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レポート
日付
2014/8/19

中国「真珠の首飾り」戦略と日本、インド(3)

[特別投稿]竹内幸史氏/東京財団アソシエイト

 インド洋には小さな島国が多い。その中でも、リゾート地で知られるモルディヴ共和国は総面積が淡路島の半分、人口は約40万に過ぎない。その小国が、国際社会の注目を集めている。インド洋のシーレーンの要衝にあるからだ。米国と中国が海洋安全保障の協力を強化しようと秋波を送っており、これにインドが刺激され、競争する図式となっている。

「中国が潜水艦基地を構想」との報道も

モルディヴが国際的なニュースの話題になるのは、つい数年前まではもっぱら災害や地球環境問題についてだった。その国に最近、積極的なアプローチをかけているのは、何と言っても、中国だ。

2011年11月に首都マレの中心街に大使館を開設し、今年初めからビザの発給サービスも始めた。大使館は10階建てだが、マレでは最大の建物のひとつだ。モルディヴには南アジアの「隣国」であるインド、パキスタン、スリランカ、バングラデシュが大使館を設けているが、「域外国」である日本や米国、他の主要国はスリランカにある大使館がモルディヴを管轄している。しかも、中国が大使館を開いたタイミングは、モルディブで南アジア地域協力連合(SARRC)首脳会議が開かれる2日前のことであり、南アジアに中国の存在感を示す結果になった。中国はこの時、モルディヴに対する5億ドルの借款も発表した。実にモルディヴのGDPの2割にあたる金額だった。

中国はモルディヴとの間で1972年に国交を樹立し、緊密な外交関係を維持してきた。朱鎔基首相(2001年)、銭其?副首相(1994年)、呉儀副首相(2004年)ら政府の最高幹部のほか、人民解放軍総参謀長、全国政治協商会議の主席などがマレを訪問した。中国政府の旅行促進策と中国東方航空のマレ便就航で、中国からモルディヴへの訪問者は2010年から急増し、昨年は33万人以上に達し、国別の訪問者数として最大になった。

経済協力も拡大し、中国はモルディヴの外務省庁舎や国立博物館を建設支援したほか、インフラ建設事業にも協力を進めている。モルディヴでは、?特別経済区の建設、?マレ国際空港の拡大整備、?マレ近郊の人工島の拡張工事、?港湾の近代化、?石油ガスの採掘を「5大メガプロジェクト」と呼び、外国投資を求めており、中国はこれらに協力姿勢を示している。

こうした協力の最前線に立つ王福康・駐モルディヴ大使は7月中旬、新華社の取材に対し、「中国はモルディヴの海事関係者の訓練に協力する準備があるし、海洋調査、漁業など海に関わる協力を強化したいと考えている」、「モルディヴはインド洋の中心に位置し、東西交易の理想的なハブである」と話していた。(*1)

だが、海をめぐる中国の思惑はそれだけでない、との観測は尽きない。マレの南にあるマラオ環礁に中国の潜水艦を寄港させる基地建設の構想がある、との報道が何度も繰り返されている。そこには、中国の「真珠の首飾り」戦略がモルディヴに及ぶという警戒心が働いている。盛んに報道しているのはインド紙だということを考えると、インド政府が情報をリークし、モルディヴ政府に圧力をかけ、早いうちに火を消そうとしている可能性もある。

米国とは地位協定の協議

今年4月中旬、モルディヴのアブドッラ・ヤーミン・アブドゥル・ガユーム大統領が初の公式訪問で来日した際、話を聞く機会があった。ヤーミン大統領は、2008年まで30年にわたって開発独裁体制を敷いたマウムーン・アブドゥル・ガユーム第2代大統領の弟で、2013年に選出された。

東京での記者会見で、大統領は真っ先に「日本の援助で築いた防潮壁のおかげで、インド洋大地震・津波にもマレは大きな被害を免れた」と、日本の貢献を高く評価した。その後、中国についての質問が相次いだのに対し、大統領は「中国は政治的にも、経済的にもグローバル・パワーである。わが国は商業的分野で常に中国の支援を受けている。メガプロジェクトにも日本とともに中国の投資を期待している」と語った。 その一方、日本と中国の東シナ海での摩擦を念頭に置きながら、「私たちは問題が起きた場合、信奉する国連のもとで常に平和的解決を心がけている。中国も紛争があれば、平和裏に解決することを願っている」と述べた。

さらに、中国の潜水艦基地の報道について大統領に尋ねてみた。すると、「中国についても、他の超大国についても、そんな可能性はない」と、きっぱり否定した。 その後、大統領は問わず語りで米国にも言及し、「米国との地位協定(SOFA)には調印しなかった。何もコミットしていない」と述べた。これは、モルディヴが米国との間で米軍に関する地位協定の協議を進めていたことについて、述べたものだった。

昨年、地位協定の草案がネットメディアに暴露され、協議を進めていたことが明らかになった。報道によると、米国はモルディヴ最南端にあるアッドゥ環礁で艦船や航空機の給油、整備、人員の訓練、通信などを行うため、モルディヴの領空、領海、設備を使用するという内容だ。(*2) ちなみにアッドゥ環礁は、かつて第二次世界大戦中に英国軍が日本軍のインド洋進攻に対抗するため、秘密の海軍基地と滑走路を建設した場所である。1942年4月のセイロン沖海戦では、英軍は日本軍がコロンボとトリンコマリ港の英軍艦船を攻撃してくることを事前に予想し、英軍の主力部隊をアッドゥ環礁に避難させた経緯がある。

米国は暴露された地位協定の草案が本物かどうかさえ認めなかったが、報道ではモルディヴとの協議の背景には、「ディエゴガルシア問題がある」との見方が出ていた。モルディヴから約700km南のインド洋上に浮かぶ英領ディエゴガルシア島には米軍基地があり、湾岸戦争やアフガニスタン戦争などの拠点に使われてきた。ところが、2016年に英国とのリース契約が50年の期限を迎えるため、この基地の将来について様々な憶測を呼んだ。「米国はモルディヴをディエゴガルシアに代わるインド洋の新たな拠点にしようとしているのではないか」との見方だった。

インドとの関係重視

 モルディヴが米国との地位協定をはねのけた理由については、ヤーミン大統領も明らかにしなかったが、判断の背景にはインドの存在があるに違いない。モルディヴは自国と同じイスラム教国のパキスタンとの関係は深いものの、安全保障の影響力はインドが圧倒的である。

英国はかつてインド洋の安全を確保するネットセキュリティー提供者だったが、戦後は国力が衰え、1968年に「スエズ以東からの撤退」を宣言。その後、インド洋のネットセキュリティー確保の役割は米国に移ったが、モルディヴについてはインドが保護国のように対応してきた。1988年にはモルディヴで大統領に対するクーデター未遂事件が起きた時には、インドが陸海空軍1600人を急派し、鎮圧した。「サボテン作戦(Operation Cactus)」と呼ばれるものである。これ以降、モルディヴはインドとの安全保障協力を一層、緊密化させた。 最近では、インドがモルディヴに巡視船や海上監視レーダーを供与し、レーダー情報をインド海軍と沿岸警備隊のシステムに統合して一体化を図っている。昨年にはインドが持つ目標物の自動識別システム(AIS)や商船情報システム(MSIS)の共同利用に合意した。また、従来はインドが主導してスリランカ、モルディヴの3カ国で行っていた海賊対策などのインド洋協力に、モーリシャス、セイシェルを加えた「インド洋5カ国(IO-5)」の協力体制をスタートさせることになった。

インド人ジャーナリストのラジャ・モハンによると、2001年に当時の朱鎔基・中国首相がモルディヴを訪問して以降、モルディヴが「中国カード」をちらつかせるようになり、これに対抗してインドが安全保障協力を強化するようになったという。(*3) 特に、マウムーン・ガユーム第2代大統領が政権末期に独裁色を強めると、インドは水面下で民主化への妥協を促したが、ガユーム大統領は中国への接近を見せ、インドを牽制した。 モルディヴはその後、民主化運動が強まり、2008年の大統領選挙で現職のマウムーン・ガユームが敗れ、親印といわれたモハメド・ナシードが当選した。ナシードは2009年に訪印した際、自分は中国カードを切るつもりはないと、インド側に表明した。彼は2012年に政変で失脚し、副大統領だったモハメド・ワヒードが後任に就いたが、その後、ナシードは大統領在任中に中国から国防協力の協定締結を迫られ、断ったことを明かしている。(*4)

現在のヤーミン大統領の胸中はよく見えないが、今のところ、モルディヴをめぐる安全保障協力の綱引きでは、地の利に勝る隣国インドの積極アプローチにより、南アジアの地政学的バランスが何とか保たれている状態だ。  

  • (*1) The Hindu, “China offers to train Maldives maritime personnel”, http://www.thehindu.com/news/international/world/china-offers-to-train-maldives-maritime-personnel/article6238458.ece
  • (*2) The Sunday Times, “US agreement with the Maldives making ripples in the Indian Ocean?” http://www.sundaytimes.lk/130512/columns/us-agreement-with-the-maldives-making-ripples-in-the-indian-ocean-44147.html
  • (*3) C. Raja Mohan, “Samudra Manthan—Sino-Indian Rivalry in the Indo-Pacific”, Carnegie Endowment for International Peace, 2012
  • (*4) 同上