日米印「同盟」に動き出したアメリカ | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

東京財団政策研究所

詳細検索

東京財団政策研究所

日米印「同盟」に動き出したアメリカ

August 22, 2014

[特別投稿]長尾 賢氏/東京財団アソシエイト

今月、アメリカのチャック・ヘーゲル国防長官が訪印した。そこでアメリカから提案されたのは、日米印で安全保障協力を進め、いわば「同盟」を推進しようというものだ。 実は5月にインドの新政権ができて以来、インドをめぐる情勢が大きく動き出している。そして今月末、とうとうインドの新首相は日本に来る。いったい何が起きているのか、よく検証しておかなくてはならない。

1.アメリカが提示した積極的なリスト

ヘーゲル米国防長官は一体何を提示したのか。まずアメリカは、インドが中国との国境地帯を守るための装備の供給に関して、多くの具体案を示した。現在、インドはこの地域に、新しい軍団を創設しつつある。この第17軍団は、中国から攻撃を受けた時、チベット方面に反撃に出るための部隊である。アメリカは、この部隊を輸送するための大型輸送機、中型輸送機を供給し始めており、さらに数を追加して輸出することを検討している。また、標高の高い山岳でも使用できる攻撃ヘリコプターや大型輸送ヘリコプタ―の輸出も決まりそうだ。山岳で使う超軽量火砲についても、交渉が行われている。加えて歩兵部隊が装備する新型の対戦車ミサイルについても交渉中で、アメリカはインドと共同開発、共同生産を積極的に進めるつもりだ。

二つ目は、インド海軍がインド洋で使う装備の供給だ。とくに注目はアメリカが空母のカタパルトについて提案したことである。カタパルトは、飛行機を空母から飛ばすための装置だ。空母のように滑走路の長さに制限があるところでは、速度が十分に上がる前に滑走路が終わってしまうかもしれない。だから飛行機に重い武器や燃料をたくさん積まないで飛ばす。

しかし、カタパルトがあると一気に速度が上がる。武器や燃料をたくさん積んで重くなった飛行機でも、空母から離陸することができるのだ。

昨年末、インドはロシアで改装中だった新しい空母ヴィクラマディティアを受け取って、配備している。今、次の空母ヴィクラントを建造中だ。もし、優れたカタパルトが装備されれば、インドの空母は飛躍的に能力を高め、インド洋における存在感を高めるだろう。

こうした武器取引の裏には、やはり「同盟」に向けた動きが見え隠れする。過去3年でインドが輸入した武器の中で、アメリカ製品は40%を占め、30%のロシア製品、14%のフランス製品、4%のイスラエル製品と比べ堂々の第1位である(注1)。インドとアメリカの関係はかなり深くなっているとみてよい。 )

2.中国との国境地帯ばかり訪問するインドの新首相

どうしてアメリカはインドに注目するのか。武器取引による金銭的な利益だけが原因ではないように思われる。やはり中国は重要な要因だろう。だからこそ、インドの新首相の対中姿勢には興味深いものがある。

図1:モディ首相の訪問国・地域配置図
5月に就任したインドのナレンドラ・モディ新首相は、表向きは反中ではない。しかし、中国に対する懸念を裏付ける行動をとっている。そのひとつが訪問先だ。もともとBRICS首脳会議があるため決まっていたブラジルを除けば、ブータン、ネパールの順番に訪問し、今月、カシミール地方のインド管理地域を訪問した。 ブータンは、中国がもしインドを攻撃するようなことがあれば、通過点になるかもしれない国だ。そこを通れば、インド防衛上の弱点をつくことができる。

ネパールについては、もともとはインドの影響力が強い国だが、インドと中国の間でうまく外交の独立性を維持しようとしてきた国でもある。だから、徐々に中国の影響力が強まっていて、インドは懸念している。 そしてカシミールのインド管理地域では昨年、中国軍による3週間にわたる侵入事件があった地域だ。その後も断続的に侵入事件が続いている。しかもカシミール地方のパキスタン管理地域には中国軍が駐留しており、インドは中国に軍を撤退させるよう求めている。

これらの国々、地方を訪問した後、来日するである。この訪問リストにはすべて中国との問題が絡んでいるといえよう。インドの新首相は、中国との外交関係を良好にしておこうとしているが、同時に、中国に対する明らかに懸念をもっているのは間違いない。だからこそ、アメリカはそこに目を付けたといえる。

3.ロシアとインドとの関係に傷?

だが、ヘーゲル国防長官が日米印「同盟」を提案したのは、中国だけが理由ではないかもしれない。実は、最近インドとロシアの関係が微妙なのだ。

インドとロシアの関係は冷戦時代にさかのぼる。中ソ対立が深まり、米中がパキスタンを介して接近する中で、インドとロシアの関係は良くなっていった。現在ではインドの武器の約7割が旧ソ連製ないしロシア製である。

だからインドとロシアの関係はとても良好だ。ロシアがクリミアを併合した時も、インドの国家全保障顧問がロシア寄りの発言をしている。もうすぐアフガニスタンからアメリカ軍が撤退する。その後のアフガニスタン対策でも、インドとロシアは協力している。もしアフガニスタンでタリバンが台頭したら、両国とも困るからだ。 しかし、最近インドはロシアに懸念も表明するようになった。大きく分けて三つの懸念がある。一つ目は、ロシアがパキスタンへ攻撃ヘリコプターを販売しようとしていることだ。ロシアは、タリバン対策に役立つと考えている。インドから見ると、その武器はインドに対しても使われるかもしれない。

二つ目は、ロシアが中国との関係を強化していることだ。ロシアが中国にいい武器を売れば、それはインドに対して使われるかもしれない。

そして、第三はロシアの最近のウクライナにおける行動だ。欧米がロシアに対して制裁を強めつつある。もしロシアがウクライナでより大規模な軍事行動に出た場合は、制裁はより強まるだろう。ロシアから多くの武器を買っているインドは、影響を受ける可能性が高い。インドはロシアの行動に口は出さないが、ほどほどにしておいてほしいのだ。

これらの事態をアメリカからみるとどうなるだろう。インドとロシアの強固な関係に隙間がみえる。今が、チャンスかもしれない。アメリカは積極的に動き始めている。

4.日印関係にはよい風が吹いている

つまりインドに新政権が誕生し、その政権は中国を警戒しており、ロシアとも少し距離を置き始めているから、アメリカにとってインドに外交攻勢をかけるチャンスが巡ってきた、という論理になる。これはアメリカだけに言えることだろうか。いや、日本にもチャンスが巡ってきたといえよう。

日本は今、中国の海洋進出に対応する必要性に迫られている。その中で、インドは要になる国だ。インドのモディ政権の中国に対する警戒心は、日本と共有できるものである。同時に、日本はロシアとの問題で悩んでいる。日本はロシアとの関係を改善したいが、ロシアのウクライナでの行動に悩んでいる。インドほど深刻ではないにせよ、懸念は共有できる。

だとすれば、米国防長官のように、日本も積極的に動くことができる。現在輸出しようと交渉している救難飛行艇だけでなく、潜水艦やミサイル防衛についても、積極的な提案ができるかもしれない。救難飛行艇も、潜水艦も、ミサイル防衛も、日本以外の他の国が提供できない技術があり、日本にとって有利だ。日本が戦略上の要衝アンダマン・ニコバル諸島の空港建設にも協力するとの報道も出ている(注2)。マラッカ海峡からインド洋における海洋安全保障の観点から、とてもいい提案である。日本もインドも、ベトナムに対する軍事・治安支援に積極的だから、日印でベトナム支援を調整することもできよう。その際は、日印越の三国の戦略対話の枠組みが必要になろう。こうした武器取引やインフラ建設、対外支援を進めやすくするための手続きなどを定めた協定の締結なども念頭に置いて、交渉を開始したらいいかもしれない。

今、インドをめぐる情勢は急速に動き始めている。今月のモディ首相の来日は、注目すべきものになろう。

  • (注1)Manu Pubby, “It's official: US overtakes all to become India's largest defence supplier” (India Today, New Delhi, August 12, 2014) (http://indiatoday.intoday.in/story/us-india-strategic-ties-defence-supplier-mod-defence-ministry-arun-jaitley-defence-imports/1/376743.html
  • (注2)「中国牽制…インド離島の空港整備 軍用視野、印首相来日時に提案へ」(産経新聞、2014年7月26日)(http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140726/plc14072611130012-n1.htm )
    • 元東京財団研究員
    • 長尾 賢
    • 長尾 賢

注目コンテンツ

BY THIS AUTHOR

この研究員のコンテンツ

0%

INQUIRIES

お問合せ

取材のお申込みやお問合せは
こちらのフォームより送信してください。

お問合せフォーム