タイプ
レポート
日付
2015/2/27

「イスラーム国」に関する報道・論評と 日本人の安全

宮原信孝 研究員
 

1.「イスラーム国」の日本に対する敵意と報道・論評

 今月1日未明(日本時間)、後藤健二氏が殺害され、イスラーム国(IS)が日本人をどこであっても殺害対象にするという脅し(*1)がなされる動画がインターネット配信されて以来、後藤健二氏及び湯川遥菜氏の殺害に至るまでの政府の対応等を含む経緯やIS及びテロとの戦いに関し、様々な報道と論評がなされている。筆者は、これら報道と論評におけるIS及びテロとの戦いについての理解に違和感を覚える。個々の事象についての理解に間違ったとまでは行かないが、根本的なIS理解に欠けたものがあるために、視聴者や読者の理解に困難を与えている。

 外務省を離れ10年経って分かったことであるが、一般の日本人にとって重要なことは、今ISやイスラーム過激派グループが起こしていることが自分たちにどのような関係と影響があるか、である。前回の報告で日本人の安全について述べたが、報道や論評に求められているのは、なぜ何もしていない日本人の安全が脅かされているかを正確な状況理解とともに伝えることではないか。

(1) 首相の中東歴訪

 日本人を世界中のどこであっても殺害の対象にするというISの脅しは、安倍晋三首相が中東歴訪に際して2億ドルの人道支援をISと闘う周辺各国に対して行うと述べたからではなく、ISが日本を自分たちの敵である反IS有志連合の一員と規定したからである。『首相の表現が適切だったかは議論を呼ぶところだ。』(*2)として「議論」を喚起することはISの問題の正確な認識を妨げるだけのものである。首相の表現がどうあれ、日本はG8の一国として、あるいは国連加盟国として機会あるごとに反ISを表明しているし、そもそも反IS有志連合の米国の同盟国なのであるから、IS側からすればすでに日本は敵の一員なのである。特命担当内閣参与の飯島勲氏が『首相の中東歴訪や二億ドルの人道支援、はたまたイスラエルでの記者会見がテロを誘発した』という議論について『冗談じゃない』『ISIL側が都合のいいタイミングを狙って表に出しただけ』と述べている(*3)ことは的を射ている。

 ISは昨年8月からの空爆と資金不足で一時に比して勢いが衰えている。そのような中で今回の日本人2名の殺害と日本人全体に対する殺害予告を行ったことは、ISに対する国際的包囲網を弱めたい、可能なら日本をその輪から外したいという意図があるからとみるべきで、報道や論評あるいは国会の議論が、首相の中東歴訪、政策スピーチの表現、あるいはイスラエルでの記者会見に集中するのは、視聴者、読者、国民の正確な理解を妨げるものである。

(2) ISについての理解

 2月8日(日)のTBS系列放送番組のサンデーモーニング(*4)で岸井成格氏が、ISは『国家ではない』と述べ、同番組ではその認識を基に議論が進められていた。ISが国際法上認められた『国家ではない』ことは間違いない。しかし、そもそもISは、欧米で作られた現国際法秩序そのものを無視し、イスラームに基づく共同体づくりを行っているのである。ISがシリア・イラクにまたがる地域を彼らが考えるところのイスラームに基づき支配していることは現実なのである。また、ISに忠誠を誓う組織・個人が世界に多数いることもまた現実である。そのような中、ISを単なるイスラーム過激派組織という認識で議論を進めていたら、問題の本質を見失う。

 預言者ムハンマドが622年に生み出した最初のイスラーム共同体はヤスリブというオアシス、現在の聖地アル・マディーナ市(「メディナ」と表記されることが多い)のみを支配していた。その支配は630年にはアラビア半島全域に及び、預言者死後の離反を乗り越えると、8世紀前半までに西は、現在のモロッコ・スペインから東は中央アジアまでの大帝国を築き上げた。ISは、昨年夏以来、Al-Daurat al-Islamiyat fi Iraq wa al-Sham(State of Islam in Iraq and Levant:ISIL)からAl-Daurat al-Islamiyat(the Islamic State)に国家名を変更した。そして、2020年までに支配地域を上記のイスラーム帝国最大版図にまで広げると宣言している。報道ではISやISIL/ISIS(Levantを、大シリアを意味するShamに変えたもの。国家としてのシリアのSではない)を混同して使用しており、表記として間違いではないのであるが、ISの意図と実力を考えた場合「IS」としておくほうがISの本質を理解し問題に対処する上では正確であると考え、筆者は「IS」で通している。

 筆者は、ISがイスラーム誕生時のようなイスラーム帝国を築くとは思っていないし、シリア・イラクのISの存続についてさえ疑っている。しかし、リビアにおけるエジプト人コプト教徒21名の殺害とエジプト政府による報復攻撃は、内戦の続くリビアにイスラーム国を名乗るグループが存在することを明確にした。このグループは、『「アンサル・シャリア」や「ダルナ青年イスラム評議会」など東部を拠点とする過激派組織が昨年夏頃からイスラム国を名乗り、外国人の誘拐や製油所の襲撃などを繰り返してきた』(*5)とされる。このリビアのISが実態上もイスラームである一定地域を支配しているかどうかは確認していないが、ISが単にシリアとイラクの一部を占拠するイスラーム過激派組織でないことは明らかである。

2.日本人の安全

 西日本新聞「社会時評」(2015年2月17日付朝刊p9)で吉見俊哉東京大学大学院教授は、ISの誕生について『米国が捏造した虚像が実体化』したものだとし、日本のメディアはISが作り出す『恐怖の劇場』に『共振板』となり、結局は、『米国のみならず危機管理体制を強めたい日本政府にも、効果的に機能するかもしれない』と批評している。趣旨・内容に間違いはないが、「実体化」したISがいったいどのようなもので、我々一般の日本人にどのように影響があるかについての理解に全く役に立たない。

 前回の報告でも述べたように日本人の海外での安全確保には危ういものがある。そのような安全確保を目的とする「危機管理体制」は強化されるべきである。海外の隅々までの安全情報を収集し、確実に分析する能力を日本政府がもつべきなのは当然である。このために、防衛駐在官の増員が案として挙げられている。もちろん増員すべきであるが、大事なことは、情報をとり、それを確実に分析する能力を持つ人員を増やし、配置すること、及び各国における協力者を増やすことである。情報要員の訓練や協力者を増やすための仕組みの導入などを行っていくことが求められる。

 現在久留米大学はフィリピンでの学生英語研修を実施しているが、今回の事件に鑑み予定していたマニラ市内での世界遺産見学や東アジア最大のモールの訪問をキャンセルするなどの日程変更を行った。筆者が、この研修プログラムに関わり、フィリピンでの治安情報を分析してきたから日程の変更だけで実施できたものである。学生の保護者の中には、この研修の安全性がどのように確保されているか質問してきた方もいた。これに対して的確に責任をもって回答するには、きちんと分析された情報が必要である。同時期に行われている久留米大学の他の研修について同じような質問がなされれば、「外務省の安全情報に従い、学生を指導するとともに安全性を確認の上実施しています。」としか言えない。

 外務省の安全情報の精度を高め、同時に正確な理解に基づく正確な報道をメディアが行っていくことが、私たち日本人の海外渡航の安全性を高めていくことになるのである。ISの問題について、報道に携わる方、および評論される方々に、海外に出かけていく日本人の立場も視野に入れていただくよう、お願いしたい。

(注)
  • (*1) 「安倍(首相)よ、勝ち目のない戦争に参加するという無謀な決断によって、このナイフは健二だけを殺害するのではなく、お前の国民はどこにいたとしても、殺されることになる。日本にとっての悪夢を始めよう。」朝日新聞デジタル「後藤さんと見られる映像、メッセージの全訳」より(2015年2月1日06時05分) http://www.asahi.com/articles/ASH212243H21UHBI007.html
  • (*2)日経新聞2015年2月8日付朝刊p10「中外時評」(池田元博論説副委員長)
  • (*3)週刊文春2月19日号p45「飯島勲の激辛インテリジェンス90」
  • (*4)毎週日曜日午前8時~10時TBS系列で全国放送
  • (*5) 日経新聞2015年2月18日付朝刊p7「米欧、戦線拡大を懸念」 産経ニュース2015.2.1.14:21配信記事「菅義偉官房長官の午前の記者会見全文」より=「まず海外邦人の安全。1月21日に邦人の安全に万全を期すべく在留邦人への注意喚起、日本人学校との連携強化、さらに治安当局に対する日本人学校への警備強化の要請をとるよう在外公館に指示した。さらに25日、改めて指示を徹底した。」「昨日(1月31日)、トルコ国境地域で日本人記者をターゲットとした拘束・誘拐テロ、そうした被害が及ぶ恐れがあると考え、同地域の危険情報を一番高い「避難勧告」に引き上げた。また、本日、広域情報を発するとともに、改めて全在外公館に邦人社会の安全に万全を期すよう改めて指示をした。」 http://www.sankei.com/politics/news/150201/plt1502010036-n1.html

2015年2月1日21:00-21:50NHK番組‘追跡「イスラム国」’では、反イスラーム国の活動家がもつ動画等を放映し、イスラーム国幹部が部族長らを石油収入の分配で協力させ、従わなかった部族2000人を虐殺したことが伝えられていた。