仏Charlie Hebdo社襲撃テロ事件で犯行声明を出したAQAPとは? | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

東京財団政策研究所

詳細検索

東京財団政策研究所

仏Charlie Hebdo社襲撃テロ事件で犯行声明を出したAQAPとは?

January 27, 2015

[特別投稿]和田大樹氏/東京財団アシスタント

2015年に入り早々、国際社会を震撼させるテロ事件が発生した。1月7日フランス時間午前11時半ごろ、パリ11区にある左派系風刺週刊紙「シャルリーエブド」の本社にカラシニコフなどで武装した3人組が襲撃し、警護に当たっていた警察官、編集長や風刺画家らを含む12人を殺害し、編集幹部らを含む20人が重軽傷を負った。またそれに続くように、パリ南部のモンルージュで8日朝、交通事故の通報により駆け付けた警察官2人が武装した男に銃撃され、1人が死亡、1人が負傷する事件が発生し、9日午後にも、パリ東部20区ポルト・ド・ヴァンセンヌのユダヤ系スーパーで男が人質を取って立てこもり、人質4人が殺害された。この8日と9日に起きた事件の犯人は同一人物(アメディ・クリバリ容疑者32歳)で、9日の事件で警察官により射殺されたが、その黒人の男は7日に発生した事件の犯人ら(サイド・クアシ容疑者34歳、シェリフ・クアシ容疑者32歳 )とも繋がりがあるとされる。そしてそのクアシ兄弟もシャルルドゴール空港近くの印刷工場に立てこもっていたが、9日に警察の突入で射殺された。

この一連の事件で、英仏当局は兄のサイド・クアシ容疑者が2011年にイエメンを訪れ、アラビア半島のアルカイダ(AQAP)から爆弾製造方法や武器使用などの軍事訓練を受けていた可能性があるとしている※1 。そして1月14日にはAQAPがシャルリーエブド本社襲撃テロ事件への関与を認める犯行声明をインターネット上で発表し(現時点でどのように関与したかの詳細は分かっていない)、米当局もこのビデオが本物であるとの見解を示している※2

このAQAPとは何なのか。去年ISIL(イラクとレバントのイスラム国)がイラク西部や北部で領域的支配を拡大し、6月に指導者バクダディがイスラム国(IS)の建国を宣言して以降、国際社会の注目はこのISに集まった。よって今回の事件も背後に外国のイスラム過激派組織があるなら、ISが関わっているのだろうと考える人も多いと思われる。しかしAQAPとISのバックグラウンドについての先行研究から観た場合、AQAPの“国際的攻撃性”(要は欧米へのジハードをどれほど重視しているか)はISのそれより高いのが現状だ。ここではAQAPの国際的攻撃性に着目しながら、そのバックグラウンドについて簡単に観ていきたい。

イエメンに拠点を置くAQAPは、近年アルカイダ本体が弱体化する中、米国本土へのテロ攻撃を繰り返し仕掛けるなどしていることから、中東地域だけでなく、国際的な安全保障上の立場からも注視されてきた。AQAPはサウジアラビア当局による厳重なテロ対策から逃れたアルカイダメンバー達がイエメンに活動拠点を移し、イエメンのアルカイダメンバーと共同して2009年に設立された組織である。AQAPによるテロ事件は首都サヌアをはじめ、南部のアビヤン州やシャブワ州などで目立つが、イエメン各地域で活動しているとみられ、そのメンバーもサウジアラビアをはじめシリアやイラク、そして欧米諸国からも流入したとされる。イエメンではAQAPの設立以前から、その母体組織であったイエメンのアルカイダ(AQY)によるアデン湾に停泊していた米駆逐艦コールを狙った爆破テロ(2000年10月)や、イエメン沖を航行する仏タンカーリンバーグを狙った爆破テロ(2002年10月)などが発生し、また9.11同時多発テロを始めとするアルカイダ系の国際テロ事件に関与した被告の中に、多くのイエメン人、もしくはイエメンでテロ訓練を受けた経験がある者が含まれており、イエメンは長い間アルカイダの存続と拡大にとって重要な拠点であった。

指導者ナシル・アル・ウハイシに代表されるAQAPの幹部たちは、過去にアフガニスタンで軍事訓練を受け、ビンラディンとともに活動していた者も多く、近年米国はパキスタンに潜むアルカイダ本体以上に、AQAPの方がより深刻な国家安全保障上の脅威であるとの認識に立っていた※3 。これまでに報告されているAQAPによる米本土を標的にしたテロ事件としては、?イエメンで訓練を受けたナイジェリア人ウマル・ファルーク・アブドルムタラブによるクリスマス米旅客機爆破未遂テロ事件(2009年12月)、?AQAPの広告塔である米国人アンワル・アウラキから影響を受け、過激主義に目覚めた精神科医ニダル・マリク・ハサンによるアリゾナ州・フォートフッド陸軍基地銃乱射事件(2009年11月)、?同じくアウラキから影響を受けたパキスタン系米国人ファイサル・シャザドによるニューヨーク・タイムズスクエア爆破未遂テロ(2010年5月、なおこの事件についてはパキスタン・タリバン運動の関与を指摘する説も根強い)、?イエメン発米国行の貨物輸送機に乗せたプリンターのカートリッジに爆薬を隠した貨物機爆破未遂テロ(2010年10月)などが挙げられる※4 。このようなAQAPの国際的攻撃性に対し、9.11同時多発テロ以来の本土でのテロ攻撃を警戒する米国は、2010年1月にAQAPをテロ組織に指定し※5 、パキスタン・トライバルエリアで継続している無人爆撃機によるピンポイント攻撃(ドローン攻撃)をイエメンにおいても実施するようになった。それにより2011年9月、アウラキやAQAPが発行するオンライン英語雑誌“インスパイア”の作成において重要な役割を果たしていた米国人サミール・カーンが殺害された※6 。さらに米軍によるイエメン軍への軍事支援も功を奏し、AQAPは空・陸両面からの攻勢を受け、多くのメンバーを失った。

一方、AQAP自身も信念的に欧米諸国へのジハードだけに重点を置くことは出来ず、自らの拠点や勢力を維持するためにも、イエメン軍や北部を拠点とするシーア派武装組織「フシ」との戦闘など地域的な武力闘争にも神経を集中しなければならない現実もある。そしてイエメン当局に不満を持つ、もしくは対立する地域勢力と建設的な協力関係を築けるか、またイエメン当局のコントロールが及ばない地域を実行支配できるかは今後のAQAPの存続にとって重要なファクターとなってくる。

しかし例えイエメンにおけるAQAPの組織的な弱体化が顕著になったとしても、それはすぐにイエメンにおけるテロの脅威の低下、AQAPの国際的攻撃性の低下に直結するものではない。例えば2013年4月、米ボストンで開催されたマラソン大会の開催中に爆破テロ事件が発生したが、その容疑者兄弟の兄タメルラン・ツァルナエフ(チェチェン系米国人)は、テロ事件前にAQAPが発行するオンライン雑誌インスパイアを熟読し、爆弾製造方法を学んだとされる※7 。また同年8月の中東や北アフリカにある米国大使館一斉閉鎖のケースにおいても、米国はAQAPのイエメンにある米権益を狙ったテロ攻撃が非常に差し迫っているとの声明を出している※8

このような近年におけるAQAPの動向から判断すれば、AQAPは米軍やイエメン軍による掃討作戦でダメージは被っている一方、インターネットを使った広報戦略や現地にある欧米権益を攻撃する能力などは依然として衰退していない。ISの陰に隠れているが、AQAPは依然としてオンライン英語雑誌インスパイアを発行し続け、また昨今12月にも人質として拘束していた米国人男性を殺害している※9

今回の仏Charlie Hebdo社襲撃テロ事件では、AQAPが犯行声明を出したものの、実際にどのように、どの程度関与したのかは現在のところ明らかとなっていない。しかしAQAPのバックグラウンドについての先行研究から観た場合、その関与の詳細が明らかになっていなくても、AQAPには自身で米本土を狙う強い意志、またオンライン雑誌を通じて過激化した個々人にテロを実行させる強い意志があり、我々がAQAPのこのような国際的攻撃性に依然として注意しなければならないことは確かである。国際テロ情勢の分析と厳重なテロ対策を怠れば、仏Charlie Hebdo社襲撃テロ事件より深刻なテロ事件がすぐに発生しても全く不思議ではない。

  • ※1 http://www.nytimes.com/2015/01/15/world/europe/al-qaeda-in-the-arabian-peninsula-charlie-hebdo.html?_r=0
  • ※2 http://edition.cnn.com/2015/01/14/europe/charlie-hebdo-france-attacks/
  • ※3 http://www.globalsecurity.org/military/world/para/al-qaida-arabia.htm
  • ※4 http://www.aljazeera.com/news/middleeast/2012/05/2012597359456359.html  http://www.heritage.org/research/reports/2013/07/60-terrorist-plots-since-911-continued-lessons-in-domestic-counterterrorism
  • ※5 http://www.state.gov/r/pa/prs/ps/2010/01/135364.htm
  • ※6 http://abcnews.go.com/Blotter/american-jihadi-samir-khan-killed-awlaki/story?id=14640013
  • ※7 http://www.telegraph.co.uk/news/worldnews/northamerica/usa/10013977/Boston-bombs-suspect-Dzhokhar-Tsarnaev-Afghanistan-and-Iraq-wars-inspired-us.html
  • ※8 http://www.theguardian.com/world/2013/aug/06/egypt-us-senators-cairo-talks-resolving-crisis
  • ※9 http://www.longwarjournal.org/archives/2014/12/aqap_murders_america.php
    • 元東京財団アシスタント
    • 和田 大樹
    • 和田 大樹

注目コンテンツ

BY THIS AUTHOR

この研究員のコンテンツ

0%

INQUIRIES

お問合せ

取材のお申込みやお問合せは
こちらのフォームより送信してください。

お問合せフォーム