タイプ
レポート
日付
2013/10/7

シリア空爆回避とアジア歴訪中止をもたらした米国内の党派対立と財政制約

渡部 恒雄 上席研究員

 10月3日、オバマ大統領が、アジア諸国歴訪を中止し、インドネシアでのAPEC(アジア太平洋経済協力会議)に欠席することになったことは、日本を含むアジア諸国には大きな衝撃となった。中国の台頭を睨み、経済的にも米国の経済回復に重要なアジア地域への関与を明示してきたアジア回帰政策の先行きにも、暗雲が立ち込めるからだ。

 オバマ大統領のサプライズはこれだけではない。オバマ大統領は、アサド政権の化学兵器使用を理由に限定空爆を提案したが、9月14日、ロシアのプーチン大統領の斡旋によるシリアの化学兵器放棄案に合意し、軍事攻撃を回避した。この決断は、日本やアジアの米国の同盟国や友好国にとっては、悩ましい結果だった。なぜなら、米国の限られた軍事的リソースを、シリアというアジア以外のところに浪費してほしくはないが、同時に米国の軍事行動へのハードルが上がることは、アジアの同盟国には好ましいことではないからだ。

 このような異例づくしのオバマ外交には、どのような背景があるのか?それを理解するには、国内でかつてない厳しい財政削減圧力と党派対立に晒されるオバマ政権の内情を知る必要がある。そしてこれに対し、「開き直り」ともいえるプラグマティックな対応をせざるを得ないオバマ政権の姿が見えてくる。

エジプト騒乱をめぐる対応で示された米国の影響力の限界

 7月4日、エジプトでは、軍を中心にしてモルシ大統領が放逐され、暫定政権が生まれた。8月中旬には、モルシ前大統領を支持するムスリム同胞団を中心に、暫定政権への激しい抗議デモとそれに対する弾圧が発生し、現在までに900人を超す犠牲者がでている。それによりオバマ政権は、エジプト軍との軍事演習を停止し、戦闘機F-15 の引渡しを停止するなどの措置をとった。しかし、国内外から、これだけでは不十分であり、エジプトへの年間13億ドル規模の軍事援助を止めて、軍政に人権重視の圧力をかけるような声が高まった。

 しかし、オバマ政権は、中東での自国の影響力の低下を十分に認識し、きわめて現実的な範囲でエジプトへの政策を行っている。例えばオバマ政権はこれ以上の圧力をかけることは、エジプトの反米ナショナリズムを刺激して逆効果だと考えている。またスエズ運河という中東と欧州を結ぶ要路をコントロールするエジプト軍の米国との協力関係は、2014年末のアフガニスタンからのNATOの戦闘部隊の撤退や、治安が悪化するシリア、イラクなどの状況を考えれば、死活的に重要だからだ。

 事実、これまで2000以上の米国の軍用機がエジプトの空域を通過して、アフガニスタンや他の中東地域へのミッションへの支援を行っているし、一年間にスエズ運河を通過する米国の第5艦隊に属する艦船は、35隻から45隻であり、その中には空母打撃群も含まれる。しかもエジプトは、長い列での順番待ちが常態化しているスエズ運河で、米軍の艦船を優先的に通過させる協力をしている。(1)

オバマ大統領はロシア斡旋で異例のシリア空爆回避

 10万人を超す死者がでているシリアの内戦についても、オバマ政権は、自国の余力と内政上の制限から、きわめて苦しい政策を取らざるを得なくなった。オバマ大統領は、多数の犠牲者を出しているシリアの内政について、人道的見地から介入を求める声が大きくても、人的損失や資金面での制限を念頭に、「米国がいずれ、シリア国内における複雑な宗派対立を解消できるとの考えは行き過ぎだ」として、慎重姿勢を取ってきた。しかし、これまでシリアのアサド政権への軍事攻撃へのレッドラインとしてきた化学兵器の使用が疑われる事態となり、オバマ政権はシリアへの限定的な武力攻撃を考慮し、内外の賛同をとりつけるために動きだした。

 ただし、この動きも、過去の米国政権の例にない、議会に武力行使の是非を問うという手段を取ったことで、米国内では稚拙ではないかという批判を呼ぶことになった。なぜならこれまでの米国政権は、米軍の最高指揮官は大統領であるという憲法上の規定を根拠に、議会が大統領の武力行使の権限を束縛することを、違憲であるという立場をとってきたからだ。

 また、世論調査では60%近くが軍事攻撃に反対で、議会でも反対の意思を表明する議員が多かった。(2)民主党が過半数を占める上院で可決されても、共和党が多数を占める下院では、否決される可能性が高かった。

 さらに、限定空爆という軍事攻撃のオプションをとったとしても、地上軍を送れない以上、アサド政権に対して化学兵器を使わせない、という目的を達成できるかどうかは疑わしく、内戦終結の方向へ動かすことには、まったく効果がないと考えられた。

 したがって、このような解決不可能の立場に、自らを追い込んでしまったオバマ政権に対し、稚拙であるという批判が広がった。対外的にも、9月5・6日のサントペテルブルグG20に出席したオバマ大統領は、シリアのアサド政権への攻撃に各国の支持を取り付けようとしたが、中ロの反対で、首脳宣言に合意は盛り込まれなかった。また、イラク戦争やリビア攻撃などで、米国と共同作戦を行い、米国が最も頼りにしていたイギリスも議会の反対で攻撃に参加できなくなった。  

 しかし、オバマ政権は予想を超える動きを見せた。9月14日、オバマ大統領は、ロシアが斡旋したシリアでの化学兵器の廃棄案に合意し、軍事攻撃を回避した。(ロシアはシリアに海軍基地を維持しており、アサド政権に近い)。しかし、今後の化学兵器の検証と廃棄プロセスがうまくいく保証はない上に、少なくとも、アサド政権は、欧米諸国が支持している反政府勢力への反撃の機会を得ることになった。  

 このような過去の米国政権の姿勢から、大きく逸脱したオバマ政権には、野党を中心に多くの批判が集まっている。ただし、国内状況だけを見れば、オバマ政権が空爆を回避したことは、かなりの程度、理にかなったものともいえる。少なくとも、空爆に反対し、内政優先を求める世論は、オバマ政権の決定に安堵したし、支持率も、空爆回避を理由に、特に落ちたわけではない。(3)

オバマ大統領の外交迷走の背後にある厳しい財政制約と党派対立

 実際、国防総省と軍は深刻な予算状況から空爆を望んでいなかった。米国政府は、10年間で4800億ドルの国防予算削減をすでに決定しており、さらに強制削減措置として、約5000-6000億ドルを10年間で削減すると見込んでいる。この10月からの2014会計年度では、520億ドルの削減が必要となる。すでに7月から、軍以外のシビリアンの国防総省勤務者のファーローと呼ばれる勤務日削減措置を開始し、国防総省職員の給与を3年で、20%カットしている。(4)

 このような状況下では、仮に膨大な予算と人的損害を伴う地上軍派遣を伴わない限定的な空爆であっても、予算面からはシリア攻撃は避けたいという立場にあったといえよう。

 例えば、2011年3月リビア攻撃の場合、英仏の空爆支援のための112発のトマホークによる関連施設の攻撃を行ったが、これだけで、推定コストは1億5700万ドルに及ぶ。さらに、B2爆撃機で空爆するとして、一時間あたりの運用コストは5万5000ドル、B2に搭載するJDAM(統合直接攻撃弾)の一発が精密誘導システム込で6万1000ドルし、空中給油機KC135の運用コストは一時間あたり1万1000ドルである。これらをもとに試算した一週間の空爆費用は5億ドルから10億ドルとなる。(5)

 そして、今年10月から始まった2014年会計年度は、債務上限引き上げを巡って、与野党が対立し、ついに政府窓口閉鎖に至ったが、合意に至る見通しはたっていない。もし、10月18日までに関連法案が可決されない場合、米国の執行予算は足りなくなり、債務不履行(デフォルト)を引き起こすことになる。ベーナー下院議長は、政府の窓口閉鎖や債務不履行の場合、オバマ政権よりも、共和党下院の責任が問われる世論を意識して合意のために動いた。しかし、財政保守派を中心に共和党は、公的医療保険の拡充策であるオバマケアの遂行を一年遅らせる条項を債務上限引き上げに入れたため、オバマ大統領と民主党が妥協できなくなり、現在にいたっている。(6)

 今後、このような膠着状況が続き、米国政府が債務不履行の状況になれば、米国の国債の価値は下がり、米国発の世界株安が起きる可能性が高い。日本経済も、円高と株安という深刻な打撃を受けることになる。  このような背景をみると、オバマ政権には、歴史的に前例がなくとも、議会への一定の配慮を示す必要もあり、たとえロシアに借りを作っても、空爆を回避する必要があった。また、今後の共和党議会との協議決裂のもたらす深刻な結果を考えれば、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)という重要課題達成の鍵であるアジア歴訪をキャンセルせざるを得なかったのである。日本も、世界に深刻な影響を与えているオバマ大統領の抱える難しい内政状況を認識する必要がある。

以上。

  • (1) “U.S. military needs Egypt for access to critical area” USA Today Website August 17, 2013.
  • (2) 「シリア攻撃、米国民の支持率わずか33%=WSJ/NBC世論調査」ウォールストリートジャーナル日本語電子版 2013年9月10日
  • (3) “Syria Crisis Has Not Affected Americans' Perceptions of Obama” Gallup Website September 11, 2013.
  • (4) “Statement on Strategic Choices and Management Review: As Delivered by Secretary of Defense Chuck Hagel, Pentagon Press Briefing Room” US Department of Defense Website, July 31, 2013.
  • (5) “Pentagon Seeking To Avoid Congress On Syria Strike Costs” In The News, Bloomberg Website, September 6, 2013.
  • (6) “Obama and Boehner both enter upcoming domestic debates with a weakened hand” The Washington Post Website, September 16, 2013.