュネーブ・コミュニケ」のことである。

さて、ここ注目すべきは、その前日の12月5日、米ウォールストリート・ジャーナル紙が、米財務省がシリアにおけるアル・カイダのJabhat al-Nusraを海外テロ組織と認定してこれに制裁を課す準備をしているとの記事を掲載したことである。[2] これを受け、ロシアのゲナジー・ガティロフ外務副大臣は素早く米国がJabhat al-Nusraを海外テロ組織と認定することを歓迎するとの声明を発表している。[3]

続く12月9日、今度はブラヒミ特別代表、ウィリアム・バーンズ米国務副長官、ミハイル・バクダーノフ外務副大臣兼中東特使による国連-米-露の3者会談がスイスで開催された。[4] すると、翌12月10日、米国務省は従来のシリアの反政府グループSyria National Councilに替わって11月に誕生したSyrian National Coalitionを正式に承認する[5] と共に、イラクのアル・カイダとの関係を有するとして、シリアのJabhat al-Nusraを海外テロ組織のリストに正式に載せたのだ。この際、米国務省が発表した声明には「Jabhat al-Nusraは自らを正真正銘のシリアの反政府グループの一部として演じようとしているが、その実態は、自らの悪意に満ちた目的の為に、シリアの人々の闘争をハイジャックしようというイラクのアル・カイダの企てである」と記されている。[6]

すると、その3日後の12月13日、ロシアのミハイル・バクダーノフ外務副大臣兼中東特使が「残念ながら、シリアの反政府勢力が勝利する可能性は排除できない。我々は事実を直視しなければならない。現在のトレンドはシリアの現体制並びに現政府は益々支配権と領土を失いつつあることを示唆している」と発言。ロシア政府高官として、初めてアサド政権崩壊の可能性に言及したのだ。

但し、彼は次のようにも付け加えている。「アサド氏並びに彼の政府が倒れることは、内戦の終焉を意味しないだろう。この内戦は、国内外からのスンニ派 対 少数派のアラウィー派とクリスト教徒という宗派間の闘いの様相が強まっている。もし、大統領を打倒する為の対価を受け入れるというなら、我々は何が出来るだろう? 勿論、我々はこれを全く受け入れ可能とは考えていない」と。

一方、ワシントンの米政府高官達も次のように述べている。「アサド氏が倒れることが必ずしもシリアの内戦並びに宗派戦争の終わりを意味しない。その後は、アラウィー派とキリスト教徒による飛び地がレバノン近くに出来て、これをアサド政権の残党が防御するという分裂シリアの可能性を指摘するものもいれば、そのような飛び地の存在は、更なる不安定化への道となりかねない」と。[7]

これら米露両政府の高官の一連の発言は何を意味するのだろうか? ロシアはアサド政権に対して、米国は反政府勢力のSyria National Coalitionに対して、一定の圧力を掛けることで、双方の対話を通じた暫定政府の樹立によるシリア内政の終結を導こうとのコンセンサスが、米露間に出来上がりつつあることの証左ではないか?

このシリア情勢を巡る米露の急接近に向けた大きなターニングポイントは、2012年12月10日、オバマ米政権がシリアにおけるアル・カイダの存在を正式に認めたことだと見る。とすれば、上記発言をした米政府高官とは、その前日の12月9日、ブラヒミ、バクダーノフと共に、国連-米-露の三者会談に参加したウィリアム・バーンズ国務副長官の可能性が高い。

因みに、上記のバクダーノフ発言が行われた2012年12月13日、スーザン・ライス米国連大使が、第一期オバマ政権終了と共に、退任することを明言しているヒラリー・クリントン国務長官の後任候補から、自らの名前を取り下げる意向を、オバマ大統領宛ての手紙で伝達した。[8] ライスの次期国務長官への指名の可能性は、前述の所謂「ベンガジ・ゲート」の勃発以降、大きく低下していたが、このタイミングでの発表というのは、偶然にしても非常に興味深い。

ところで、2012年12月20日、プーチン大統領も「我々はシリアのアサド政権の命運については関心がない」と述べ、初めてアサド大統領との距離を置く発言を公式に行っている。すると、その翌日の12月21日付けの米ニューヨーク・タイムズ紙に “To Save Syria, We Need Russia(シリアを救う為には、我々はロシアを必要としている)”という題名の注目すべきOp-Ed記事が掲載された。記事の寄稿主は、ライス国連大使と共に、米国における「人道的介入主義者」の筆頭であるマクフォール駐露米国大使批判の急先鋒であり、リビア空爆の端を発したプーチンとメドベージェフの対立の経緯に関して貴重な証言を行った米シンクタンクCenter for National Interestのドミトリー・サイムス代表とポール・サンダース所長だ。

彼らはこの記事の中で「アサド政府の崩壊はシリアの問題の終焉を意味しない。問題なのはいつアサドが権力を失うかだけではなく、どのようにそうなるかが重要である。(中略)イラクのような治安の空白やアフガニスタンのようなテロリストの天国を生むことを避けることが、アサド後のシリアにおける米国の主要な目標の一つであるべきだ。(中略)アサドを退陣させ安定的なシリアの為の基礎工事の為には、現政府メンバーの一部と反政府勢力の一部が、少なくとも暫定的には現政府の機能を維持させ、アサドの支援してきたアラウィー派やその他のグループを保護するというディールが不可欠である。ロシアはこのプロセスを支援する可能性が高い」との見解を述べている。[9]

すると、2012年12月28日、ロシアのバクダーノフ外務副大臣はロシアがシリアの反政府グループSyria National CoalitionのAhmed Moaz al-Khatib代表に正式に会談を申し入れたと発表した。[10] また同日、ラブロフ外相も「シリア指導部に対して、反政府グループとの対話を行うように促している」との発言を行っている。[11]

これを受けて、2013年1月30日、Syria National CoalitionのAhmed Moaz al-Khatib代表は一定の条件の下、アサド政権と対話を行う意向があると表明。同年2月2日には、同代表とロシアのラブロフ外相が初めて会談を行っている。

●結論

このように、2012年12月の米国によるシリアのアル・カイダのテロリスト指定を大きな転換点として、米露がシリア情勢のソフトランディングに向け、協力のプロセスニ入ったと見る。それは、また米オバマ政権内で「人道的介入主義者」の筆頭であるスーザン・ライス国連大使が、リビアのアル・カイダを巡る発言(「ベンガジ・ゲート」)の結果、次期国務長官候補を辞退するタイミングともピタリと符合する。また、それと全く同じタイミングで、ライス国連大使と共に「人道的介入主義者」の筆頭であるマイケル・マクフォール駐露米国大使批判の急先鋒である米シンクタンクCenter for National Interestのドミトリー・サイムス代表がシリア情勢のソフトランディングに向けた米露協調の必要性を論じるOp-Ed記事が米ニューヨーク・タイムズ紙に掲載されたのも偶然とは思えない。

とすれば、冒頭で提示した「もし、オバマ政権内でシリアにおけるアル・カイダの勢力拡大への懸念が強まり、一方、リビアへの軍事介入を主導した“人道的介入主義者”の影響力が弱まれば、シリア問題を巡り、米露がお互い歩み寄る形で協力する局面が出てくる」との仮説は十分立証されたといえるのではないか。

勿論、このプロセスはまだ始まったばかりであり、今後とも紆余曲折があるだろうし、必ず成功する保証はないが、少なくとも大きなターニングポイントを迎えていることだけは間違いない。(了)


  • [1]Lavrov : Moscow, Washington and Brahimi Agree on Adopting Geneva Statement as Basis for Any Move. Syriaonline. 2012/12/07.
  • [2]U.S. Tries to Isolate Suria’s Militant Islamists. WSJ. 2012/12/05.
  • [3]Russia Welcomes US Designation of Jabhat al-Nusra in Syria as Terrorist Organization. Sana-Syria. 2012/12/06.
  • [4]Brahimi holds “constructive” talks on Syria. Aljazeera. 2012/12/09.
  • [5]Obama : US recognize Suria’s Main Rebel Group. AP. 2012/12/11.
  • [6]US Lists Surian Al-Qaeda Linked Group as Foreign Terro Organization. WSJ. 2012/12/11.
  • [7]“Russia Offers a Dark View of Assad’s Chances for Survival”, 2012/12/13..
  • [8]Rice abandons bid for State Department. THE HILL. 2013/12/13.
  • [9]To Save Syria, We Need Russia. New York Times. 2012/12/21.
  • [10]Russia Invites Syrian National Coalition Chief for Talks. RIA Novosti. 2012/12/28.
  • [11]Russia “actively” persuading Assad regime to talk to opposition : Lavrov. Al Arabiya. 2012/12/28.
    • 畔蒜泰助
    • 元東京財団政策研究所研究員
    • 畔蒜 泰助
    • 畔蒜 泰助
    研究分野・主な関心領域
    • ロシア外交
    • ロシア国内政治
    • 日露関係
    • ユーラシア地政学

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