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接近するインドとイスラエル

November 28, 2014

[特別投稿]長尾 賢氏/東京財団アソシエイト

今年5月に就任したインドのナレンドラ・モディ政権は、イスラエルとの関係強化を進めているように見える。9月にモディ首相が訪米した際には、訪米中のイスラエルのベンヤミン・ネタニアフ首相と会談を行った。11月にはインドの内相もイスラエルを訪問している。話し合われているのは特に武器の共同開発にかかわる分野だ。イスラエルはインドへの技術協力に積極的にかかわる姿勢を見せいている。実はインドとイスラエルの防衛協力が進展し始めたのは、1990年代後半からだ。1999年に、カシミールのインド管理地域にパキスタン管理地域から5000人もの兵力が侵攻してきたカルギル危機のときには、イスラエルはインドに砲弾を提供して支援した。その後、両国間の武器取引は増え続けている。インドにとってイスラエルは、今やロシアに次ぐ第2位の武器供給国であり、イスラエルにとってインドは第1位の武器供給国になった。インドとイスラエルの接近は、実は中東だけでなく、インド洋周辺から太平洋全域の情勢に影響を及ぼすかもしれない。インドとイスラエルの関係強化は、インドの今後の軍事力構築の根幹にかかわる部分であり、インドの対イスラム政策だけでなく、インドとアメリカとの関係にも関わる部分だからである。そこで、本稿では、両国接近の背景について以下、若干の考察を試みることとした。

1.もともと複雑な両国関係

インドとイスラエルの関係はもともとあまり友好的なものとはいえない。1938年にマハトマ・ガンジーは、中東にユダヤ人国家を建国することは人道に対する罪だと主張していたし、1949年に時のジャワハルラル・ネルー首相は、イスラエルの国連加盟に反対した。1974年には、インドはパレスチナ解放機構をパレスチナの代表者として認めた最初の非アラブ諸国となった。インドがイスラエルと国交をもったのは1992年になってからである。それにもかかわらず、イスラエルはインドへ自らを売り込んでいた。1971年の第3次印パ戦争では、イスラエルはインドに対して武器の提供を申し出ている。しかしそのような努力は実らなかった。1982年にイスラエルがイラクで建設中のオシラク原子炉を爆撃した時、イラク空軍を訓練していたのはインドだ。その後、1980年代には、イスラエルによるスリランカ政府への軍事支援があって、インドはスリランカに6万人もの兵を送ることになった。両国は間接的に戦ってきたのである。両国がこのような関係になっていたのには、いくつか理由がある。一つ目は、インド国内に多くのムスリムがいるため(現在1億7000万人)、インド国内の選挙で勝つにはパレスチナ支持の方が受けが良いことである。二つ目は、パキスタンを包囲するには、インドはアラブ諸国からの支持を必要としていたことである。そして三つ目は、特に1970年代から冷戦が終わるまで、インドはソ連と事実上の「同盟」状態であり、一方、イスラエルはアメリカの同盟国であったことである。だからインドとイスラエルの関係は、友好的とは程遠いものであった。このような経緯をみる限り、なぜ今、インドがイスラエルと接近するのか、理解できない動きである。大きな変化が起きているのだ。

3.なぜインドはイスラエルに接近するのか?

インドとイスラエルは接近し始めたのは冷戦後だ。いったい何があったのか。実はここには二つの理由がある。一つは、インド国内でイスラム過激派の問題がクローズアップされてきたからだ。特に1989年にソ連がアフガニスタンから撤退した後、パキスタンは、アフガニスタンで行った方法を応用してカシミールからインドを追いだすことができないか検討し、実行に移した。パキスタン国内で起きた独立武装闘争に対して、武器や資金だけでなく、イスラム過激派も送り込んで支援したのだ。イスラム過激派はカシミールだけでなく、インド国内各地でテロを行うようになった。そして2008年には、ムンバイ同時多発テロが起き、多くのインド人と、インド国内にいるユダヤ教徒も多数殺された。こういった経緯を経て、インドとイスラエルでは、イスラム過激派のテロに対する共通の被害者としての認識を共有し始めた。 こういった被害者意識の共有は、特にインドのBJP政権において、イスラエルとの関係改善につながっていった。インドのモディ政権を支える与党BJPは過去に政権をとったとき、イスラエルとの関係強化に取り組んできた歴史がある。インドの外相が初めてイスラエルを訪問したのは2000年、BJP政権の時である。イスラエルの首相が初めてインドに招かれたのは2003年、やはりBJP政権の時であった。現在のインドの外相も、議会のインド―イスラエル・グループの創設時からの総裁である。そして現在、こうした被害者意識の共有から、両国では特にテロ対策における情報、装備、テロ対策ノウハウの共有が進んでいる。二つ目の理由はインドの国防方針にイスラエルが答えたことにある。インドは外国から一方的にも武器を買う体制を脱却し、自ら武器を製造、輸出したい考えだ。そのためには武器を輸入する際、技術の提供を求める傾向にある。高度な技術を売り物にしている国々は、技術の提供には慎重な傾向にある。イスラエルの場合も同様であるが、他の国よりは積極的に技術提供に応じる姿勢を見せている。そのため、インドは、インド製武器を受け入れる傾向が出始めてきた中南米やアフリカに輸出する武器をイスラエルと共同で制作し、両国で利益を分かち合う提案も検討している。

4.インドとイスラエルの緊密化の限界

だから両国の友好関係がより緊密になる傾向にあるのだが、そこには限界もある。特に、インドにとってイランの重要性が増していること、そしてイスラエルにとって中国が最大の貿易相手国であることは、両国関係緊密化の障害である。インドにとってイランは、パキスタンを挟み撃ちにする位置にある国だ。イランはシーア派で、国内でスンナ派、シーア派の争いがあるパキスタンとは仲が悪く、その点でもインドの味方になる可能性がある。さらに、今後、アメリカをはじめとするNATO軍がアフガニスタンから撤退する場合、アフガニスタンにおけるイスラム過激派対策でも、イランの協力が必要になる。インドにとってイランは重要だ。だから、過去、インドはイランの潜水艦部隊創設に協力し、インド洋における潜水艦運用のノウハウを提供したりしてきたのだ。イランの核開発をめぐってイスラエルとイランとの緊張が高まれば、インドはより難しい立場になる。一方、昨今、印中間の国境やインド洋、東南アジア地域における緊張が高まりをみせている。もしイスラエルが中国に武器を売ることになれば、インドはイスラエルから武器を買うことを控える可能性がある。両国関係をけん引している武器取引がなくなれば、両国の緊密化は進まないだろう。

4.日本にとってはどのような意味があるのか

インドとイスラエルが接近することで、日本にはどのような影響があるだろうか。実は日本にとっては利用可能な機会になる可能性がある。それは以下の理由からだ。まず、インドとイスラエルの関係強化は、インドとアメリカの関係が良くなることにつながっていることだ。インドの武器体系は冷戦期以来旧ソ連製が7割以上を占めてきたので、インドが保有する武器はロシアからの修理部品や弾薬の輸入に依存してきた。だから、例えばインドが軍事行動を考えているときに、ロシアが修理部品や弾薬を売らないことで影響力を行使することが可能で、インドはロシアの合意なしには長期の軍事行動に踏み出せない可能性がある。ところが、インドがイスラエルからの武器輸入を増やせば、ロシアに対する依存度が減り、ロシアのインドに対する影響力は小さくなっていく。そしてロシアの影響力が小さくなればなるほど、インドはロシアのことを気兼ねせずに協力する国を選ぶことができる。結果として、インドはアメリカとも協力を深めていくことが可能になるのである。つまりイスラエルがインドのロシア依存を切り崩すことは、インドがアメリカとの関係を深める先駆けとしての役割を果たしたことになる。実際、イスラエルに少し遅れて、アメリカの対印武器輸出額は急速に増える傾向にある( 「変わり始めたインドとロシアの安保関係」『東京財団ユーラシア情報ネットワーク』2014年10月29日 参照)。そしてインドとアメリカの関係が良くなることは、アメリカの同盟国である日本にとってインドとの関係強化を模索しやすい環境が整うことを意味するから、日本にとってもよい傾向といえるのだ。第二に、インドとイスラエルの関係強化によて、インドと中東諸国の関係が悪化する可能性が低い点だ。前述のように、インドはアラブ諸国との関係を維持せざるを得ない。だから、ほどほどのレベルで偏り過ぎない姿勢を維持するものと思われる。日本も輸入する原油の90%を中東に依存しているから、インドやイスラエルと協力した時に、アラブ諸国との関係悪化を招きたくない。しかし、インドとイスラエルの関係が程良い程度のレベルに収まるなら、日本も同じような距離感を持って協力すればいい。そして、第3に、具体的に協力できる分野があるからだ。インドとイスラエルが武器を共同開発する可能性が出ている。だとすれば、日本も参加することができる。例えば現在、日本がインドに売り込んでいる救難飛行艇について、一時期、インドが検討した案がある。日本側の武器輸出三原則上の法的な問題から、敵味方識別装置は輸出できないことになった時だ。インドは日本の救難飛行艇に、イスラエル製の敵味方識別装置をつけることを検討した。この方法は、他の製品でも適用できる可能性がある。機密や価格の問題で輸出できない部分をイスラエル製に取り換えて、日本からインドへの輸出を実現させれば、日本は、より多くのものをインドに対して輸出できるかもしれない。つまり日印関係強化のために、インドとイスラエルの関係強化の動きは利用できる可能性がある。日本は中東の紛争とは一定の距離感を持って接してきた。インドもそうだ。だから、日印は、中東政策においても利害が一致する部分がある。インドとイスラエルの接近は、日本にとって検討すべき具体案を提示し得るものといえよう。

    • 元東京財団研究員
    • 長尾 賢
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