タイプ
レポート
日付
2015/1/28

金正恩の「新年の辞」からみる2015年の朝鮮半島情勢

[特別投稿]黄洗姫氏/海洋政策研究財団 研究員

 今月1日、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)第1書記は「新年の辞」を発表した。金書記は今年の施政方針を明らかにした同演説の中において、南北首脳会談への意思を表明した。金書記の対話への意思表明に対して、韓国政府も肯定的な反応を示しながら、対話再開の可能性を探っている。他方、オバマ米大統領は2日、北朝鮮政府関連の個人・団体に対する制裁を認める大統領行政命令に署名した。先月起きたソニー・ピクチャーズエンターテインメント(SPE)に対する大規模なサイバー攻撃への対抗措置である。

 このように、停滞を続けてきた南北関係に改善の兆候が現れる一方で、アメリカによる対北制裁が発動されるという、北朝鮮をめぐって異なる動きが見られる。いずれにせよ、2015年の朝鮮半島情勢は、昨年まで続いた膠着状態から脱却する可能性が高まったのは事実である。

南北関係改善への意思は評価

 今回の新年の辞は、金正恩体制が独自の統治スタイルを持って動き出す意思を示したものとして理解できる。金正日の遺訓統治から脱却し、党を中心とした統治体制の強化を全面に押し出している。とりわけ、党創設70周年となる今年こそ、「党の指導力と戦闘力を強化し、新しい里程標(マイル・ストーン)を作るべきだ」と強調している※1 。張成沢元国防委員会副委員長の処刑以降の権力再編を経て、金正恩中心の指導体制を完成させ、戦後70周年となる今年を新しい体制の原点とする意向が鮮明になったのである。

 このような北朝鮮の方針の下で、金書記が南北関係改善への積極的な姿勢を見せたことが大きく注目された。先述した通り、南北間の対話再開に対して、「雰囲気、環境が整えば、首脳会談もできない理由はない」と前向きな姿勢を示したからである。

 金書記の新年の辞に対して、朝鮮半島情勢の安定化に対する北朝鮮の強い希望の表れだとして、これを評価する意見が多い。金書記の新年の辞と朴大統領の新年の辞を比較し、金書記の方が南北関係により比重を置いているとの分析から、北朝鮮の方が軍事的な対決局面から脱却し関係改善を図っているのではないかと推測する声もある※2 。 一方、金書記の新年の辞が、韓国に対して、外勢共助をやめ民族共助を選ぶように提案していることに対しては、昨年の新年の辞から変わらないレトリックであり、従来通り国際共助の弱体化を図ることが狙いであると評価する見方もある※3 。

 金書記の新年の辞に表れた異例となる対話姿勢に対して、韓国の朴大統領は肯定的な認識を示した。朴大統領は金書記の発言を評価しながら、戦後70周年となる今年こそ、統一時代への基礎作業を推進すべきだと述べた※4 。朴大統領が金書記の新年の辞に直接言及したのは、昨年末からの南北対話に向けた機運を維持したい韓国政府の意思の表れだとして分析されている※5 。ただし、このような北朝鮮の対話に向けた意思表明を、南北関係管理をめぐる主導権争いとして理解する見解もある。実際、昨年12月29日、韓国政府は、政府の諮問組織である統一準備委員会を通じて南北当局間対話を提案したし、また、金書記による新年の辞の発表以来、会談開催に向けて積極的な姿勢を示してきた。北朝鮮、韓国双方とも、自らが求める対話再開の環境を作るために、互いに対話提案を交わしているのだ。

 このように対話再開への条件や対話のレベルをめぐり、依然として南北間には立場の違いが存在するがゆえに、対話を実現させることは容易ではない。例えばん、金書記の新年の辞で言及されていた、首脳会談の実現を可能にする「雰囲気、環境」とは、 韓国民間団体による対北ビラ散布問題や、天安艦事件に対する処罰措置であった5・24措置の解除、米韓軍事演習の自粛等に対して、韓国政府が積極的な対応を見せることを意味しており、これらに対する韓国政府の方針転換が無い限り関係改善の可能性は希薄である。そのため、北朝鮮の要求に応じがたい韓国政府は、南北関係の急激な改善よりも、実務レベルの協議による漸進的な信頼構築を試みている。実際、ジュ・チョルギ外交安全保障首席は、北朝鮮が提案したような南北首脳会談を即時に開催するよりは、政府当局間会談や、長官級会談等を通じて実質的な会話の成果を収めてから首脳会談に臨むべきだという認識を示した※6 。結局、 対話へのメッセージを送り合いながらも、互いに相手の変化を促すことに終始しているのが昨年末からの南北関係の実態であるのだ。

アメリカの強硬姿勢への転換と韓国の対応

 他方、昨年12月にあった SPE に対するサイバー攻撃を契機に、アメリカの対北政策は急激に硬化した。オバマ米大統領は今月2日、対北朝鮮制裁措置の行政命令を発動した。議会に送った行政命令において、オバマ大統領は対北朝鮮制裁の対象を北朝鮮政府・労働党と明示した。従来の対北朝鮮行政命令が、長距離ミサイルなどの開発に関連する団体や人物を制裁対象にしてきたのとは大きく異なるのである。北朝鮮政府および党を直接の制裁対象とした今回の行政命令は、サイバー攻撃に関連して米国が外国政府を対象に出した初めての制裁措置となる※7 。続いて 13日に開かれた米下院外交委員会の北朝鮮のサイバー攻撃や核兵器の脅威に関する公聴会では、 SPE に対するサイバー攻撃を北朝鮮政府の責任と断定し、金融制裁の強化等を求める議員らの意見が提起された。証人として出席した国務省のソン・キム北朝鮮担当特別代表や財務省のグレーザー次官補(テロ資金・金融犯罪担当)らは、制裁措置の実施に見られるアメリカの対北政策が、従来の「戦略的忍耐」からの転換を意味するものであることを明らかにした。彼らは、北朝鮮を国際金融システムから孤立させ、北朝鮮に不法行為を止めさせると同時に態度変化を促す狙いがあることを表明した※8 。

 ただし、北朝鮮政府以外で制裁対象となった団体がこれまでも制裁リストに挙げられていたことから、韓国では今回の行政命令の実効性を疑う意見もあがっている。とはいえ、同命令がアメリカ政府による対北措置の始まりであるとするアメリカ政府の立場をめぐっては、米朝関係の対立が南北関係に影響を及ぼすことを懸念する声が主流となっている。3日、韓国外交部はアメリカの行政命令に対して、「北朝鮮の持続的な挑発に対する適切な対応阻止として評価する」と論評した。ここでは、アメリカの対北措置に対して、韓国外交部が「支持」の代わりに「評価」という表現を使ったことが注目された。当該論評の発表に際しては、大統領官邸と外交部間で論評上の表現をめぐる意見調整が行われたことが報じられた※9 。そこでは、アメリカの措置を「支持」することで生じる南北関係悪化の可能性を排除し、一旦形成された南北対話の機運を維持しようとする韓国政府の方針が重視されたことが明らかになった。

限定的な情勢変化

 北朝鮮人権問題の国際問題化、SPEに対するサイバー攻撃など、国際社会での立場が一層厳しくなった北朝鮮が採りうる政策として、南北関係の改善が打開策として想定しうるものの、韓国との対話を通じた関係改善の実現は限定的なものに留まらざるを得ない。朴大統領が掲げた朝鮮半島信頼プロセスやドレスデン構想を、韓国による朝鮮半島の吸収統一を図るものと危険視する北朝鮮としては、南北関係を進展させる前に韓国政府の姿勢変更を求めるが、朴政権が北朝鮮の要求に応じて急激な政策変更を行う可能性はほぼ無い。ただし、北朝鮮問題の解決と信頼構築を重視する韓国政府としては、ようやく表れ始めた対話に向けた機運を保持することを試みている。結局のところ、南北間の限定的で選別的な経済・人的交流の模索が、当面の南北関係における協力の形となる可能性が高い。

 日本としては、南北関係の模索が長期化し、米朝関係の対立が激化する場合、日朝関係が相対的に軽視される可能性が懸念される。今回の新年の辞においても、韓国とアメリカに対するメッセージが中心となり、対日関係に対する言及は見当たらなかった。むしろ日朝協議の懸案となっている拉致問題をめぐり、日本が納得できるような調査結果を提供することが、金正恩体制にとっては負担として認識されていることさえあり得るのだ。

 結局、北朝鮮が異例となる対外関係改善の意思を表明した現在においても、朝鮮半島情勢が劇的に変化する余地は少ない。とはいえ、任期3年目をむかえる朴政権としては、せっかくの南北対話ムードを維持しながら、更なる成果を模索するだろう。米韓同盟の緊密な運営と日韓関係の停滞を管理しながら、南北関係の主導的な対処を図る韓国政府の悩みは大きくなる一方である。
  • ※1「新年の辞」全文、『労働新聞』2015年1月1日。
  • ※2 『メディア・オヌル』2015年1月2日。
  • ※3 アサンIssue Brief「2015年北朝鮮の新年辞分析−自信感とジレンマが同時に示唆された『金正恩時代』宣言」2015年1月15日。
  • ※4 2015年1月6日国務会議での発言。
  • ※5 『ハンギョレ新聞』2015年1月6日。
  • ※6 『ハンギョレ新聞』2015年1月7日。
  • ※7  『中央日報』2015年1月5日5面。
  • ※8 発言内容は http://foreignaffairs.house.gov/hearing/briefing-north-korean-threat-nuclear-missiles-and-cyber
  • ※9『中央日報』2015年1月5日1面。