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レポート
日付
2014/2/4

安倍首相の靖国参拝に対する中国側反応における深層

[特別投稿]川中敬一氏/東京財団上席アソシエイト 

 安倍首相が、2013年12月26日に靖国神社参拝を行ったことに対して、当然のごとく中国や韓国は、猛然と反発姿勢を鮮明にした。中国においては、国務院に代表される政府は、連日のように参拝をメディア上において非難している。拙稿においては、中国側が今回の参拝をいかに捉え、その背景にある深層について考察を加えてみる。

中国政府の靖国参拝への反応

 2013年12月26日午前、安倍首相が靖国神社を参拝すると、同日の午後には外交部長である王(おう)毅(き)が抗議声明を発し、また、中国外交部報道局長である秦剛も参拝を非難した。

 王毅は、靖国神社とは、「かつての日本軍国主義による対外的侵略戦争発動の精神的道具でありシンボル」との中国側の原則的捉え方を明らかにした。同時に彼は、昨今の日中関係が、ボトムラインにあるとの認識を示した。そのうえで、「日本側が日中関係のボトムラインに引き続き挑戦し、両国関係の緊張対立を不断に強める下心があるならば、中国側は徹底してお付き合いする」との意志を明言した。(*1)  

 秦剛は、「昨年以来、日本側が尖閣諸島問題において“島嶼購入”なる茶番をでっち上げたことにより、日中関係は厳しい困難に直面し続けて」おり、「最近とみに、日本側は軍事領域において下心をもって、いわゆる“中国脅威”を煽り立てて、中国の安全利益を損ねている」と述べた。(*2)  

 王毅の発言では、安倍政権の対中強硬姿勢に対抗する意志を表明していることは明らかである。また、秦剛の発言から、安倍首相の靖国参拝は、中国韓国等隣国との島嶼紛争における強硬な態度、国家安全保障戦略等安保3文書の推動、防衛予算の増加、軍備の拡張等(*3)の一連の領有権および軍事分野における摩擦と不信感とを決定付けたことを意味していると解釈できる。

 12月28日、中国国務委員(副首相級)である楊??(ようけっち)が安倍首相の靖国参拝を非難する談話を発表した。彼は談話の中で、「我々は安倍がいかなる幻想をも打ち消し、古きを棄て新しくなることを懇請し、さもなければ必ずやアジアの隣国と国際社会の信用をより失い、歴史舞台における決定的な失敗者となるであろう。」(*4)と強く安倍首相を非難した。

 12月30日の外交部定例記者会見では、秦剛報道局長が、安倍首相の靖国参拝を評して、「いわゆる対中関係の重視と発展、中国指導者との対話希望の虚偽性があますところなくさらけ出された。事実上、安倍は中国指導者との対話のドアを自ら閉めたのであるから、中国人民は彼を歓迎することはない」し、「中国の指導者も彼に面会することは有り得ない」と述べた。(*5)

 この日の秦剛の発言は、「対話のドアは常にオープンだ」とする発言とは裏腹に、露骨な中国包囲網形勢努力をしながら中国側が受容困難な条件を課す安倍政権への焦燥感が、首相の靖国参拝によって頂点に達したことを伺わせる。結果、中国政府は、少なくとも外交上、日本側との対決姿勢に転ずる意志を強くしたとものと推察される。

 ただし、民間交流を含めた日中交流を中国側は全面的に停止するのか、という記者の質問に対して、秦剛は、「我々は日本国内に良知良能があり、平和を愛し、友好を重んずる人が多くいることを信じている。我々は彼らと一緒に“歴史をもって教訓とし、未来に向かう”という精神に基づいて、日中4つの政治文書(*6)の基礎の上に歴史的正義と両国関係の大局を共同して維持擁護することを望んでいる」と付け加えた。  もっとも、日中関係の政治的交流再開の条件は、日本側が到底承服できないほど厳しいものがある。12月27日付『解放軍報』では、「もしも安倍が本心から日本政府を代表して侵略の罪に対して懺悔を行うならば、南京大虐殺記念館を直接訪れ、ドイツ前首相ブラントのように跪いて謝罪するべきだ」(*7)との条件を提示した。これは、俗な表現をするならば、無理難題の類と表現すべきであろう。

 斯様に、安倍首相の靖国参拝という行為は、中国政府の両国関係修復への意欲を大いに削ぎ、対決姿勢に転じさせる大きな契機を提供したことは事実と指摘できるのである。

人民解放軍の靖国参拝への反応

 上述した中国政府の対日強硬姿勢への転換に関連して、人民解放軍は事態をどのように認識しているのであろうか。

 1月2日付『解放軍報』論評では、「昨年1年間、外交において安倍は少なからぬ“内傷”を押さえ込んできた。たとえば日露“2+2”会談のみならず、日本とASEAN特別サミット、島嶼紛争問題のみならず、防空識別圏問題において、その主張と要求は強力な抵抗には遭わずとも、“冷たい処理”に遭ってきた。」(*8)と論述された。

 この論述は、解放軍においても、安倍政権が中国との政治的摩擦において強硬であるのみならず、中国封じ込めとも受け止められる外交活動を展開していることへの焦燥感が存在していることを示しているといえよう。

 翌1月3日『解放軍報』では、解放軍が、日本の防衛政策はどれも周辺国の軍事力に対抗する姿勢を表している(*9)と受け止めていることを明らかにしている。

 特に、解放軍は、日本が公表した『平成26年度以降に係る防衛計画の大綱について』にある「世界の平和と安定及び繁栄の確保に、これまで以上に積極的に寄与していく。」(*10)との一文に注目している。彼らは、この“大綱”の一文を「自衛隊は対内的に国家の安全を確保し、対外的には安全保障環境を塑造する武装力として、“海外参与”がその主要機能となるであろう」(*11)と理解したのである。

 こうした解放軍の懸念が意味するところは、「安倍が間違えた道をより遠くまで歩いている時、日本国内の反対勢力は日増しに縁へ追いやられ、安倍の間違えた行為への牽制が欠如すること」(*12)である点なのであろう。換言するならば、解放軍としては、このまま安倍政権の対中強硬姿勢を日本国内で抑制することができなくなると、ボトム・ラインがレッド・ラインへと変質することを最も危惧しているとも理解できるのである。  

靖国参拝に対する中国の反応における二層構造

 今回の安倍首相の靖国参拝に対する中国側の反応には、2つの異なった次元の側面が存在していると見受けられる。

 1つは情感的側面であり、他の1つは実利的側面である。

 そもそも、1979年4月、靖国神社へのA級戦犯合祀が公になって以降、1985年8月までの期間、3人の日本首相が21回にわたり参拝しても、中国は公式な反応を示すことはなかった。ところが、1985年以降になると、靖国神社を政治問題として扱うようになった。

 拙稿では、ある時期から突然、中国が本問題を政治的に捉えるようになった原因には触れない。ただ、85年までと、それ以降との中国の対応の矛盾は、靖国神社に対する中国側の実利的思惑が潜在していると見ることを可能にする。

 他方、中国側が靖国神社を政治的問題へと転換して以降の30年近い時間の経過は、靖国神社が中国人にとり、「日本軍国主義による中国侵略の精神的シンボル」となり、情感の次元で捉えられる次元へと変質せしめたと推察できる。ようするに、靖国神社問題は、もはや数回の話し合いで決着できる性格ではなくなっているのである。

 さりとて、上述してきたように、安倍首相参拝に至るまでの両国間における尖閣諸島領有問題、東シナ海境界問題、防空識別圏問題に関わる両国政府の軋轢という流れの上に今回の問題は定位していることも明らかである。このような複合的で多面的な両者の情感的嫌悪感と実利的不信感との蓄積に靖国参拝が点火の役割を果たしたといえるのである。

当面の中国の対日対抗策とは

 昨今の情勢下で、中国による対日対抗策は、日本はもとより外部世界にとっても関心が高い問題であろう。 ポイントは、安倍首相個人と政権に対して打撃を加えることに重点が指向されよう。具体的には、多角的で積極的、かつ、巧妙なネガティヴ・キャンペーンが展開されるであろう。また、「アベノミクス」への打撃と、いわゆる「デモクラティック・セキュリティ・ダイヤモンド」なる外交構想の瓦解に中国の努力は傾注されることが強く予想される。

 後者に関しては、昨年11月5日から13日に実施された中印合同軍事訓練によって、インドというダイヤモンドの一角の動揺は始まっている(*13)。また、TPP等の国際貿易政策と活動への関与による米・豪と連携した複合的対日攻勢を強化することも念頭に置く必要があろう。時期的には、春節が終わる本年2月第3週から本格化されるかもしれない。

 もっとも、日中間の相互貿易依存度は、日本側が第1位であり、中国側も第2位である(*14)ことに変わりがない。また、解放軍の究極的目標が“覇権主義”との戦争における勝利である(*15)こともまた変化がない。

 こうした全体的な日中関係の構造からすると、軍事力を含む法執行機関を主体とした恫喝ないし示威以上の行動を中国が採用することもまた難しい。そうであるならば、日本側としては、日中双方で法執行機関や軍事力というハード・クラッシュ回避の実務的で実利的な当面の方策を模索し、合意に向けた努力をする必要があるのかもしれない。

 今回の安倍首相靖国参拝を直接的契機とした両国間の政治的断絶状態は、しばらくは継続される覚悟が必要であろう。ただし、喫緊の偶発的な物理的衝突回避のためにも、また、将来における中国側との真の「戦略的互恵関係」構築のためにも、中国の心情・理念・思考・利益・戦略といった問題を歴史に基づく長期的視野で理解し整理する実効的な機能を日本は早急に構築する必要があるのかもしれない。

                (了)
 
  • (*1)「王毅召見日本駐華大使就日本首相安倍晋三参拝靖国神社提出強烈抗議」『中華人民共和国外交部HP』2013年12月26日。 http://www.mfa.gov.cn/mfa_chn/zyxw_602251/t112220.shtml
  • (*2)「外交部発言人秦剛就日本首相安倍晋三参拝靖国神社発表談話」『中華人民共和国外交部HP』2013年12月26日。 http://www.mfa.gov.cn/mfa_chn/zyxw_602251/t1112078.shtml
  • (*3)「安倍掲去偽和平面具」『解放軍報』2013年12月29日。
  • (*4)「楊??就安倍参拝靖国神社発表談話」『中華人民共和国外交部HP』2013年12月28日。 http://www.mfa.gov.cn/mfa_chn/zyxw_602251/t1112078.shtml
  • (*5)「2013年12月30日外交部発言人秦剛主持例行記者会」『中華人民共和国外交部HP』2013年12月30日。 http://www.mfa.gov.cn/mfa_chn/fyrbt_602251/t1112727.shtml
  • (*6)「日中共同声明(1972年)」、「日中平和友好条約(1978年)」、「日中共同宣言(1998年)」および「日中共同声明(1998年)」を指す。(「ことば:日中関係四つの政治文書」『毎日新聞』2013年2月11日。
  • (*7)「安倍『拝鬼』令人憤慨」『解放軍報』2013年12月27日。
  • (*8)「『安倍之戦』注定失敗」『解放軍報』2014年1月2日。
  • (*9)「外軍軍事転型漸入高潮 - 日本“軍事正常化”脚歩正在加速」『解放軍報』2014年1月3日。
  • (*10)「平成26年度以降に係る防衛計画の大綱について」『防衛省HP』 http://www.mod.go.jp/j/approach/guideline/2014/pdf
  • (*11)「外軍軍事転型漸入高潮 - 日本“軍事正常化”脚歩正在加速」『解放軍報』2014年1月3日。
  • (*12)「2014,中国周辺形勢六大看点-日本 推動修憲,擺脱戦後体制束縛」『解放軍報』2014年1月6日。
  • (*13)2013年11月5~13日、四川省において“携手-2013”と呼称される中印陸軍連合対テロ訓練が実施された。“携手”訓練は2007年から3回実施されている。この期間中の11月11日には、中国空軍とインドネシア陸軍との空挺兵を含めた連合対テロ訓練も実施されている。(「“携手-2013”中印陸軍反恐聯合訓練今日開始」『解放軍報』2013年11月6日。「中国和印尼空降兵挙行聯合反恐訓練」『解放軍報』2013年11月12日。「切磋交流反恐技能」『解放軍報』2013年11月13日。「跨越喜馬拉雅的第三次“携手”」『解放軍報』2013年11月14日。等)
  • (*14)中華人民共和国国家統計局『中国統計年鑑2012』(中国統計出版社、2012年)242~245頁。
  • (*15)川中敬一「中国の大規模海上演習実施と防空識別圏設定から考える思想上の問題点」『東京財団 ユーラシアネットワーク』2013年12月10日。 http://www.tkfd.or.jp/eurasia/china/report.php?id=412 川中敬一「中国の対ASEAN活動と基盤的戦略思想」『東京財団 ユーラシアネットワーク』2013年10月28日。 http://www.tkfd.or.jp/eurasia/china/report.php?id=408
  • (*16)仮に、日中国交正常化交渉の過程で、尖閣諸島領有権問題の“棚上げ”に合意があったとしても、中国政府は、1992年2月26日公布の「中華人民共和国領海および接続海域に関する法律」によって、突如として尖閣諸島を自国領土として明記した行為は、“棚卸”先行といえる。