ベトナムの対中攻勢は積極か消極か | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

東京財団政策研究所

詳細検索

東京財団政策研究所

ベトナムの対中攻勢は積極か消極か

June 25, 2014

[特別投稿]小高泰氏/拓殖大学言語文化研究所講師

1.衝突現場の様態

5月3日に中国が設置した掘削施設「海洋981」の西沙群島海域では、中越両国艦船による睨み合いと衝突が常態化している。ベトナムのマスコミ各紙は、現場海域に出現する中国艦船の規模を頻繁に報じている。それら報道によれば、最近の両国の動員艦船比率は、ベトナムが約60隻に対して中国は最大140隻程度である。中国側の内訳は、漁船が約60、公船(海監、海警等)約40、輸送船及びクレーン船等約30、海軍艦艇戦艦(高速巡視艇、高速ミサイル艇等)が4~5隻、さらには航空機が数機飛来してベトナム船を上空から威圧するという(1)。

また、上記船団は「海洋981」を三重に囲み、ベトナム船の接近を阻んでいる。具体的には、掘削施設から1.5~2海里リ地点に約8隻が、2~4カイリ地点に最大15隻あまりが、そして4~10カイリ地点に最大40隻程度が点在している。そればかりではなく、約40隻の漁船が2隻の戦艦に護衛されながら周辺を移動し、接近するベトナム船を阻む(2)。ベトナム側は海上警察や漁業検査船を派遣、連日掘削施設から約10カイリ地点付近へ「出撃」を試みるが、あくまで「平和的手段」によって中国側に退去を求めるのみである。他方、中国の公船などからの執拗な追尾と衝突、放水、はてはハンマーなどの固形物を投げ込まれている、とその被害状況も伝えている。現時点で、反撃はしない立場を貫くベトナム側船舶の損傷は拡大しており、現地でのこう着状態は長期化の様相を見せている。

2.「対中攻勢」の本質

ベトナム共産党及び政府のこれまでの対中政策を一言で表すならば、「隠忍自重」であった。彼らは良好な中越関係の維持、継続を目指すべく、かつ、中国を刺激しないために、ひたすら国民にすら知られないように自制に徹してきた。例えば、2007年及び2013年にハノイやホーチミン市で発生した一部国民による自発的な対中抗議デモを規制した(ただし2013年は一時的容認後に規制した)。1978年のカンボジア進攻(中国に支援されたポル・ポト勢力への攻撃)や1979年の中越戦争は史実を公開させず、中越戦争も「祖国防衛戦争」と置き換えて曖昧化した。また、不法滞在化した大量の中国人労働者問題を取り上げたマスコミに対して、「不法滞在」ではなく刺激の少ない「不許可労働者」という表現を用いさせた。

このように、対中関係に過敏なまでの配慮をベトナムは行ってきたわけだが、今回は「中国艦船に体当たりされるベトナム船」の映像を国内外に公開する手段に打って出た。ただし、ベトナム側の抵抗は放水の応酬程度に留められたが、それは国際社会にひたすら「隠忍自重する姿」を訴えるためでもあった。むろん、ベトナム側も艦船を現場海域に動員したが、それは自国の主権を主張する正当性をはっきりと中国に示すものであった。ベトナムの政策は功を奏し、日・米をはじめとする諸外国の支援を獲得した。政府の対応ぶりの変化に呼応するように、国民の対中警戒心も一層高揚した。

3.対応が二分した首相と国防相の演説

時を同じくして、5月9日、ミャンマーでは第24回アセアン首脳会議が、また、31日にはシンガポールでアジア安全保障会議(通称シャングリラ会議)が開催された。各々の会議ではベトナムのグエン・タン・ズン首相とファム・クアン・タイン国防相が演説を行ったが、そこでは両者の対中姿勢のトーンに明らかな差異が認められた。すなわち、ズン首相が中国の一連の行動を具体的な表現で非難し、掘削施設の即時撤去を「要求」したのに対して、国防相は極めて慎重な言い回しに徹し、中国に自制を「要請」したのである。

アセアン会議で演説したズン首相は、冒頭から南シナ海の平和と安全が脅威にさらされている、と前置きしたうえで、アセアンの一国であるベトナムが権利を有する海域での掘削施設の設置とベトナム船への攻撃などの事例を具体的に言及し、中国の不当行為を強く非難した。一方で、ベトナムは必死に自制に徹していることを強調して国際社会の理解を求めた(3)。

他方、シャングリラ演説でのタイン国防相は、冒頭から紛争予防における大国の果たす役割とその責任、そして信頼醸成の必要性を説くなど一般論に多くが費やされた。その中に、中国を名指しする厳しい文言は見当たらなかった。そして、各国間の不協和音を家族内での揉め事と同列に扱ったうえで、隣国同士ならば、紛争の発生はなかば当然の事であるからこそ、努めて冷静に対処することが肝要と述べた。そして、軍隊は自らの行動をしっかりと監督し、一触即発の事態が生じないようにすべきであるとの立場を明確に打ち出したのである(4)。

ズン首相の発言がおおむね国民世論に支持されたことは、フェイスブックなどのソーシャルネットワーク上からも見てとることができる。さらに、規制がかかる反中抗議デモが容認されたことや、国内マスコミに対する現場報道の自由が確保されたこと、諸外国からの理解を得られたこと等が、それまで明確な対中姿勢を見せることがなかったズン首相(政府)の評価を相対的に押し上げた。

他方、タイン国防相の発言趣旨は、ヴー・チエン・タン同省対外局長(少将)の発言によって補強された。タン対外局長は、第8回ADMMプラスにおけるタイン国防相の発言を引用しつつ、「中国の違法行為対する党・政府の姿勢とは、友好・協力関係を維持しながら、平和的手段で主権の防衛を図ることである」とベトナムの立場を繰り返した(5)。こうしたタイン国防相の姿勢が一部国民を苛立たせたことは、フェイスブックなどの反応にも現れている。おりしも、工業団地に侵入した暴徒による破壊や略奪、殺人事件の発生によって対中抗議デモは再び禁止されていた。国民は頂点に達したといえるほど高揚した対中警戒心の発信拠点を失い、その拠所を国家指導者たちの動向に求めていた。事案が勃発してからほぼ2カ月もの間、政府と国民の関係がこれほどまでに揺れたことは最近のベトナムにおいてほとんどなかったといえよう。

4.沈黙を守る共産党

しかし、首相であれ国防相であれ、指導者の発言はすべて共産党政治局の意向に基づいたものであることに変わりはない。そうした中で、肝心の党の対中姿勢は明示されておらず、政府のみが「対中強硬発言」を行っているのみにすぎない。国防相の慎重発言に対する失望感は、翻せば、そこに何らかの国民の期待が寄せられていたことを示すものだ。しかし、軍の基本的なスタンスとは、ベトナムが国際法に依拠しつつ平和的な手段によってのみ事態は解決されるべきであり、軍は決して軍事行動を取らないとする「党・政府」の意志を追認したものにすぎない。ゆえに、5月以降のベトナム政府の姿勢はそれまでの「自制」から比べれば「攻勢」には違いないが、あくまで「積極的」ではなく「消極的」攻勢とみるほうが妥当であろう。

5.中国の新たな圧力

6月18日、中国の楊潔チ国務委員が訪越し、越中二国間協力指導委員会委員長会談が開催された。同委員会は、両国関係を全面的に発展させると同時に、懸案事項を協議する場として2006年に設立されたものである。すでに第6回委員会が2013年に開催されており、委員長会談は次回の第7回委員会をつなぐ調整の役割を果たしている。しかし、今次委員長会談が掘削施設敷設の最中に開催されるのは決して偶然ではないだろう。現地報道では、穏やかな表情の楊潔チ氏と対照的に、中国に強硬な態度を示すべく硬直した面持ちで握手するベトナム側委員長ファム・ビン・ミン副首相(外相)の姿が映し出された。

緊張状態が続く状況下の中国高官の訪問に、ベトナム側は中国側の譲歩姿勢を期待した可能性はある。しかし、会談の模様は型通りの報道しかなされず、その後に続いたベトナム首相や党書記長との会談においても両者が歩み寄るような進展は得られなかった。現時点ではほとんど明らかにされていないが、今次会談では中国は自らの頑なな姿勢を崩さず、ベトナムに大局的な観点で両国関係に臨むよう主張したという(6)。ハノイ国家大学のブー・ミン・ザン教授は「中国は誠意や平和的態度を見せないばかりか、あまつさえ強硬でかつ誤った考えを再び主張した」として、中国の覇権主義的態度は変わっていない批判した(7)。会談に関する情報が乏しいためなのか、今次会談に関する中国国内報道を引用する現地紙も出現したが、それらは一様に「ベトナム人の感情を逆なでするように中国に利する報道ばかり」であると報じた(8)。楊潔チの訪越がベトナムにとって実りあるものでなかったことは、中国船によるベトナム船への攻撃が相変わらず止まなかったことでも証明された。

6.今後の動向

ベトナムは、一国のみでは中国と対峙できないことを深く認識している。ゆえに、過敏なまでの自制を続け、二国間関係を促進させ、かつ、国際的スキームを活用して中国を取り込む努力を払ってきた。そうした中で、今回の西沙群島海域問題が発生してしまった。加えて、現在「海洋981」以外の第二の掘削施設「南海9」がトンキン湾に向かって移動中だとする情報が現地を飛び交っていることから、ベトナム側は一層警戒心を募らせている(9)。

このように中国の圧力は衰えることなく強化されつつあり、あまつさえ、掘削設備がさらに増える可能性もある。今後、中国の強硬姿勢に変化がみらず、かつ、(アメリカなどの)他国の強力な支援も得られない場合、ベトナムの「消極的攻勢」は継続が困難になるかもしれない。そして、ベトナムが1979年の中越戦争のような決定的衝突を回避しようとするならば、ベトナムのとるべき選択肢は一層狭められる。それはすなわち、国民とのかい離を一層拡大させることを承知で、旧来の対中「自制」に逆戻りして中国に譲歩するための妥結策を求めることを意味する。現在、ベトナムが置かれている状況は、それほどまでに逼迫しているのである。

[注]

  • (1) http://vnexpress.net/tin-tuc/thoi-su/chien-thuat-dung-tau-ca-bao-ve-gian-khoan-cua-trung-quoc-3001622.html
  • (2) http://vnexpress.net/tin-tuc/thoi-su/trung-quoc-dieu-them-tau-chien-den-gian-khoan-3002135.html
  • (3) http://baodientu.chinhphu.vn/Cac-bai-phat-bieu-cua-Thu-tuong/Toan-van-phat-bieu-cua-Thu-tuong-Nguyen-Tan-Dung-tai-Hoi-nghi-Cap-cao-ASEAN-lan-thu-24/199020.vgp
  • (4) http://vnexpress.net/tin-tuc/the-gioi/tu-lieu/phat-bieu-cua-bo-truong-quoc-phong-viet-nam-tai-shangri-la-2998454.html
  • (5)??i ngo?i qu?c ph?ng g?p ph?n gi? v?ng ??c l?p, ch? quy?n, th?ng nh?t v? to?n v?n l?nh th?, 27/05/2014, B?o ?i?n t? B? Qu?c Ph?ng(baodientu.bqp.vn).
  • (6) http://tuoitre.vn/Chinh-tri-Xa-hoi/613711/dan-ung-ho%C2%A0neu-quoc-hoi-ra-tuyen-bo-ve-bien-dong-%C2%A0.html
  • (7) http://laodong.com.vn/chinh-tri/chuyen-sang-viet-nam-cua-uy-vien-quoc-vu-trung-quoc-duong-khiet-tri-trung-quoc-chua-co-bat-cu-thien-chi-nao-217595.bld
  • (8) http://giaoduc.net.vn/Giao-duc-Quoc-phong/Bao-Trung-Quoc-noi-gi-ve-chuyen-di-Viet-Nam-cua-ong-Duong-Khiet-Tri-post146237.gd
  • (9) http://vnexpress.net/tin-tuc/thoi-su/canh-sat-bien-chuan-bi-phuong-an-doi-pho-gian-khoan-nam-hai-9-3006931.html
    • 拓殖大学言語文化研究所講師
    • 小高 泰
    • 小高 泰

注目コンテンツ

0%

INQUIRIES

お問合せ

取材のお申込みやお問合せは
こちらのフォームより送信してください。

お問合せフォーム