NATOはどこへ向かうのか | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

東京財団政策研究所

詳細検索

東京財団政策研究所

NATOはどこへ向かうのか

August 28, 2014

鶴岡路人 研究員

NATOは2014年9月4-5日に、英ウェールズのニューポートで首脳会合を開催する。EUと異なり、NATO首脳会合の開催は不定期だが、2000年代に入ってからは概ね2年ごとに開催されている。英国での開催は、冷戦が終結に向かうなかで、ドイツ統一、特に統一ドイツのNATO帰属の実現に向けて大きな一歩を踏み出した1990年7月のロンドン首脳会合以来、ほぼ四半世紀ぶりである。 当初、ウェールズ首脳会合の主たるアジェンダは、本年末に任務を終了するアフガニスタンでの国際治安支援部隊(ISAF)の総括やその後継作戦、パートナーシップ(域外諸国との関係)になると考えられていた。しかし、ウクライナ危機によって、集団防衛を巡る諸問題が喫緊の最重要課題として浮上することになった。 アフガニスタン後のNATOは、ウクライナ危機を経て、どこへ向かおうとしているのか。集団防衛の重要性が強調されるが、その課題は何なのか。一部で指摘されるように、NATOは、加盟国の領土防衛という古典的な任務中心の同盟へ「原点回帰(back to basics)」するのか。それはNATOにとって望ましいのか、また、可能なのか。ウェールズ首脳会合を目前に控え、以下ではこれらについて考えてみたい。 結論を先取りすれば、第一に、クリミア型の「ハイブリッド」な脅威に対して、どのように抑止を機能させるかは、NATOにおける集団防衛として、同盟国への安心供与以上に困難な問題になっている。第二に、ロシアを見据えた集団防衛の優先度が上昇したとしても、イラクやアフガニスタン、さらにはアジアを含めたその他の地域の安全保障問題からもNATOは逃れることができない現実が存在する。つまり、集団防衛といっても課題は複雑であり、さらに、領土防衛という狭義の集団防衛に専念できるほど、NATOをとりまく国際安全保障環境は甘くないのである。

集団防衛――抑止と安心供与の狭間で

ウクライナ危機を受けて、ロシアと国境を接するバルト諸国(エストニア、ラトヴィア、リトアニア)やポーランドを中心として、NATOの集団防衛への関心が高まったことは驚くにあたいしない。冷戦後、NATO加盟国の領土防衛は当然視され、NATOの任務としても、半ば忘れられてきた。そうした状況に再考を迫ったのが、2008年8月のロシア・グルジア紛争だった。両国間の武力衝突の後、ロシアは、南オセチアとアブハジアという、グルジア領内の2つの自治共和国の独立を一方的に承認したのである。 この結果、NATO内では、(1)NATOにおける集団防衛は必要なときに本当に機能するのか、(2)アフガニスタンのような遠征任務に傾注している間に、より根幹的な領域防衛がおろそかになってしまったのではないか、優先順位付けを再検討すべきだ、との議論が盛んになった。2010年10月に採択されたNATOの新たな戦略概念(Strategic Concept)で、集団防衛が前面に出され、非常事態対処計画(contingency planning)や、加盟国の領域防衛シナリオを含む演習の強化等が打ち出されたのは、そうした背景による。 しかし、それでも、ロシア・グルジア紛争後のNATOが、集団防衛の強化に邁進したわけではない。「リーマン危機」に端を発する各国における経済危機、財政危機の深刻化、依然として優先課題であったアフガニスタンISAFへの取り組み、グルジアにおけるロシアの行動が例外的な単発的事例であることへの期待、欧州の多くの諸国から見た際のグルジアの地理的・心理的距離感等により、集団防衛に関するNATOの取り組みは、必ずしも目に見える継続的なものにはならなかったのである。しかし、クリミアのロシアへの編入に象徴される今回のウクライナ危機のインパクトは、ロシアの行動がエスカレートしていることや、ウクライナの地理的近接性等から、桁違いであった(ロシア・グルジア紛争とウクライナ危機の相違については、拙稿 「ウクライナ危機への視点――西側は無力なのか」 東京財団ユーラシア情報ネットワーク分析レポート、2014年6月11日参照)。 そのため、今回の危機を受けての集団防衛の強化策は、より大規模なものになっている。第一に、何よりも緊急に求められたのは、バルト諸国やポーランドを安心させること(reassurance)である。具体的措置としては、(1)バルト諸国でNATO各国がローテーションで実施中の防空支援(air policing)の強化(派遣戦闘機数の増大)、(2)バルト海や黒海へのNATO加盟国艦隊の派遣、(3)ポーランド等へのNATO諸国部隊の一時的派遣、(4)それら諸国での演習の強化、(5)非常事態対処計画の精緻化、(6)それら諸国へのアセットの事前展開(pre-positioning)等が、すでに実施ないし計画中である。核兵器搭載可能な戦略爆撃機(B-2、B-52)の訓練目的での欧州展開も行われている。これは、米国としての欧州防衛へのコミットメントの誇示であると同時に、ロシアに対する明確なシグナリングである。 これらは、NATOでは「即応性行動計画(Readiness Action Plan)」として、安心供与パッケージになっている。また米国は、NATOの枠内、及びそれら諸国への二国間で、「欧州安心供与イニシアティブ(European Reassurance Initiative)」として、米欧州軍(USEUCOM)が中心となり、「大西洋決意作戦(Operation Atlantic Resolve)」の名のもとに、部隊の一時的派遣や演習の拡大・強化への取り組みを進めている。2014年6月にワルシャワを訪問した米オバマ大統領は、これらの実施のために、10億ドルの予算を議会に求めると発表した。 これまで実施されている措置の多くは、今年末までを目途とした短期的なものだが、ポーランドやバルト諸国の間では、NATO部隊の常駐を求める声が強まっている。ただし、1990年代の加盟国拡大の過程でNATOは、ロシアの懸念を和らげるために、新規加盟国へのNATO部隊(一定規模以上の実質的戦闘部隊)の常駐を行わないと一方的に表明した経緯がある。そのため、今日でもそのコミットメントに拘束されるのか、或は(ロシアの行動により)同時とは異なる安全保障環境が生じたことを理由にNATOとして同コミットメントを公式に取り下げるべきかについて、同盟内で議論がある。ロシアとの将来的な関係改善の可能性を視野に入れた場合に、現時点でNATOがどこまでの措置をとるべきなのか。コンセンサスはなかなか存在しないのである。 それでも、バルト諸国やポーランドを主たる対象とする安心供与のために必要な措置の中身については、その規模に関する期待と供給のギャップは存在しつつも、概ね上述の部隊派遣や演習、非常事態対処計画等で網羅されている。 それに対して、より複雑な要素を孕んでいるのは、集団防衛のもう一つの側面である抑止である。特に問題となるのは、「何を何によって抑止する(ことを目指す)」のかという問題である。今日直面しているのは、ロシアの正規軍による正面からの侵攻ではなく、クリミアで見られたような、そもそもロシア政府がどのように関与しているのかさえ明確ではない非正規軍、ないし、国籍を明かさない謎の部隊――「little green men」と揶揄されている――による侵入や、現地のロシア系住民やそれに関連した武装勢力の扇動である。これは、北大西洋条約第5条の想定する「武力攻撃」とは様相を異にし、例えばNATOの戦車部隊を前線に配備することでこうした事態を効果的に抑止できるとは考えにくい。これらは、軍事、外交のみならず、情報や経済的手段を駆使した「ハイブリッド」型の脅威であり、ロシアによる隣国の不安定化作戦である。日本で「グレー・ゾーン」として関心の高まっている事態とも共通点がある。 従来、同盟を巡る議論においては、敵を抑止するよりも同盟国を安心させる方が難しいと考えられてきた。前者はハードな軍事力で効果を期待できるが、後者には政治や感情が入り込む余地が大きいからである。しかし、今日のNATOに見られるのは、同盟国は古典的な方法で安心させつつ――そしてそれにはある程度成功しつつ――、しかし、そうした措置が、現実問題として蓋然性の高い脅威への抑止に直結しているかは不明だという新たな状況である。抑止と安心供与が乖離してしまうことは好ましくないが、政治的に必要とされる安心供与の措置を講じつつ、クリミア型の新たな脅威への対応については、NATO加盟国全体の課題として対応を検討する必要があろう。そこでは、軍事面以外との連携が求められる度合いも高まることになろう。NATOの軍事作戦面のトップであるブリードラブ欧州連合軍最高司令官(SACEUR)は、クリミア型の事態がNATO加盟国に対して発生した場合には軍事的対応をとると述べている。しかし、具体策についてはこれから検討しなければならない部分が多い。

アフガニスタンの経験と相互運用性

他方で、ウクライナ危機への対応や集団防衛関連の諸問題が注目を集めることになっても、アフガニスタンという課題が消えてなくなるわけではない。10年にわたり、NATO史上最大規模の作戦として実施され、同盟の変革自体を規定してきたISAFは、いずれにしても総括される必要がある。加えて、アフガニスタンを、再びNATO諸国を含めた国際安全保障への脅威にならないようにすることの重要性は、今年末のISAFの活動の終了後も変化しようにない。実際、イラクにおいては米軍主体の多国籍部隊撤退の後に、「イスラム国(イラク・シリア・イスラム国)」の台頭にみられるように、混迷の度合いが深まるなかで、アフガニスタンが類似の状況に陥ることへの懸念は、より現実味をもったものになっている。 NATOはISAFの後継として、アフガニスタン国軍・治安部隊の訓練を中心とした新たな訓練支援ミッション(Resolute Support)を計画中であり、2014年6月の外相会合は、作戦計画を含む基本的内容が承認した。当初2016年末までの想定で、最大1万2000名規模での活動になるとみられているが、同ミッションの実施にあたって必要となるアフガニスタン政府との間での新たな地位協定が未締結の状況にある。米国とアフガニスタンは二国間安保協定(BSA)の締結交渉を終えており、NATOとしての協定もこれに沿ったものになるが、カルザイ大統領が米国とのBSAの署名を拒否したため、大統領選挙後の新大統領に委ねられる格好となった。いずれの候補とも、BSA及びNATOとの協定への署名意思を表明しているため、実質的な問題はないものと考えられているが、新大統領の確定と、新政権下でのそれら協定の署名が遅れた場合、ISAF後の態勢にスムーズに移行できなくなる可能性があり、一部で懸念が高まる状況になっている。NATOは、新たな協定が締結されない限り、NATOとしての活動の継続は不可能であるとの原則的立場を貫いている。 NATOにとってISAFの教訓は膨大だが、より普遍的な側面を考えれば、それは、異なる諸国間の相互運用性の重要性であり、日々の作戦を通じて、結果としてそれが高まったことは、ISAFの大きな副産物であった。NATOにおいて現在進められている兵力連結イニシアティブ(Connected Forces Initiative:CFI)は、ISAFによって実現したレベルの各国部隊間の相互運用性を維持・向上し、将来の多国間作戦において効果的に機能させるための試みである。その柱は、多国間の教育・訓練の強化と演習(実動演習)の実施である。NATO即応部隊(NATO Response Force:NRF)はその象徴的存在になっている。 大規模な、そして高烈度のシナリオを含む多国間演習の実施には、一定の費用がかかるものの、アフガニスタンでの作戦の実施に比べれば微々たるものであり、演習の規模拡大や回数増加は、現時点では十分に可能だと考えられている。そもそも、アフガニスタンISAFにおける作戦上のコミットメントの増大を受けて、NATOにおける演習の実施が下火になっていたという現実もあり、ISAF終了後に再び演習に重点が移動すること自体は、自然な流れともいえる。ラスムセンNATO事務総長はこれを、「展開しているNATOから準備のできたNATOへ(from deployed NATO to prepared NATO)」と表現している。部隊の準備の有無は一般にはなかなか理解されにくい。そのため、これが政治的なスローガンとしてどこまで有効かの判断は難しい。しかしその基本は、相互運用性を高いレベルで維持することが不可欠――ないし、ISAFの副産物として達成されたものを失うのは大きすぎる損失――であるとの理解だといえる。それでも、国防予算が削減されれば、真っ先に削られるのが訓練・演習関連の予算になりがちであるのも各国共通であり、首脳レベルを含めた戦略的優先順位付けが求められる所以である。

世界のなかのNATO

アフガニスタンにおける相互運用性に関する成果と課題は、NATO加盟国間で完結するものではなかった。最盛期には50か国以上を擁したISAFでは、NATO加盟国とNATO非加盟の兵力貢献国(パートナー諸国)との間の相互運用性も求められたのである。そして実際の作戦を遂行するなかで、それも確実に向上した。アフガニスタン後のNATOと域外諸国との関係――NATO用語でいうところの「パートナーシップ政策」――は、アフガニスタンで実現した部隊間の相互運用性や、その他協力の推進力をどのように維持するかが焦点の一つになっている。 NATO各国における「アフガニスタン疲れ」のために、現時点でISAF後のNATOの新たな遠征任務の可能性を見通すことは難しい。しかし、アフガニスタンや、「アフガニスタン疲れ」がすでに深刻になった後に行われたリビアでの作戦の事例が示したことは、たとえNATOが介入を望まなかったとしても、他に能力を有するアクターが存在しないことや、NATO加盟国の安全保障に直結すること等の理由から、NATOが行動せざるを得なくなるケースが存在するという現実であった。「世界のなかのNATO」は、「世界から逃れられないNATO」でもある。ただし、関与の形態についてはNATOに選択の余地があり、地上部隊の派遣を伴わないリビア型の作戦がより好まれる傾向にあることは事実であろう。それでも、必要とあれば柔軟に対応できる能力を有するのがNATOのそもそもの強みだといえる。 これに関し、一つ確実なことがあるとすれば、それは、将来のNATO作戦でも、加盟国の領土防衛作戦でない限り、パートナー諸国との作戦上の協力が再び求められるであろうことである。そのために、アフガニスタンでの作戦後も、パートナー諸国との関係の維持が重要な課題だと認識されているのである。もっとも、パートナー諸国との関係は、本来、NATO諸国の安全保障に直結する国際安全保障上の諸問題へのNATOの関与の全体像の一つの大きな柱であり、NATO主導作戦への兵力貢献のみを目的としたものではない。 これら種々の現実は、NATOが集団防衛同盟として加盟国の領土防衛のみに傾注することができないことを示唆している。「原点回帰」は現実的な選択肢ではないのである。そもそもNATO内も多様であり、ウクライナ危機を受けてさえ、ロシアの脅威よりも、中東・北アフリカからの脅威をより身近に感じる欧州諸国は少なくない。これを、「ロシアの脅威を認識しようとしない平和ボケ」や同盟内のコンセンサスの欠如と批判することは簡単だが、これ自体、各国が有する異なる地政学的環境の結果であり、各国がNATOに期待するものの優先順位は自ずと異なるのである。 そうであれば、ロシアを念頭においた集団防衛のみによってNATOの結束を維持することが不可能なのは自明であるし、それが各国のNATOへの期待の全てでもない。結局のところ、NATOは、常に多様な機能を擁する、多面的な同盟であり続ける以外にないのであろう。

(2014年8月25日脱稿)

    • 鶴岡 路人/Michito Tsuruoka
    • 元主任研究員
    • 鶴岡 路人
    • 鶴岡 路人
    研究分野・主な関心領域
    • 欧州政治
    • 国際安全保障
    • 米欧関係
    • 日欧関係

注目コンテンツ

BY THIS AUTHOR

この研究員のコンテンツ

0%

INQUIRIES

お問合せ

取材のお申込みやお問合せは
こちらのフォームより送信してください。

お問合せフォーム